2007年アーカイブ

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 近年わたしは、ホンコハンを精一杯勤めよう、そういう気持ちが強くなってきています。でもそれが形として表れているとか、持続しているのかといわれれば胸を張って「はい」とはいえないのが現状ですが。でも精一杯勤めたいという思いは強いです。それはホンコハンを大事にしたいという思いから起こってくるものだと思います。自分にとってホンコハンが大切なものになってきたからでしょう。だから平生やったことのない掃除などもイヤだけれどもできるんだろうと思っています。だから、こうしたら良いというようなアイディアが湧いてきたり、自分なりのこだわりが起こってきます。それを他の人に理解sてもらえているかどうかということは別なんですけどね。皆さんの中にもこだわってしまうこと、一生懸命したいことは何かあるのではないでしょうか。
 では人生というくくりではどうでしょう。私の場合は、一生が長いような気がして、まだまだという思いが強くて一生懸命したら息が切れそうで何事にも手を抜いているような気がしてなりません。でもふと思うこともあります。このままぼやっと生きていけばあっという間に一生を終えて、死んだあとにああすればよかったという後悔をたくさんするのではないかと思うのです。これも思うだけに止まってしまっています。
 やっぱり自分の中に一度きりの人生、人として生きていることの尊さめでたさを全身で体感していないからなのでしょう。何よりも人として生きているという実感のなさから来るのでしょう。まぁ、いつの間にか生まれてしまって何の気無しに生きている私だから仕方のないことなのかもしれません。
でも、生まれてきた意義と生きる喜びを見つけることが私たちにとって一番大事なことなのではないでしょうか。皆さんも人生の意義と喜びをさがす旅に旅立ちませんか?
明日ありと 思う心の仇桜 嵐の吹かぬものかは(伝 親鸞聖人作)

修正会
一月一日午前五時より
初老や還暦の方々が団体参拝されますので修正会の始まる時間が変更となる場合もございます
年始は一日午前四時半より二日午後四時まで受付します

子ども初参り
お正月にお参りいただいたお子さんに(小学生以下)先着20名様におみやげにお菓子を用意しています。
お子さん、お孫さんと一緒にお参りください。

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150.jpg 念佛を称えられてこられた先輩方は聞くという姿勢を大切なこととされてきました。それは法を聞く、仏様の教えを聞きづづけてお念仏を称えていこうということなのです。  私たちは耳を持ち音を感じることができますから、聞くことは容易なことという意識がありますけれども、そのことはどうなのでしょうか。  耳によって音を認識することと言葉を聞き取るということはどうも別のようなことだと最近私は思うのです。 いつも聞いたつもりで言葉をしっかり聞き取り、その言葉の奥にある心を聞き取っているでしょうか。そしてそのことで多くの人にイヤな思いをさせているのではないでしょうか。  私たちは「噂」をすることが好きな民族のようです。誰も知る内緒話というようなこともあるぐらい。しかしこのうわさ話ということは正しく内容が伝わっていっているとは限らないものです。必ずと言っていいぐらい尾ひれはひれがついていって話が大きくなっていったり自分たちの興味本位に脚色していってしまうものなのではないでしょうか。  その原因を私ながらに探っていくと、しっかり聞いていない、伝えていないということにつきると思います。 聞いた話に自分の想像などが付け加えられ、そしてその想像にまた想像が付け加えられる。また、だと思うよ、でないだろうかということがいつの間にか省略され真実の言葉として伝えられていってしまっているのでしょう。自分たちの興味翻意で聞いた話をドラマのようにおもしろおかしく脚色され続けていく、その中で言っていないことややっていないことが言ったことやったことになっていくのでしょう。  私たちはうわさ話は永遠にやめることができないでしょう。ですからせめて正しく聞き正しく伝えると言うことを心懸けなければいけません。そのためには私たちはみんな「よてみみ」で噂は正しく伝わらないものだと強く心に刻み続けることしかないのです。  私は聞いているという姿勢が一番聞いていけない原因ではないでしょうか。 仏様の教えも聞いているしっているという姿勢では永遠に聞くことができません。我が身の愚かさをしることによって初めて仏様の心が伝わってくるのではないでしょうか。安心しないでください。安心が何事にも大敵なのです。

御  礼
10月31より11月1日まで当寺報恩講を催したところ、お忙しい中たくさんの方々にお参りをいただき、そして厚いご懇念をお運びいただき、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。お運びいただきました御墾念は大切に常入寺の維持管理、そして運営のために使わせていただきます。今後とも常入寺維持運営にご協力いただきたくお願い申し上げます。                   常入寺住職 青井和成

御正忌法要
11月25日(日)午前10時より午後4時まで
    午前の部        午前十時より
    尼講追悼会        午後二時より
    午後の部        引き続き
 ☆法話は住職が行います。
 ☆尼講によって、
   お昼にお斎のもてなしがあります。
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今回(こんかい)はお(てら)一番(いちばん)大事(だいじ)行事(ぎょうじ)()わせて今年(ことし)最後(さいご)親子(おやこ)(つど)いを開催(かいさい)します。常入寺(じょうにゅうじ)特製(とくせい)野菜(やさい)カレー(かれー)をみんなでつくって、そして()べたいと予定(よてい)しています。そのあとは「()()えた(おとこ)」というビデオを()ます。是非(ぜひ)()てください。 まってるよ


10がつ31にち(すい)

ごご530ふんからはじめます。8じ30ふん しゅうりょう

さんかひ

みんなでカレーを作りますので汚れてもよい服装かエプロンなどあれば持ってきてください。


300えん

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報恩講厳修
十月三十一日午後二時より
十一月一日午後四時まで
10月31日(水)    午後2時より        午後のおつとめ
              午後5時30分より    親子の集い

