2011年9月19日

最近の常識についていけなくなってきた、とうとう。

先月お亡くなりになられたお宅の御主人と、納骨の費をこの間打ち合わせをしていました。
そうすると願主さんはちょうど35日の9月19日にしたいとおっしゃった。
私は何も考えず、月曜日ですか?
と聞き直した。
私はまた念を押して、
皆さん集まりやすいですか、土曜日とか日曜日でなくても大丈夫ですか?と聞き直した。
願主さんは優しく、
大丈夫です、ウチは年寄しかいないので、平日でも大丈夫ですよ
とお答えくださった。
数日たってからやっとわかったことがある、
今年は9月19日は休日だったのだと。
月曜日だけど敬老の日で国民の休日であったことをやっと理解したんです。

願主さんは優しくお答えくださったけど、
こいつ敬老のひだということわかっとらん、
そう心の中で思っておられたことなのだろうか。
願主さんも自営業だし、子どもさんももう「中年」といわれる世代だからわかっておられなかったんだろうか。
今更なかなか聞くことができない

ホント、ハッピィーマンデーというのについて行けない。
私の中では敬老の日は9月15日。
なかなか抜けない、私の常識、
昔の常識を抱え込んだままの俺だ。
頭の切り替えがなかなかできん。

とうとうそういう歳になったのだろうか。
もうそろそろ自覚しないとね。
だって、もう人生の半分以上とうに過ぎてるんだからね。
其の自覚もなかなか切り替えられない、というか納得してない私だ。

新しいものに飛びつかなくなってしまった今日この頃です。

2011年7月28日

ここに3日通り雨が通り雨の域を超えて降ってます。
先日も、教務所に行くため教務所近くの電停に降りた途端、豪雨、雷ごろごろ、雨によって前が見えませんでした。家を出たときは雨が降ってなかったので傘も持ってませんでした。
ですから、パンツまでびちょびちょ。びしょ濡れの中会議に参加しました。Tシャツは乾いたからと言ってそのあと食事に出てしまった私でした。
今日も畑に出ると、茄子だけで籠いっぱいに、それも大きくなったモノばっかり、焼くしかベル法宝がありませんよ!っていうモノばっかり。
近所に配ろうかと思っても近所は農家ばっかり、同志摩署って言う感じです。
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今の降り出しました、どうも大雨警報が出ているみたいです。

2011年4月20日

御遠忌って何だろう?

被災地を思い念仏 東本願寺 親鸞750回遠忌法要始まる

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全国から集まった門信徒が御影堂を埋め、厳かに始まった真宗大谷派の御遠忌法要(19日午後1時5分、京都市下京区・東本願寺)
全国から集まった門信徒が御影堂を埋め、厳かに始まった真宗大谷派の御遠忌法要(19日午後1時5分、京都市下京区・東本願寺)

 真宗大谷派本山の東本願寺(京都市下京区)で19日、浄土真宗の宗祖親鸞をしのぶ750回御遠忌(ごえんき)法要が始まった。約5400人の門信徒が参拝し、東日本大震災の被災地に思いをはせながら念仏を唱えた。

 大谷派は3月の第1期遠忌法要を「被災者支援のつどい」に変更したため、今回が遠忌の幕開けとなった。

 御影(ごえい)堂には大規模な法要でのみ使う五色幕を新調してつり下げ、親鸞像の周囲には桜をあしらった「仏花(ぶっか)」を供えた。

 はじめに大谷暢顕門首が「震災によって生死無常の世界を生きている身の事実を知らしめられ、その中で御遠忌法要の仏事をおつとめするご縁をたまわった」と法要の意義を述べ、参列者が声を合わせて読経した。3月12日以降、全国から義援金約1億4千万円が寄せられ、被災地へ水や食料、毛布などの物資約35トンを送ったとの報告もあった。

