2005年アーカイブ

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123.pdf 12月に入るといろんなところで大掃除をされている風景が目に入って来ます。東本願寺でも毎年12月20日朝、お煤払(おおそうじ)が行われます。
 私たちの体も、沢山のホコリが付き、なかなか落ちていかないものです。その代表が「誇り」です。このホコリはなかなか落ちません。雑巾を使っても落ちるわけではありません。またこのホコリはホコリであると気づくことが出来ません。反対に自分をきれいに飾る宝石のようなものだと思いこんでしまいます。だからなかなか落ちないのです。
 ホコリは自分から見れば美しく自分を飾り立ててくれるものと写りますが、他より見ると、武器に見えます。他を近づけさせない、そして他との関係を切り裂くものと感じます。
 私たちは他の誇りはホコリと見えますが、私の誇りはホコリとして認知できません。やっかいなものです。
 この自分のやっかいな誇りを取るには仏さまの言葉に触れ仏様の言葉を教えとして頂かれてきた人や歴史に出遇うのが一番なのです。


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122.jpgホンコサンの準備も何とか終えホンコサンを迎えることができました。
最近のテーマは精一杯のホンコサン
一番大事な仏事、ホンコサン、これを私なりに表現するとこうなる。おもてなしも精一杯のつもり。
でも、気が届かなかったり、限界があったりで、つもりだけになっている、かもしれない。でも、思いだけでも精一杯のホンコサン。
精一杯のホンコサンが終わるとアッカリする。人にはアッカリしてはあかんといっているのに、アッカリする自分。でも精一杯するからアッカリするのだ。

ちょっと休んでから、来年のホンコサンに向けて準備ジュンビ
来年は親鸞さんが流罪になって八百年。法難にあって八百年にあたる年だ。そのホンコサンどう勤めようかな。
準備ジュンビ、ホンコサン終わってすぐさまホンコサンの準備。法難八百年にあたる年のホンコサンに向けて準備のスタートです。


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 常入寺が所在する老田という地名の由来についていろんな説がある。一番定説になっているのは、本年七月に老田自治振興会が発行した『老田郷土史』にも紹介してある「老中の田」から老田になったというものである。私はこの説に対しては疑問を抱いている。それは老中の田からくるのであるならば「ロウデン」あるいは「ロウダ」というふうになるのではないかと思うからである。「ロウ」 が「オイ」と変化しないのではないかと思うからである。
 数年前小杉町黒河の西養寺住職の伊藤さんから「老田というのはオオウダから来ているのでは」と教えていただいた。また近くに歌の森(ウダノモリ)という地名があることにも注目されていた。そういえば東老田には「ウラタンボ(ウダタンボ)」という小字があることが思い出される。
 ウダという言葉をインターネットで検索をすると、アイヌ語に泥地を意味する「ウダ」という言葉と低湿地帯を意味する「ウタ」という言葉があるとでてきた。そういうことからすると老田は大きなウダ、低湿地帯といういみからきているのではないだろうか。ちなみに歌の森は低湿地帯に出来た森ということになるのだろうか。『老田郷土史』には弥生時代は射水平野は潟であり、老田は低湿地の境界にあたるとある。このことは伊藤説を裏付けることになるのでは、と思う。
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 仏壇の正面には御本尊をおかけするところ以外にもスペースがあいている場合があります。そのところにに脇掛けを安置する場合がございます。脇掛けとして向かって右に「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号、左に「南無不可思議光如来」の九字名号を飾ります。あるいは右に親鸞聖人、左に蓮如上人のご影像を掛けることもあります。ちなみに脇掛けが十字名号・九字名号の場合、その前に仏飯器はそなえません。
