2011年4月14日

第八回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会

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一人ひとりの京都宣言2011
 2011年4月、私たちは京都・東本願寺に集い、「人間に帰ろう一しんらんさんと考えるハンセン病問題-」のテーマのもと、ハンセン病問題のこれまでに向き合い、これからを考え、そして共に、この問題の全面解決に向けた道を歩み抜く決意をいたしました。
 本年は、「らい予防法」が廃止されて15年、その法律の持つ非道さを厳しく問うた「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」勝訴判決10年の年です。
 そして真宗大谷派にとっては、宗祖親鸞聖人七百五十目御遠忌法要を厳修する年であり、隔離政策への協力を謝罪し、教団あげてハンセン病問題に取り組んでいくことを表明して15年の節目の年となります。
 さらに東日本大震災の発生が、私たちに2011年を決して忘れることができない年とさせました。
 ハンセン病問題をめぐるこの15年は、ハンセン病回復者の声が市民に届き、そして国を動かす、まさに激動の時でした。その中で、ハンセン病問題基本法の制定など、「公の解放」は大きく進みました。しかし、そのことが本当に「一人の解放」につながっているのかと言えば、いまだに道は半ばです。
 東日本大震災の発生により交流集会の開催自体が危ぷまれる中、私たちが間いた声は「この問題は待ったなしなのです」という回復者の悲痛な叫びでした。その待ったなしという言葉には、まさにこれまでの取り組みの中で見えてきた課題のすべてがつまっていました。
 「予防法廃止がもう10年早ければ」「あと5歳若ければ」。隔離の被害者の方ノマのこの実感は、隔離の時間があまりにも長かったことを象徴するものです。
 今、私たちは「失った時間を取り戻す運動」をはじめなければなりません。
 「時間を取り戻す」、それは回復者の方ノマにとって、家族、故郷、名前、安心して生活するということ、それら奪われたあらゆるものを今、ふたたび取り戻す生き方をはじめることだと思います。私たちが選はなければならないのは、その生き方に共感し、「隣人として歩む」という自らの生き方ではないでしょうか。
 「時間を取り戻す運動」、それはまた隔離を容認してきた私たちが、そのことによって見失ってきた人間のありかたを回復する運動であり、善意や無知、無関心といった、共なる解放を阻害する「内なる壁を壊し続ける、壁を転じて扉とする運動」です。
 隔離とは、名が奪われるということにあらわされるように、その人の存在を無かったことにしてしまう恐るべき政策です。
 しかしそこには間違いなく隔離の中でいのちを生き抜いた人がいたのです。その人たちの、悲しみ、痛み、怒り、驚き、喜び、叫びは、隔離の中になお自分自身の存在をこの世に証ししようとするものでした。その願いに呼応し、その人が確かにそこに生きたということを、今度は私たちの方から証
ししていく営みを始めなければならないのではないでしょうか。
 この集会においてはっきりと私に届いた声、それは「私はここにいます」という声です。その声を間いたひとりの責任として、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌をお勤めするこの年に、震災に向き合い、「ハンセン病問題を背負う」ことから、次の50年に向けたあらたな扉を開いていきたいと思います。
2011年4月14日
  第8回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 参加者一同


一人ひとりの京都宣言2011 「行動指針」
 「願いから動きへ」を理念として取り組んできたこれまでの活動を振り返るとき、そこには間違いなく「願い」にうながされて「動き」出した「ひとり」がいた。そしてそのひとりによって、新たに動き出す新たなひとりを生み出してきた。交流の輪が広がる中で実感したもの、それは私たちの活動は広がり続ける運動にしていかなければならないということである。さらにその広がりはハンセン病問題だけにとどまるものではない。他に起こる様ノマな問題について、この私を問い、この時代社会に問いかけることにつながる運動。まさしく終わりなき運動である。
 貴賤、浄稿の観念が渦巻き、戦争や飢餓によりいのちがそこなわれる、まさしく濁世の中で、聖人は、その底辺に生きる人だちとのつながりの上に、人と人とが互いのいのちを尊び合う世界を、念仏の教えに見出していかれた。そのような聖人の教えと生きざまに、私たちの取り組みのあり方を絶えず照らし、私一人の課題として、ハンセン病問題を背負っていくことを指針として、次の活動に取り組んでいく。
 ① 地域から孤立しない安心して暮らせる療養所へ
 療養所を、隔離の場所から、地域から孤立しない、入所者が本当に安心して暮らせる場所に生まれ変わらす。これは入所者にとって死活問題であり悲願でもある。平均年齢81歳超。もうこれ以上解決を先延ばしにすることは、絶対にあってはならない。そのための切り札として制定された「ハンセン病問題基本法」は、現在たなざらしにされている。私たちは、基本法の理念に基づいた取り組みを、あらためて強く国や地方自治体に求め、市民として、療養所が隔離の場所から、解放の場所となるよう取り組んでいきたい。

