御文を戴くの最近のブログ記事

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御文をいただく 其の九 五帖目第一通⑨
《試訳》
仏教を開かれたお釈迦さまが亡くなられて遙かなる時間が経ち、直接お説教を聞くことが出来ない今を生きている私たちは、こころをひとつにして阿弥陀仏に浄土往生を深くたのみ、更にはあれやこれやとさまざまな神仏に頼まず、こころをひとつにしてこころより阿弥陀仏に助けを請えば、たとえどんな罪深い生き方をしてこようが、必ず阿弥陀如来はお救いくださるのです。
これは、阿弥陀仏が佛となられるときに誓われた時のお心です。だから、このように自分のこれからの人生で頼るべき事がはっきりしたならば、意識して、また夢の中でもいのち尽きるまでお念仏をもうなさければならないものなのです。
あなたに敬いを込めて。
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五帳目第一通⑧
 称名の称という字は私たち念仏の歴史の中にいるものは簡単に「となえる」と読んでいきますが、どちらかといえば本来は「たたえる」と読む場合の方がおおような気がします。また漢字が出来上がった歴史を訪ねていくと「はかる」という読み方が基本なのかも知れません。
 称名ということは声に出してなをとなえるということなのですが、ただ声に出して称えていれば終わることではなく、名にかなうように、名に近付くように称えていくことが漢字の意味を尋ねていくと大切なことでしょう。自分が助かっていく道具として念仏を称えていくということではなく、念仏によって救われていくのだ、阿弥陀の摂取不捨というすべてのものを摂めとり捨てないという広い願いによって、如来の大いなる悲しみによって私がたすかっていくのだと心に刻み阿弥陀如来の名を、南無阿弥陀仏ととなえていくことが大事なことなのでしょう。それが唱名でなく称名の所以なのでしょう。
 蓮如上人は「寝ても覚めてもいのちのあらん限りは称名念仏すべきものなり」と勧めてくださっています。それは義務という意味ではなく、阿弥陀の本願に出会ったとき私はつねに、いのち終わるまでいつもかも念仏を称えて行かなければならない我が身ということが明らかになってくる、ということを教えてくださっているのです。
 念仏に出会い自分自身では知り得ない本当に我が身を知っていくことが私たちには大事なことです。
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本 願
 阿弥陀如来が佛と認められるときに誓った誓願を本願といいます。また私たちが正依にしている経典、仏説無量寿経にはその誓願が四十八通りの誓いから成り立っているので四十八願ともいいます。この本願をもとに阿弥陀仏の浄土という世界が建てられています。そういう意味で言えば本願は浄土の憲法ともいうべきものであります。その本願の中心的誓願が十八番目に誓われていて、念仏往生の願(誓願)といわれています。
 阿弥陀如来は以前は法蔵菩薩という菩薩様でした。法蔵菩薩は仏になるため世自在王仏という仏様に使えて仏となるための勉強を五劫という私たち人間の思いをこえた長い時間の間されました。法蔵菩薩の学びは、自分は何故仏になりたいのか、仏になって私は何をしたいのか、という自分の思いの奥底にある願いを訪ねるような学びでした。そのためにすでに仏となられた方々の浄土の世界、その世界の人々を観察されたのです。そして本願をあらわされたのです。
 阿弥陀仏は本願の第十八番目には「たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。」と私のつくった浄土に本当に生まれたいと心の奥底から願った者がいるのなら皆生まれさせたいと誓われ、そしてその違いが今すでに成就しているのです。
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初参り・初詣は ご縁のあるお寺で いたしましょう

二〇〇九年 年期(忌)表
一 周 期    二〇〇八年命終
三 回 期    二〇〇七年命終
七 回 期    二〇〇三年命終
十三回期    一九九七年命終
十七回期    一九九三年命終
(廿三回期)    一九八七年命終
廿五回期    一九八五年命終
(廿七回期)    一九八三年命終
卅三回期    一九七七年命終
五十回期    一九六〇年命終
百 回 期    一九一〇年命終
《法 要 に つ い て》 
法要は年期というものに基づいて行われています。しかし仏教に基づくものではなく慣習からくるものです。ですから年期になったから絶対に勤めなければいけないということはありません。基本的に法要とは法の要を聞くという行事なのですから、いつしなければいけないということではなく、法要を催したくなった時に催せばよいものです。