 「南無」も「帰命」も同じ意味です。昔のインドの言葉である「ナマス」の発音を漢字にあらわしたのが南無であり、意味に基づいて漢字にしたのが帰命です。「尽十方無碍」も「不可思議」も阿弥陀仏の特を表現した言葉です。そして「光如来」は仏を意味します。ですから何れも南無阿弥陀仏を言い換えた言葉なのです。
 帰命尽十方無碍光如来は天親菩薩のお言葉であり、南無不可思議光如来は曇鸞大師のお言葉です。それぞれのお方が南无阿弥陀仏と出会い、そのかなで自分なりの言葉で表現し直された言葉、自分のこれからの生き方を表明する言葉として「帰命尽十方無碍光如来」「南無不可思議光如来」というそれぞれの名号が存在するといえるのではないでしょうか。
 その九字名号十字名号をご本尊の脇にお飾りするということは、私たちも私たちなりに南无阿弥陀仏─阿弥陀仏に頭のさがるる生活─を表現しようということなのではないでしょうか。表現するということは言葉で表現するということもありますが、生き様として、生きる中で言葉にならなくても、こだわりとして表現していくということであるのです。
 脇掛けの名号にはいずれも「光如来」と書かれています。これは仏さまを光のようだと頂かれているからです。太陽の光のように私たちを照らして下されているのが仏さまなのです。太陽は光と熱を私たちに歩込んでくれていますが、佛は我が身のありのままの姿を映し出していてくれるのです。仏をかんじ我身に向けられている光のような大いなる願いを感じるとき、胸の張ることのできない我身が知らされてきます。その我身は我身を明らかにして下された光の如来様によってでしかたすからないことがまた明らかになってきます。だからこそ如来様に頭が下がるのです。
 そういう生き方をされてこられていたのが私たちの先祖なのです。



表示119.jpg 私たちは、私たちの先祖は阿弥陀如来を、南无阿弥陀仏を御本尊としていただいてこられました。御本尊とは本当に尊いことという意味です。私にとって一番大事にしていくべきこととして南无阿弥陀仏という言葉を選んでこられたのが私たちの先祖でありましょう。ではそういう私たちは何を本当に尊いこととして選んでいるのでしょうか。
 私たちにとって大事なものは人それぞれかもしれません。「家族」「お金」「名誉」「信頼」「先祖の偉業」いろいろ大事なものはあるかもしれません。しかし、考えるといろいろ浮かんでくるかもしれませんが、実際の生活の中で自分が本当に尊く思えるもの、本当に頭の下がることはあるでしょうか。私はあるとはいえません。
 そしてもう一つ、私たちの先輩方は本当に尊いものではなく、尊いことが南无阿弥陀仏だといわれています。尊く感じるのは物や者ではなく、事柄だったんでしょう。南无阿弥陀仏は存在ではなく事柄として私たちの先輩方は受け取っておられているのです。はたらきとして南无阿弥陀仏を頂いてこられたということなのでしょう。
 阿弥陀佛、阿弥陀如来というように佛のことを如来という言い方もします。仏とは如なるものから来たることをいうのです。如、すなわち真実のはたらきを仏というのです。神様と同じように佛なる存在がいるというわけではなく、真実のはたらきを佛と表現し、そのはたらきを尊んできたのが仏教の歴史なのです。
 本山から頂いた阿弥陀仏の絵像の裏を一度ごらんになってください。そこには「方便法身尊形」と書かれています。また、嘘も方便ということわざのもとになっものに「有相も方便」という言葉もあります。方便というのは手だてという意味です。本当はそうではないけれどもあえてそうした、ということです。本当は仏とは真実のはたらきという、形にあらわすことのできないものなのだけれども、あえて人の姿をして表現したものが、本山から頂いた本尊なのです。
 真実のはたらきが私の上にやってきてどうなるのでしょうか。それは我が身の事実が明らかになるのです。その事実はたいがい自分が気づいていなかったものであったり、認めたくないものなのです。自分にとっては都合の悪いことが真実によって我が身の事実として明らかにさせていただけるのです。
 ことわざに「人の振り見て我が振り直せ」というものがありますが、我が身の事実というものはなかなか自分ではわからないものなのかもしれません。やはり人との関わりによって人との出会いによって感じるものなのかもしれません。だから南无阿弥陀仏が人の姿として表現されてきているのかもしれません。
 「人の振り見て我が事実に気づけ」これが先輩達からの今を生きる私達へのメッセージなのかもしれません。(つづく)

