2009年5月アーカイブ

172.jpg
祠堂経会厳修
二〇〇九年六月二十八日午前十時より
二十九日午後四時まで
六月二十八日
    午前の部、並びに祠堂のお勤め
                                午前十時より
    尼講のお勤め            午後二時より
    午後の部                    引き続き
六月二十九日
    午前の部のお勤め    午前十時より
    午後の部のお勤め        午後二時より
※二十八日は尼講による昼食の振る舞いがございます。

それぞれのお勤めのあとに法話があります。(午前の部十二時頃、午後の部四時頃終了予定です)
法話は、両日とも婦中町の寳堂寺住職の篠川 弘一さんにお話しを頂きます。

祠堂経会開催中二日間 皆さんといっしょに聞法いたしたいと思っています。
ご近所の方々をお誘いの上お参りください。お待ちいたしております。

祠堂について
お寺に寄附をすることを祠堂といいます。どうも祠堂銭という言い方を以前はしていたようです。身内が亡くなられたことを縁としてお寺に祠堂されることが多いです。いつ祠堂すればよいのですかと聞かれることがありますが、寄附ですので、しなければいけないこともありませんし、いつということも決まってはいません。思い立ったときお寺にお持ちいただければよろしいです。また金額もお気持ちをお入れください。多い少ないということはありません。祠堂しようというお気持ちがお寺にとってこの上ない喜びです。
 常入寺では祠堂を頂いた方々に祠堂のお勤めを祠堂経会の初日にまとめてさせていただいています。今年の祠堂経会の時にと思われるのでしたら出来れば祠堂経会が始まる一週間前までに祠堂をしていただければ幸いです。準備の都合等がございますので、祠堂経会の当日祠堂いただいてもお勤めできないこともございます事ご了承ください。

『安楽集』に云わく、真言を採り集めて、往益を助修せしむ。何となれば、
前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽くさんがためのゆえなり、と。(親鸞聖人)
念仏相続
 浄土真宗の寺院が建っている意義は念仏の声が未来永劫まで響き渡ることを願いとしています。その使命を全く果たそうとしていないものは浄土真宗の寺院と言えません。念仏のの声を皆さまにお届けすることがお寺の大事なお仕事であり、住職である私の重大な任務なのでしょう。
 念仏の声を皆さまのお宅にまでお届けする宅配業が浄土真宗のお寺と言っても言い過ぎではないと思います。またこのお寺は念仏の声を聞き、またその念仏の声に応えるようにナムアミダブツと念仏を称えてこられた方々によって相続されてきました。念仏を子や孫の世代の人々に称えてほしいと言う願いのもと相続されてこられたのです。
 そういう願いのもと相続されてきたお寺を住職として管理している私はそういう願いに応え続けたいと思わされます。また力不足の私であることも同時に知らされることです。
 私たちは沢山の念仏の声を聞いて育ってきました。今もなお育ちつづけています。念仏を栄養に成長しつづけています。
 しかし、念仏によって育っている私たちですが、私たちの口からあまり念仏の声が発せられなくなっています。阿弥陀仏の願いよりおこった念仏の声が今わたしの所まで聞こえているのですが、その歴史を途絶えさせようとしてしまっているのが私たちではないでしょうか。
 「今の若いもんは」とつい思ってしまう私たちがですが、そういう若いもんを作ったのは誰なのでしょうか、少なくても私たちの後ろ姿を見て育ったのが彼らです。私たちは彼らに何を伝えたでしょうか、何を相続すべきか伝えたでしょうか。
 その前に私たちは前に生まれた人々から何を受け取っているのでしょうか、何を相続しようとしてきたのでしょうか。今相続したと思っているものは前に生まれた人たちが相続してほしかったものなのでしょうか。
 何を受け継ぎ、何を残したいか、そういうことを念仏を称えながら一人ひとりが考えていかなければならないことなのでしょう。
171.jpg
 5月14日から15日まで富山市内で北陸連区差別問題研修会が「戦争と性」というテーマのもと開催され、私も全日程参加いたしました。テーマについても色々学ばせていただき考えもさせられました。
 その中で講師のお一方が非僧非俗の非ということは解放されたと言うことだ、と教えてくださいました。私はその言葉にびっくりしました。私の思いの中では想定外の言葉だったからです。
 非僧非俗という言葉は宗祖親鸞聖人が自らの立場を語られたお言葉です。親鸞聖人は29歳の時、承元の法難により京都にお住みになられていましたが、越後の国に流罪にお遇いになられました。そのとき僧籍も剥奪されたのです。比叡山の僧侶であった親鸞聖人は公の僧侶、朝廷が認めた僧侶ですので僧侶のまま流罪に科することが出来ないため、まず僧籍を剥奪して俗人したわけです。そのことを縁として親鸞聖人は我は僧籍を朝廷より剥奪されたので僧侶ではない、だからといって俗人でもないのだと、自らの立場を「非僧非俗」と表現されたのです。
 そのことを講師の方は僧侶から解放され、俗人からも解放されたのが親鸞聖人だと教えていただいたのです。私の思いの中では僧籍を奪われたけども私は真の僧侶として仏道を歩んでゆくんだという反骨精神に近いものだと思っていたのですが、講師の方はそうは説明されなかったのです。俗人というカテゴリー(部類)でもない、僧侶というカテゴリーにも属さない、またそのことに執着しないものとして、まことの自由人として、まことの独立者として歩む決意が「非僧非俗であると教えてくださったのです。
 その言葉を聞いて私はドキッとしました。何かはっとして回りが明るく感じた思いがしました。
 宗祖親鸞聖人はあらゆることから解放され続けようと歩まれた方、あらゆることに執着しない、とらわれない生き方を念仏を称えられながら目指された方だったんだと知らされたひとときでありました。
buraku.jpg