 遠忌法要は28日まで。5月にも行う。


ようやくともいうべきなのだろうか、東本願寺で宗祖の御遠忌が始まったようだ。
中止になった第一期時にご縁のある方々と団体参拝する予定だったのが中止となったので、いろんなことを思う。
この間京都で集会があったときある方が、「御遠忌法要は専修念仏でないので、元々やる必要はない」なんていう発言をされていたことを今更ながら思い出す。私はそこまでも考えてないけど、発言に対して賛成もしたくない。どちらかという塗装であってほしくはない。と思うのである。
今回の大進大で御遠忌は基本的に「歌舞音曲を禁ず」ということらしい。その中で舞楽、雅楽がなくなっている。ひねくれている私は、正信偈は教えだけど、それに音曲をつけて歌っているけど、それはどうなの?なんて思ってしまう。
また御満座では七条袈裟の着用ということになっていたらしいけど、それも取りやめ。七条袈裟は派手な衣体なのだろうか?とも考えてしまうのである。
御遠忌は専修念仏ではないとの発言。すごく気になってます。でも、というか、とにかく、この発言を肯定したのが、大谷派の内局だと思う。だって、第一期を中止したのだから…華美なもの、歌舞音曲を取り除いて専修念仏に基づいたものだけにしようとしたら、何も、残らなかった。だから第一期を開催せずに中止したのだろうと、私は解釈する。
御遠忌法要自体純粋に専修念仏に基づく行事であるとは思わないし、あるべきだとも思わない。不純な私たちは純粋なものにどれだけ憧れるだろうか、なじめないと思う。ある程度華やかさが必要だと思う。楽しみ、祭りみたいなもの、そしてイベント的なことがあって当然のことだと思う。
でも、ご縁があって要らないものを取り除かなければならないとなったとき、何を残して何をなくすのか、雑行を棄てて本願に帰すという言葉に基づいて御遠忌からぞうぎょうをすてるとどうなるのか、そういうことを考えておく必要があったのだろう。

間違いなく今回、大震災を通しておまえ達にとって御遠忌とは何なのか!と強く問われていることだと思う。
私たちの観念として御遠忌法要とはいつもしない節譜や勤行をして、派手なイベントとしての法要をすることだと、思い込んでいただけなのではないだろうか。
本当に私たちにとって御遠忌法要とは何なんだろうか。
そう思うのです。

2011年3月 2日

法衣の色

昨日13ヶ月ぐらいぶりに葬儀の導師を勤めさせて頂いた。
非常に閑古鳥が鳴くお寺の秋色を差せてもらっていると言うことです。
たまたま一昨日のお通夜の時、私の子どもの友人の親御さんがお参り頂いていたそうです。
その時の間奏がヨメハンに入ってた、
「あんたたちの衣地味だね」だって。
私はここ最近ずっと、黒衣、黒直綴を好んで着用させてもらってます。
葬儀の時や、衣体の指定がないときすべて、黒衣を通してます。お通夜、法事、その他...
黒色にこだわり、直綴にこだわってます。ついでに中啓もほとんど持ちません。
裳附でなく直綴なのは、直綴は僧侶が着るものと言うより宮中ので衣体、天皇に謁見するときの衣体であったものが始まりなそうな。一方直綴は正式な僧侶の衣体の略式系。
どっちを選ぶかとすれば私は迷わず、直綴です。
衣体の色についてもほとんど許可制。草書の位によって決まる。何を着ても良いというわけではないのが基本。
百歩譲ってその人の努力など個人の功績によって僧侶の位が決まり切るcoronの色が決まっていくのであればまだ良いのかも知れないが、ほとんどの場合、お寺のおおきさ、お寺の規模、お寺の格によって大体決まってくる。今となれば金次第。
というわけで私は僧侶の基本色黒を好んできています。
だから、どうしても私が朱となって勤める法要などは、衣体からすると地味になってしまう、けっして華やかとは言えない。
お浄土の蓮の花のように色んな色の衣を着た僧侶が集まって法要など勤まるのも、これはまた美しいものだと思う。自分も色んな色の衣を着たいと言うことを思う。だけどお金を払ってまで、位を上げてまで期待とはあんまり思わない。
僧侶の共通色としての黒を好む。