御文をいただく 其の六 五帳目第一通⑥ す く い
 私たちは救われたいという思いが湧くことがありますが、しかしその救いの内容をどれだけ実体化できているのだろうか、と考えることが私にはあります。世界には数え切れないぐらい沢山の宗教があります。そしてその宗教の数だけ救いの内容があることでしょう。逆から言えば救いの数だけ宗教があるといえることでしょう。
 私は救いという言葉は幸せという言葉と近いと思っています。ですから幸せの内容も宗教の数だけあるといえることでしょう。宗教という言葉にこだわらなくても、人間の数だけ幸せがあることでしょう。その人が生まれたところの価値観、そしてその人が生きる中での経験によって救いの内容は変ってきます。私という人生の中でも、幸せの内容が変化し続けていることでしょう。ですから自分が幸せと思っていることも人によっては幸せと感じないことも、正反対に不幸と感じることもあるのではないでしょうか。その中から「小さな親切大きなお世話」という言葉も生まれてきたのではないでしょうか。
 私たちが私の思いの中で勝手に画く幸せをそれぞれで求めていくと、一つになるということはないでしょうし、人を抑圧したりされたり、争いごとばかりが起こることでしょう。浄土真宗の救いは自分の要求を満足していくという方向ではなく、「自分は何故救いを求めているのか」という救われたいという心のもとを明らかにしていく道なのです。言い換えれば救いを求める心のもとにあるものが明らかになることが浄土真宗の救いであり、このことがこの上ない私たちの幸せなのです。
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弥陀如来
 弥陀如来とは言うまでもないことなのでしょうが、阿弥陀仏、阿弥陀如来のことを言います。
 阿弥陀如来は阿弥陀如来の救いにあずかりたいと思ったものすべてをすくい取るというお約束をされているお方です。いわばだれもをすくい取るお方なのです。
 しかし現代社会においては誰もをすくい取る阿弥陀如来の救いはあまり人気がないようであります。どちらかといえば、特別な人だけ、選ばれた人だけ、つまり限られた人が救われすという救いに人気があるようです。
 その原因のひとつには私たちの中流意識があるようです。私たちの住む日本は経済的に恵まれた国です。祭の日にぐらいしか出なかったご馳走が今や毎日のように食卓にのるようになり、毎日沢山の食材が廃棄されているのですから経済的に豊かな国なのでしょう。そういう環境に育っている私たちは高級品を好むようになり、「誰も」という言葉が響かなくなってしまったのでしょう。
 しかし、いのちを源とする食材を何の迷いもなく廃棄する私たち、地球上では食べようにも食べるものがないという生活をされている方が多くいる中で私たちは平気で食べ物を粗末にしています。そのような私たちは本当に救われて当然となる存在なのでしょうか。
 我が身の生き方を振り返らなければなりません。
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罪業は深重
 お念仏をとなえたは利益は?と聞かれると何となく困ってしまう。お念仏を称えたらとうなるのか!といういうことを意味する問いなのだけど。
 お念仏を称えることによって自分が徳をすることは何かと聞かれれば、何もないとか絶えざるを得ない。またお念仏を称えるとどういう人間になれるのかという問いも、変らないといわざるを得ない。「自分」という範疇の中で自分の思うとく、そういうものはお念仏を称えると何ももらえない。だからといって本当に何もないのかといえばそうではない。お念仏が親鸞聖人の時代から数えると七五〇年から八〇〇年続く。その中私たちの先祖はお念仏を喜んでこられたし、大切なものとしていただいてこられた。喜んでこられたということはお念仏を称えて何もなかったわけでは決してない。徳をしなかったわけでは決してない。
 キーワードは「我」。最近の若い人の言葉で言えばジコチュウ、自己中心的といういう言葉であろうか。自分を中心にして、自分の抱え込んでいる価値判断の中で考えれば念仏を称えた得は何もない、のだ。自分、我という枠を外すと、御利益が見えてくる、そういうことなのだ。言い換えれば自分という価値判断の中で考えればお念仏を称える御利益は自分にとって徳をするもの、気持ちよいものではない、ということである。
 お念仏を称えるといただける得は何なのかということを端的に言えば、「罪業は深重」という我を知らせてくださるということである。ジコチュウ的思考回路で考えれば、そんな自分を知りたくもないし、認めたくもない。でも、私たちの先祖、お念仏を称えてこられた先輩方はそのことを尊ばれてきたのだ。そういう御利益のお念仏を大切にしてこられたのだ。
 「罪悪深重」の我と気づいていかれ、そういうものを救うお仕事をなさるのが阿弥陀さまであるといただかれてこられたわけである。
お念仏を信じることが出来なくとも、お念仏を称えても喜びの心が湧いてこなくとも、せめて訪ねていこうではありませんか。お念仏の歴史を。罪悪深重の我と気づかせていただいたことを喜んでこられた人の気持ちを。罪悪深重の我ということに気づいていくことがどれだけ大切なことなのか、そういうことを訪ねていこうではありませんか。
 そのことがいずれ必ずわれがお念仏を相続することにつながることになるのです。
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一心一向