118.jpg 皆さんは仏さんにお参りをするといいますか、それとも仏壇にお参りをするといいますか。同じように聞こえるかたもおられるでしょうが、しかし仏さまとお仏壇というのは違うものを意味するのです。
 「壇」という漢字の意味は土でできた一段高い段という事だそうです。ですから仏壇というのは仏像を安置する一段高い土でできた段という事になるのでしょう。しかしそれは昔のことで土や石で段を高くして仏像を安置してあることは今はありません。今は木で出来ています。その事をわかってのことか仏壇店の看板に「仏壇」と表記せずに「仏檀」とかいてあるものも目にすることもあります。
 とにかく仏壇というのは仏像を安置する段という事なのです。そして今では仏像を安置する厨子をも仏壇といっているのです。ですから仏壇の方に向かってお参りすることはあるかも知れませんが仏壇にお参りすることはおかしな事なのです。お仏壇の中に仏像のないところでお参りしても意味のないことといえるでしょう。中心は仏像だということです。
 その事で最近気になることががあります。それは仏壇を購入するとき仏像がサービスされているということなのです。仏像すなわち御本尊というものは本山からいただくものであるという基本もあるのですが、それよりも仏像がサービス品になっているということが悲しいことだと思うのです。値段の高い高い仏壇を買ってそのおまけで御本尊である仏像が付いてくる、このことは本当に本末転倒していることなのではないでしょうか。仏壇は御本尊である阿弥陀如来の仏像をを安置する入れ物にすぎません。中心は御本尊である阿弥陀仏の仏像なのです。御本尊はおまけではてありません。そのことだけはご承知ください。
 また各家々に仏壇をおいて仏像を安置するようになったのはそんな昔からではないようです。今から550年ぐらい前の本願寺第八代の蓮如上人は「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ」とおっしゃっておられます。本尊すなわち仏像は掛け破れと。仏像は破れるぐらいによく床の間などに掛けなさいといわれているのです。蓮如上人の時代は仏壇と今私たちが読んでいるものに仏像は安置しておられなくて、朝の勤行の時などお参りをするときにだけ掛けて後はしまっておいていたということなのでしょう。それがいつの間にか仏壇というものに飾るようになったようです。調べて見ると江戸時代より幕府の指示によりそうなっていたようであります。
 さて、念仏を称えてこられた私たちの先輩方は仏様のことを御内仏様ともお呼びしておられました。これはうちの仏様、私の仏様ということであります。私を救ってもらうための仏様ということでしょう。
現代を生きる私たちは仏様の前に座り何を憑んでいるのでしょうか。「我が身を救ってほしい」と真剣にたのんでいますか。そのことは一度我が身に聞き直してみなければならないことなのでしょう。(つづく)




 最近私の仏事という意識が大切だと感じている。報恩講、年忌法要、月参り、そしてお寺の行事...、仏事といわれるものはたくさんあるが、その行事全てが私のためにあるはずなのだ。しかし私のためにあると感じて関わっているのだろうか、私たちは!そういうふうに反省もしてしまう。
 いうまでもなく仏教というのは私が救われるためにあるのである。他を慰めたり、他だけが救われるためにあるのでは決してありません。私が真理と出会うために、真理への道を歩み続けるために仏教があります。
 別の言い方をすれば、私たちはひととして生まれています。その生業の中で立派な人間になろうとしているはずであります。しか師私たちの考える立派な人間というものは不完全なものとしか言いようのないものであります。自分勝手なものであったり、よくよく考えれば他なるものを傷つけることが多いのです。そしてそのことにも気づかず名立派な人間になろうと励んでいるのが私たちなのではないでしょうか。ですからなかなか人と人の間がうまくいきません。人との関係がギクシャクしてしまっています。そのことに悩み続けているのが私たちなのでしょう。特に家族など親しい関係になればなるほどそうなのかもしれません。お互いの甘えなどがあり関係をなおさらややこしくしてしまうものです。
 そういう私たちの有り様の中で今から二五〇〇年ぐらい前に私たちの教主釈迦牟尼仏、お釈迦さまが私たちに本当の人間になるために、人と人とが共に生きていくことができることを願われ教えを説かれました。それが私たちが言う仏教なのです。
