2010年12月31日

明日、お正月!

♪もう行くつねるとお正月♪
なんていう疑い善はよく流れていた。
ホント、あとひとつ寝るとお正月です。
でもるんるん気持ちでそう思うのではなく、
どうしよう、準備できないやん!
なんていう焦りの気持ちで、もうお正月っ!って感じです。
以前、12月になるとよく『よいお歳を』なんて挨拶された。
今本当に聞かなくなりましたね。
私は大人になってから、っていうか、教えを気にするようになって七日、よいお歳を!なんて言葉に敏感になっている、嫌いです。
良いというのに引っかかってたんです。
最近は自分によいトシで本当によいのだろうか。
と、疑問を持ってしまう。
ですから自分が他人によい落としを!なんて白地が避けても言わない。
我々人間にとって、自分勝手なおもいのなかで描くよいトシであってはいけないのだ。そう思う。

お正月の挨拶でも以前は引っかかってた。
言われるけど、あまり直に挨拶のお返しをできなかった。
何でめでたいのだろう、なんて思ってしまってた。
でも最近はだいぶ寛容になってきました。これは。
最近は、明けましておめでとうと、
お誕生日おめでとうと同じことなんだ、気づきだしたのです。

以前はみんなお正月に歳を取ってたんですよね。
法律的には明治の初めに禁止されましたけど、慣習手金はやっぱ、30年から40年前までいわゆる数え年でトシを数えてましたよね。
数え年で考えると、お正月にみんなひとつ歳をとる、だからお正月はみんなおめでたいのだ。ひとつ歳がとれて。一年生きることができて、生かさせてもろうて、
お誕生日おめでとうと、あちらこちらで、言い合ってたんですよね。
それが新年明けましておめでとう、なんだと最近は了解している。
近年は数え年で考えず、政府の指導通り満年齢で数える。
だからみんな一緒に歳をとらなくなった。
お正月なぜおめでたいのか、なんて言うことがわからなくなってきたんじゃないかな。
だから
最近、お正月らしさを感じなくなってきたんじゃないかな。

昔とっしょりが朝今日も眼が開いた、ありがたいこっちゃ、と仰っておられた。
一日一日空けることがめでたいこと、同じように一面迎えることができ、新たな一年を生かさせてもらえる。
有り難い子tですよね。めでたいことです。



そんなことを考えながらネットで、来年はうさぎ年だけど、来年は干支で言うとどうなるのかな、なんて言うことを調べていたら、辛の卯と言うことがわかったんだけど、ついでに、旧暦から新暦に変ったときのことが眼に入ってきた。
これは明治五年の十一月に改暦の布告により来年、明治六年一月一日から太陽暦になったんですが、
そのため12月は、二日までしかなかったそうです。
十一月公布で、一ヶ月あまりで施行されたんですね。すごいスピードです。
なんでこんなにあせったんだろうな~と以前から思ってたんですが、
話しに由れば、翌年からではなく、再来年からの施行になると、明治六年は十一月で、終わり、次の歳から太陽暦になるわけです。そうすると、干支で数える月の数え方にずれが生じるのです。たまたま、月の数え方と、十二支の数が一緒なので、一月が寅の月なのです。改暦が、明治七年からだったら、明治六年の12月が無くなるので、明治七年の一月が寅の月にならない区成るのです。一月が、子の月に変ってしまうんですよね。干支で数える月がずれてしまうし、12月が全くない、より、少しでも、二日でもあった方が、良い。ッて事だったのかな。なんて想像した訳なんです。

2010年12月18日

四男坊に教えられる私とサンタクロースの関係

うちの子供たちには以前からサンタクロースはうちには来ない、と刷り込んである。
でも私のこだわりで、サンタクロースはいないなんて言ってない。
サンタクロースはいないんだなんて夢のないことは言いたくない、だけど、うちは仏教とだからサンタクロースは来ないのだと伝えてあります。
ちなみに、うちではクリスマスパーティーはしないけど、ほかでしてもかまわないと思っています。学校や保育所でされてもあまりていこうはありません。
そんな中、年少になる四男坊、昨晩布団の中で
「うちにサンタクロース来るとみんなで怒るよね~」
なんていうのです。
サンタクロースが父親がいなのだろう、
だからこないのだと思っているのだろうか。
商業化されたクリスマスイベントは大嫌いだけど、
サンタクロースは?・・・
色々考えながら4男坊に言いました
「サンタクロースにあえてきてとは言わないけど、もしきたらようこそって言って、おもてなしはするよ」
と応えておきました。

ヤッパリなんでクリスマスをしないのか、っていうことを4男坊に伝えなければいけないのかな?
今の商魂魂の著しいクリスマスは自分は疑問を持つし、クリスチャンの人に失礼だと思う、同じ宗教者、ひとつの信仰を持つものとしてそう思うんだ、なんてことを伝えてあげないといけないのかな。
なんて、ちょっと思ってしまいました。
このばかばかしすぎるクリスマス騒ぎが、少してもキリストさんのことを知るきっかけになることを、キリスト教という教えを知るきっかけになれば、と何となく仏教徒の私は思うわけです。

2010年12月14日

なかなかのらない

ブログに書き込むことを復活させようと思って入るのですけど、しばらく書かないことが続いていたら、何を書いて良いのか見当がつかなくなった。
この間まで何を書いていたんだろう。なんて思ってしまう。
ブログに書き込みをあまりしなくなったのはTwitterを始めた頃からなんだろう。ふと思いついたことは思い立ったその時囀りできる。どういうことから、書き込みが怠ってきた。
最近はTwitterにて囀りもしなくなった。
考えることが出来なくなってしまってるのかな。
少年野球の世話でせわしなくなり、
少年野球の父母会の役員が終わり、ホッとして、
実際俳人のようになってる、今。
何もしたくない。
考えることもしたくない、
考えることも出来ない。

でも、
ボチボチやっていきますよ。
少し筒書き込むようしていきます。
っていうか、
書き込むようになるでしょう。

Twitterも大所帯になってなんだかな~ッて感じ。
タイムラインが早く移り変わり、せわしない。
昔つぶやきあってた相手のつぶやきも、なかなか目につかなくなった。
ちょっと居心地悪く感じる。

まぁ、なれていくことでしょうし、何とかなっていくことでしょう。
よくよく考えればこんなこと生きていく上でたいした問題でもない。

なんのせ、ボチボチ行かせてもらいます。

2010年12月 7日

壊れてました。

少年野球の父母会の役員を引退となり、時間の余裕が出来て、久しぶりにブログを覗いたら、なぜか閲覧できない状態になってまして、困ってます。
何かどうなってこうなったのかわからないのですけど、
確かなのは壊れていると言うことです。
まぁ、気長に直していくことにします。
焦るとろくなこと無いしね。

2010年10月29日

心配事

IMG_0222.jpg
今月末当寺の報恩講が勤まります。
それに向けての準備をコツコツとしています。
そういう中で心配事がひとつあるのです。
実はご門徒さん方のご厚意により前庭をつぶし駐車場にする幸司をしています。
だけど、それが終わってないのです。
工事の方も報恩講に間に合わせようと色々してくださっているのですが、
ここ連日の雨作業が出来ずじまいです。
今週初めからアスファルト舗装しようとされているみたいなのですが、雨が降り続いたため美顔が柔らかくなってしまって、舗装できずにいます。作業が止まったままなのです。土壌改良材を淹れたり試行錯誤されているみたいなのですが、雨が止まず作業が止まったままです。
正直、舗装する前、砂利を敷き詰めてならしたままの報恩講を迎えた方がよかった、っていうのが私の本音です。
報恩講まで、間に合うのかどうなのか、、結構やきもきしています。
このままでは報恩講迎えられない

2010年10月28日

遅ればせながら ブログの記事をツイート出来るようにしました

遅ればせながら、 
ここでのブログ記事をTwitterにおいて囀ることが出来るように設定しました。
小粋空間のWordPress/Movable Typeに公式ツイートボタンを設置するをいう記事をみて
Twitter活用術 › ツイートボタンにてボタンを作成しました

2010年10月27日

ようやくアップしました 「ごぼはんだより」

しばらくアップしてなかったごぼはんだよりをまとめてようやくアップしました。
発行していなかったわけではないんです。ただ、web上にアップしてなかっただけなのです。
多大馬放温厚に向って準備真っ盛りです。
だけど、少年野球の試合が平日(ナイターで)も入ってきて、人の確保でやきもきしてます。
あとしバラクのことなんですが、少年野球とお寺のことで頭ウニ状態です。