11月1日(木)    午前9時30分より    午前のおつとめ
                午後1時30分より    まとめのお勤め
★長寿者などを対象に自宅からゴボハンへ、ゴボハンから自宅への送迎サービス(無料)を実施いたします。前もって電話をいただければ係のものが迎えにまいります。是非ご利用ください。

お説教は昨年同様  松井 勇さん(福光町)です。
お斎は11月1日あります。

ご近所の方をお誘いの上是非足をお運びください。
住職・役員 心よりお待ち申し上げております。


親子の集い
親子の集いを報恩講開催中、31日の午後5時30分より行います。
みんなでカレーを作って食べて、そして楽しく遊びたいとたいと計画しています。
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ひとりは寂しくないよ
 先月中旬、安倍首相は突然辞意表明した。そのとき私はびっくりしたということもあるのだが、もう一つ、
かわいそうって感じた。
この辞意の背景にはいろんなことがあるのだろうけれども、私は直感的に味方が誰もいないと感じてしまったというか、ほんとうに孤独を感じてしまったんだろうと思った。私的には決してよい首相という枠の中に入る人ではなかったけどかわいそうって感じた。
 安倍さんは「気づけはひとりになってた」と感じてしまい、なにもかもいやになったんだろう。そして辞意を決意したことだろうと私は思った。
 しばらくしてからある研修会で講師の方が語っておられた言葉が思い出されてきた。それは
浄土真宗はひとりになることのできる宗教
という言葉だ。
 私はひとりになるっていうことは怖いこと、寂しいことっていうイメージがある。よくないことのように思えるのだけれども、しかし、ひとりという感覚は、人と違うという感覚から起こるのではないだろうか。この人と違うっていう感覚こそわたしたちは大切にしていかなければならないのではないでしょうか。
 人との違いを恐れるのではなく喜んでいくことこれが浄土真宗という宗教の目的であるといわれていたことでしょう。
 よくよく考えると元々私たちはひとりなんです。同じ個体は存在しないのです。わたしたちはそれぞれの環境で、それぞれの時代を生きています。だからみんな違う感覚を持って生きているのです。みんな一緒のはずがないのです。
 それを私たちは無理して一緒になろうとする、そこに私たちの無理があるような気がしてなりません。
 私とあの人は違う、あの人たちと違う、そこからしか人を認めるということ、つながりあうということがが成り立たないのではないではないでしょうか。
 そういう意味でひとりは寂しいことではなく、ひとりを感じることは楽しいことなのではないでしょうか。

みんなちがって、みんないい
という金子みすずさんの詩のフレーズが重なって思い出される。
玉城しげさんのお話を聴く会
 日 時 2007年11gatu16日(金)18;00?20:30
場 所 サンシップ とやま 福祉ホール TEL076-432-6141
参加費 1000円(学生・障害のある人は500円・自己申告)

空を飛ぶ鳥のように自由に生きる
 誰でもそんなふうに生きたいと思うのでしょうが、病気になったり、戦争になったり、捕らえられて自由を奪われたり、まだまだそういう理不尽なことがたくさんあるのは悲しいことです。
 玉城しげさんは、少女時代にハンセン病を発症しました。20歳に時にだまされて、沖縄から鹿児島の療養所に入所病気が治って、89歳になった今も療養所で暮らしています。(「らい予防法」による強制隔離)
 玉城さんには子どもがいません。それはハンセン病(裏面参照)にかかった人は子どもを持ってはいけないと、7ヶ月になるおなかの子どもを無理やり堕胎され、目の前で命を奪われてしまったからです。
 このようなことが、らい予防法や優生保護法などの国の法律として、「不良な子孫の出生を防止する」という理由のもとに、ハンセン病者や障害者に対して、つい11年前まで行われていました。人が人として生きる尊厳を国が奪うことは、悲しいというより怒りを持って対応しなければならないでしょう。 
 玉城さんの話を一緒に聞きませんか。

★賛同者を募っています★
 わたしたちは、玉城しげさんの話を直接に聴きたいと思い、「玉城しげさんのお話を聴く会実行委員会」をつくり、開催準備を進めています。メンバーには、僧侶、教員、保育士、会社員、障害のある人などいろいろな人がいますが、もっとたくさんの人とともに話を聴き、ハンセン病や、ハンセン病患者・回復者への差別・偏見、優性思想、胎児標本そして生涯のある人などについて考えていきたいと思っています。会の名前にある「聴く」というのは心を傾けてきくという意味ですが、玉城さんの話から、何か大きなものをいただき、私たちが生きていく力にしていきたいと思っています。
開催に関して、多くの方から賛同とご支援をいただきたいと思います。
  <賛同の方法>  ・チケットを預かって、販売してください。
              ・カンパをお願いします。



主 催:「玉城しげさんお話を聴く会」実行委員会・ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山
連絡先:ハンセン病ふるさとネットワーク富山 076-421-9770(東別院・三枝)

【講演者プロフィール】
★玉城しげさん
89歳。沖縄県出身。鹿児島県鹿屋市の国立療養所、星塚敬愛園在園者。
20歳の時に、家族にも告げずにひとりで星塚敬愛園に来た。絶対隔離・絶滅政策の下、非人間的な人生を強いられた。こんな中でいつかは人間として生きていける時が来ると強く信じ続けて生きてきた。ハンセン病訴訟でも原告団の指導者的立場で活躍。今はあえて“語り部”として、その消えることない怒り、悲しみ、悔しい思い(特に強制堕胎させられた経験)を語り、二度とこのようなことがあってはならないと訴え続けている。
★松下徳治さん
69歳。中学教員退職者。在園文学者島比呂志氏(3年前ご逝去)との20年来の交流があったことから「らい予防法違憲国賠訴訟の勝利を目指して共に歩む会」の代表として、裁判開始以来原告の皆さんと行動を共にしてきた。勝利判決後は、「ハンセン病問題全面解決を目指して共に歩む会」と改名、さらに、今年からNPO法人共に歩む会(略称)と改称し、在園者・社会復帰者との懇親、話の出前など活動続行中。現在「毎月第2土曜日は敬愛園訪問を」運動を展開中。
★藤野豊さん
1952年横浜生まれ
1998年より富山市に居住
富山国際大学准教授
専攻:日本近現代史
ハンセン病市民学会事務局長
ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山代表
部落問題に取り組む富山県連絡会議幹事など
最近の著作:『ハンセン病と戦後民主主義』(岩波書店)、『忘れられた地域史を歩く』(大月書店)など