 またお釈迦さまの教えに頷き生きてこられた方々もおられます。高僧といわれる方々です。そしてお念仏のヒグラシをされて個たれた私たちの先祖もそうなのです。その方方がお釈迦さまの教えに頷き続けてこれれたからこそ私の元に仏教が届いているのです。だからこそお釈迦さまの教えが物語として伝わらず大切な教えとして今わたしのところにやってきているのです。
 そのことを親鸞聖人は御和讃の中で
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨をくだきても謝すべし
と、仏教が教えとして私の手元にやってきたことを喜ばれ、そして教えを説かれたお釈迦さまや教えに生きてこられた方々を讃嘆感謝されているのです。
仏事という行事を催す中催す皮である私は門信徒のためにためにと励んでしまい、また門信徒の方々は「仕方がないのう~」とお寺のためだとご参加いただく方もおられるようにお見受けいたします。それは仕方のないことなのかもしれませんし、なかなか封じ込めることのできない心なのでしょう。しかしそういうありかたのなかで、阿弥陀如来の「こちらにこい」というお招きと、お釈迦様の「あちらに行け」という勧めを信じ、そして弥陀釈迦の言葉を信じ歩んで行かれた方々の姿を思い出し、仏道を歩む決意、歩み続けつけついというものを心がけなければいけないのでは2だろうか。


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最近私には心境の変化ともいえることがある。それは、伝統に訪ねたい、ということである。以前は昔からやっているとは何か古くさい気がして好きではなかった、今好きになったというわけではないが気になっている。昔からずっと伝わってきているということはすごいことなんだと感じている。止めずに伝わってくるには伝わってくるだけの訳があるのだと。そのわけなるものに出遇う、知ることも大事だと最近感じている。
 仏教も二五〇〇年ぐらい前に釈尊によって示され、シルクロードを渡り中国・朝鮮半島そして日本にやってきた。それも人から人へと手渡しされインドから私たちの住む日本にやって来ているのである。これは多くの人々が釈尊の言葉にうなづき、感動してきたからに違いない。私たちの先祖も仏教に出遇い仏教に感動してきたのだ。仏教の歴史の一員だったのだ。そのおかげで私の所にも仏教がやってきている。
 祠堂経会は私の所にやってきた仏教の歴史に触れ、大いなる願いにであってほしい、先祖からそういう願いが込められ営まれてきたのではなかろうか。
どうぞお参りに来てください
115.jpg 最近「憲法改正」という声がよく聞こえてくる。憲法について色々多くの人と話し合うことは大事なことでその中で憲法改正ということであるのならば、それもそうなのだろうと思ってしる。しかしその中で気になっていることがある。今の日本に憲法があわなくなってきているから憲法を改正しなければいけない、というこの意見がすごく私は気にかかる。
 現実に日本には自衛隊という軍隊がなし崩し的に存在する。その中で憲法第九条があわなくなっているということは、その通りである。これだけ日本が経済的に豊になればその財産を守りたくなる、このことも当然なことなのであろう。近年、各家々が経済的に豊になって鍵を厳重にかけるようになったことと同じことなのであろう。盗んでいかれる物がなかったらそんなことを心配をする必要もなかったのであるが...。
 私は日本国憲法が作られた願いを大事にしていかなければならないのではないかと感じている。憲法はアメリカに押しつけられた、という人もいる。でも日本人も作成に関わっていることも事実である。憲法作成の時どんな日本にしたいのか、そのことがいろんな立場で語り合われたことであろう。そういう語り合いの中で日本国憲法が出来上がったと私は思っている。
 先人達が戦争を体験し、そして敗戦ということを経験した。その中で感じていたことを憲法を作る、どんな国にしたいのかというところにその願いが込められているのではないだろうか。この先人達の願いを無視して、今という時代を自分勝手に生きている自分たちの都合だけで、いろんないろんなものを自分たちの都合のいいように簡単に変更していってもいいのであろうか。