 私たちの宗派のことを「一向宗」といっていた時期があります。それは私たちが阿弥陀仏に一心一向に頼んでいたすがたから表現された名称なのでしょう。良 く考えれば当たり前のことなのかも知れませんが、他の神仏に頼むことなく、ただひたすらに阿弥陀仏に救済を頼むのが私たちの特徴であるといえるのでしょ う。
 一向に頼むすがたが宗派の名前になるということは日本においてただ一仏に頼む教えが少なかったということでもあります。だから特徴となり、名前にまでなったことなのでしょう。
 私の信仰を見つめるとき、ただ念仏する、一心に頼むということが掛けていると反省します。いろんなことが気になり、まだ他の道が自分にはあるのではない か、自分にもっとふさわしい道があるのではないだろうか、ふと思ってしまいます。ドモまでも阿弥陀仏を信じ切れず、疑いの心を払拭でき図にいる私が明ら かにさせられます。一心に阿弥陀を頼む相に頭の我がル思いがします。
 日本において信仰というものは「自由」であったとはいいがたいものがあります。一般民衆において神仏を自らが選び信仰するということはほとんど無かった 時代であったと私は理解しています。地区の体制者にとって都合の良い神を信仰させられていたのが親鸞聖人が生きておられた時代ではなかったかと思います。 仏教でさえも、国家を守るものとして公に日本に持ち込まれ、民衆に信仰させていたのでした。当時民衆は押しつけられた神仏に選び取られるように一生懸命好 かれるようにということに気を遣い神仏にびくついていた時代だったのです。
 誤解を恐れずにあえていうならば、神仏に選ばれる時代に親鸞聖人は自分に必要な佛を自分が選び取っていかれた方だったのです。付け加えなければいけない のは自分に都合の良い佛を選ばれたのではなく、生きとし生けるものが必要としなければいけない佛を選び取って行かれたのです。
 押しつけられた神仏ではなく、自分が選んだ阿弥陀仏だからこそ、私たちの先輩方はふたごころ泣く一心に阿弥陀仏を頼むことが出来たことなのではないでしょうか。
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6月29日~30日まで当寺祠堂経会を催したところ、お忙しい中また天候の悪い中、たくさんの方々にお参りをいただき、そして厚いご懇念をお運びいただき、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。また、お運びいただきました御懇志金はは大切に常入寺の維持管理のため、そして仏法興隆のために使わせていただきます。
今後とも常入寺維持運営にご協力いただきたくお願い申し上げます。

