2008年5月アーカイブ

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祠堂経会厳修
二〇〇八年六月二十九日午前十時より
三十日午後四時まで

六月二十九日
    午前の部、並びに祠堂のお勤め
                                午前十時より
    尼講のお勤め            午後二時より
    午後の部                    引き続き
六月 三十日
    午前の部のお勤め    午前十時より

    午後の部のお勤め        午後二時より


※二十九日は尼講による昼食の振る舞いがございます。

それぞれのお勤めのあとに法話があります。(午前の部十二時頃、午後の部四時頃終了予定です)
法話は、三十日は石川県かほく市の寺本菜都奈さんにお話しを頂きます。二十九日は住職が行います。


いつもお参りには女性が多いので30日にお話しいただく方を女性にしました。残念ながら29日は男性で住職ですがおつきあいください。今回お話しいただく寺本さんは以前東本願寺でよくお会いしたお方です。私自身も久しぶりにお会いしますので、どんなお話しを頂けるかとても楽しみです。
皆さんといっしょに聞法いたしたいと思っています。
ご近所の方々をお誘いの上お参りください。お待ちいたしております。



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 祠堂とは先祖の位牌などをまつるお堂を指す言葉でした。そしてそのお堂に対してお経を読むことが「祠堂経」です。ですから先祖を供養するためにお経を読むことが祠堂経とということになるのでしょう。
 しかし、浄土真宗では位牌というものを用いませんし、当然祠堂というものも真宗寺院にはありません。
 また、私たちこの世を生きるものたちが私より先にこの世の生を終えお浄土というきよらかな世界にお生まれになられた方々を供養できる存在なのかという問いが親鸞聖人より問いかけられています。先祖を供養しないといけないという思いは日本に住み、日本の文化の中で生きてきた私たちには当然わき起こってくる思いです。そういう思いを完全に否定する必要は全くないことですが、先祖を供養したいという私の思いに先立って先祖の方々もこの世を生きる私たちを何とかしたいと思われています。先祖は私たちが供養しないと救われない存在ではありません。先祖は浄土という阿弥陀如来がお作りになられた世界に今既に存在されるのです。この世を生きる私たちと違って今既に救われている存在なのです。いますでに救われている方々が私たちを見て何とかしないとと深く願われているのです。そういう先祖の思いを大切にされてきたのが私たちの念仏を宝とされてきた先輩方々なのです。
 そういう浄土真宗の歴史の中で何故祠堂経が相続されてきたのでしょうか。私は祠堂経が絶え間なく営まれてきたという歴史が間違えであったとは思っていません。
 先祖を供養すること、その行為の根底にある先祖を大切に思う気持ちを一つの表現方法として祠堂経であると思っています。先祖が大事にしてきたお念仏を相続していく、先祖が自らの宝物としてこられたお念仏の教えを自らが受け継ぎ、未来永劫にまで伝わり続ける、そういう仕事を自分も担っていくと言うことを確認する行事が祠堂経であると私は頂いています。お釈迦さまのお経を相続し、経をひろめるということを目的として建てられたお寺を大事にしていこうということを確認する場が祠堂経という行事の持つ意味だと私は思っています。
 私たち一人ひとりが仏法を自分が受け継ぎ未来に残していくという仕事を、リレーの選手のようにバトンを次の人に受け渡しという仕事を担う一員に皆さんでいたしませんか?

御文をいただく 其の一
五帳目第一通

 御文と聞いてピント来ない方は御文章といえばわかる方がおられるのではないでしょうか。どれも同じものをさし、お東(真宗大谷派)とお西(浄土真宗本願寺派)での呼び方の違いです。何故呼び方が変ったのかということは今答えるのを差し控えておきます。
 御文という言葉も御文章という言葉も知らないという方でも、「末代無知の...」「あなかしこあなかしこ」という言葉が聞き覚えがある方がおられるのではないでしょうか。御文は東西両本願寺に関係するものにとって親鸞聖人がお作りになられた正信偈に次いで浸し身のあるものではないでしょうか。ちなみに御文は本願寺八代の蓮如上人が念仏の教えを分かり易く伝えるために書かれたお手紙を後の世の人が集めたものです。

末代無知
 もしかすると「末代無知」と言う文字を見て腹を立てる人がおられるかも知れまえんね。おまえは末代無知だ!なんて言われている気がして...
 末代というのは永遠に、ずっとという意味ではありません。末法の時代という意味です。仏教の歴史観には正法・像法・末法というものがあります。お釈迦さまが涅槃に入られても、―お亡くなりになられたと言えば簡単なのですが、お釈迦さまは佛という存在なので永遠のいのちを頂いていると考えるので亡くなったという表現はいたしません。現にお釈迦さまの言葉が私の所に届いて私のところで働かれていますから。―お釈迦さまと同じさとりを拓く人がいる時代を正法といいます。像法とは、正法の次の時代でさとりを拓く人はいないけどお釈迦様と同じ修行をなさる人がいる時代です。そして末法とはさとりも修行もする人がいなくなったけど、お釈迦様の教えが教えとして残っている時代を言い、今私たちが生きている現代を指します。次に無智とはさとりのないものという意味です。無智と無知は違います。
 「末代無知の」とは、お釈迦様がお姿をお隠しになられ二千五百年以上も経っててしまっている今、お釈迦様の教えを直接聞くことの出来ない、指導を直接受けれなくなってしまっている時代をまことを、本当のことを何も知らずに生きている私たちはとまず私たちに呼びかけられているのです。