ハンセン病とは
 ハンセン病は、かつて「らい病」と呼ばれ、不治の病として恐れられてきましたが、1873(明治6)年、ノルウェーのハンセン博士が、遺伝病ではなく、らい菌による慢性の感染症であることを発見しました。
 日本では、1907年「癩予防ニ間スル件」、1931年、「癩予防法」が制定され、ハンセン病患者の強制隔離が図られました。アジア侵略を目指す日本にとって、国民は兵力・労働力であり、1940年公布の「国民優生方」により、遺伝性の病気・障害者に対して断種・人工妊娠中絶が実施され、ハンセン病はその対象ではないにもかかわらず、方を拡大解釈して続行されました。
 1943(昭和18)年、アメリカで「プロミン」が開発され、ハンセン病は治療可能な病気となりました。しかし日本では、1953(昭和28)年、一部の専門医の主張により、強制隔離を基本とした「らい予防法」が制定され、この法律により、患者や回復者の人権はさらに侵害され、悲しい事件や事故が起こりました。
 1996(平成8)年4月1日、ようやく「らい予防法」が廃止されましたが、いまだにハンセン病回復者の人権が侵される事件が起きています。私たちに、回復者と共に生きる社会をつくることが求められています。

お寺でライブ 坂本昭二
2007年10月16日(火) 19:00会場 19:30開演
場所 長沢山 西光寺(婦中町長沢)

テレビドラマ「北の国から」の音楽は、誰でも一度は聴いたことがあるでしょう。そのギターの演奏者が坂元昭二氏です。
村下孝蔵・ふきのとう・さだまさし等のコンサートツアーにもギターリストとして演奏していました。現在はフリーのギターリストとして、各地でのソロライブや多くのミュージシャンとの共演など、精力的に活動なさっています。
秋の夜長、お寺でアコースティックなひとときを楽しみませんか。

入場料 大人2,000円 中高校生1,000円(小学生無料) ※小学生未満のお子様はご遠慮願います。
チケット購入 問い合わせ お手ライブ実行委員会 E-MAILhoudouji@hotmail.co.jp

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人身受け難し、今すでに受く。仏法聞き難し、今すでに聞く。

 これはお東のお坊さんがお説教の前に唱える三帰依文の最初の部分である。
 人としてこの世の生を受けることは能く能く考える取ると愛づらしいことである。でもわたしは今人として生きている。そして人として生きることのめでたさを教えてくれる仏教に出会うということもなかなか出会いやすいものであるとは言い難い。でもわたしの目の前に仏教の歴史がやってきている。このように私たちに教えくださっている言葉である。この言葉を聞くと「なるほど」と理解できるのである。しかし、そのことに頷いて生活している人がどれだけいるだろか。わたしも悲しいことだけれども頷けずに生きている一人である。
 お経というのはお釈迦様がお説きになられた教えが収められている本をいいます。今から約二五〇〇年前インドで私たちのために教えをお説きになられました。それを未来の人々に伝え残すために教えを聞いた人たちが集い文字に書きとどめました。それがお経の始まりです。いうまでもなくはじめは昔のインドの言葉で書きとどめられましたが、中国の人々が昔のインドの言葉で書き表してある教典を中国に持ち運び、自分たちの言葉に、書き改めるという事業を何度もしました。それが日本に伝わり、そして今私たちの目の前に届いているのです。
 今私たちが目にする多くのお経は漢文で書かれています。またそれをそのまま読誦することが多いですので、お経を見ても、聞いてもなかなか言葉の意味を簡単に理解することは難しいのが現状です。しかし私達の所に経典として伝わっていることは事実です。教典として伝わってきているということは教典という本が伝わっているという意味ではありません。お釈迦さまが、仏であるお釈迦さまが私たちの止めにお説きになられた尊い教えがわたしに伝わっているということです。少なくても、お釈迦さまを仏様として敬い、そしてお釈迦様がお説きになられた言葉を尊い教えとしていただかれた方々が次の世代の人に、わたしに教えとしていただいてほしいという願いの中で、その願いの連続の中でわたしのところに教典が現れているのです。
 私たちにとっては教典というのは単なる古典文学的な本でしかあり得ないのかもしれませんが、私たちの抱えている経験や使僧、その他のわたしが大事に抱え込んでいるものを打ち破って下されるものとしてであい直していかなくてはならないのではないでしょうか。
 善導大師様のお言葉に「経教はこれ鏡にたとうるなり」という言葉があります。このお言葉のように、教典に収められている教えにであうということは鏡のようにわたしの姿を映し出してくださる唯一のものとしてであうということなのです。
 私たちにはお経というありのままの我が身を映し出して下される鏡は先祖より手渡されています。あとは私たちがその鏡を鏡として使うか使わないかという選びだけなのです。
 