あなたは金まみれになって位を上げ色んな色の衣を着る僧侶が好きですか?
地味だけど位を気にしない僧侶が好きですか?
聞きたいし、選んででもらいたい。

結構、派手な色の衣を着るくらいのたかい僧侶が好きです、という人が多いかも知れないけどね。
まぁっ 良いんだ!どうだって。


2011年2月 7日

マスクは効果があるのか!

先々週末から熱を出してしまい一週間ぐらい寝込んでいた。お医者さんで見てもらったときインフルエンザっぽいけど、検査では出なかったといわれた。多分、その時熱が低く出なかったのかな?そんなことで出たりでなかったりするのかな?良くわかりませんが...
熱で寝込んでいたためヨメハンから家の可かでもマスクをするようお達しが出た。
しかしい潜る敷くていやなので拒否していた。
その結果なのかも知れないけど、三男坊がインフルエンザになっちゃった。

私は思う。マスクをするのはそんなに効果があるのか、と。
近年、花粉症の方が増えたりして、不織布製のマスクが主流になり、マスクの性能は間違いなく上がっている。それは疑う余地は私はありません。否定しようとも思いません。
でもその効果っていうのは、自分が感染しない、花粉を体内に入れない、そういうことにはナノではないだろうか。
限定的だと思うんですよ。
碑文の病気を人にうつさない道具としてどれだけ、効果があるんだろう。私は疑問に思う。
だって、メガネをしている私がマスクをすると、かならずって言っていいほど、メガネが曇ります。どんなマスクのかけ方をしたとしても。
それは空気が漏れているって言うことでないのだろうか。フィルターを通さないで域が外に出ているっていうことなのではないだろうか。
確かに域をするときはマスクが密着した感じがするし、マスクが口に近づいてくる。そういう感じがするのだから、息を吸うときに吐こうかがある。だけど、息を吐くときはどうなんだ!
漏れっぱなし何ではないでしょうか。

唾を空気中に散らばらせないと言うことは多少効果があるけど、体内のウイルスを体外に出さない、ということにはそんな効果がないと私は思っている。
だから、自分がウイルスから身を守るためにはマスクはしますけど、人に写さないためにという目的のためには、私はマスクをしたくありません。ましてや家の中では。

2011年1月20日

せちがない...

今朝、四男坊にせかされて、保育所までコミュニティバスで行きたいといわれ、雪が降り続けるなか、しかたなくバス停まで行った。
自宅から保育所まで1キロも満たない距離なんだけど、百円だし、という思いがあってたまに乗る。
だけど積雪のためかなかなか時間になっても来ない、歩いてもいける距離ダシと思い、歩き出した。
言うまでもなく、ばすていとばすていのあいだでばすがつうかしていったことはいうまでもないことだ。
小学校の通学路と言うことがあって一部歩道が整備されているのですが、積雪のため通るのを断念。全く除雪してないというわけではなかったのですが、手をつないで並列で歩くのにはちょっと無理かナット思って、車道を歩いて行った。
車道も一部融雪装置がある。水が流れていて雪を溶かしていた。
なかなかこれは厄介者で、どうしても見津たまりができるのです。今日も道は水たまりばっかり。
ここで本題。
そんなに交通量の多い道ではないのだけど、保育所まで歩いて行けば五台以上とすれ違う。
たまに車道に人が歩いていると認知すると最徐行で行ってくれる車もある。だけど大概最徐行はしてくれない。少しはスピードを落としてくれるのだけど、
案の定、車によって水ははねる、そして自分にかかってくる。
自分もカッパズボンをはいていればいいのだけど、バスに乗るつもりだったので、そういう容易はしてない。
しっかり、ズボンにかけられてしまいました。
かけられてしまうと気分は良くない、ヤッパリ腹が立つ、
人がいるのが判れば、最徐行して水しぶきが上がらないようにするのが当然のことだろ!なんて、思ってしまう。
仕事に行かなければならず、決まった時間に行かないところがあるのは判るけど、歩行者の立場で言えば、強気になる。
本人の資質もあるけど、急がなければならない事情がそうさせてるのだろうとも思う。