とにかくごぼはんだよりをアップしましたのでよろしければご覧ください。

2010年10月10日

ある質問

今月10日まで金沢別院の定例法話で話す縁を頂いていました。
だけど、8・9日と休ませていただいてましたけど、
最終日、どこかのデイサービスセンターの方が団体で聴聞に来てくださっていました。
閉めに入って、そろそろ終わろうと思った頃、多分そのデイサービスセンターの高田と思われる方が急に質問されました。
急な質問というのは結構ドキッとするものです。
内容は、
「私は毎朝、般若新病をあげていますが、それで良いのでしょうか?」というものでした。
これではダメなのかという思いを持っておられますか、と聞いてもその答えに当たる答えをなさいませんでした。

そこで、とっさに、
これではいけないと思っておられるのなら、そのままでよいでしょう、行けないと思われるのならお念仏を称えてください」というようなことをお応えしたわけです。
その後はナシに戻って、終わって、控え室に行ってから、
あれでよかったのかな、なんて思ったわけです。
もう少しお話をお聞きしてから自分の思いをいった方がよかったのでは、ほんの少ししかお話を聞かずして応えてしまったけどあれでよかったのかな、なんて思ったのです。
もう少し時間があればもう著うっといろいろなことをお聞きしたり、色々お話しいただいてから自分の思いを言えたのに。なんて感じました。
あの質問の奥に何か思いがあったのでは、
と思ったわけです。

2010年9月14日

対話

先日葬儀のお参りを突然頼まれ参列させて頂いた。
その後なのか法要の後のお斎の場の時、戦争についての話になった。
私はいつものよう耳を立てて効いていたのである。

太平洋戦争について先輩方から話しを聞くとき自分にはある種の偏見を持って話しを聞いてしまう。
太平洋戦争を経験している人たちであっても、兵隊にいっていない人、また、戦火に遭ってない人はどうもならんな。そういう偏見もあるし話しを聞いてそう思ってしまうことが多々ある。
兵隊などになってない人は戦争を美化するし仕方がなかったという言葉で簡単に済ませてしまうような受け止めを私は持っている。
一方兵隊にかり出された人は、戦争を美化する人もいるし、しかたなかったという言葉を言われる人もいるが、その中にでも悲しみのようなものを感じる。だから、話しがどちらかといえば聞きやすいし、心に残る。、

この間のお斎の関で戦争の頃の話しになって、自分はなぜ自分の見てきたことや大変を話さないのかということをその場に座っておられた方々と話しなさっておられた。
その内容は、若いもんは...という話しだったんdなけど、
だけど考えさせられた。
戦争のことを話さなかったのではなく、話したけど聞いてくれなかった、その中で話すのをあきらめた、というようなことを仰っておられた。

その方が言われるには、戦争の話しをしたら、
なぜ戦争に反対しなかったのか、
なぜみんなで反対運動をしなかったのか。
ということがよく若い人が言っていたというのだ。
そういう中で話すのをやめていったといわれていた。

当寺は軍国主義教育であり、戦争を賛美することが当たり前の教育であった。だから軍国少年になるのが当たり前だった。
また、反対したとしても捕まえられたりしていった。自由に自分の意見の言える時代ではなかった。
このことを若い人たちは理解してくれない。
そう仰っておられた。
戦争を賛美するものは悪人だ、罪人だ、って感じに聞こえてきた。ということらしい。

なるほど、こういう関係の中では話したくはなくなるよね。
なんて思った。
今の価値観でそのまま当寺の人たちのことを、裁いていくのはまずいな、と思った。
当寺としては、「しかたなかった」っていうことはたくさんあると思うし、気づくことが出来なかったこともたくさんあると思う。
私たち若い世代にも、戦争を語り継げない原因があるのだと思わされた。

そういう態度はいけないよな、なんて同世代の人を批判しようと思ったけど、今自分はそういうふうに思うけど、自分の10年前、20年前はどうだったろ、なんて考えた。
自分も、自分が今持っている価値判断でそのまま当寺の人たちを切り捨てていたような気がする。自分の価値判断で悪人を作り上げていたような気がする。
そういうところで対話を遮断していた、間違えのないことだ。
そういうふうにまた反省させて頂いたことだ。

2010年9月 7日

ごめんなさい

なかなかブログが更新できてません。
12月に入ればまたボチボチ書いていけるかと思って入るのですけど、
昨日は時間はあったのだけど、ボッとしていたくて、何もせずまま今した。
あと少年野球のhpも、滞ってたのをちょっと追いつかせた感じ。
お寺のこと後回しって感じの日々が続いてます。
来年は信頼回復のトシとなることでしょう。

寺報はちゃんと毎月発行してますが、これもHPにはアップできてません。

2010年7月24日

ちょっと空しさ感じる

昨日母方の叔父の葬儀に出席した。
釣り、山菜採り、こけ(キノコ)採りの好きな人だった。
母は五人兄弟姉妹だった。その中で母を含めて三人の方が亡くなっている。
残っている人の顔を見ても昔から比べると顔のしわが増えた。
数少ない思い出を思い出しながら叔父を送った。

その中、息子たちのというか、自分が父母会長を務める少年野球の父兄の方から突然電話が、
監督と話し合い、そして子どもと話し合って、やめることになったという連絡だった。
そのときは冷静に残念ですがと対応したが、時間をおうた度にため息が沢山出てきた。
私が父母会長になって二人目です。
一人目は四年生、そして昨日は三年生。
一人目はそうではなかったけど、
二人目はショックでした。
何か自分に責任を感じます。
自分の運営のやり方がまずかったのか、
父母同士のコミュニケーション不足か
色々原因を想像します。
創造する域を超えれません。

二人やめたという事実は重くのしかかってきます。
おまえに原因があるのだと。
原因があるのだいうことはなんとわなしに頭で理解できるのですが、
それ以上進みません
何が原因だったのかはっきりわかりません
これって結構きついですね

そういうことがあって今まで自分のやってきたこと何だったんだろう、と考えてしまいます。
自分の存在が問われているような気がします。
「いらないんじゃない」って
ため息が出てきます。
こういう感情を空しいというのでしょうか?

2010年7月21日

空しく過ぐる

本願力にあいぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
 功徳の宝海みちみちて
 煩悩の濁水へだてなし
これはいうまでもなく親鸞聖人がお造りになられた和讃です。そしてよく葬儀の場で儀式として読誦されているものです。本願に遇えば空しくないのだ、ということなのでしょう。
これからの人生本願に遇えば空しくはない、充実した日々になるのだ、というふうに読み取っていたんですけど、最近そういう理解にちょっと疑問を持つようになった。
未来ではなく過去のことなのかな、なんてなぜか、何となく思うようになってきている。本願に出会えたことを喜べたならば、我が人生に無駄はなかった。本願に出会うためのプロセスだったんだ。なんていう感じなのかな、なんて思うようになった。

私たちは生きている中、空しさを抱くことがたびたびある。
でもそれは未来から来るものではなく、過去から来るものではないのだろうか。
俺の人生って何だったんだろうか。
無駄ばっかりだったな。
なんて考えていく中で空しさという感覚が湧いてくるのではないかな。
充実感がない、これは過去から来るものだ。と思う。
そういう中、ナムアミダブツという言葉に出会い、そしてその歴史に出会う中で、
信心という課題を頂く
そして、
人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん。大衆もろともに、至心に三宝に帰依し奉るべし。
という仏法との出会いが生まれてくるのではないだろうか。
仏法に出会えたことに喜びを持てるとき
私のいままでの人生は仏法に出会うためのプロセスだったのだ。何の無駄もなかったと。自分の人生を頂き直せるのではないかな。

仏法に出会えた喜びが芽ばえたとき、初めて空しさが仏法により吹き飛ばされていくことだろう。

2010年6月24日

首が回らない そこで...

一昨日ぐらいはすんごく左肩が痛かったんだけど、昨晩あたりから首が痛くて、いわゆる回らない状態になっている。
原因のひとつは、
借金だろう
他にもあるのだろうけど、見当がつかない、蔓系の草を力尽くで片付けていたことなのかな、それぐらいしか思い当たらない。

首が回らないため周りを見るときは肩を回すしかない。だっていたいんだもん。

そういう状態の中でふと疑問に思ったこと、
なぜ、借金が貯まることを首が回らないというのだろう、
なんていうことを疑問に思ってしまったんですよ、不覚にも。
そこで考えてみたんですけど、金が回らないことと首が回らないことそんなゴロっていうカインが会っている感じはしない。
借金が多くて、多くの人に辺際しなければならない状態になると、人と目を合わすことが出来ない状態になるのでは、催促されては困るので、余計なところを見ないようになってくる。必要最小限前の方、もっといえば前の下しか見て歩けなくなるのでは、首を回していていろんなところを見ていて、債務者と目があって借金の返済を迫られては困る。
だから首を回さずに前だけを見て歩くようになるのではないだろうか、なんて思ったわけです。
どんなもんでしょうか、
いいとこきていると思いますか?