146.jpg お内仏のお世話⑪

仏様の前で座る

お仏壇の中で一番主役となるものはいうまでもなくご本尊である。お内仏をお飾りするにあたってなくてはならないモノはご本尊もそうだけど、お内仏の前で手を合わせる私たちだろう。
ご本尊がどれだけ尊いものであっても、どれだけ貴重な宝物であっても、そのことが尊い、宝物だって頷いている人がいないと尊い、宝物であるという意味を持たない。また次には伝わっていかない。仏様の絵像様がどれだけ掛けられていてもその絵像様を見てご本尊と戴く人がいないとご本尊ではない、仏様ではない。単なる掛け軸でしかない。その時点ではお仏壇も調度品、金箔を使った立派な家具でしかないのである。お仏壇がお仏壇であるためには、そしてご本尊がご本尊であるためには、仏様を仏様といただき、仏様の像が飾ってある物を仏壇といただける人がいて初めて仏様が仏様になり、仏壇になるのだろう。
仏様の前にただ座ればいいというものでもない。それはいうまでもなく仏様の前に座っているっていう自覚が必要だ。仏をイメージし仏様に念じる。そのためには説けとという存在は私にとってどんな存在なのかということをはっきりさせなければいけない。そのためには南無阿弥陀仏と念仏申されてきた先輩方に尋ねるしかないことだろう。そういう確かめのもと仏様の前に座るときいつの間にか手が合わされていることだろう。
以前お年を召したお方からおもしろいしつけについてお話を聞かせていただいたことがあります。それは、昔は今と違って朝御飯はどれだけおなかがすいてもすぐに朝ご飯を食べさせてもらえなかったそうです。阿弥陀如来様の前で手を合わせてこないとご飯を食べることが許されなかったそうです。またみんなで『正信偈』のお勤めが終わり、お文の「あなかしこあなかしこ」という言葉が終わらないと朝御飯は始まらなかったそうです。でもそういう厳しいしつけがあったからこそ今毎朝お仏壇の前に座らせていただけています。そういうお話を聞かせていただいたことがあります。今そういうご家庭はほとんどありませんでしょうし、そういうことをしなければならないっていうことは私は思いません。しかしその厳しいしつけの中において念仏申すひとに育ってほしいという願いが込められていたことは間違えのないことです。その願いを家族に伝えるっていうことは形は違っても私たちにはできるのではないでしょうか。
またそういうつよい願いがあって今わたしたちは念仏申す生活ができていることでしょう。
わたしたちは念仏申す人に出会い、仏というはたらきについて今からでも聞かなければいけないのではないでしょうか。仏をイメージして手を合わせるという行いを心がけていくことが今、大切なのではないでしょうか。

時間が合えば参加しようって考えています。

名称全戦没者を悼み平和を願うつどい2007
テーマ 「承元の法難」に学ぶ ー護国思想と『教行信証』ー
日時  8月6日(月)午後6時30分?9時30分
会場  西本願寺高岡会館 (高岡市東上関446 ?0766-22-0887)
講師  藤場俊基氏(真宗大谷派僧侶・石川県常讃寺衆徒)
全戦没者追悼法要への参拝懇志として500円を受付にてお願い致します

「承元じょうげんの法難ほうなん」に学ぶ ?護国ごこく思想しそうと『教きょう行ぎょう信証しんしょう』?
1994(平成6)年にはじめられた「全戦没者を悼み平和を願うつどい」も本年で14回目を迎えますが、本年はまた「承元の法難」が起こってから八百年目にも当ります。
「承元じょうげんの法難ほうなん」とは、1207(承元元)年2月、後鳥羽上皇を中心とした朝廷が、法然上人の専修せんじゅ念仏ねんぶつを禁止し、その教団に弾圧を加え、4人が死罪、8人が流罪となった事件です。この時、親鸞聖人は越後の国府(現在の新潟県上越市)へ、師匠の法然上人は土佐(実際には讃岐)へ流罪に処せられました。
そしてまた、この時の朝廷の弾圧には、法然上人の教えの広まりに危機感をいだいたそれまでの仏教勢力(京都比叡山や奈良興福寺)の念仏禁止の訴えが背後にありました。
そこには、大きく二つのことが主張されています。一つは戒律を守り学問修行をして悟りを開くのが仏教との立場から、ただ念仏を称えることによって救われるという教えへの批判です。もう一つは、祈願きがん、祈祷きとうを旨とし、天皇や貴族を守護する「護国」の立場から、すべての人々が平等に救われると説く専修念仏への批判でした。仏教は「朝廷という権威の下に従属すべきであり」、かつ「朝廷の支配秩序の維持に貢献してこそその働きがある」というのです。その点で専修念仏は「国土を乱る」の教えであるから禁止すべきだということになるのです。
親鸞聖人にとって、「承元じょうげんの法難ほうなん」は「仏法者を名のる者が仏法者に仇をなした」事件であり、「仏教とは何か」を終生問い続ける契機となる事件でもありました。
そして、この弾圧側の仏法者を名のる者こそが仏法を滅ぼす「獅子しし身中しんちゅうの虫むし」である、との批判が親鸞聖人のライフワーク『教きょう行ぎょう信証しんしょう』執筆のテーマだと近年その著書で主張・論証したのが今回講師としてお招きする藤場ふじば俊基としき氏です。
親鸞聖人のお手紙に「世のなか安穏あんのんなれ」との言葉があります。この言葉はご門主の近著の題名に使われ、親鸞聖人750回大遠忌のスローガンにもなっています。「世のなか安穏あんのんなれ」と護国思想はどこがどう違うのでしょうか。八百年前に念仏教団を弾圧した護国思想は現代のヤスクニ思想と通底しているとの立場から、改めて念仏と「ヤスクニ」との関連を探っていきたいと思います。

高岡教区基幹運動推進委員会

 

 公開講演会

(本派高岡教区僧侶研修会事前研修会として)