 
御文をいただく 其の二 五帳目第一通②
在家止住
 浄土真宗の特色を言い表す言葉として在家仏教という言葉があります。仏教は伝統的に一度出家をして厳しい修行を積みお釈迦さまと同じさとりを開こうと志すことが一般的でした。家を出る、自分の関係、家族友人、社会での様々な関係を捨てることが求められたわけです。ところが親鸞聖人が私たちに残してくだされた浄土真宗の教えは、出家しなくてたすかっていく仏教の教え、在家のまま、いろいろな関係を保ちながら救われていく教えといっても良いと思います。
 出家してお釈迦さまと同じ悟りをひらく仏教から、在家のままで仏の教えに従い救われていく仏教への転換とも言えると思います。お釈迦様と同じ悟りをひらくということは本当に魅力的なことであります。しかし悟りをひらくには素質ということも必要でしょうし、また出家できる環境、関係を捨てる勇気も必要なことでしょう。なかなか素質や環境に恵まれた人は少ないことでしょう。また今は末法といって悟りを導いてくだされる仏様も存在しない時代なのです。悲しいことなのですが。
 しかし、悟りをひらき佛にならなくとも、み佛のみ教えに従い生きていく道も救いの道の一つです。そのことを私たちの宗祖親鸞聖人が南無阿弥陀仏という念仏を称える歴史の中に発見されていったのです。そのことは限られた人だけが救われていく道から智慧才覚環境を問わず多くの人々が救われていく道への変わりめを意味するのです。在家の仏教は救いの質が落ちたのではなく、救いの裾野が広がったことを意味するのです。
 私たちは一度、我が身を振り返り、私には限られた人だけが救われていく道を歩むのか、あらゆる存在が救われていく道を歩むのか選ばなければ行けないことではないでしょうか。一度ゆっくり考えてみなければ行けないことです。質の高い救いとは、どんな事なのでしょうか。
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 祠堂とは先祖の位牌などをまつるお堂を指す言葉でした。そしてそのお堂に対してお経を読むことが「祠堂経」です。ですから先祖を供養するためにお経を読むことが祠堂経とということになるのでしょう。
 しかし、浄土真宗では位牌というものを用いませんし、当然祠堂というものも真宗寺院にはありません。
 また、私たちこの世を生きるものたちが私より先にこの世の生を終えお浄土というきよらかな世界にお生まれになられた方々を供養できる存在なのかという問いが親鸞聖人より問いかけられています。先祖を供養しないといけないという思いは日本に住み、日本の文化の中で生きてきた私たちには当然わき起こってくる思いです。そういう思いを完全に否定する必要は全くないことですが、先祖を供養したいという私の思いに先立って先祖の方々もこの世を生きる私たちを何とかしたいと思われています。先祖は私たちが供養しないと救われない存在ではありません。先祖は浄土という阿弥陀如来がお作りになられた世界に今既に存在されるのです。この世を生きる私たちと違って今既に救われている存在なのです。いますでに救われている方々が私たちを見て何とかしないとと深く願われているのです。そういう先祖の思いを大切にされてきたのが私たちの念仏を宝とされてきた先輩方々なのです。
 そういう浄土真宗の歴史の中で何故祠堂経が相続されてきたのでしょうか。私は祠堂経が絶え間なく営まれてきたという歴史が間違えであったとは思っていません。
 先祖を供養すること、その行為の根底にある先祖を大切に思う気持ちを一つの表現方法として祠堂経であると思っています。先祖が大事にしてきたお念仏を相続していく、先祖が自らの宝物としてこられたお念仏の教えを自らが受け継ぎ、未来永劫にまで伝わり続ける、そういう仕事を自分も担っていくと言うことを確認する行事が祠堂経であると私は頂いています。お釈迦さまのお経を相続し、経をひろめるということを目的として建てられたお寺を大事にしていこうということを確認する場が祠堂経という行事の持つ意味だと私は思っています。
 私たち一人ひとりが仏法を自分が受け継ぎ未来に残していくという仕事を、リレーの選手のようにバトンを次の人に受け渡しという仕事を担う一員に皆さんでいたしませんか?

御文をいただく 其の一
五帳目第一通

 御文と聞いてピント来ない方は御文章といえばわかる方がおられるのではないでしょうか。どれも同じものをさし、お東(真宗大谷派)とお西(浄土真宗本願寺派)での呼び方の違いです。何故呼び方が変ったのかということは今答えるのを差し控えておきます。
 御文という言葉も御文章という言葉も知らないという方でも、「末代無知の...」「あなかしこあなかしこ」という言葉が聞き覚えがある方がおられるのではないでしょうか。御文は東西両本願寺に関係するものにとって親鸞聖人がお作りになられた正信偈に次いで浸し身のあるものではないでしょうか。ちなみに御文は本願寺八代の蓮如上人が念仏の教えを分かり易く伝えるために書かれたお手紙を後の世の人が集めたものです。

末代無知
 もしかすると「末代無知」と言う文字を見て腹を立てる人がおられるかも知れまえんね。おまえは末代無知だ!なんて言われている気がして...
 末代というのは永遠に、ずっとという意味ではありません。末法の時代という意味です。仏教の歴史観には正法・像法・末法というものがあります。お釈迦さまが涅槃に入られても、―お亡くなりになられたと言えば簡単なのですが、お釈迦さまは佛という存在なので永遠のいのちを頂いていると考えるので亡くなったという表現はいたしません。現にお釈迦さまの言葉が私の所に届いて私のところで働かれていますから。―お釈迦さまと同じさとりを拓く人がいる時代を正法といいます。像法とは、正法の次の時代でさとりを拓く人はいないけどお釈迦様と同じ修行をなさる人がいる時代です。そして末法とはさとりも修行もする人がいなくなったけど、お釈迦様の教えが教えとして残っている時代を言い、今私たちが生きている現代を指します。次に無智とはさとりのないものという意味です。無智と無知は違います。
 「末代無知の」とは、お釈迦様がお姿をお隠しになられ二千五百年以上も経っててしまっている今、お釈迦様の教えを直接聞くことの出来ない、指導を直接受けれなくなってしまっている時代をまことを、本当のことを何も知らずに生きている私たちはとまず私たちに呼びかけられているのです。


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