2010年6月21日

胡瓜初収穫しました だけど...

100621.jpg
今、畑を覗きに行って胡瓜を一つだけ初収穫してきました。
だけど問題が...
というか、疑問が一つ解消しました。
今日も棚を見て、おまえは誰だと話しかけ、そして、どうも雄花と雌花があることに気が付きました。
その後、茄子、ブロッコリーを見て歩いて、そして思わぬところで胡瓜を収穫したのでした。
実はカンモリ、というか、鴨瓜 別名、冬瓜がどれだけ育ってるのか、見に行ったとき、冬瓜だと思ってる苗に、胡瓜がなってたのでした。
一つだけではなく、小さいのはいくつもなってました。
そう、そうなんですよ川崎さん。
冬瓜だと思ってたのが、胡瓜で、胡瓜だと思ってたのが冬瓜だったのです。
そのことが胡瓜を思わぬところで収穫して発覚したのでした。
そしてこれからの課題も見えてきました。等願だと思ってた胡瓜をこれからどうするのか、棚を作るのか、それともじばえにするかです。一株二株のために棚を作るのも何だし、じばいにするのなら、わらみたいものをひいて(共通語では、敷いてやね)やらんといけないですね。どうしようかしらって感じです。
そうしてもう一つ、棚に植えてある冬瓜です。今はやりの小さい冬瓜でないし、このまま成長していって、実が出来たら、棚が持つだろうかと言うことです。間違いなく補強してやらないといけんです。
植え替えるのはもう根が張っていて遅いと思われます。
よわったもんです。
これからやんわりと考えていきます。

昨日は父の日

昨日は父の日だったそうです。
息子たちが何かをしてくれるわけでモナし、
期待もほとんどしてない私でした。
ただ、四男坊が、保育所で父の日が近いということで絵を描いてきてくれました。
やっぱ嬉しいものですよね。
100620.jpg
でも、私自身子どもだった頃父の日は嫌いでした。だってあげる人がいなかったから。
っていうか、父の日は生きている父親にありがとうという日だと思っていたから。
でも元来、父の日ってそういう日でないみたい。
父の日の元となった母の日も、生きている父に何かをあげる日じゃないから、
母の日の起源は、お母さんを亡くした子が母への感謝を伝えたことにはじまります。
この世界にお母さんのいない人はいません。
亡くなってもずっとお母さんです。
こんな言葉に出会いました。これは最近チョッと気になっている人、尾角光美さんが代表を務めているLIVE ONのホームページ?母の日プロジェクトにあった言葉です。
母に感謝を伝える日が母の日、そして、はじまりはおかあさんを亡くした子が始めた。
生きている母にだけ何かをあげる日が母の日じゃないのだから、父の日もおんなじです。
こんなことを知ると、ホッとします。俺にもしようと思ったら出来たんだ。なんて思えます。
生きている父に何かをあげる日が父の日じゃない。でもしても良いんだけどね。

2010年6月18日

ハンセン病シンポジウムに行ってきました。 「負の遺産」という言葉を考えた

ハンセン病訴訟勝訴九周年シンポジウム【今こそ考えよう ハンセン病】~隔離の負の遺産を保存・継承する~
に行ってきました。
講師の方は、宮坂道夫(新潟大学医学部准教授)さんと、藤田三四郎(栗生楽泉園入所者自治会長)さんの話しでした。
いつものようにどんな話しだったかと言うことは説明できません。
今回は1人からには行って、「負」という言葉について1人で考えてました。
以前修練スタッフをしていたとき、講師の方が一緒に飲んでいるとき、ぽつりと「負の歴史って言う言い方は違うと思うんだよな」なん言われていたことをふとおもいだしました。
そのときは今ひとつよくわからなかったことでしたが、そのことをお話を聞きながら考えていました。
ハンセン病問題で言えば、ハンセン病の元患者さんたちが、それは負の歴史だという言い方はありだとは思ったのですが、
私が置かれている立場からすると、それは負の歴史、遺産なのだろうか。と思うわけです。
いわゆる負の歴史、遺産というのは、私個人からすれば、負ではなく、大切な遺産、歴史なのではないでしょうか。私にとって賭が家のない事実を教えてくれた歴史、そして遺産なのではないでしょうか。悲しむべき歴史であったり悲しむべき歴史を知る水産かも知れないけれど、私にとっては、そういう事実を知らさせてくれた、どれも大切なものなのではないでしょうか。
私個人としては、負では全くないと思ったのです。人生の肥やし、生きるための大切な道しるべなのではないのでしょうか。決して「私」にとって負ではない。
そう思ったわけでした。
言葉遊び的なものかも知れないけれど、私にとって負の歴史、遺産なんか、何一つ内のだ。なんて思ったわけでした。

あなたは誰?

今日は朝から、種から育てた胡瓜の苗を植え替えし、もらったトマトの苗にも棚を作ってやってました。
ところでひとつ大事件が、
胡瓜だと思ってて植えたものがどうも胡瓜でない感じなんですよ。
苗を植えたときは花を持ってなくて葉っぱだけで判断してたんですけど、胡瓜4本も買ったのかな、と疑問を持ちながらも、胡瓜を移植してやってました。
しかし、
今花を持つようになると、二つは間違いなく胡瓜なんです。ちゃんと花野後ろの方にはミニ胡瓜がいますから、だけどあと二つなんです、黄色い花を持っているんですけど、花が大きく、花の形も違います。間違いなく胡瓜ではないと言うことははっきりしてます。
でも、何なのかさっぱり見当がつきません。瓜系な事は確かでしょうけど、
近くに畑がある方も今日寄ってきて、あれなんや?ッて聞かれました。ようわからん、胡瓜だと思ってた。と応えました。その人も何かわからないようです。

あなたはどなたですか?と聞きたいです。
そしてちゃんと返事をしてもらいたいものです。
106018.jpg
どなたかご存じありませんか?
教えてください!

2010年6月15日

メールフォーム復旧 その他

半年ぐらい使えてなかった、メールフォームを復旧させています。MT5にバージョンアップしてから、 上手く作動していなかったのを放置しっぱなしでしたが、やっと直す気になって、復旧させました。

また、
記事に対して、TwitterにてRT(Retweet)出来るようにしました。Twitterに登録されていれば20100614_topsy_2.pngボタンを押してくだされれば、出来ます。
小粋空間の「TopsyでTwitterのRT数とretweetボタンを表示する」という記事を見て設定しました。

2010年6月 8日

子ども手当は絶対に子どものために使うべきなのか!

子ども手当の支給が私が住んでいるところでも今月中旬ぐらいに振り込みされる見たいだ。
ウチは中学生以下の子どもが4人。
だから...うひっいひっぃ~、ッて感じ。
ワイドショーの個免停ターなどから、子ども手当は子どものために使うべきだ。
なんていう意見が多い。
それが世論のようである。
私はその言葉に反感を持つ。
っていうか、
絶対に自分のために使ってやる、なんて野望をい出いている。

何度かテレビを見ていると、タレントの千秋なんかは、子ども手当は絶対に子どものために使わないとダメ、なんて怒っている。
ホントばかばかしい。
おまえはやっぱ金持ちだろ!
なんていってやりたい。

俺なんか、っていうか、
俺が思うに多くの子を持つ親たちは、どれだけ我慢してきているだろうか。
子育てに必要なお金が優先で、自分たちのために使うものは後回し。
これがほとんどの家族ではないだろうか。
たまに、そうでない親もいるとは聞くが、それは本当に少数だろう、大多数ではないと思う、私は。
子育てのためにどれだけチョッとの我慢をしてきただろう。それは当然のことといわれればそうなのかも知れないが、私は否定をしない。
だけど、子ども手当を親のために使ってはいけないといわれると、私は反論したくなる。絶対に自分のために使ってやると、言ってやる。これまでチョッとの我慢をしてきたのだから、そのうちの少し自分のために使っても良いではないか!
皆さんはいかが思いますか?