テーマ 「承元の法難800年に学ぶ ― 非僧非俗の生き方とは?
日時 8月21日(火)午後1時30分?3時
講師 玉光順正氏(大谷派元教学研究所所長)
日程 第一部 公開講演会(テーマに基づいた講義)
午後1時30分?  開会式(合掌礼拝、挨拶・10分)
1時40分?  ご講演(70分)
2時50分?  合掌礼拝・休憩(10分)
※続く第二部は講演を受けてスタッフによる協議会となります。
参加費無料

おやこのつどい
by ながしそうめん

ながしそうめんことしも
そしてできるひとはおとまりまでしちゃいましょう
そしてそして 朝ごはんまで

にちじ    8がつ10にち ごご5じから
さんかひ  500えん
ばしょ    じょうにゅう寺(あおいのおてら)
お泊まりの人はタオルケットか毛布をもってきてね!
ながしそうめん・ーベキュー・火・etc
やりま?す きてね 待ってるよ

 

お寺であそぼ
―巡回子ども会ー

京都にある大谷大学のお兄さんおねいさんがみなさんと遊ぶためにお寺に来てくだされることになりました
めっちゃたのしいよ!まってるよ
にちじ    8 がつ19 にち(日ようび) ごご6 じより
さんかひ  無料
ばしょ    じょうにゅう寺(あおいのおてら)
ないよう   ゲーム・紙しばい・人形げき・しょくじかい など

 

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御 礼
6月24日?25日まで当寺祠堂経会を催したところ、お忙しい中たくさんの方々にお参りをいただき、そして厚いご懇念をお運びいただき、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。また、お運びいただきました御懇志金はは大切に常入寺の維持管理のため、そして仏法興隆のために使わせていただきます。
今後とも常入寺維持運営にご協力いただきたくお願い申し上げます。                  

常入寺住職 青井和成

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祠堂経会厳修

二〇〇七年六月二十四日午前十時より 二十五日午後四時まで

六月二十四日 午前の部、並びに祠堂のお勤め 午前十時より

尼講のお勤め 午後二時より

午後の部引き続き

六月二十五日 午前の部のお勤め 午前十時より

午後の部のお勤め 午後二時より

それぞれのお勤めのあとに法話があります。(午前の部十二時頃、午後の部四時頃終了予定です)

法話は、石川県かほく市の伊藤 敏暁さんにお話しを頂きます。

※二十四日は尼講による昼食の振る舞いがございます。

祠堂経(しどうきょう)

祠堂とはそれは洞、廟所という意味である。しかし日本では「先祖供養」という意味で使われるこのとのほうが多い。お経を読誦する事によって先祖を供養しようというのが祠堂経といってもよいのだろう。何故、経を読誦する事が先祖を供養することになるのかということを大切にしていただきたい。 お経を先祖に読んであげることが供養にあたる訳ではありません。お経という釈迦様のお言葉が書きとどめられているものは、それが自分が今生きていく中で尊いものだと気づいていく歩みが供養になる、私はそう思っています。 先祖が救われているだろうかと疑うのではなく、私は救われているのだろうかという我が身のことを心配し、私のためにお経が説かれているということに気づいていく歩みが大切なのです。先祖の遺徳を偲び、南無阿弥陀仏の歴史を相続していきましょう。

2001年5月11日熊本地裁は、ハンセン病回復者に対する国の隔離政策の過ちを認め、国の謝罪と賠償を認める判決を下しました。あれから6年が経過しました。
今回、判決の原点に戻って、全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局料である神美知宏さんをお招きして、講演会及びディスカッションを開催し、あらためて判決の意義について考えたいと思います。

日時 2007年6月22日(金)午後6時30分?8時50分(午後6時受付開始)

会場 富山市民プラザ 4階アンサンブルホール( 富山市大手町6-14 電話076-493-1313)

講題ハンセン病差別と戦い続けて

講師 神 美知宏(こう みちひろ)

ディスカッション ハンセン病問題の現状とこれからの課題

日程 18:30開会  16:40講演  19:50ディスカッション

20:50閉会

参加費 500円(資料代として) 

ごぼはんだより143 お内仏のお世話? お 華 束
法要や報恩講の時はいつものお飾りに加えお華束をもります。漢字から訪ねると、花束とありますから花を重ねたものを飾るということなのでしょうが、餅や干菓子をお飾りすることが普通です。お寺や大きなお仏壇ではその餅や干菓子が花を重ねたように見えることはありますが、普通のお仏壇でお持ちなどをお飾りしても花を束ねたようには見えないのも実際です。

また最近「お華束」という言葉が一人歩きしているような感じがしてなりません。本来法要などでお華束としてお飾りしたお持ちなどのお下がりを参詣者の方々にお裾分けしていました。しかしお飾りした餅を配るのではなく、法要にお参りいただいた方々におみやげとして餅を配らなくてはならなく、その餅の名前をお華束というのだと思っておられる方々が最近多いように見受けられます。仏様にお飾りされることなくお参りなさった方々にお華束としてお配りされている現状に時代を感じるというか、本義が失われている現状を感じ取るのです。

お華束は御仏飯と同様仏教の真理をあらわす、白蓮華に見立ててお餅をお飾りすることです。そしてこれも御仏飯と同様お飾りしたものをいただくこと、食することまでが大事なお飾りなのです。

餅は日本では大切な行事のときにいただく物という意識が強いものです。白米よりも大切な主食という意識が日本に住んでこられた人々の生活の意識の中にあったようです。今はそうではないかも知れませんが、特別な食べ物という意識が強かったそうです。

そういう思いのあるお餅を白い蓮の花の花びらとしてお飾りし食するということは、仏教がお餅のように掛け替えのない尊いものとして私の元に現れていることを喜び、みほとけのみ教えに生きていくことを意味しているのではないでしょうか。