被差別部落の起源について、かつては"江戸時代に民衆を支配する手段としてつくられた"というような近世政治起源説が主流でした。部落問題に関する啓発資料などにもそのように書かれていましたが、今日、歴史研究が進む中で大きく見直されてきています。
また、それぞれの地域の部落史研究が重ねられ、全国的に共通する面とその地域特有の面があることが明らかにされるようになり、そうした地域の歴史的背景を踏まえた人権啓発・人権教育の重要性が指摘されています。
しかし、富山では一部の研究を除けば研究例は少なく、私たちの住む地位の多くの史料・資料は、埋もれたままになっていると言えるのではないでしょうか。地域に根ざした歴史教材もないのが実情であり、被差別民衆に支店を当てた歴史的背景を理解することも重要ではないかと考えます。

このたび、下記のように石川県同和教育研究協議会の角谷正人さんをお招きし、富山・石川における被差別部落の歴史についてお話しして頂きます。角谷さんは加賀藩時代から近代に至る被差別部落に関わる史料を丹念に分析されておられる方で、私たちの地域の特徴を分かり易くお話ししていただけるものと思います(富山県は江戸時代、加賀藩と加賀藩の支藩であった富山藩の影響下にありました)。なにとぞお誘い合わせの上、ご参加ください。

日時  2008年6月9日【月】午後4時00分~5時30分
[総会議事:午後3時10分~3時50分]
会場  浄土真宗本願寺派富山別院(西別院) 2階研修室
(富山市総曲輪2-7-12 電話076-421-6672)
会費  無料
演題  『加賀藩における部落の歴史』
講師  角谷正人さん(石川県同和教育研究協議会・調査研究部長)
主催  部落解放にとりくむ富山県連絡会議


☆ 部落解放にとりくむ富山県連絡会議(通称:富山解放連)
富山県下で『部落解放にとりくむ各界・各層の広範な相互連絡を深めると共に、協力関係を拡大、推進し、部落問題の速やかな解決を図る』ことを目的として、1986年3月に結成されました。被差別部落大衆をはじめとし、企業や宗教関係者、労働者、市民など幅広い層の団体・個人によって構成されています。結成以来22年、学習会・市民公開講座の開催や会報の発行などの取り組みを行っています。
☆ 会員になってください。会員加入を呼びかけてください。
団体、個人を問わず、会員加入を呼びかけています。年会費[4月から翌年3月まで]は一口1,000円で、団体にあっては5口以上、個人にあっては1口以上をお願いしています。
富山解放連事務局:富山市総曲輪2-8-29真宗大谷派富山教務所内 電話076-421-9770(三枝)

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 有縁の方々がこの世の生を終えられたときお参りに行くことを「おとむらい」といいます。漢字で表すと、「弔」となります。漢字辞典を見てしったことですが、「吊(つるす)」という字は元々弔うという字だったそうです。そのことを考えるといろいろな思いが湧いてくるのですが...、そのことは今はさておいて、「弔」と言う字は、人が弓矢棒を持っているすがたが形になり感じとしてできあがっていたそうです。死体が食べられないように弓矢棒きれを持って追い払うことを昔していたことが弔うという漢字になっていったとのことです。
 今でも近所の人や親類の者が家に集うのは、元々は、ネズミや野良猫野良犬からご遺体を守るためだったそうです。遺族を訪れて故人が亡くなったことを悔やむためだけではなかったようです。また、「とむらい」と言う言葉も「とぶらい」という言葉が変化したものであるといわれています。とぶらうというのは今でいう訪れるということです。
 有縁の人が亡くなり訪れるのは単に遺族に会いねぎらったり故人がなくなることを単に悔いるためだけではないと私は思います。ある意味応えてくれるはずのない故人に会うために訪ねるのです。ご遺体を動物から守るのは故人と二人っきりの場を作り訪ねるためになのです。焼香をするというのは他を追い払うという意味があるそうです。
 有縁の人の死を他人の死にとどめるだけではなく、弔いに来ている私も同じくいつかこの世の生を終えるときが必ずくる、そのことをご遺体とお会いする事を通して確認していくことが大切だと私は思います。
 この世の生が終わること、死を迎えなければならないのは今を生きている私たちも同じです。だからこそ死に向かってどう生きていくのか、そのことをご遺体と対面することによって私が訪ねる。生きとし生けるものは必ず死を迎えなければならないという悲しみを故人と、ご遺族と共に感じることが弔いをすることの仏教的な意義であると私は思っています。
 ご遺体と対面することによって必ず自分が死を迎えなければならない悲しみに気づかせていただくことが、故人を仏様として出会う第一歩でしょう。
 故人は人間としてはもう出会うことはできませんが、仏様として出会うことはこれからもずっとできるのです。仏様とは人間の生き様を悲しみ私たちを救わんと願われ動いておられるお方であります。

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