 ② 療養所退所者、非入所者が安心して暮らせる社会へ
 現在、確認されるだけでも全国に約1300名の退所者、約80名の非入所者がおられる。「ハンセン病問題基本法」では、国や地方公共団体が、退所者、非入所者に対する医療体制の整備と、日常生活、社会生活を円滑に営むことができるよう措置を講じることを定めている。しかし、法制定以降具体的施策を実施している地方自治体は皆無といってよい状態である。退所者のおかれている実態をよ<知り、偏見・差別の克服に向けて、啓発活動もふくめ、積極的な取り組みを行っていきたい。

 ③ ハンセン病回復者と家族、故郷との絆の回復に向けて
 この課題への取り組みは、ますハンセン病回復者、遺族・家族と、この問題に向き合っていこうとするものとの地道な交流から始まるのだと思う。そこで発せられる、一人ひとりの故郷や家族への叫びやささやきを聞きもらさす、それぞれの形での絆の回復に向けて取り組みを起こしていきたい。また、この課題を問い考える「揚」を絶えず開き続けていきたい。
 
 ④ 同朋会運動としてハンセン病問題に取り組む
 療養所を訪問する宗教者と、それを受け容れる入所者には「救うもの」と「救われるもの」という壁が存在した。その壁を突き崩し、扉と転ずることで、人間を非人間化させるものから共に解放されていく対等な関係を紡いでいく。まさしく一人の人間を同朋として見いだす、「われら」という世界を発見していく。それはそのまま、同朋会運動という名の取り組みといってよい。そのような運動を展開していきたい。
2011年4月14日
      第8回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 参加者一同

しばしお待ちを! もう少ししたら感じたことを書きとどめます。
大いに学びとてつもなく楽しい場でした。私にとってなぜかふるさとに帰ったような落ち着きがありました。スタッフの皆さまご苦労様でした。ありがとうございました。

2011年4月 9日

近くのお宮さんの春祭り

今日9日は近くにあるお宮さんの春祭りです。
けっして在所の春祭りとはいいたくありません。正確にお宮さんのお祭りといいたい私なのでした。
春祭りに雅楽を入れるというので、動員されいってきました。,毎年のことなのですけどね。
ノリトの中では今回の大震災についてのことも述べられてました。しっかり聞き取れなかったのですけど、ただ、宮司さんが自分でお考えになられたのか、それともたたき台があるのか、そういうことに関心がいってました。
儀式が終わった後、地域の獅子舞保存会の方々が獅子舞をまかれました。
仕事柄常は遺伝の中にいたので、そこから写真を一枚。
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この後、獅子舞の方々は、在所を回ります。私のお寺にも獅子舞をされにきます。
天狗がいるということで、神事ではなく,仏事ということで、御容赦ください。
今日は小雨が降ってます。胴幕が重くなっていくと思います。本当にご苦労さんです。
友人知人を保存会に入ってます。
獅子舞は夜遅くまで舞われます。
昔みたいに一軒一軒舞うということはありませんけど…


2011年3月21日

17日は雪が舞う中、小学校卒業式

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17日は次男坊の小学校卒業式でした。
雪が舞ってました。
去年も雪が降ってたようです。
そして会場の体育館は寒かったです。
また、横に座ってた一年生の子は寒かったというのがあってか、落ち着きなかったです。
仕方がないことですね。
中途半端に小さい小学校なので先生も少ないので目が届かない、
仕方のないことですね。

この子の将来というか、大人になったときどういう社会になるのか、
原発の事故処理は終わってるのか
この子たちの未来を憂いてしまいました。
もしそうなのならば、今大人である私たちの責任 大ですね。
複雑な気持ちで次男坊の卒業式に参列させてもらいました。

次男の頭は半分ぐらい野球のことでいっぱいなのは判りました。

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2011年1月 9日

リーフレット久々に作ってみました。

昨年から息子たちが習っている少年野球が、当寺で「必勝祈願」としてお参りをされるようになりました。「必勝祈願と言うことは気になりながらも、外でされるよりはと思い引き受けてます。
でもそれで終わってはいけないと思い、今回、真宗本廟リーフレット「お守りを持たないわけ」をもとに「願いより動きへ」リーフレットを作成してみました。
まだまだ暫定的なものでありますが、
毎年元旦に当寺に還暦や初老の方も参拝されますので、その時にもお配りできたらと思ってます。
御一読いただきご意見アイディア、その他ご批判を頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
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上の画像をクリックしますと移動できます。