法要などに参列し、お餅をおみやげとしてちょうだいし、それをいつのまにかかびさせ、捨ててしまうことであるのならば、本当に大切な先祖の願いを踏みにじってしまうことと言えるのではないでしょうか。その事を自分にも問いつづけていかなければいけないと感じています。

モッタイナイ 勿体ない

仏法が御前にあっても喜べぬ私   モッタイナイ勿体ない

勿体ないことに気づけない自分 モッタイナイ勿体ない

おやこのつどい

 

inSPRINGはる

春はいっぱいの芽が吹き、いっ ぱいの花が咲きます。同じよう に今から2500 年前、私たちに とって本当に尊い仏教を開か れたお釈迦さまが春にお生ま れになっています。その事をお 祝いし今回はお釈迦さまの誕 生会をします。

日 時 5 月13 日(日)午後2 時30 分より 4 時30 分まで

場 所 常入寺本堂

参加費 300 円

どなたでも参加いただけます、子どもだけの参加、大 人の助っ人大歓迎です。待ってます!

簡単カップケーキ作り  絵本よみがたり そ の他いろいろ

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高岡教区第8組

同朋大会

テーマ  関 係(つながり)を生きる

日 時  六月二日( 土) 午後1時30 分より

会 場  常入寺本堂

講 師  石川正穂さん 富山市 玉永寺住職

講 題  「不安に立つ」

※お寺に住む女性達によるハンドベル演奏

主催:真宗大谷派高岡教区第8組

 

 

13年間にわたって撮り続けた証言。沖縄ひめゆり学徒の生存者22人。いまだ一切を語れぬ元学ともいる

日時六月十七日(日)13:30?16:00 主催ドキュメンタリー映画「ひめゆり」上映実行委員会

映画について詳しくお知りになりたい方は

公式穂HPをご覧ください 


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法名について

法名とは、仏弟子の名乗りであり、仏教徒としての名前であります。ですから基本的にはあくまでも「生前にいただくものです。

浄土真宗では、帰敬式(「おかみそり」とも言い、「仏、法、僧」の三宝に帰依し、念仏に生きる者としての誓いを立てる儀式です)を受式し、仏弟子となった証として、「法名」が与えられます。戒名という言い方もありますが、浄土真宗では法名といいます。戒名とは戒を授かったときの名前ということであり、これも仏教徒として歩み出そうと決意なされたとき、戒、仏教徒としての生活規範を授かり、あらためて仏教徒として歩み出すときにいただく名前なのです。

浄土真宗の法名は、男性の場合は「釋○○」女性の場合は「釋尼○○」と、お釈迦さまの「釈(釋)」の一字をいただいています。したがって、浄土真宗の法名には、「居士、信士、大姉、信女」など戒名に用いられる「位号」が付けられることはありません。

法名は本来、ご門首よりお受けするのですが、一般寺院の住職が門主の代理として授ける場合があります。

私たち浄土真宗の門信徒は、「体裁」や「字数」に囚われることのないよう、法名の意味を深く心得たいものです。

私たちの法名は、「これから仏の教えを聞いていきます」と言う「誓いの名前」なのですから。
帰敬式に受式される場合は真宗大谷派(東本願寺)は冥加金として一万円必用となります。しかし、何かの理由により生前帰敬式を受式されておられず、やむを得ず、死後に帰敬式を受式なされ法名をいただく場合は冥加金は必用となりません。

また一万円の冥加金は、あくまでも帰敬式の礼金であり、法名料では決してありません。



院号について


院号とは、そもそも皇族が出家したときにつけられた称号でした。現代においては教団やお寺に「貢献のあった方に贈られる」ものとなっています。

現在は、懇志(お金による布施、寄付など)をされた方に、お扱い(お礼の品)のひとつとして、希望者に院号が下付されております。

東本願寺では、八万円以上の懇志をされた方に対し、金額に応じてお礼の記念品を数種用意していますが、そのひとつが「院号」です。

つまり、浄土真宗の「法名」や「院号」は、お金で買うものではないのです。

法名の上に載せられるために、法名と院号は、「一体化」しているように思われていますが、このように法名と院号はまったく「別物」です。

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本年も例年のごとく井波別院、城端別院の巡回の法座が東老田でも催されています。本来というか、以前はこの巡回法座は、「同行(どうぎょう)」と呼ばれている人達を中心に在所の家々で行われていたのです。しかし、お宿を頂けるお宅がなくなったこと、そして同行をしていただける方がいなくなったことがあり、今は東老田ではお寺でやっているのです。
正式には法宝物巡回布教と言います。「ほうもっつぁん(法物さん)」と親しく呼ばれていることもございます。宝という字があるので別院の貴重な宝物をもって巡回していると誤解される方もいるようですが、そうではありません。別院の宝である仏法を伝える行事、別院の唯一の存在意義である仏法を伝えるその使命を実行する行事なのです。仏法を伝えるということのシンボルである歴代のご門主さんが描かれている掛け軸や、別院の由緒をを記した掛け軸をおかけして法座が開かれています。御歴代の変わりに布教師の方がお話しなさるっていうことなのでしょう。
正直、最近お参りになされる方が東老田では減っています。「義理参り」というものがお寺で催すと働かないっていうこともあるのでしょう。また義理も働かないお寺っていうことを明らかにしてくださっている事実でもあるのでしょう。その事はしっかり受け止めていかなければいけないと思わさせていただいています。
私はただお参りに来ていただける方が少なくなったから止めてしまえとは思っていません。もしかすると時代遅れなのかも知れません。ただ、時代遅れだという私たちを明らかにしなければいけないと思います。この思いの奥には、今がよくて昔が悪い。自分が正しくて、自分の意の沿わないものは間違えだというものがあるのではないでしょうか。本当にそうなのでしょうか。その事を明らかにしていかなければいけないと思うのです。この課題に真向かいに取り組んだ、というか、課題として歩んでこられたのが仏教の歴史と私は思っています。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」という「平家物語」の冒頭の一文が浮かんで参ります。常なきが私たちの生き方であり歴史なのです。正義、善、常識、それぞれのものが、時代、文化、地域、そして人それぞれがちがうのです。でも私たちはその事に気づかず生きて、人をけ落としたり、自分が落ち込んだりしていくのです。
ある意味でいろんな昔からの行事にあうことによって人それぞれという事実に遇いませんか。

