138号 いま、いのちがあなたをいきている

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昨年を振り返れば、「いじめ」「自死」ということが世の中を騒がせた年であったのではないかと私は思います。その中で私たちに第四子が誕生し、名前を考えるとき、ただ生きるだけでいい!っていう思いが子どもに対して湧き上がってきて唯生(ゆい)という名前をつけました。
それはさておき、子ども達がいじめあう、そして大人までもが陰湿ないじめをする、またいじめが原因となって自らの生命を絶っていく、本当に悲しくなってきます。このことを少しでも減らすには世の中でいわれているようにいのちの重さ、いのちの尊さを子ども達に伝えていくしかないのでしょう。しかし伝え方には色々あります。言葉で伝えること、そして生き方として見せていくっていう方法があると思います。子ども達は敏感です。口先だけでいっていること、いっていることとやっていることがちがっていることはすぐに見破ります。やはり大事なのが、伝えようとするものが本当にいのちについて考え、いのちの重さ、尊さにひざまずくことが先決な事だと私は考えます。
命が尊いとは自分に宿っている命だけが尊いのではなく、また誰か特定の人に宿っている命だけが尊いというものではありません。いのちそのものが尊いのです。誰か特定の人が生きていることが尊いのでは絶対にないのです。人を殺してはいけないことと同じように私自身も殺してはいけないのです。反対に自分が生きていることが大事、尊いのならば、同じように他なる存在が生きていることも尊く、他なる存在が生きることを障げてはいけないのです。
その事を仏様の教えを宝物とされてきた私たちの先輩方は、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」というお釈迦さまがお生まれになられたときのお言葉として伝えてくださっています。

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このページは、あおさんが2007年1月 4日 17:32に書いたブログ記事です。

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