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113.jpg 皆様の御協力によりましてたくさんの雑巾やタオルが集まりました。正直なところ私が呼びかけてどれだけ集まるのだろうかと不安でした。こういうことはいつものつながりによってできることであり、私のように信頼されていない者がやっても誰も賛同はしてくれないだろうと思っていました。しかし実際は沢山の方に御協力いただいたこと本当にうれしく思います。本当に有り難うございました。御協力いただいたことを縁としまして仏道をしっかり歩んでいこうと決意させていただきました。
 私たちが生きていく中でたえることができないことは孤独感ではないでしょうか。どれだけ一人暮らしをしていたとしても、一人ではないんだ、誰かが見ていてくれる、そう感じているときはそんな寂しいものではありません。また寂しくても何とかやっていけるものです。しかし反対にどれだけ大家族で生活していても家族のつながりを感じ取れず、地域のつながりも感じることができなくなり孤独感を感じ取ってしまえば生きている気力がどんどん失っていくのではないでしょうか。自分にどんな災難がやってきたとしても、自分のことを心配している人がいることがわかったとき本当に心強く感じることではないでしょうか。
 皆さんの心にあった、みんな一緒に生きていこうという篤いこころをタオルを送るという形に表してくださり、今回のことができたことでしょう。そしてこのことによって励まされる方が沢山おられることでしょう。本当に御協力いただき有り難うございました。
 私は数え切れない寿の繋がりによって生きていることを教えてくれた歴史にこころから敬います
112.jpg お寺にいる私たちは毎月皆様のお宅におじゃまして月参りをさせていただき、生活をさせてもらっている。
 たまに小さい子どもから「なにしにたが?」「お参りって何?」ってきかれることがある。私にとって一番困る質問だ。私はこの質問に対する的確な答えを持ち得ていない。
 自分が月参りでやっていること、これを第三者から見れば「お経の配達人」こういうことになるだろう。しかしなぜお経を配達しているのだろう、悩んでしまう。みなさんもご存じのように私には先祖を供養するという能力をもってはいません。また私が学んできた限りではお経にはそんな力もない。しかし、私は各家庭のお内仏(仏壇)の前に座ってお経や正信偈を読む行為をしてお布施というお金をいただいている。私からすれば申し訳ないとしかいいようがない。
 ただ無理矢理、月参りをしていることの意味づけを私なりにすると、先祖が大事にしてきたものを伝えるということではないかと思っている。私たちの先祖は先祖を敬ってこられた。その先祖が敬ってこられたのは阿弥陀仏である。そして阿弥陀仏を敬った人々を敬ってこられた。そういう伝統を皆様の前で形としてあらわし、伝えることが私の仕事かと最近は思っている。
 ひととき、月参りの意義が見えず心がつらくなり、お参りをつい休んでしまうことがよくありました。非常に皆様方にもうしけないことをしていました。伝統を伝えることこれが私の今しなければいけないことと感じています。そのなかで見えてきたことはお参りの中でお経や正信偈を読誦し、阿弥陀如来を敬うということを形で歌えることも大事なのですが、もうひとつ、皆様方とじっくり話し合う、このことも本当に大事なことであると見えてきました。できれば「お茶飲んで行かれ」と一言かけて下されれば幸いであります。
111.jpg 私には数え切れないぐらい苦手なものがある。その一つが「万歳」である。万歳をしなくてはならないと思うと気が重くなってしまう。できればせずに終わることができないものかとつい思ってしまう。そういう中で私のことを常識のないやつと思われている人が多くいるようである。仕方のないことかもしれない。
 私は最近仏教は本当に大切なものであると感じている。そういうように感じさせてくだされる方々に多くであってきた。そういう中でお釈迦様は私たちに「大乗」という願いを伝えたかったのではないだろうかと思うようになってきた。大乗とは大きな乗り物のことでみんな一緒に救われていこう、生きていこうということである。現代的なおしゃれな言い方からすれば「共生」ということになるだろう。生きとし生けるものと共に生きていきたい、というとてつもなく大きな願いをお釈迦様は私たちに運ばれているのだろう。この願いが人間全てのものの願いとなるようはげまれたお方がお釈迦様というお方なだ。