ご案内
富山解放連・第24回定期総会「記念講演会」
6/17(水)部落問題講演会
 私たち富山解放連では第24回定期総会を迎えるにあたり、広く呼びかけて下記のように部落問題講演会を開催します。何卒、お誘い合わせの上、ご参加下さい。
 この度は、近現代史を研究されている静岡大学の黒川みどりさんをお招きし、近現代の部落史をテーマにお話しして頂きます。黒川さんは、富山国際大学の藤野豊さんと共に『近現代部落史一再編される差別の構造』をまとめられて間もなく発刊されますが、同書に込められた黒川さんの研究成果や思いを講演して頂くことになっています。



 『近現代部落史一再編される差別の構造』黒川みどり・藤野豊編 有志舎 ¥2、800十税
 日本近現代史のなかに「部落史」を位置づけること、わたくしたちは、そのことを強く意識して本書を作成した。わたくしたちは、近現代史通史というと、ともすれば部落解放運動史になりがちであることに留意し、つとめて部落の生活、社会の差別意識の実態などにも言及した。また、部落問題を封建遺制とかケガレ意識の残存という過去の遺物ではなく、近現代が生み出した社会問題であるという視点を一貫させた。部落差別は今も解消せず、存在しているという現状認識に立って、なぜ、そうなのか、歴史を振り返って考察した。〔藤野豊さん〕                1


日 時  2009年6月17日【水】午後4時00分~5時30分
              [総会議事:午後3:10~3:50]
会 場  浄土真宗本願寺派富山別院(西別院)・研修室
     (富山市総曲輪2-7-12 電話076-421-6672)
会 費  無 料
講 題  『新しい部落史』
            講師 黒川 みどりさん(静岡大学教育学教員)
  主  催   部落解放にとりくむ富山県連絡会議
 

☆ 部落解放にとりくむ富山県連絡会議(通称:富山解放連)とは
富山県下で『部落解放にとりくむ各界・各層の広範な相互連絡を深めると 共に、協力関係を拡大、推進し、部落問題の速やかな解決を図る』ことを目的として、1986年3月に結成されました。被差別部落大衆をはじめとし、企業や 宗教関係者、労働者、市民など幅広い層の団体・個人によって構成されています。結成以来22年、学習会・市民公開講座の開催や会報の発行などの取り組みを 行っています。
☆ 会員になってください。会員加入を呼びかけてください。
団体、個人を問わず、会員加入を呼びかけています。年会費[4月から翌年3月まで]は一口1,000円で、団体にあっては5口以上、個人にあっては1口以上をお願いしています。
富山解放連事務局:富山市総曲輪2-8-29真宗大谷派富山教務所内 電話076-421-9770(三枝)


hansen.jpg

ハンセン病訴訟勝訴8周年記念シンポジウム
今こそ考えようハンセン病
戦争とハンセン病

わたくしたちは、戦時下、沖縄で軍により銃剣を突きつけられて隔離された方々あるいは全国各地の療養所で総動員体制への参加を強制された方々の苦悩の歴史に心を痛めます。そして、その苦痛のなかから「人権を守ることは平和を守ることだ」との思いを強くします。
 今回、吉川さんや山下さんとのディスカッションをとおして、ハンセン病の方々の戦争体験を、なぜ、今、社会に伝える必要があるのか、みんなで考えましよう!