2010年6月 6日

組 お待ち受け法要 終える

昨日組の御遠忌お待ち受け法要が終わりました。
ホッとしてます。
はじめは同朋大会に冠として、助成金の関係でお待ち受けという言葉を付けようということから始まったものでしたが、
いつの間にか、法要に、ということがいつの間にかなり、そして昨日を迎えたわけでした。
また、組長さんが、音楽法要になったら、という一言を受けて、私がプロジュースしていく羽目になりました。
何となく音楽法要になればいいと重いながら企画していったのですが、
チョッとひらめいて、坊守と住職が一緒に法要を勤めることが出来るチャンス、
なんて思ってしまったのです。
そして同朋唱和にすれば、参詣者の人も形として一緒にお勤めが出来る、というふうに考えていたのでした。
なんちゃって音楽法要で良いから、手作りの、そして、みんなで作るをコンセプトにしました。
素晴らしい法要じゃなくても、自分たちが出来る範囲で、作る、みんなの法要。
坊守さんたちには、お勤めを覚えてもらうのではなく、称名ではなく、阿弥陀さんに向って女声コーラスとして、
坊守会は毎年同朋大会で、歌を歌ってもらったり、ペープサートをしてくださってたので...

二ヶ月ぐらい前になってやっと、坊守会に女性コーラスで参加してほしいことを伝え、その後、練習をしてもらいました。

そして一ヶ月ぐらい前になって、坊守から、男声にも一部歌ってもらわないとどうもならないところがあるといわれ、渋々受け...
住職はほとんど練習せず、当日を迎えたわけでした。

何とか終わった~~ぁ っていうのが私の本音です。

式次第は以下のとおりです。

コーラス 四弘誓願
  出仕
総礼
  焼香
  三帰依(パーリー文)
正信偈 真四句目下(同朋唱和)
礼讃「無量寿」
コーラス 一一のはなのなかよりは
鏧一下
三重念仏 淘五
和讃 如来大悲の恩徳は
廻向 願以此功徳
総礼
恩徳讃第三
 退出
    以上
法話は、藤場俊基さんにお願いしました。
藤場さんは、大きな法要の後の話は、おまけみたいものだと良いながら、しっかりお話し頂きました。
御遠忌をなぜ勤めるのか、法要をなぜ勤めるのかということをお話し頂きたいというリクエストをして、
「遇いがたくして、今」
という講題を頂きました。


2010年5月22日

だいぶ畑が畑らしくなる

今朝、近所の畑の方から、2種類のブロッコリーとトマトの苗をもらい、早速植え付けました。
IMG_0149i.jpg
写真は横っちょになってしまいましたが、直すのがめんどくさいので、これでお許しください。
今年初めてトマトの苗をもらったんだけど、トマトもちゃんと種から育つんだ、と変なところで実感しました。
後草刈をしっかりすると、ホントは岳らしくなるのですけど、なかなかそれができませ~ん。
なんかすごく他人事ですけど、ホントはただ事ならない状態です。
今日も運動会が終わった後、息子たち野球の練習があります。
しかたないよね明日、リーグ戦だもんね。だけど、明日は雨の予報になってます。

2010年5月20日

差別に対する寝た子を起こすな論を考える

今年もある教区の部落差別問題研修会に講師として呼んで頂いた。代役ということもあって、これは良いわけだけど、なかなか上手くしゃべれたというわけにはいかなかった。いつものことです。
今回は、差別に対する無関心無自覚が差別を助長するのだ、ということを話したかった。
昔、長男坊が一歳になるかならないかの時友人にバーベキューをするから来ないかといわれ、瀬戸内海にあるハンセン病の療養所に家族で訪れたことがあった。
そのとき、まだまだしっかり歩くことの出来ない長男坊を連れて行って、療養所で一緒にバーべーキューをした療養所の方々には好評だった。
チョッと、良いことをした気になって帰ったことがあった。だけど後からこうだったんだよって言う話しを聞いた。
バーべーキューに参加しなかったある療養所にお住みの方が、その事実を知って、
まだまだ入寺である子をここに連れてきてどうするんだ、と、怒っておられた、ということを聞いた。もしハンセン病にかかったらどうするんだ、ということだったらしい。
私はその問いにここにいる方々は元患者さんだし、もし映ったとしても、今は治る病気だから直せばいいのに。なんて思った。正直ばかげたことを怒っておられると思った。
だけど去年のインフルエンザ騒ぎで、このことを思い出して、思ったことがある。
それは、恐れておられたのは、病気がうつることを恐れられていたのではなく、ハンセン病になったときの差別に対する恐れだったのではないかと思ったのだ。
私が幼子を連れて行ったことを怒られた方は、多分、ここにおられる片刃もと患者でみんなハンセン病の患者ではないことは十分承知で、また、今はもう必ず治る病気であることは、十二分にご存じであったはずだ。
それなのに発せられた言葉なのだと。
間違いなく、ハンセン病療養所にお住みの方は、差別されてきた経験がシッカリ体に染みついておられるのだ。いまだに、その経験からくる恐れ、から発した言葉だったのではないかと、昨年のインフルエンザ騒ぎで思ったことだ。
ハンセン病に対することがなかなか見えにくくなった世界を生きてきた自分は、ヤッパリハンセン病のことに対して、無理解だトシかいえない。無関心でずっと過ごしてきたことは否定できない。
私の中ではもうとっくに終わってしまってる差別がハンセン病問題だったんだろう。
私の問題としてハンセン病のことが思えない自分が、ハンセン病に対する差別に恐れ続けられた人に、出会い続けても、差別は決して亡くなっていかない、というか、差別に恐れられている人には何の効果もない。
差別に恐れられている人を安心させる方法は、
私は差別をしたくない、差別を許さない。そういう態度を感じていってもらうしかないのではないだろうか。
もう終わったこと、なんていうことをどれだけ連呼しても差別を恐れられている人には何の癒しにもならない。
そういうことをやっと、去年思わしてもらった。

そんなことを話ししたかったんだけど、上手くまとめられなかったのは事実だろう。

もう終わったこと、あなたが黙っていれば差別はなくなっていくという論理は、納得できない。
間違いなく今、差別され、差別されることを恐れ続けておられている人に対しては、寝た子を起こすなというのは、ばかばかしいことだと思うのだ。本当に失礼なことだと私は思う。自分勝手な論理だtろしかいいようがない。
こういうことを上手く表現できないかな。
なんて、自分の能力不足を後悔するばかりである。

2010年5月17日

ようやく植える 夏野菜

この週末でようやく夏野菜を植えました。いつもより一週間遅いのかな、
放置プレーだった苗たちもだいぶ大きくなって、ポットでは窮屈そうなヤツも数人いました。
IMG_1549.jpgIMG_1550.jpg
夏野菜を今朝つんまりと植えていたら
隣の畑の人がやってきて、レタスの苗を持って行けといわれたので、早速レタスの苗を呉ぞっとその畑から引き抜いてきて、早速植えました。
IMG_1551.jpg
消毒代も勿体ないので、去年買った、防虫ネットをかぶせてやりました。
ごそっと引っこ抜いてきたので、二十本ぐらいの苗だったかな?

畑を見渡せば秋に植えた豆系のものが元気に育ってます。
絹さやはチョッとだけ収穫できてます。
IMG_1555.jpgIMG_1554.jpgIMG_1553.jpgIMG_1552.jpg

2010年5月13日

さびれていく街 これでいいのか!

先日仕事で北陸にあるある港町に行ってきた。
仕事は午後だけのものなので、午前中街を歩いた。
いうまでもなく夜もまちを紹介してもらった。
駅前やその他のところがあるって井戸整備されているというか、奇麗に作り直されている。
そういうことがあってなおさら、街のさびれが目に入った。
石畳が曳いてある道、だけどそこには焦点が少ない、これ、昔お店だったんだろうなぁ~っっていうおも影は残ってる。商店街の賑わいはほとんどない。店舗にシャッターがあれば、シャッター街といわれるんだろうな~。
ホントにこれでいいのか、そう思った。
高齢化、少子化、そして都会に人が流れていく、
その津波が、地方、田舎に押し寄せている。
否、
人と活気が都会にさらわれていってる。
都会がさらってるんだ。
何となくそう感じた。
街も寂しいし、そこを歩く私の心も寂しくなった。


以前「在日琉球人」を多分名乗っている人が、
日本に天皇制がある限り、日本に文化はない。
そう仰ったことを思い出す。
今、地方の文化、言葉、それがみんな奪われて行ってる。
それも気づいてみれば、である。
いつの間にか田舎にすごすものも中央の言葉、中央の文化を自分の文化言葉としてしまってる。
自分もそうだ。
そのながれの中で、人と活気が中央に流れて行ってる。
地方の活気を取り戻すのは、本当に地方に住むものの責任なんだろうか。