もっとゆったりとした時間が送ることができてればこんなこと起こらないだろうし、自分もゆったりと時間を送ってれば腹も立たないことなのだろう。

こういうせかせかしなくてはならない時代だからこそ、,腹も立ち、腹が立つこともされるんだよね。
そういうことが判ってても許せる訳じゃ有りませんけどね。




2010年5月13日

さびれていく街 これでいいのか!

先日仕事で北陸にあるある港町に行ってきた。
仕事は午後だけのものなので、午前中街を歩いた。
いうまでもなく夜もまちを紹介してもらった。
駅前やその他のところがあるって井戸整備されているというか、奇麗に作り直されている。
そういうことがあってなおさら、街のさびれが目に入った。
石畳が曳いてある道、だけどそこには焦点が少ない、これ、昔お店だったんだろうなぁ~っっていうおも影は残ってる。商店街の賑わいはほとんどない。店舗にシャッターがあれば、シャッター街といわれるんだろうな~。
ホントにこれでいいのか、そう思った。
高齢化、少子化、そして都会に人が流れていく、
その津波が、地方、田舎に押し寄せている。
否、
人と活気が都会にさらわれていってる。
都会がさらってるんだ。
何となくそう感じた。
街も寂しいし、そこを歩く私の心も寂しくなった。


以前「在日琉球人」を多分名乗っている人が、
日本に天皇制がある限り、日本に文化はない。
そう仰ったことを思い出す。
今、地方の文化、言葉、それがみんな奪われて行ってる。
それも気づいてみれば、である。
いつの間にか田舎にすごすものも中央の言葉、中央の文化を自分の文化言葉としてしまってる。
自分もそうだ。
そのながれの中で、人と活気が中央に流れて行ってる。
地方の活気を取り戻すのは、本当に地方に住むものの責任なんだろうか。

特色のない街にどんどんなってる、都会のミニ版にしかなってない。

多分、もっと大きな視点で見てもそうなのだろう。
グローバル化という言葉の中で、ドコモかもアメリカのと開花して行ってる。
同じ土俵で戦い、同じ戦い方をする中で、勝てるものは少数
そして一極化していく。
お金が一ヶ所に集まる。
特定の人だけがお金持ちになっていく。
その他は吸い上げられていくだけ。
またその中で、自分だけは吸い取られる了を減らそう、吸い取られた文、あそこから吸い取ってやろう。そういう争いが続けられている。

街が街の文化言葉で生活してゆく。
そういう中でしか、街の活気は残せないのではないだろうか。
でも、今から間に合うのだろうか。

地方分権、地方自治、そういうことがもっともっと小さい単位で行なわれていかない限り、私たちの文化は、護らなければならない文化でしかなく、保存しないといけない文化言葉にしかならない。

田舎は、都会の人が癒される場では決してなく、また昔を懐かしむ場所でも全くない。
私たちが人として生活する場なのだ。
私はそう思う。

2010年3月27日

長男の卒業式

チョッと今更っていう感じもあるんですけど、先週長男坊が小学校を卒業しました。
式にも参加させていただきました。
その中で、6年間を振り返ってしましました。っていうか、彼が生まれてからのことが色々思い出されました。