東本願寺青少幼年センター準備室が企画しました「第5回絵本百冊プレゼント」に応募したところ、当寺に進呈いただけることになりました。 どのように活用していくか皆さんのお知恵をお貸しください。またご活用ください。


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お内仏様には毎朝、朝のお勤めを終えたあと御仏飯をお供えし、お昼頃にお下げすることが習わしになっています。そして於東ではご飯を仏飯器に蓮をもしてもられています。お西ではつぼみの形になるようおしゃもじなどで形取り、お東は実の形になるよう盛槽という道具を使いもります。
仏さんのご飯ということは間違えのないことなのでしょうけど、お荘厳という意味も大事にしていかなければならないことでしょう。つまり仏様をお飾りするために御仏飯をお供えするという意味も大切な意義としていただいていかなければならないということです。白い白米をお飾りするということより、白い蓮の花を白米を使い形取りお飾りする。仏様のお徳を白い蓮の花として讃えることが御仏飯をお飾りする意味が大事だと考えています。
言い伝えによると、真っ白の蓮の花は毎年花を咲かせず、数十年に一度、何百年に一度しか花をつけないそうです。そのめったに見ることのできない真っ白の蓮の花は、汚くどろどろとした沼に一転して真っ白に耀き咲いているそうです。阿弥陀なるはたらきはよくよく考えればあえるはずのないものに珍しくあうことができ、またそのはたらきによって汚れきった我が身に、自分にふさわしくないと思えるぐらいの真っ白の花が咲いたような喜びを私と仏法のであいを表現されてきているのではないでしょうか。
またその白蓮華を私たち日本に住むものにとっては主食であるご飯で表現されている事も大切なメッセージが込められていることなのかも知れません。御仏飯は仏さんにお飾りして終わるというものではありません。御仏飯はずっとお飾りしておくものではなく、お昼にはお下げすることになっています。一日中お飾りしておくと特に夏などでは、臭くなりお下げしたあと食べようと思っても食べることができなくなります。ある意味食べるためにお昼にお下げするのではないでしょうか。お飾りして終わりなのではなく、仏教の象徴である白蓮華に形取った白米をいただく、私たちの主食として仏教をいただき、私たちの血と肉とする。そういうものが仏教であるという願いによってお飾りされてきたことではないのでしょうか。仏さんにあげるものが御仏飯ではなく、仏さんからいただいたものであり、それを大事にしまっておくべきものでもなく、自分の大事な食としていただいていくものなのではないでしょうか。


namunamu.jpg来年(2007年)は「承元の法難」から800年の年になります。
800年前の2月9日、法然門下の4名の僧侶、善綽、性願、住蓮、安楽が、斬首され、その後、法然や親鸞が流罪にされました。親鸞はこの出来事を、「主上臣下(しゅしょうしんか)、法にそむき背きぎ義にい違し、いかり忿を成しうらみ怨を結ぶ?みだ猥りがわしく死罪につみ坐す」『教行信証』と、激しい言葉で批判しています。
800年、節目の年に、念仏の教えに生きんとする私たちは、「承元の法難」を憶念する集会を、下記の通り企画しました。
「ただ念仏して」という親鸞が何故流罪となったのでしょうか。
首がとび、流罪になるような「念仏の教え」とは一体どういう教えなのでしょうか。
私たちは今、法然や親鸞と同じ念仏をしているのでしょうか。
アメリカの、いわゆる「テロ」との戦いという名目の戦争に荷担する日本、アジアを軽視し、国家主義の傾向を強める日本は、教育基本法の改定等でいよいよその動きを加速するかの如きであります。このような現状のなか、「ただ念仏して」という親鸞の教えはどのように響くのでしょうか。私たちは親鸞が流罪になることで開かれた念仏の教え、浄土の真宗を生きているといえるのでしょうか。
流罪によって国家から排除され、その排除した国家を逆に拒否した親鸞はそれ以降「非僧非俗」を名のりました。そして、僧侶でありながらも結婚した親鸞は、おんなとおとこの水平な関係をめざし苦悩し続けたように思われます。
私たちは、それらの親鸞の課題と真向かいになってきたのでしょうか。
今、アジアをはじめ多くの日本という国家を問う人々や、男女平等を願うおんなたちから、あなたたちの親鸞理解はそれでいいのかと厳しく問われています。
それらの問いかけに応えることを通して、流罪になった親鸞の念仏の思想を明らかにしたいと願っています。そのことが、行き詰まっている現在の真宗教学をも解放することになると考えるからです。
 寒い時期の開催となりますが、是非とも集会へご参加ください。有縁の方々への御案内を宜しくお願い申し上げます。                      
合 掌


                    記

「法難800年大集会」企画
『死罪・流罪 法難800年ナムナム大集会』 首がとぶような念仏とは
     
 日 時:2007年2月9日(金)  
   テーマ:浄土と国家とおんなとおとこ
会 場:正午?    阿弥陀堂  
    午後1時半? 大谷ホール
出 者:三国連太郎 田中美津 タテタカコほか     
協力金:一般2,000円、学生1,000円
   振込先:記号14450番号38069731