特色のない街にどんどんなってる、都会のミニ版にしかなってない。

多分、もっと大きな視点で見てもそうなのだろう。
グローバル化という言葉の中で、ドコモかもアメリカのと開花して行ってる。
同じ土俵で戦い、同じ戦い方をする中で、勝てるものは少数
そして一極化していく。
お金が一ヶ所に集まる。
特定の人だけがお金持ちになっていく。
その他は吸い上げられていくだけ。
またその中で、自分だけは吸い取られる了を減らそう、吸い取られた文、あそこから吸い取ってやろう。そういう争いが続けられている。

街が街の文化言葉で生活してゆく。
そういう中でしか、街の活気は残せないのではないだろうか。
でも、今から間に合うのだろうか。

地方分権、地方自治、そういうことがもっともっと小さい単位で行なわれていかない限り、私たちの文化は、護らなければならない文化でしかなく、保存しないといけない文化言葉にしかならない。

田舎は、都会の人が癒される場では決してなく、また昔を懐かしむ場所でも全くない。
私たちが人として生活する場なのだ。
私はそう思う。

2010年5月 6日

かわいそう

4日、雅楽の仕事で射水市の加茂神社行ってました。
春の大祭だそうです。流鏑馬があることで有名です。なまってヤンサンマっていわれてます。
その行事の中に牛乗式(うしのりしき)っていうのがあって、面をかぶって弓を持った人が牛の上に乗って、境内をに週か参集させるという行事なんですが、
その中で無理やり座らせたり、立たせたりするわけです。
これは多分、農耕に必要な牛を操ることが出来る、ということ統治者がアピールするための行事だったのだと私は推察してます。
ここ五年ぐらい続けて行っているのですけど、
今年祭を見に来た人たちから
「かわいそう」
っていう声が結構聞こえたというか、耳に残りました。
牛を無理やり座らせたり立たしたりするわけだからそう言われても仕方のないことなんでしょうけど、
でも前はそんな声あまり聞こえなかったような気がする。
何で「かわいそう」という声が目立つようになったんだろう。

なぜかということを何となく考えています。
答えは出ないんですけど、
何となく、近年の捕鯨に対するバッシングと重ねて見えてきてます。
募ゲイの場合は今はもうヨーロッパの人たちからすると、殺すことが肯定されなくなった時代。かわいがる存在になってしまっていて、捕鯨している食用などとして殺すことが肯定されている国とどうしても温度差が出来てしまっている。

同じように牛もかわいがる対象になったのかな今は、現実としては牛を食用として食べているんだけどね。現実には目を背けているっていうことなのかな。
少なくとも農耕用に牛が必要としなくなって久しい。操る必要がなくなった。
かわいがる対象となっていることがかわいそうという声が耳にするようになった原因だと思う。
「いのちを大切に」という教育が浸透した原因もあるのだろう。
いのちを大切にするっていうことはそういうことなのか、っていうことを自明のこととせず、じっくり考えていかなければならないと思う。

2010年5月 5日

せいしゅん:盛春

盛春ですなぁ~
ばたばたしてたっていうか、余裕なく日々を送ってましたが、少年野球が三日館内っていう事で、結構心の余裕が出来てます。
少年野球の練習が臨時休業最終日の今日、
朝、っていっても人から言わせれば午前中チョッと畑に出て、だいぶん前に勝ってきてあった、ネギ、ヲして、試しにと持って勝ってあった、ショウガを植えました。
午後からは、夏や採用の場所を耕す予定です。苗はまだ買ってきてありません、多分良いのはもうないでしょうね。
畑仕事を終えてチョッと、家のまわりをウロウロしてみると、蓮の芽が顔を出していたり、色んな花が花咲いてました。藤、カリン、ハナミズキ、いつも春を感じていた花が花盛り、なんか、嬉しくなってしまいました。
今日は決行ご機嫌な一日です。一日が終わるまでそういう気持ちで過ごしたいものです。
好きの反対は嫌いではなくて無関心であるっていう言葉をテレビで紹介していてまた、懐かしく思いました。これ、お説教に使おうなんて思ったんですけど、アイディアが浮かんできません。、
これは多分マザーテレサの言葉じゃなかったかな?良く覚えてないけど...
心に余裕があるといろんなこと思えます。こういう気分で、土曜日の仕事の事、火水の仕事のことチョッと考えてみようと思います。
そっか、この仕事のこと考えなあんのやったな~、畑仕事しながら考えれるかな~。
チョッと心配です。
まぁっ 何とかなるさ、なんても思えます。
IMG_1529.jpgIMG_1530.jpgIMG_1531.jpgIMG_1532.jpgIMG_1533.jpgIMG_1534.jpgIMG_1535.jpgIMG_1537.jpgIMG_1538.jpgIMG_1539.jpgIMG_1540.jpg

2010年5月 1日

何とか何とか仕上げた ごぼはんだより

184.jpg
今朝何とか仕上げてなかったごぼはんだよりをしあげました。
これでネット上では発行となるのです、けど。
実は、
うちのプリンター動きません。
黒トナー切れで動いてくれません。
当たり前の事なのですけど注文はしてあるのですけど、到着予定日は連休明けになってるのです。もうしっかり連休なんですね。ショックですし、ぼやきたくなります。
仕方がないので、
ローソンにても行ってコピーしてこようと思うんですけど、
調べてみるとカラー両面コピーは何と百円!
40枚補ととりあえずほしいので、値段を考えると断念、
白黒両面コピーで対処したいと思っています。

2010年4月28日

お待ち受けが終わった後も一息つけず

教区のお待ち受け法要が終わり、ホッとしたいのですが、長時間ホッとする時間がありません。
連区の差別問題研修会が来月25・26日とあり、色々トラブルがあり、ただ今修正中。
その前に、来月の24日がその門徒会の旅行があって、方面と案内はがきは出したものの、書字句を取るところが全く決まってない。組門徒会の方と相談しなければいけない。
そして再来月の五日には、今度はそのお待ち受け法要がある。同朋大会とかねてなんだけど。最初は、謗法大会に【お待ち受け】という冠をつけると、本山からの助成金が結構来るという事から、お待ち受け同朋大会にしようという話しだったけど、いつの間にか、お待ち受け法要に同朋大会を兼ねようという事になってしまっている。
ただ、ここまで来たらと思い、
てずくりのいわゆる「音楽法要」をめざすことに私が持って行ってしまった。土ツボにはまってます。
坊守会のコーラスによって住職が外陣に出仕して、
参詣者と共に正信偈を唱和する。
その後、
コーラスで礼讃「無量寿」、「一一のはなのなかよりは」のあと大谷声明で、三重念仏、恩徳讃、
退出も、楽の代わりに恩徳讃の第三をやってもらう事になっています。
チョッと急に決めたので、坊守会には非常に迷惑をかけています。
また、お斎を出そうという事になって、親鸞三が好きだったあずき、冷たい善哉、というふうになったので、
これも坊守会に味見と材料集めをお願いした。
私は、昨日一昨日と、
ポスターとチラシを造ってました。
いつホットできるのだろうと考え込んでしまいます。
後子どもの少年野球も色んな試合が入ってきてまして、チョッとした段取りもせなならんし、
......
前を見ると、ため息が出てしまいます。
その中で楽しんでいる事も事実なんですけど。
まだ案の定対なのですけど、ポスターとチラシをここに掲載しておきます。
10omatiuke-p.jpg
10omatiuke-t.jpg
カラーがポスターで、モノクロがチラシです。
個人的には、チラシのほうができ良いかななんで思ってます。

2010年4月26日

教区お待ち受け法要勤まる

4月24日より25日まで井波別院瑞泉寺にて高岡教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要が勤まりました。
24日は法要、25日は子ども大会がありました。
IMG_1454.jpg
IMG_1455.jpg
IMG_1457.jpg
IMG_1460.jpg
IMG_1461.jpg
IMG_1462_edited-1.jpg
IMG_1463.jpg

門首さんが11時頃瑞泉寺に到着され、ます、チューリップフラワーアートを完成させるという異ペンとが執り行われました。
まぁ、最後の一本をおかれて完成させるというだけのことなんですけど、
IMG_1476.jpg
IMG_1456.jpg
これは教区のキャラクターで、阿弥陀さんを漫画チックに表現したものです。
坊新聞には菩薩様と紹介してありましたけど、どうもそうらしいです。
これはゆうじんのす○お氏のデザインです。
その後雅楽入りで法要が勤まりました。
本当に本山の阿弥陀堂に次ぐおおきさの本堂が満堂になりました。最後本当に外縁にあふれそうでした。何とか座って頂けました。
大谷派の儀式にあまりなれておられない楽団だったので、小さいトラブルはありましたけど、帳尻があったので、これで良しなのでしょう。後から聞いたのですが、後堂では、楽止め喚鐘用の撥(?本当はどう言うのだろう?)が外れそうだったとか外れたとか言っておられました。大きい法要につきものですね。前回瑞泉寺で勤まったこれもご門主さんをお招きしての蓮如上人の五百回御遠忌の時も磬撥がおれて大変なことになってましたから。
夜は門首の歓迎歌に出席したんですけど、受付で名前がないといわれ、喜んで帰ろうとしたのですけど、欠席者がいるから出てくれということで出てしましました。
とにかく会費が高い!
IMG_1487.jpg
早々法要の後ご門主さんによるオカミソリもありました。今回は700人をチョッと悪ぐらいの方々が受式されました。この人数は多分ギネス者でしょう!途中休憩される場所を設置してあったのですが、休まれず最後まで一気に行かれました。
すごいこっちゃ!