2010年5月 1日

何とか何とか仕上げた ごぼはんだより

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今朝何とか仕上げてなかったごぼはんだよりをしあげました。
これでネット上では発行となるのです、けど。
実は、
うちのプリンター動きません。
黒トナー切れで動いてくれません。
当たり前の事なのですけど注文はしてあるのですけど、到着予定日は連休明けになってるのです。もうしっかり連休なんですね。ショックですし、ぼやきたくなります。
仕方がないので、
ローソンにても行ってコピーしてこようと思うんですけど、
調べてみるとカラー両面コピーは何と百円!
40枚補ととりあえずほしいので、値段を考えると断念、
白黒両面コピーで対処したいと思っています。

2010年4月28日

お待ち受けが終わった後も一息つけず

教区のお待ち受け法要が終わり、ホッとしたいのですが、長時間ホッとする時間がありません。
連区の差別問題研修会が来月25・26日とあり、色々トラブルがあり、ただ今修正中。
その前に、来月の24日がその門徒会の旅行があって、方面と案内はがきは出したものの、書字句を取るところが全く決まってない。組門徒会の方と相談しなければいけない。
そして再来月の五日には、今度はそのお待ち受け法要がある。同朋大会とかねてなんだけど。最初は、謗法大会に【お待ち受け】という冠をつけると、本山からの助成金が結構来るという事から、お待ち受け同朋大会にしようという話しだったけど、いつの間にか、お待ち受け法要に同朋大会を兼ねようという事になってしまっている。
ただ、ここまで来たらと思い、
てずくりのいわゆる「音楽法要」をめざすことに私が持って行ってしまった。土ツボにはまってます。
坊守会のコーラスによって住職が外陣に出仕して、
参詣者と共に正信偈を唱和する。
その後、
コーラスで礼讃「無量寿」、「一一のはなのなかよりは」のあと大谷声明で、三重念仏、恩徳讃、
退出も、楽の代わりに恩徳讃の第三をやってもらう事になっています。
チョッと急に決めたので、坊守会には非常に迷惑をかけています。
また、お斎を出そうという事になって、親鸞三が好きだったあずき、冷たい善哉、というふうになったので、
これも坊守会に味見と材料集めをお願いした。
私は、昨日一昨日と、
ポスターとチラシを造ってました。
いつホットできるのだろうと考え込んでしまいます。
後子どもの少年野球も色んな試合が入ってきてまして、チョッとした段取りもせなならんし、
......
前を見ると、ため息が出てしまいます。
その中で楽しんでいる事も事実なんですけど。
まだ案の定対なのですけど、ポスターとチラシをここに掲載しておきます。
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カラーがポスターで、モノクロがチラシです。
個人的には、チラシのほうができ良いかななんで思ってます。

2010年4月26日

教区お待ち受け法要勤まる

4月24日より25日まで井波別院瑞泉寺にて高岡教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要が勤まりました。
24日は法要、25日は子ども大会がありました。
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門首さんが11時頃瑞泉寺に到着され、ます、チューリップフラワーアートを完成させるという異ペンとが執り行われました。
まぁ、最後の一本をおかれて完成させるというだけのことなんですけど、
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これは教区のキャラクターで、阿弥陀さんを漫画チックに表現したものです。
坊新聞には菩薩様と紹介してありましたけど、どうもそうらしいです。
これはゆうじんのす○お氏のデザインです。
その後雅楽入りで法要が勤まりました。
本当に本山の阿弥陀堂に次ぐおおきさの本堂が満堂になりました。最後本当に外縁にあふれそうでした。何とか座って頂けました。
大谷派の儀式にあまりなれておられない楽団だったので、小さいトラブルはありましたけど、帳尻があったので、これで良しなのでしょう。後から聞いたのですが、後堂では、楽止め喚鐘用の撥(?本当はどう言うのだろう?)が外れそうだったとか外れたとか言っておられました。大きい法要につきものですね。前回瑞泉寺で勤まったこれもご門主さんをお招きしての蓮如上人の五百回御遠忌の時も磬撥がおれて大変なことになってましたから。
夜は門首の歓迎歌に出席したんですけど、受付で名前がないといわれ、喜んで帰ろうとしたのですけど、欠席者がいるから出てくれということで出てしましました。
とにかく会費が高い!
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早々法要の後ご門主さんによるオカミソリもありました。今回は700人をチョッと悪ぐらいの方々が受式されました。この人数は多分ギネス者でしょう!途中休憩される場所を設置してあったのですが、休まれず最後まで一気に行かれました。
すごいこっちゃ!