 お釈迦様は自分のお弟子さん方に「不殺生戒」という生活規範を授けておられる。生きとし生けるものを殺して生きていきません。そういう生き方を私たち仏教徒に願われている。平気でいのちあるものを殺して生きないでほしいと私たちに願われているのがお釈迦様なのです。
 いのちあるものと共に生きてゆきたいという大いなる願いを私たちの眼の前に形として表現されたのが、いのちあるものを平気では殺しませんという殺生戒なのです。しかし、動物は、いや人間は、他なるものを殺すということで生きながらえている。自分が生きるということは他なる存在を殺すことである。そういうことが大乗という願いより、不殺生戒という仏教者の生活規範から知らされてくる。大乗という願いが自分の願いとなりたいと思う時、殺生戒のような生き方をしたいと心がける時、そうでない自分、大乗という願いとは全く逆の生き方を自分はしているということが知らされてくる。
 仏教徒であるということは大乗の精神を宝とし、不殺生戒のような生き方に少しでも近づいていく努力をする、忘れない、ということなのであろう。殺さない、殺されない、殺させない、そういう生き方が仏教者の生き方なのだろう。
 しかし私たち人間の歴史は戦争の歴史と言っても言い過ぎではない。殺し、殺され、殺さすそういう歴史の繰り返しが人類の歴史である。私たちの日本の歴史も例外ではない。
 今から六十年前まで私たちの国は戦争をしていた。その中で「万歳バンザイ」といって多くの人を戦争に送り出していった。人を殺し、殺され、殺させた。この歴史にであった私は快くバンザイはできない。本当にしたくない。
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 年末になると「良い歳を迎えてください」という挨拶をしあうことがよくある。正直なところ私はこの挨拶がしっくりこない、こういう挨拶をされても同じように言い返せない。これは私が挨拶が苦手だからということもあるのだが、すっと言葉を返すことができないのである。「良い年って何なんだろう」なんてついつい考えてしまうからである。考えすぎといわれればそうなのかも知れませんが、でも考えてしまうのです。
 同じようなことで言えば「明けましておめでとうございます」という言葉もそうであった。なぜ年が明けるとめでたいのかよくわからなかったからだ。形としては年は変わるが、単に一日過ぎただけ、日が明けただけではないか、いつもと変わりがない、なんてひねくれて思ってしまっていたからだ。最近はそれがだいぶん薄れてきたが...。昔は自分の年齢も満年齢ではなく数え歳であった。だからみんな同時にお正月にひとつ年をとることになっていた。だから年をひとつとったからおめでたかったのだろうなっていうことが少しわかってきて、だいぶすねた思いが薄くなってきた。
 でも、「良いお年を」という言葉はいまだに私にはしっくりこない。誰しも「良い」ということを願うものではあるが、しかしその良いというのは誰に基づいているのだろうか。私たちが発想する良いとは私や相手が基本になってしまうものである。私たちが「良いお年を」といったときには自分と相手だけが幸せであればよいということなのです。そのほかはどうでもよいことなのだろうか。これでいいのだろうか。
 私たちが大切な教えとするお釈迦様が示してくださった「仏教」は、いのちあるものすべてと一緒に生きていきたいという大きな願いが基本となってできている教えです。その教えを宝としている私たちの幸せは「みんなの幸せ」であるはずです。また「みんな」といっても自分の知っている人すべてではなく、自分が出会っていない人も、自分の知らない人も、そして自分が大嫌いな人がみんななのです。この世にいのちをいただいて生きている人すべての幸せでなければいけません。「いのち」つながりの友達の幸せなのです。
 いのちあるもののみんなの幸せ、というのは考えれば考えるほど想像がつきません。また自分には不可能な世界であるように思えてきます。だからだめなのではなく、少しでも少しでもその世界に近づいていくのが私たちの仏教の教えなのです。大きな願いに向かって終わりなき道を歩み続けることが私たちの歩みなのです。
 第一歩として有縁の幸せ、知る人の幸せがあるのです。

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