彼は証書をもらうとき、「スポーツ関係の仕事に就きたい」と発表しました。
正直、が~んとやられました。
彼は、二年生まで少年野球をやってました。
だけど、
彼のいじけよう、っていうか、出来なくて殻に閉じこもっていくすがたが目について、ある意味こちらから止めることを促して、少年野球を止めました。
それからも、良くプロ野球の試合の模様をテレビでよく見てました。何となくわかってはいたんだけど、
ああ言われれると、何ともいえない思いが湧いてきました。
申し訳なかったって。
彼の夢をひとつ奪ったのは間違えないようです。
大事なことを教えてくれた卒業式でした。
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2009年7月31日

月末

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今日の午後、そして明日の朝で今月お話しをさせて戴く役割が終わるんですけど、
けどなんです、
月末なんで
寺報を仕上げないといけないんです。
一日発行でまだ今の状態で仕上がってません。
っていうか、集中できません。
やる気が湧いてきません。
でも明日帰ったら過ぎにお参りに出ないといけない事実もあります。明日は次男三男坊の野球の合宿というか宿泊です。それにおつきあいする予定です。
だから出来れば午前中にはお参り終えたいのです。
だから寺報も今日中に終えないといけない事情も私にはあります。
事情はあるのですが、体が理解してくれません。
やる気が起きません。

2008年8月27日

ちょっとご機嫌

ここ二~に三日ここのブログのアクセス数がいいんですよ。
アクセスがたくさんあるとやっぱうれしいですねぇ。
原因は
アンヘル・マトス

オリンピックのテコンドーのの試合のことを書いて、そこへのアクセスが急増している。
こうやって人が興味のあることを書き込めば検索されてアクセス数が増えるんだということを実感した。
でもわざわざアクセスふうが増えることをやる気は全くないけど、
アクセスふうが増えたのはいいけど、コメントがさっぱりないです。
これは寂しいことです。
リアルでもちょっと敬遠されたり、煙たがられたり、
メットでも、怪しまれている私です。
まぁそういう私なんです。はい。

2008年7月25日

キュウリどうしてます?

最近畑は、ナスビは一休みなんだけど、
キュウリが絶好調です。
キムチのもとでつけたり、
あなんたんの醤油でつけたり、
味噌みりんでつけたりして食べています。
後、素麺に千切りにして薬味みたいだけど、結構な量入れて食べたり、
千切りにしてごまだれで食べたり、かな。
けっこうたべあきてます
なんか良いレシピないですか?
千波に私は煮たキュウリ苦手です。あんかけ、味噌汁等...

2008年7月12日

困ってます!

愛生園に行く前日、
タマネギを植えてあったところを耕した。
その後とりあえずカブラでも植えようと思い...
でも畝間でつくらず耕すだけで終わった。
愛生園に出発する未明、
大雨、
愛生園から帰ってきて畑を見に行くと、耕したところが凄くぬかるんでいる。
そして昨日耕し直そうと思ったんだけど、まだまだぬかるんでいる。
極端な言い方だけど、田んぼ状態、
耕したところに雨水が集中して、いまだに水気が抜けない、どろどろ状態。
畝をつくろうと思っても、体力の限界を感じる。泥が粘ついて祐子とを聞いてくれない。
断念して他の所にカブラの種を蒔くことにしようと思ってる。
でも早く乾いてもらわないと、
そう思ってたら、また昨晩通り雨的だったけど、どしゃ降り...
どうなる事やら...

2008年6月28日

気のせいかなぁ~

洞爺湖サミットが近づき
テレビなどではよく環境問題が取り上げられている。
何となくファシズムのようなものを感じる。
息苦しい
環境問題は無関心ではないが、最近苦手です。

環境問題を縁として
多分、
食糧自給率が問題になり
農業が見直されている。
農業は見直されているが、農家は増える兆しは見つからない。
そして過疎化は止まらないし、平野部の農地は住宅に変っていっている。