二日目は子ども大会
打ち合わせの悪さから色々小さいトラブルもありましたけど、まあl、子ども主役ということで臨機応変にそれぞれが動き、終わりました。
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子ども大会での大谷暢顯門首からのメッセージ
きょうは、高岡教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要子ども大会のご縁を得て皆さんに出会えたことを本当に嬉しく思います。
今、私たちの毎日の中ではいろんなことが起きています。"本当に自分はこれでいいのだろうか"と不安になることもあるかも知れません。
しかしそのような事から逃げ出すのではなく、真正面から向き合う事で、大切なものに気づかされ、考えさせられるという事があると思います。
親鸞聖人という方は南無阿弥陀仏というお念仏こそが私たちにその大切なものを気づかせてくれるのだと教えてくださいました。
そして、そのお念仏がおじいさんおばあさん、おとうさんおかあさん、そしてあなたに受け継がれてきたのです。
きょうは皆さんが、ここ、浄土真宗のお寺、井波別院瑞泉寺に集まった事をきっかけとしてお念仏を称える仲間となってくれる事を心より望みます。
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私たちのその坊守会の方々も手話コーラスを発表してくださいました。

2010年4月 8日

はなまつり

今日はお釈迦さまがお生まれになられた日といわれています。
お釈迦さまのお誕生をお祝いする行事を花まつりと言われています。
地区の仏教会の主催で当寺にて花まつり、釈尊降誕会が先週の土曜日、3日に営まれました。
通例的に言えば、誕生物を象の作り物の上にのせてお練りをするのですが、ここでは、誕生物を興しにのせてお練りします。
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私自身、息子たちの少年野球にとらわれていて、なかなか禁書の方々に案内できなかったと言うことと、寒さとがあって、近所のお婆ちゃんたちのお参りは残念ながら少なかったです。
でも、地区にある保育所の子ども達やお母さんたちが沢山、駆けつけてくださいました。
探訪仏にお花をあげたり、「子ども花まつり」を歌ってもらったり、甘茶をかけたりして一時を過ごしました。
後から保育所のおかあさんにあったとき、子どもが楽しがってたって言うことをいわれ、嬉しかったです。嘘でもいいですし、お世辞でも、こういう言葉をかけてもらうと嫌な気持ちにはなりませんね。
私のお寺が宿寺となったので、式次第の方もチョッといじらせてもらいました。お勤めを短くって言うふうに、なぜなら、子ども達やそのお母さんたちに法話を聞いてもらうために。
お話しも、お母さんたちの世代に近いであろうと思われる、堀部直様にお願いしました。特異の漫画を使って子ども達に優しく、いつものように頭の先から出ているような声で、お話しくださってたようです。残念ながら法中方のお相手をしていて私は聴聞できませんでした。
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2010年4月 1日

ごぼはんだより いつものように出来上がってま~す

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今朝までふくべツインでお話しをさせていただいていたんですけど、
毎月一日に発行しているごぼはんだよりをしあげてから入ってました。
朝ヨメハンに読んでもらいOKをさしてもらい発行となったわけです。
よろしければご覧になってください。

2010年3月 1日

眠たい、 だけど何とか仕上げた ごぼはんだより

久しぶりに五時ちょっと過ぎに起きてごぼはんだよりをしあげました。
何とか仕上がりました。
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2010年2月11日

井波別院巡回法座勤まる

昨日は井波別院の法宝物巡回法座が当寺で勤まりました。
昨日は自分的に気ぜわしくて、っていうか、四男坊がチョッと風邪気味で保育所を休み、私も少年野球父母会の作業をしていて、食事以外は全く顔を出せませんでした。
布教使は藤井さんでした。ここ数年続けてきていただいています。以前から親しくしてもらっていると言うこともあって、変な意味どんな話をされるのだろうって言う興味も湧いてきません。任せっきりです。
多分20名ほどのお参りだったんかな?
法座が終わる会やな、私は教務所へ、教区の正副組長会議があって昨年は休んだので、今年こそは出席しないといけないと思い、野球の練習の地気合いは休んで行ってきました。
教区お待ち受け法要の話し、そして御遠忌団体参拝の報告が主でした。
気が重くなってしまいます。
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2010年1月31日

何とか仕上がりました ごぼはんだより


いつもの事ながらぎりぎりになってやっとごぼはんだよりが出来上がりました。
よろしければご覧になってください。
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明日、朔日から城端別院で本堂布教をするという役割を頂いているのですけど、どうもキャンセルしなければいけないかな?
お寺とご縁のある方が亡くなられたという案内を今頂きました。日程についてはまだ相談してませんけど、でも、どう考えても、本堂布教をする期間中に葬儀をしなければならない事でしょう。

