2004年アーカイブ

109.jpg 近年、お葬式や法事をはじめとする仏事が簡単になっている。簡単と言うことを別の言い方で言えば、苦労せずに催すことができるようになっている。以前では大掃除よりはじまり、お斎(法事後の食事)の準備まで家で行った。今はお斎は仕出しをとったり、外に食べにいったり、法事もお寺や式場を借りて催すことも増えてきている。だから家を片付ける必要もなくなってきている。これは準備等がいらなくて家族、特に女性の負担が少なくなり良いことであろう。
 しかし...、という思いも私の中にはある。一部の人の負担が無くなるということは本当に大事なことではあるが、でもコレでいいのであろうかとも思ってしまう。何か大事なものを忘れてきているような思いが私には残る。忘れてしまっているものは「精一杯の仏事」という気持ちではないだろか。
 最近お布施の金額についてよく相談される。その時私は最近「めいいっぱいください」と答えるようにしている。冗談のようにも聞こえるかも知れないが本気で答えている。聞く人は○○円としっかり答えてほしいようであるが私はそうは答えない。法事のお礼を「御経料」とか「供養料」とは書かずに「お布施」と書く。それは仏教の歴史が布施する気持ちを大切にしてきたからだ。仏法が私のところにまでやってきた喜びを表すものがお布施であるからだ。だから精一杯なのだ。
 めいいっぱいという気持ちはお金に換算すると人それぞれである。一円で精一杯の人もいるし、何千万円でも精一杯でない人もいる。めいいっぱい、精一杯の気持ちが大切なのだ。
 法事の準備をする中で、法事の準備を苦労する中でいろんなことが思い浮かんでくることであろう。なぜ自分はこんな大変なことをしているのかという思い、またまた同じ思いをしてきた先祖の思い...。
 仏事は表に現れる形は簡素になっても、簡単になってもいい。しかし仏事を勤める気持ちはめいいっぱいの気持ちを忘れてはならない。先祖が仏法に対して精一杯つくしてきたことを感じ、私たちも精一杯つくす気持をなくさぬよう心がけねばならない。
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 「経教はこれを喩ふるに鏡のごとし」この言葉は善導大師の言葉である。お釈迦様の教えである経典は私にとって我が身を映し出す鏡である、このように私は読ませていただいている。
 いうまでもなく経典はお釈迦様のお説教を書きとどめてあるものです。そしてお釈迦様の教え、お釈迦様のお言葉を「教え」としていただいてきてた歴史は、私の姿を映し出す鏡のようなものである。しかし、鏡だけがあれば我が姿が映し出されてくるかといえばそうではない。月夜の光もない真っ暗闇の夜、鏡を使っても私の姿は映し出されてはこない。光に照らされるということがなければならない。光と鏡によってはじめて我が姿が映し出されてくるのである。経典を鏡とたとえるのならば、阿弥陀如来の慈悲を光とたとえるべきなのであろう。
 ところを越え、時を越えて「教え」としていただいてきたお釈迦様が説かれた阿弥陀仏の尊い願い、本願によって明らかにされた我が身とはどんな我が身なのであろうか。宗祖親鸞聖人は「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」と告白なさっておられる。地獄に堕ちて当然の我が身が経典を「教え」としてきた歴史によって、阿弥陀如来の慈悲、呼びかけによって明らかになるのである。
 浄土真宗には御利益がない、とよく言われる。確かに念仏を称えることによって「商売繁盛」「家内安全」「健康祈願」「子孫繁栄」などということがかなうわけではない。自己中心的な、自分勝手な願いは念仏によってかなうはずがない。自分勝手な思い、自己中心的な自分にとって都合のよいことを叶えてもらうことを「御利益」というのであれば浄土真宗には御利益はないといってもよいのであろう。
 しかし仏教の歴史にであうことがなかったら知るはずもない、うなずくことのできなかった「救われがたき身」という我が身の事実を仏教の歴史のよって、念仏を称えることによって知らさせていただいているのではないだろうか。この救われがたき身を知らさせていただいたことを浄土真宗の御利益であると私は思っている。
 我が身の事実を知らし召してくださったことが尊いことであるとうなずけたとき、お釈迦様が尊い仏様として、釈尊の言葉が教えであったことにはじめてうなずくことができるのではないだろうか。
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 二五〇〇年前にお釈迦様が説かれた仏教が今、日本に住む私たちのところにまでやってきており教えとして、信仰として伝わってきている。それは地域を越えて、民族を越えて、そして時代を超えて釈迦様のお話を大切なこととして生き抜かれた人々の歴史が、私のところにまでやってきているということであろう。
 一人の人間がどれだけ立派なことを説いたとしてもそれだけでは宗教にならない。その話が大切なこととしてうなずく人々がいなければ宗教にはならない。お釈迦様がどんなに立派な方であったとしても、お釈迦様のお言葉にうなずく人々がいなければ宗教として成り立たない。
 私たちの住む日本では、数え切れないぐらいの宗教が誕生し、政府に登録されているそうである。しかしその中で五〇年続くもの、一〇〇年続くものはどれだけあるだろうか。時代を超えて伝わる宗教は少ない。叉地域を越えて、民族を越えて伝わる宗教も少ないのである。
 今わたし達のところに仏教の経典が伝わってきている。お釈迦様の教えを尊ぶ人が生まれ、お釈迦様が亡くなられたあとでもその教えが人から人へと伝わる、口伝えで伝わっていく。やがて口伝えされたお釈迦様のお説教が文字に書きとどめられ経典となった。しかしその書物がただわたしのところまで伝わったのであれば昔話であり、古典文学であろう。しかしそうではなく、私たちのところに「教え」として伝わってきているのである。教えとしてこられた人々によって伝わり私のところにまでやってきているのである。
 しかしその歴史に触れながらも私たちは教えとして経典をいただいているだろうか。そのことが気になる。人ごとではなく私のこととして、私に問いかけたい。

