組部落問題研修会開催のお願い
前回のをふまえ作り直してみました。。
宜しければご意見お願いします。
1,組「同和」問題研修会開催趣旨読み上げ
組「同和」問題研修会開催趣旨富山県内の被差別部落において、ご消息の差別呼称を塗りつぶすということが確認されました。それを受け、ご消息の調査、意識調査を実施し、その後本山指定の「同和」問題特別伝道研修会(以後「同和」特伝)を受けてまいりました。
「同和」特伝の中で、当初『「差別」とか「同和」とか騒ぎ立てるから、いつまでたっても差別がなくならないのではないか、そっとしておけば、そのうちなくなるから、寝た子を起こすようなことはしないほうがよい』との意見が受講生から多く出されました。
そ のことを受けて、「同和」特伝の講師として出講された玉光順正先生は、『差別は、差別される人がいて、差別が存在するのでは無く、差別する人がいるから存 在する。何も言わなかったら差別がなくなるという考えの人も多くいるが、差別は、差別する者の課題だ。』と示されました。
私たちの生活は、 人と人の関係性の中でなりたっています。人間としての関わりが断ち切られると、人と人との尊厳性を語ることはできません。私たち一人ひとりは、差別する存 在でありますが、差別する自己に出会い、自己を明らかにすることで、人と人が共に尊敬しあえる関係が見えてくるのではないでしょうか。
本年度より、組「同和」問題研修会を各組が主体となり企画し、実施していただくことになりました。
今回の組「同和」問題研修会において、人間としての課題を共に明らかにしていきたいと思います。
2007年7月 高岡教区教化委員会
2,被差別部落からの問いかけ
①募財拒否 全国水平社創立大会決議
②真宗大谷派糾弾会
③ご消息差別記載塗布問題
差別は差別されている人の問題ではなく差別している人、差別に無関心な人の問題。
教団が仏教で使われていた言葉によって差別を助長維持してきたことが問いかけれれている。
救済の客体としての罪(救済の客体から解放の主体へ)
3,自分が差別を学ぶことによって見えてきたもの
三重大生の指紋押捺事件
同朋社会の顕現差別事件を縁とする糾弾会(第二回糾弾会を本山にて見る)
最近やっと気づいてきたこと、自分は正義の味方だった。自分が差別者であるっていう立場で関わっていなかった。
自己を問うという事がなかった。いつも差別している人は駄目な奴と思ってきた。
そうではなく自分も差別者であったり、差別を助長していた。
そういう自分が見えてきた。
自己を知らず人ばかりを切り捨てていた自分に気づかせていただいた。
地獄は一定すみかぞかしという自分を映しさしてくださった。