2009年11月30日

もう月末 来月は師走

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ここ最近金曜にの朝事に、今日もう金曜日、はえ~ と叫んでます。
なんかホント日の経つのが早く感じます。
でも充実感は全くありません。
その繰り返しでも雨月ます、そしてアスカ羅網十二月になってしまい、そして再来月は心念を迎えてしまいます。
一生過ぎやすし、それをなんとなく実感してます。
というわけでごぼはんだより179号を発行しました。よろしければご覧になってください
明後日その親鸞聖人講座でお話しをしなければいけないんですけど、全く準備できてません。
ちょっと危機感を感じてます。

2009年11月24日

御正忌法要勤める

昨日御正忌法要を勤めました。
御正忌法要は、「ごまんさん」「おしっちゅやはん」と私たちの所では呼ばれています。
本山報恩講御満座にあわせて、親鸞聖人の焼酎季語命日にあわせて勤める仏事を言うわけですが、
これは聞いた話しですが、
本来本山の報恩講は真宗門徒は必ずお参りしなければならないものだそうですが、本山から百里離れたところは特例としてお参りを免除されたそうです。しかし、在所の真宗のお寺に参りすると言うことが定めとしてあったというようなことを聞いたことがあります。ということで本山より百里以上離れたところにある真宗のお寺は本山の御満座にあわせて仏事を勤めなければいけない、ということのようです。始まりは。
そういうことで当寺も御正忌、をお勤めしているわけです。本来なら28日に勤めるべきものなのですが、当寺では尼講とあわせてつとめているということもあって、本山報恩講中の日曜日、もしくは休日、すなわち勤労感謝の日に最近勤めるようになったわけです。
私の色んな都合があって日を変更してしまっていると言うことです。

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在所の尼講の方々がお斎の接待をしてくださっています。
今は尼講の方々がお斎の接待をしてくださると言うことがあるから御正忌に多くの方がお参り肉手管さています。ありがたいことです。
御正忌は数少ない住職が当寺で法話をします。当寺では。
正直知った顔が勢揃いしたところで話すのは何ともいえず話しにくいものです。
最近視力が落ちてはっきり参詣席にお座りの方々のお顔がわからなくなって少し楽になったような気がします。詳細な反応がわからないという面で。でも視力が悪い中でも輪郭でこれはあの人やってわかるのですよね。
そういう意味では何ら変わりません。
最近は昔の思いと違って、お勤め中心にしてしまっている私です。
お念仏が称えるようになったら信心をもってお念仏しましょう、
御身人の点検をいたしましょう、報恩講なんだから。
っていうような話しをさせていただきました。
よく考えれば御俗姓に基づいてお話しさせていただいたということになるのですかね。

とにかく今年最後の年中行事が終了しました。

後余裕があれば年末ちょっと前におやこのつどいが出来ればと思っています。
まだ予定ですけどね。

2009年11月22日

昨日、四男坊三歳に!

昨日は四男坊の誕生日でした。
色んなことあって盛大にお祝いを!っていうわけにはいかず、
ファミレスで食事をして家に帰ってから誕生ケーキを食べた、というわけです。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
私は食べたいものがなったっていうか、夕方までhoujiして飲んでたので、食欲ほとんどなし状態でしたので、ビールとおつまみでおいわしました。
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ケーキを前に記念撮影です。
写真を撮ってると、長男坊が、「みんなで写真取らんが~」と言いだし、私はちょっとビックリ、
忘れていたことにビックリというか長男の言葉にビックリ、でした。
いつも誕生日ごとにきょうだいの集合写真を撮っていても、なかなか非協力的に最近はなった長男、そいつが、そういうんですから、
なんやかんやシッカリしてるやん、思いやりあるやん、なんて感心しました。
長男のリクエスト通りきょうだいの集合写真を撮りました。
ひとつ失敗、作ってもらったケーキの写真を撮るのをすっかり忘れてました。、これアンパンマンなんですよ、目などが見えてませんけど、あるんです、眼も。
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そしてもう一つ、長男坊は用事で席を外していた母親を気遣い、弟たちとケーキを食べるのを遠慮してました。母親が戻ってからケーキを食べるって、格好いいこと言ってました。
私は、いろんなことが気になり、ケーキは切れ端って言うかナイフについたクリームを少しなめさせていただいただけでした。
最近のケーキはクリーム、そんなあまくないって言うのが常識になりましたね。