 教えとは何だろう。私にとって教えとは何だろう。
 
 

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「親の姿を見て子が育つ」この言葉が頭の中をいま回り続けている、頷かさせられる。
 最近子どもが起こす犯罪、子どもが被害者になる犯罪がよく目に付く。また子どもが加害者であり、被害者になる事件がよく耳にはいるようになった。長崎の佐世保では小学校で同級生を斬り殺す事件、また東京では中学生が知り合いの子どもをビルから突き落として殺そうとした事件、...。その他たくさんある。
 これは特別な事件であり、特別な生活環境の中で育った人が事件を起こしているのだ、というように思いこみたい。しかしどうもそうではないようである。テレビなどの報道が放送している限りではいわゆる「普通の子」が起こした事件である。また、子どもがおこす目に余る内容の事件が数多くおこっている。そんな事を考えると、どうも特別な事ではないようである。
 いま、佐世保の事件を機に小学生にカッターナイフや小刀を持たせないという学校が増えている。また「いのちの教育」の徹底という事がはやっている。しかし凶器となりうる道具を取り上げただけで、また子ども達にいのち尊さを押しつけるだで、問題は解決できないと思う。
 多くの子ども達が病んでいる、というか昔と違っている、それは間違えのない事であろう。ついそのことを受けて私たち大人は子ども達に向かって何とかしよう、何とか変わらせようとしてしまうわけであるが、その方向でいいのだろうか。
 問題の根源は子ども達に留まるものだけなのだろうか。そうではなく私たち大人の問題として受け止めていかなくてはならないのではないだろうか、私は思う。子ども達は私たち大人を見て育ってきているのだ。大人の生き方をまねして大きくなっていくのが子ども達なのだ。子ども達がかかえている問題はその子一人の問題でもなく、またその子の両親の問題だけでもなく、大人みんなの社会の問題でもある、私はそう思う。子どもだけを変えようとするのではなく、私たち大人も変わらなくてはいけないのではないだろうか。
 あるところの掲示板に「せんせいはわたしにてつぼうをじゅっかいさせます。でもせんせいはいっかいもしません」ということが書いてあった。子ども達はちゃんと私たちの事見ています。子ども達に立派な教育・思想・言葉を贈るだけではいけないのです。私たちも変わらなくてはならないのです。私たち大人もいのちを大切にする生き方というものをして行かなくては、心がけて行かなくてはならないのです。生き方を見せなければいけないのです。
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 私たちは一般的に「お布施」という言葉をお坊さんがお経などを読んだお礼というふうに使っている。それは間違いではないのですが、大事なことが抜けたところでの解釈になっているかもしれません。
 布施という字を辞書で調べると「他人に施し与えること。金品を与えることに限らず、教えを説き示すこと、恐れ・不安を除いてやること、また広く社会福祉的活動を行うことをいう。仏教の基本的実践徳目。施。檀那(だんな)。《大辞林》」というように出てくる。他人に施しを与えることであり、それが仏教の基本的実践徳目、ということである。これが本来的な意味である。
 しかし今わたし達が使っているのは月参りや法事をしてもらったときにお坊さんにお金を払うことをお布施といっている。しかしはずしてはいけないことは「施し」ということである。物品などかかったときに払う「料金」では決してないということである。皆さんが喜ぶ言い方をすれば値段はないということであり、決まっていないということです。ただでも一億円でもいいのです。しかしこの施しによって生きている私の立場から家端だというわけにはいかないというか、困ってしまうのです。
 それはともかくとしてお布施ということを「仏法に出遭えた喜びを他の人に施すという表現に変える」というようにいただいています。
 たまにお布施はいくら払ったらいいのかと聞かれることがありますが、そのことに対して私は「めいいっぱい」というように答えているのです。仏法にであえた喜びはなにものにも代え難いものでありますから、私財をなげうつことができるはずなのです、基本的には。イクラ、イクラという形ではなく、めいいっぱい施すというきもちが大事なのだと思います。ひと階蔵出したという個とを生にせずにある意味で自分なりに仏法にであえたことに自分で値段を付けてみることも大切なことだと思います。
 あなたにとってめいいっぱいとはイクラなのですか。仏法にイクラ払えますか?