二日目は子ども大会
打ち合わせの悪さから色々小さいトラブルもありましたけど、まあl、子ども主役ということで臨機応変にそれぞれが動き、終わりました。
IMG_1493.jpg
IMG_1497.jpg
IMG_1500_edited-1.jpg
子ども大会での大谷暢顯門首からのメッセージ
きょうは、高岡教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要子ども大会のご縁を得て皆さんに出会えたことを本当に嬉しく思います。
今、私たちの毎日の中ではいろんなことが起きています。"本当に自分はこれでいいのだろうか"と不安になることもあるかも知れません。
しかしそのような事から逃げ出すのではなく、真正面から向き合う事で、大切なものに気づかされ、考えさせられるという事があると思います。
親鸞聖人という方は南無阿弥陀仏というお念仏こそが私たちにその大切なものを気づかせてくれるのだと教えてくださいました。
そして、そのお念仏がおじいさんおばあさん、おとうさんおかあさん、そしてあなたに受け継がれてきたのです。
きょうは皆さんが、ここ、浄土真宗のお寺、井波別院瑞泉寺に集まった事をきっかけとしてお念仏を称える仲間となってくれる事を心より望みます。
IMG_1504.jpg
IMG_1505.jpg
IMG_1510.jpg
IMG_1511.jpg
私たちのその坊守会の方々も手話コーラスを発表してくださいました。

2010年4月18日

今日は暖かい日でした

最近、イヤなことがあると、肩がしびれていることを思い出す今日この頃です。
今日は久しぶりに暖かい日でした。
寒い日が続くと、暖かい日なんてあったのだろうかと思ってしまってます。
今年の春は寒い、なんて思い込んでしまいそうです。
今日はお参りパスさせて頂きました。
正確に言えば一軒だけお参りに行ったんですが、日常の月参りは坊守様に押しつけてしまった今日でした。
午前中は中抜けながら、息子たちの少年野球に顔を出してきました。私は技術的なこと良くわからないので、私が注意するのは声を出せ!なんてことぐらいです。でもこのこと結構日本の野球には大事なことなんだろうって色んな人と話する中で確信的に思うようになってきました。
午後からは、ホーチプレーの畑にチョッと顔を出しときました。
いつもなら参月下旬には植えてしまっているジャガイモを例年に比べると二十日ぐらい遅れて植えました。・この時期のジャガイモは切って、切れ目には異をつけて植えるというのが当たり前のことだそうです。そういうふうに今年もしたのですが、なんか、勿体なく思えてきて、肉じゃがのジャガイモのようなおおきさにけちって切っちゃいました。切った後でこんなにちっちゃく切って良かったのだろうかと公開、でも遅し、植え付けを決行するしかありませんでした。
後、豆系の回りの草むしりと肥やしをチョッと与えてやりました。
結構疲れてます。
nasi.jpg
梨の花がそろそろ満開を迎えそうです。
先週は梨の花は咲いているけどまだ花粉をとれそうにないと近所の梨農家の肩が歎かれてましたけど、今日は、朝から差しの香りがところところで漂っています。多分皆さん教で花粉を採り終わっておられることでしょう。
ただ、急に満開を迎え、そして急に花が散り始めるということがないようにと願わんばかりです。シッカリ花に花粉付けができますように。

2010年4月11日

気づけば 春盛りですね

昨日近くのお宮さんの春祭りがありました。そのおかげで賑やかでした。獅子舞も舞ってるし、それを追っかける子どもや大人まで、朝方一番でお宮さんで獅子を待ってたとき、いい大人、っていうか、とっしょりが真剣に見てる。多分昔獅子を舞いてた人たちだから、、旨いとか戸田だとか、昔はああだったって言うふうに思ってるんだろうな~と真剣に獅子舞を見ている大人をウオッチしてました。

今朝、階段から外を見てみると、すぐ底にある梨畑では一部白くなってました。多分花が咲いているのでしょうね。梨の花は、早く実る品種の花は遅く咲き、遅く実がなる品種は早く花を咲かせます。
今年は桜と梨の花の合間があまりありませんでしたね。

春だっていう実感がようやく湧いてきました。

2010年4月10日

天親菩薩論註解 報土因果顕誓願


天親菩薩論註解 報土因果顕誓願
往還回向由他力 正定之因唯信心
惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃
必至無量光明土 諸有衆生皆普化

<試訳>

天親菩薩がお造りになられた『浄土論』を注釈され、私たちが阿弥陀の報土に生まれることができるわけが本願にあることを明らかにされました。浄土にゆくすがた、浄土から帰ってくるすがたが我々に成就できるのは他力本願によるものだ。それゆえ、我々がまさしく浄土往生が定まるのはただ如来より賜った信心に由るのだ、と述べられています。

惑いに染め抜かれている凡夫より信心が起こったならば、生死の迷いより涅槃が起こるという大乗仏教の真髄を頂けることだ。必ず、無量光明土なる浄土に至ることができ、そして、普く衆生をみんな化導することができると、仰っておられます。

①【注/註】「言」+音符「主」、「主」は灯火の炎を象り、じっと一箇所に止まっていることを意味。「言葉」を留め解説する。

本文中の語句や事項などについて、補足したり詳しく説明したりすること。また、その説明。

廻向に二種の相有り。一には往相、二には還相なり。往相は、己れが功德を以て一切衆生に廻施して、作願して共に彼の阿彌陀如來の安樂淨土に往生せしめむとなり。還相は、彼の土に生じを已りて、奢摩他毗婆舍那方便力成就することを得て、生死の稠林に廻入して、一切衆生を敎化して、共に佛道に向かへしめるなり。若しは往若しは還、皆衆生を拔て生死海を渡せんが為なり(『浄土論註』真聖全316)

「淤泥花」といふは、『經』(維摩經卷中)に、「高原の陸地には蓮花を生ぜず卑濕の淤泥に乃ち蓮花を生ず」と言へり。此は凡夫、煩惱の埿の中に在て菩薩の爲に開導せられて能く佛の正覺の花を生ずるに喩ふ。諒に夫れ三寶を紹隆して常に絶えざらしむと。(『浄土論註』真聖全335)

「十方无碍人の一道より生死を出」といへり。一道は一无碍道なり、无碍は、謂く生死即是涅槃と知るなり。是の如き等の入不二の法門は无碍の相なり。()『浄土論註』真聖全346)

『無量清浄平等覚経』に言わく、速疾に超えて、すなわち安楽国の世界に到るべし(真仏土巻 聖典301)

奢摩他(しゃまた)...乱した心を離れ、思いを止めて心が寂静になった状態(止観)
毗婆舍那(びばしゃな)...智慧

煩悩(ぼんのう、kleza、क्लेश (sanskrit))とは仏教の教義の一つで、身心を乱し悩ませ智慧を妨げるの働きを言う。

原始仏教では、人のの原因を自らの煩悩ととらえ、解脱による涅槃への道が求められた。部派仏教の時代になると、煩悩の深い分析が行われた。

大乗仏教の時代でもこの分析は続けられ、特に唯識が示した心と煩悩の精緻な探求は仏教が到達した一つの究極点といえよう。またこの時代には、煩悩を否定しないというそれまでの仏教には無かった発想も生じてきた(如来蔵)。この両者の思想はその後の大乗仏教に深く影響を与えた。

三毒(さんどく)とは、仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち(とん・じん・ち)を指し、煩悩を毒に例えたものである。