日時 2009年6月12日(金)午後6時開場 6時30分開演
会場 富山市民プラザ(4階アンサンブルホール 富山市大手町6-14電話076-493-1313)
パネリスト      吉川由紀さん(ハンセン病ネットワーク沖縄)
            山下道輔さん(多摩全生園 ハンセン病回復者)
コーディネーター  藤野 豊(ハンセン病ふるさとネットワーク富山代表)
日程  6:30 開会
      6;40 パネルディスカッション
           8:50 閉会

参加費 500円(資料代として)

主催:ハンセン病ふるさとネットワーク富山
    事務局 浄土真宗本願寺派富山別院(西別院)



趣 意 書
 2001年5月11日、熊本地裁は、ハンセン病患者・回復者に対する絶対隔離を規定した「らい予防法」は憲法違反であるとして、国に賠償を命じる判、決を下しました。これをもってハンセン病患者・回復者の人権が回復されたかに思えました。しかし、判決から2年半が経過した2003年11月、熊本県のホテルが、菊池恵楓園に入所するハンセン病回復者の宿泊を拒否する事件が起こりさらに、それに抗議した同園入所者自治会に対して差別的な手紙や電話が殺到し、私たちはあらためてハンセン病問題が未解決であることを痛感しました。
 今、全国の国立・私立のハンセン病療養所には約2700名の方が入所していますが、その多くがふるさとに帰ることができず、家族や親族とも会えない状態におかれています。各療養所の納骨堂にはふるさとの墓に帰れないたくさんの遺骨が眠っています。富山県出身者の多くもふるさとに帰ることができません。今なおこうした状態が続くのは、国の誤った絶対隔離政策のもとで自治体が患者の摘発を進め、地域住民もこれに協力したからであり、したがって、ハンセン病回復者への差別を一掃し、ふるさとに自由に帰られる社会をつくることは、国・自治体の責務でもあり、私たちひとりひとりの課題でもあります。
 今、全国のハンセン病療養所では入所者の高齢化とそれによる減少が進み、療養所の存続が危機にさらされていますが、昨年「ハンセン病問題基本法」が制定され、各療養所を地域に開かれた医療・福祉機関に発展させることが可能となりました。また、日本の旧植民地紋治下に韓国や台湾で隔離された方々への補償も実現しました。 しかし、その一方で旧「南洋群島」や旧「満州」、そ
の他日本のかつての占領地で隔離された方々への補償や、戦時下に日本車による隔離の果てに殺害された方々への謝罪と追悼はなされておりません。
 今回、私たちはこの事実を重く受け止め、来たる6月12日、熊本地裁判決の勝訴8周年を記念し、「戦争とハンセン病」をテーマにしたシンポジウムを開催いたします。パネリストにお招きした吉川由紀さんは、戦時下の沖縄で、日本軍がハンセン病患者を隔離した事実を膨大な軍資料と聞き取りから明らかにされてきました。また、山下道輔さんは1941年、子どもの時に東京の全生病院(現多磨全生園)に隔離され、戦時下のハンセン病療養所の過酷な生活を体験され、現在まで、隔離の実態を示す資料の保存に努力されてきました。おふたりに共通するのは戦争と差別を許してはならないという強い信念です。おふたりのお話をとおして、「人権を守ることとは平和を守ることだ」という
ことを心に深く刻み、戦争体験を今、社会に伝える意味を共に考えてまいりましょう。
 どうぞ、多くの方が、このシンポジウムに参加され、ハンセン病問題の根本的解決を目指し、県出身回復者の方々とふるさと富山を結ぶ絆を強くしていかれるよう、心よりお願い申し上げます。

2009年5月1日            ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山

このアーカイブについて

このページには、2009年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2009年4月です。

次のアーカイブは2009年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。