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幸せって
何だろう
 人間は幸せを求めて生きている、といってもいいのではないだろうか。好んで不幸せになろうとしている人に出会ったこともないし、いろんな人を観察していても結局幸せを求めている。でもその「幸せ」って何だろう。
 人間は幸せを求めるものだとしても、でも、その幸せの内容は人それぞれで違うものなのではないだろうか。お金持ちになることが一番の幸せと思っている人もいるだろうし、平穏がそうだと思っている人もあるだろう、そのほかいろんな幸せがあるのではないだろうか。人間の数だけ幸せの種類があるのだろう。言い換えれば人間の育つ環境によって幸せが違ってくる。
今、国からの教育によって「幸せ」が押しつけられ、それに悶々としたり、反発をしたり、あきらめたりしている。
 また幸せのために戦争のない社会を願ったり、戦争を起こしたりもしている。私自身、個人的な幸せもあるし、社会の幸せ、人間みんなの幸せもある。
 人間は幸せを求めるものなのであるが、大事なのはどんな幸せを求めようとしているのか、という内容が大事なのではないだろうか。
 私たちに親鸞聖人が遺された教えは阿弥陀佛の本願(人間みんながもっているの根っこにある願い)を信じ、専ら念仏申す教えであります。その念仏の道はみんな一緒に幸せになっていこうという道である、(裏面へ)
(表面から)
仏教を開かれたお釈迦様の根本の教えはみんな共に生きてある、というものであると私はいただいている。
 私たちは、幸せというものは一つではなく、数限りない幸せがある事を自覚し、そのなかで自分はどういう事にこだわって選び取っていくのか、与えられるばかりの幸せを生きるのではなく、自分でえらんだ幸せに向かって歩んでいかなくてはならないのではないだろうか。
 阿弥陀仏という私たちを救ってくだされる存在は摂取不捨、私たちを見捨てる事のない救いです。その救いに向かっていく私たちは選択、私にはむかないものは捨てていく、そういう選びを日常の生活の中で行う必要があるのではないだろうか。
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天上天下唯我独尊
 四月八日はお釈迦様がこの世に誕生された日であると伝えられている。それは今から約二千五百年前のことである。伝わってきている話によればお釈迦様がお生まれになったとき、七歩お歩きになられ、「天上天下唯我独尊」と名告られたそうである。この世の中において我ひとり尊し、このように宣言されたというのである。「俺は偉いんだ」というふうに解釈できるかも知れない。でもどうだろうか。私は「今、私は不思議なご縁をいただきいのちを授かり我となった。そういう私はこの世の中においてなにものにも替えるることが出来ない、尊い我となって生まれた」というように言葉を足したい。
 私たちはいのちのながれのなかで人として生まれている。何故人として生まれているのか?よくわからない。また私たちは両親より生まれてきている。両親が夫婦にならなかったら私は存在しない。私の両親も親から生まれている。私が私である、私が人であるということは不思議なことである。私が私として今現に生きているから、不思議とはあまり感じないが、私が私であることはよくよく考えると不思議である。どうして私は生まれてきたのか、それはよくわからないことだけれど今、人として生きている。珍しきことであり、喜ばしきことである。
 私は今いのちを授かり生きている、ほんとうに尊いことである、有り難きことである。本当にそのことのことが尊く有り難いことであると頷けたとき、その人は本当に尊い存在なのである。私たちはは自分が生きていることどう思っているだろう。