  • (とん):貪欲(とんよく)ともいう。むさぼり(必要以上に)求める心。

和文では「欲」・「おしい」・「むさぼり」と表現する。

  • (しん):瞋恚(しんに)ともいう。怒りの心。「いかり」・「にくい」と表現する。
  • (痴・ち):愚癡(ぐち)ともいう。真理に対する無知の心。「おろか」と表現する。

菩提(ぼだい)とは、サンスクリット語でボーディ(bodhi)の音写である。 内容的には、悟りの果としての智慧のことである。この智慧は無上の悟りなので、大乗仏教では特に阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)という。また、悟りを開いた仏の境地を表すことから、涅槃と同義と考えられた。しかし時代が下り、密教の経典である『大毘盧遮那成仏神変加持経』では「菩提とは実の如く自心を知ること」と説き、その意味が大きく変わっている。 菩提の対義語は煩悩である。大乗仏教、とくに密教においては「煩悩即菩提」といい、煩悩(迷い)と菩提(悟り)は「而二不二(ににふに)」といって、二つであってしかも二つではないと説く
煩悩即菩提

原始仏教においては、煩悩を滅することに主題がおかれ、それにより悟りが得られるとされていた。

しかし、時代を経て大乗仏教の概念が発展すると、すべての衆生は何かしら欲求を持って生活せざるを得ず、したがって煩悩を完全に滅することは不可能と考えられるようになった。また煩悩があるからこそ悟りを求めようとする心、つまり菩提心も生まれると考えられるようになった。

したがって、煩悩と菩提は分けようとしても分けられず、相(あい)即(そく)して存在する。これを而二不二(ににふに)といい、二つであってしかも二つではないとする。これは維摩経に示される不二法門の一つでもある。

生死即涅槃

大乗仏教におけるの観念から派生した概念である。生死即涅槃のとはイコールと捉えられやすいが微妙にやや異なる。この場合の「即」とは、和融・不離・不二を意味する。

迷界(迷いの世界)にいる衆生から見ると、生死生死=迷い)と涅槃には隔たりがある。しかしそれは煩悩執着(しゅうじゃく)して迷っているからそのように思うだけで、悟界(覚りの世界)にいる智慧の眼から見れば、この(しき、物質世界)は不生不滅であり不増不減である。したがって、いまだ煩悩の海に泳いでいる衆生の生死そのものが別に厭うべきものではなく、また反対に涅槃を求める必要もない。

言いかえれば、生死を離れて涅槃はなく、涅槃を離れて生死もない。つまり煩悩即菩提と同じく、生死も涅槃もどちらも差別の相がなく、どちらも相即(あいそく)して対として成り立っている。したがってこれを而二不二(ににふに)といい、二つであってしかも二つではないとする。これは維摩経に示される不二法門の一つでもある。

桜 満開かな?

昨日、お参りの途中、サイクリングロードをわざわざ通っていきました。
それは桜を見るためでした。
案の定満開です。
IMG_0134.jpg
IMG_0135.jpg
春なんですね、よ~く見渡せば色んな物が芽吹いてます。
ホント。
最近、息子たちの野球で、散策する暇もなく、草花を見る余裕を持てない日々が続いてるのですね。だから桜が満開になってチョッとビックリするんでしょうね。
実はまだジャガイモも植えてません。今週中にはと思っていたのですが、ダメでした。来週もチョッと仕事が詰まってて、でも何とか任務を遂行したいです。

この際九厘ロードは、鉄道予定地だったんです。「高速鉄道」という名前がついていたそうです。中を覗けば電化した列車を走らすと言うだけらしいのですが、発送されたときにはそれが高速鉄道だったんです。
私が生まれる頃か、生まれる前に、この計画も終止符を打って、計画の予定地が細工林ロードになったというわけです。
でもこの路線が開通していたらもうちょっとウチの近所の景色が変ってたかも知れません。でもそれがよいことか悪いことか考えななりませんよね。

今日はウチの近くのお宮さんのお祭りです。
朝そこに行って、お祭りのお手伝い、といっても、僧侶として関わるんではなく、当たり前ですね。儀式中に雅楽を奏でに入ってきます。
そしてその後急いでお寺に帰り、在所の獅子舞保存会の人たちが獅子を舞いに来るのを待ちます。
ウチに苦しし、喋るんです。ま~いた ま~いた、って
正確には胴幕に入っている人たちが言うんですけど、「舞いたと」多分、獅子の舞いを沢山舞いたからもう次のところへ行く、という意味だと思うんです。
でも昔、ま~いたが参った、ッて聞こえてました。獅子討ちなる、天狗が、やっつけて、講さんと入っているのだと思ってました。違うと言うことが西きんんいなってしったわけです。
最近獅子討という言い方も、民衆的だと思うんです。本来、獅子は悪魔払い、それを操るのが、獅子討です。だから獅子をやっつけているのでは本来違うんですよね。猛獣使いのように獅子を操って悪魔を祓っていくのが天狗の仕事なんですけど、誰が言い出したか、獅子討という言い方がウチの在所ではメジャーになってしまってます。
こういう変化私は大好きです。

獅子舞の後月参りをさっさと済ませて、息子たちの野球の練習試合に顔を出して、夜は、飲み会と生きたいところですが、今日は、隣の組の同朋の会があるので、そこでお話ししてきます。
色んな意味でチョッと気が重たいです。

結構ハードな費になる予定です。
早々、近所のお宮さんに奏でてくる前に、少年野球団を練習試合に行ってらっしゃいって送るつもりなので、朝からばたばたすることでしょう。

2010年4月 8日

はなまつり

今日はお釈迦さまがお生まれになられた日といわれています。
お釈迦さまのお誕生をお祝いする行事を花まつりと言われています。
地区の仏教会の主催で当寺にて花まつり、釈尊降誕会が先週の土曜日、3日に営まれました。
通例的に言えば、誕生物を象の作り物の上にのせてお練りをするのですが、ここでは、誕生物を興しにのせてお練りします。
IMG_7038.jpg
IMG_7043.jpg
IMG_7047.jpg
IMG_7048.jpg

私自身、息子たちの少年野球にとらわれていて、なかなか禁書の方々に案内できなかったと言うことと、寒さとがあって、近所のお婆ちゃんたちのお参りは残念ながら少なかったです。
でも、地区にある保育所の子ども達やお母さんたちが沢山、駆けつけてくださいました。
探訪仏にお花をあげたり、「子ども花まつり」を歌ってもらったり、甘茶をかけたりして一時を過ごしました。
後から保育所のおかあさんにあったとき、子どもが楽しがってたって言うことをいわれ、嬉しかったです。嘘でもいいですし、お世辞でも、こういう言葉をかけてもらうと嫌な気持ちにはなりませんね。
私のお寺が宿寺となったので、式次第の方もチョッといじらせてもらいました。お勤めを短くって言うふうに、なぜなら、子ども達やそのお母さんたちに法話を聞いてもらうために。
お話しも、お母さんたちの世代に近いであろうと思われる、堀部直様にお願いしました。特異の漫画を使って子ども達に優しく、いつものように頭の先から出ているような声で、お話しくださってたようです。残念ながら法中方のお相手をしていて私は聴聞できませんでした。
IMG_7059.jpg
IMG_7062.jpg

長男の入学式

昨日は長男の中学校入学式がありまして、入ってきました。
お参りの時間指定が一見あるのをすっかり忘れてて、ご迷惑をおかけしたって言うこともあって、帰ってからどきどきものでした。
中学になるとさすがに両親そろって入学式に出席するところは少なくなりますね。全くないって言うわけではないんですけど、。
校長先生の式事、生徒会長の歓迎の言葉を聞いて『マナー』『ルール』という言葉がすごく耳に触った。どうして底まで連呼しないといけないのかと思うぐらいでした、私は。
そこにこの学校の抱えている問題があるのだろうと勘ぐってしまいます。
この中学校は私も通った中学校なんですけど、建物がここ最近しっかり建て直されて、主賭が全くありませんでした。何処に行っていいのやら見当がつかん、って感じでした。
私が通ったときの校舎というのは、廊下のない校舎でした。ベランダとピロティーでつながれている校舎。多分想像がつかないでしょうね。集会も、体育館でするものと、ベランダでするベランダ集会というのがありました。中庭を囲んで公社ができていて、みんなベランダに出て、体育大会などの壮行会が開かれてました。
それは昔の話し、