食糧自給率が悪いといわれるが、これも余り実感がない。
野菜はもらいもんや、畑でとれたもの、スーパーでも結構買うけど、これが輸入品?
実感がない。
魚がそうなの?
肉がそうなの?
肉は俺牛肉何故か苦手なのであまり食べない。
豚、鶏がほとんど。
多分国産。
加工食品や、冷凍食品が、そうなのかな?
いざというとき結構使う。
袋をよく見てみよう
これがアチャラら産なの?
パスタ、うどん、パン、素麺はよく食べる。
小麦、
こりゃぁ。国産じゃないだろうなぁ~
でも、食糧自給率四割を切るっていうことがあまり実感できない。
国家の好きな数字のトリックか、地域差、そして食文化が奸佞するのだろうか。

私は二酸化炭素を出すのが好きです。そして出して生きています。
だから環境問題が声高に叫ばれると
肩身が狭いです。
息苦しいです。

2008年6月26日

誰だっー!

昨日京都から帰ってきて、今朝のんびりと家の周りを見て歩きました。
すると、
一番成長株だった蓮の蕾、いないんです。
見あたりません。
あったっていう痕跡は見つけることが出来ました。
どうもおられている感じです。
むかっと来てます。
勝手に近所の餓鬼どもだと断定してますが、
もしかすると野良猫かも知れません、
うちの猫かも知れません、
本当にもしかするとうちのバカ息子かも知れません。

蕾がなくなっていることは悲しいことです。
犯人がはっきりしてもこの気持ちは収まりません。

朝からちょっとブルーです。

今日は月参りと、後家のまわりの草刈です。

2008年6月15日

改悪

真宗大谷派の寺院教会条例による坊守に関する条例
第二十条  住職または教会主管者の配偶者を坊守、前住職または前教会主管者
     の配偶者を前坊守と称する
2  女子である住職の配偶者については坊守に関する規定は適応しない
    (=女性住職の配偶者は坊守と呼ばない)

第二十一条 坊守及び前坊守は、申請により宗務所の坊守籍簿に登録されるものとする
2  坊守籍簿に登録されないものは、坊守の待遇を受ける事が出来ない

第二十二条 坊守は住職の職務の本義を領解して、住職とともに教法を聞信し、
所属門徒との交流を緊密にして、寺院又は教会の興隆発展に
努めなければならない


    寺院教会条例の一部を改正する条例
 
 寺院教会条例(1991年条例公示第14号)の一部を次のように改正する。
 
 第20条を次のように改める。
 
 (定義)
 第20条 住職または教会主管者の配偶者を、坊守と称する。
  2 住職または教会主管者が欠けた場合であっても、その配偶者であった者は、新たに住職または教会主管者が就任するまでの間、坊守と称する。
  3 住職又は教会主管者に配偶者がいない場合であって、特に必要があるときは、満20歳以上の寺族の中から選定した者を坊守と称することができる。
  4 前任の坊守は、前坊守と称する。

 第22条を次のように改める。

  (任務)
  第22条 坊守は、住職又は教会主管者とともに門徒の教化に携わるため得度式をうけるものとし、教法を聞信し、門徒との交流を緊密に して、寺院又は教会の興隆発展に努めなければならない。

  附則
 この条例は、2008年7月1日から施行する。


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改正された20条についてはそんなに思うことはないのですが、
22条って...
これは改悪ですね。
もともと22条には問題があると私は感じました。
そういうことに今までしらなかったこと、無関心だったこと反省します。
坊守は呼称と位置づけながら得度を義務づけたり職務らしきことを定義したりしています。
職業選択の自由、信教の自由を束縛する条例ではないでしょうか。
とにかく、大谷はない曲は、憲法で保障されている職業選択の自由、信教の自由をどのように思うのか、そしてもし大切な理念だという認識ならば、この寺院教会条例の二十二条と職業選択、信教の自由というものとの関係はどのように考えるのか、そのように坊守と呼ばれる人に保証されているのか、ということをしっかり答えてほしいものです。