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 無常という言葉を辞書で意味を調べてみると、(1)万物は生滅流転し、永遠に変わらないものは一つもないということ。「諸行―」(2)人の世の変わりやすいこと。命のはかないこと。また、そのさま。「―な世の中」(3)人間の死。「―の来る事は、水火の攻むるよりも速に逃れがたきものを/徒然 59」(大辞林)というようにある。いのちのはかなさ。人間の死という意味で私達はどちらかといえばよく使うのではないだろうか。あまりよい言葉としては受け止めていない。自分のいのちが無常である、常がない、永遠に続かないと考えれば、空しさ、悲しみ、恐怖というものを覚える。しかし最近私は永遠に変わらないものはないことはいやなこととは限らないのではないだろうかと最近思うのである。
 このままであり続けることが出来ないということを視点を変えて考えてみると「変わることが出来るのだ」ということではないでしょうか。そう考えてみると無常ということは非常にうれしいこと、生きる力の源となる原理になると思うのです。私達の人生は良いこと楽しいことばかりではありません。嫌なこと苦しいことも沢山あります。楽しい時はずっと続けばよいと思っていますが、嫌なときは早く終わればよいと思っているのではないでしょうか。
 「私」という存在はいのちという因をいただいていろんな縁に遇うことによって成立しています。そのことを因縁果といいます。いのちを授かったという因だけで今の私がいるのではありません。いろんなことを教えてもらうこと、見ること、感じること、経験することによって私達は成長しているのではないでしょうか。形としては生まれたから私が存在しているのですが、心はそうではありません。人それぞれの経験によって違います。双子の兄弟姉妹を想像してもらえばわかって頂けると思います。同じような顔をしていても仕草や行動、考え方は結構違うものです。それはそれぞれの人生経験が違うからではないでしょうか。
 ですから私という存在は変化し続けてい流のです。。どのように変化していくのか、それは誰にもわかりません。今の自分がどんなに嫌であったとしても、その嫌いな自分であり続けることはできないでしょう。嫌という思いが強ければ強いほどそうなのです。嫌ということは変わりたいということだからです。その気持ちはあなたの宝です。嫌という気持ちを大切にしていってください。
 焦らないでください。じっくり歩んでいきましょう。楽しみましょう、変わることを、一度きりの人生を。

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 近年、世界の状況をみていれば不安を感じる状況である。中東地域を中心にいろんなところで戦争が起こっている。そしてたくさんの人が犠牲となり死んでいっている。私たちの日本も戦争の犠牲者を出した。何と言っていいのかわからない。そして今、私たちの国日本はイラクに自衛隊を派兵しようとしている。名前は派兵ではないが間違いなく内容は派兵である。日本のどこかに戦争の好きな人たちがいるかのようだ。
 私は学校で「日本は非武装で平和国家をめざす国なのだ。それは憲法にも書いてある。」というようなことを教えてもらった覚えがある。でもよく考えてみるともうそのときすでに自衛隊という軍隊が存在していた。
 憲法には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」このように日本国憲法の第九条に書いてある。
 今、日本がやろうとしていることと、憲法の理念は一緒なのだろうか。合致するのだろうか。言い方を変えれば日米同盟と日本国憲法はどちらが大事なのだろうか。
 私たちの国が憲法を守らなくなった。自分たちの都合のいいような解釈をし始めた。そういう国を私たちは信じられるのだろうか。そういうことをする人たちを私たちは選んでいるのも事実である。どうなるのだろう未来。「不安」の心がいっぱいの今、何も信じられなくなっている今、私たちはどうしたらよいのだろう。何を頼りにして生きていけばよいのだろう。
 この不安の世、改めて先祖がよりどころにしてきた「南無阿弥陀仏」の念仏を私たちもよりどころにしなければならないときがきたのではないだろうか。宗祖の教えを聞きながら先祖が大切にしてきたものは何なのかを確かめるときがきているのではないだろうか。

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