出演者プロフィール(敬称略)
【三国連太郎】  
静岡出身。1923年生まれ。俳優。1952年『善魔』(映画)でデビュー。『飢餓海峡』『はだしのゲン』『犬神家の一族』『大河の一滴』などに出演。最近では『釣りバカ日誌』シリーズで活躍。"スーさん"の愛称で親しまれている。1986年『親鸞・白い道』を製作。自ら監督にあたり、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。
近著として「生きざま死にざま 三国連太郎」(KKロングセラーズ)がある。その中で、親鸞探求が、閉じ込めてきた自分史を解放させると語っている。その通り、同書には男性である三国氏の歯に衣を着せぬ言葉で自分がたどってきた道を女性観、戦争体験、被差別者としての芸能論など、忌憚なく披瀝されている。「白い道」製作について「私は何のために生きているのか。それを根本から問いかける映画を製作しよう。ついては、理解しにくい教義を解説するのはやめるべきだと思ったのです。同じ地平に立って、庶民レベルの映像で、親鸞にぶつかっていくほうがより親鸞的とでも言うのか・・・」と記している。

【田中 美津】  
東京生まれ。生来虚弱なのに、1970年代初めのリブ運動でがんばって、心身ヨレヨレに。
その後、ぼーっとするためにメキシコで4年余り暮らす。その間に「ヒトはからだだ!」と悟り帰国。鍼灸師となって'82年にハリ治療所「れらはるせ」を開設。
やがてまた、「からだはこころで、こころはからだだ」と気づくべくして気づいて15年前からイメージトレーニングのインストラクターに。(朝日カルチャーセンターで講座を開く)。現在はアレルギー、更年期、冷え性、虚弱に悩む人を専門に治療している。
主な著書に『いのちの女たちへーとり乱しウーマンリブ論』(現代書館)、『美津と千鶴子のこんとんとんからり』(上野千鶴子氏との対談集・木犀社)『自分で治す冷え症』(マガジンハウス)『いのちのイメージトレーニング』(筑摩書房)『ぼーっとしようよ養生法』(毎日新聞社刊・文庫は三笠書房)などがある。
「いのちのイメージトレーニング」(新潮文庫)カバーより

【タテタカコ】  
長野県飯田市出身・在住のシンガーソングライター。国立音楽大学教育学科卒業。
2003年秋、映画『誰も知らない』にコンビ二店員・宮島さなえ役で出演すると共に主題歌「宝石」を歌う。
捻(ねじ)れきった現代の傷みを暖めながら、独立独歩で歌って歩く。本当に、自分の速度でしか進めない。「しょぼい歌い手ナンバーワン」を目指し、どうにも掴みきれない捩(よじ)れた感性から特徴的な言葉を紡ぎだし、心象原風景にある懐かしいシンプルなメロディーを、確実に安定した演奏力で奏でられるピアノに織り交ぜながら歌う。単に澄んでいるだけではない毒のある個性的な声と、その場の空気を吸い込んでしまうような強い求心力を発揮するライブ・パフォーマンスが印象的な、新種のバラードシンガー。

☆主 旨☆

 来年は「承元の法難」から数えて800年の年である。教団でもその記念法要が企画されているが、それは法難の「御苦労を偲ぶ」という域を出ないものとなっている。
「念仏を申す」ことで、何故親鸞は流罪となったのか。念仏申すことで、何を否定したのか。我々はその思想的意味を問いたいと思う。首がとび、流罪になる。それほど国家と緊張関係を持ちながら、明かされた「念仏の教えとは何か」。
 9・11、9・17小泉訪朝以後のアジア蔑視、国家主義の傾向を強める日本の現状を、流罪となった親鸞の思想を明らかにすることで、破っていくことは、我々真宗門徒の責任である。そしてそれは、漢訳経典を拠り所とする日本仏教徒の報恩の勤めでもある。
 また、親鸞は流罪に際して、非僧非俗と名告り、僧侶でありながら婚姻関係を結び、おんなとおとこの水平な関係をめざした。しかし我々が、親鸞の課題を見過ごしてきたために、今、あらためてその問題をフェミニズムの思想から問われている。しかし我々は、その批判にまともに向き合ってもいない。
今、アジアやフェミニズムからの批判に応えることを通しながら、流罪になった親鸞の思想を明らかにしたい。そのことが行き詰まっている現在の教学を解放することになると考えるからである。

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昨年を振り返れば、「いじめ」「自死」ということが世の中を騒がせた年であったのではないかと私は思います。その中で私たちに第四子が誕生し、名前を考えるとき、ただ生きるだけでいい!っていう思いが子どもに対して湧き上がってきて唯生(ゆい)という名前をつけました。
それはさておき、子ども達がいじめあう、そして大人までもが陰湿ないじめをする、またいじめが原因となって自らの生命を絶っていく、本当に悲しくなってきます。このことを少しでも減らすには世の中でいわれているようにいのちの重さ、いのちの尊さを子ども達に伝えていくしかないのでしょう。しかし伝え方には色々あります。言葉で伝えること、そして生き方として見せていくっていう方法があると思います。子ども達は敏感です。口先だけでいっていること、いっていることとやっていることがちがっていることはすぐに見破ります。やはり大事なのが、伝えようとするものが本当にいのちについて考え、いのちの重さ、尊さにひざまずくことが先決な事だと私は考えます。
命が尊いとは自分に宿っている命だけが尊いのではなく、また誰か特定の人に宿っている命だけが尊いというものではありません。いのちそのものが尊いのです。誰か特定の人が生きていることが尊いのでは絶対にないのです。人を殺してはいけないことと同じように私自身も殺してはいけないのです。反対に自分が生きていることが大事、尊いのならば、同じように他なる存在が生きていることも尊く、他なる存在が生きることを障げてはいけないのです。
その事を仏様の教えを宝物とされてきた私たちの先輩方は、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」というお釈迦さまがお生まれになられたときのお言葉として伝えてくださっています。

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