校訓は相も変わらず、
聡明・勇気・友情
でした。
そういうことだと、入学式に行って何となく思い出したんですけど。
校長先生がその意味を説明してくださっていたんですけど、
自分は、
この言葉の順番っていうのが大事なんだろうな、なんて勝手にいつものように思ったわけです。
聡明、...物事が明らかになる
そして、
明らかになるからこそ、しなくてはいけないことが見えてくる。
そのために勇気が必要だし。
いっそう明らかになることによって勇気が湧いてくる。
その行動に同調してくれる友人が現れたり、導師として友情が湧いてくる。
また、今までの友人とは、同調してくれる人もあるし、僧でもない人も怒ってくる。
そこで友情と言うことが課題となってくる。
友情と言うことが問いとなって現れてくるんはないかな。
違いを認めるもの同士の友情という課題が、聡明より与えられるのではないかな。
なんて、結構この校訓を肯定的にとらえてしまったわけです。
校長先生は別のものとして、というかこの三つがなぜ掲げられているのかという課題については触れてはくれませんでしたけどね。個別の説明で終わってしまわれてましたけど。
チョッと考えさせられた一時でした。

2010年4月 1日

ごぼはんだより いつものように出来上がってま~す

183.jpg
今朝までふくべツインでお話しをさせていただいていたんですけど、
毎月一日に発行しているごぼはんだよりをしあげてから入ってました。
朝ヨメハンに読んでもらいOKをさしてもらい発行となったわけです。
よろしければご覧になってください。

御一代記聞書をつぶやくBOT

またまた思い立って造ってみました。
EasyBotterを使って、とりあえず、定期的に(一時間に一回)、twitterでつぶやくBOT(ロボット)を設置してみました。
まだまだ御一代聞書の文章をつぶやくことしかできてませんが、将来的には多少、呼びかけてくれると反応できるように設定してゆきたいと思っています。
まぁ期待しないで訪れてみてください。
また、twitterをやっておられる方はフォローください。@jitunyo

2010年3月27日

長男の卒業式

チョッと今更っていう感じもあるんですけど、先週長男坊が小学校を卒業しました。
式にも参加させていただきました。
その中で、6年間を振り返ってしましました。っていうか、彼が生まれてからのことが色々思い出されました。

彼は証書をもらうとき、「スポーツ関係の仕事に就きたい」と発表しました。
正直、が~んとやられました。
彼は、二年生まで少年野球をやってました。
だけど、
彼のいじけよう、っていうか、出来なくて殻に閉じこもっていくすがたが目について、ある意味こちらから止めることを促して、少年野球を止めました。
それからも、良くプロ野球の試合の模様をテレビでよく見てました。何となくわかってはいたんだけど、
ああ言われれると、何ともいえない思いが湧いてきました。
申し訳なかったって。
彼の夢をひとつ奪ったのは間違えないようです。
大事なことを教えてくれた卒業式でした。
IMG_0114.jpg
IMG_01171.jpg
IMG_01201.jpg
IMG_0122.jpg

昨晩の4男坊との会話

ウチにはクロネコが同居しています。名前は黒いからQooという名前になってます。


昨晩4男坊が、寝るときベッドの中でいきなり変なことを言うのです。
Qooちゃんはゆい(4男坊の名前)のお腹から生まれたんだよ、ゆいはおかあさんのお腹から生まれたが...ッて。
脈絡もなくいきなり言われたので唖然としました。
そのことは可笑しいんだ寄って言うことを言うために、私は
ゆいが生まれる前からQooは生きてたよて言うと、
にっこり笑ってました。

なんかよくわからない会話でした。
何処までわかって入ってるのか。疑問です。
でも、なぜ自分にそんなこと言ってくれたのか、なんていう背景をちょっと覗いてみた行になってます。保育所で何か教えてきてもらったのかな?


2010年3月25日

やっと修復

しばらくの間閲覧できてなかったブログもやっと、閲覧できるようになりました。
ホッとしました。
データベースのエラーが原因だと言うことは突き止めていたのですが、どうしていいのやらわからず困ってました。
ブログをバックアップして作り直さなければいけないのかなんて言うことまで覚悟したのですけど、
色々検索してみて、データベースの修復方法をようやく見つけ、ここにたどり着けました。

とにかくほっとです。

精神的に余裕のない日が続いていて、困ってます。
今日、何となくようやく直そうという記になって、取り組んだわけです。
そうです、今日は息子たちの野球の練習のない日なんです。

2010年3月15日

チョッと気が抜ける

昨日は息子たちがやってる少年野球の試合でした。六年生が抜け、初めての公式戦だったんです。
ついでに主催者側から会場の運営をしてくれるチームになってくれと頼まれてました。
本当なら、一昨日13日が一回戦だったんですけど、雨のため順延になってました。
運営値をまかされていたため、全試合、4試合バックネットの裏で試合を見させて頂きました。
今年の冨山は例年になく雪が降ったというか、雪が積もっている時期が多く、グランドでの練習が、ほとんどできませんでした。練習試合も、雨で中止ばっかり、一度もできずじまいでした。グランドで練習できたのは片手の指の数だけ合ったでしょうか、それぐらいです。
まぁ。県内のチームはどもも同じことなのでしょうけれどもね。
そんな思いを持ちながら各チームの試合を見ていました。
きゃっティ、ボールさえままなってないチーム、連係プレーがまだまだのチーム、そして色々できてるじゃん、っていうチーム。色々ありました。
いつのチームは最終試合。第4試合でした。
一回戦は勝てるかな、っていう思いは少しあったんですが、途中までは負けてました。そしてやっと最終回になって、同点。
規約により、抽選することになりました。
抽選を仕切るのは運営を任されている私がするはめに。
いろんなことを重いながらも...
結果、
抽選で2回戦には進めないことになりました。
なんかすごく疲れがどっと出てしまいました。
今日はお寺で城端別院の巡回法座があったり、私は金沢別院で話さなければいけなかったり、立ち止まってる暇は全くないんですけど、この脱力感のすごさは何ともいえません。
でも、課題を明らかにしてもらったと思って、これから練習していってもらわないといけないんでしょうね。
早速、次男坊に。素振りとシャドウピッチングをしてから学校に行ったらいいんじゃないと、助言(?)しときました。
脱力感のまましばらく過ごします。
力の抜けた話ができて良いかも知れません。

2010年3月 5日

蕗の薹

気分転換にちょっと畑に足ん運んできました。 
言うまでもなく、あれたままなんですが 
とりあえず蕗の薹を収穫してきました
123.jpg

事業仕分けのせい... らしい

昨日ふと聞いた話し、
小学校建て替え延期らしい、
ッて。
空く子たちが通っている小学校にいわゆる耐震構造に引っかかっている校舎がある。この後者は私も使った校舎だ。30年以上前だけどね。
根校舎は私が生まれたこと造られた。
十数年前に新しい建物が建てられれ、ほとんどの生徒がそこで学んでいるのだけど、一部の学年と、図書室等がまだ使っている、職員室もその中にある。
私としては懐かしく、思い出のある建物だ。
でも、耐震構造を調べるとどうも大地震には絶えられないと判断され、
市としては来年度工事に取りかかるという話しになっていた。
それが昨日聞いた話しによると、延期になったらしいと、そしていつ工事が始まるか不明とのこと。どうも、この間行なわれた国の事業仕分けによって予算不足となってそうなったらしい。
本当にに立て替えが行なわれるのか、と、疑い心が強くなってくる。
これもうわさの話しなんだけど、小学校のプールも老朽化して立て替えの話があって、図面まで引かれていたけど、しかし、なぜかいつのまには立ち消えになって、水漏れの応急処置の工事で終わった。

これで二つ目。

置くにはもしかすると統廃合の問題もあるのかな。
私が通って、今息子たちが通ってる小学校は今、統廃合の問題もある。
しっかり計画は出来上がっていないけど、六つある小学校を、半分にすると言うことになっている。何処が残って何処が減らされるか、とか何処に新校舎を建てるかと言うことはまだ表にはできていない。

そういうことがあって工事が進まないって言うこともあるのだろうか、すでに力のあるバッチをつけた人が動いていて、統廃合の話が進んでいるのか、なんて言うことを疑い体躯成る。これだけ直さないといけないところがあるのに、進まない。本当になぜなんだろう、と素直に思う。

2010年3月 1日

眠たい、 だけど何とか仕上げた ごぼはんだより

久しぶりに五時ちょっと過ぎに起きてごぼはんだよりをしあげました。
何とか仕上がりました。
182.jpg

2010年2月26日

あぁ~あ 全滅

ここ数日暖かい日が続き畑の雪は99%無くなりました。
そこで先ほど、雨の富楼那か様子を見てきました。
あらゆるところ、モグラが暴れた後、
そしてタマネギを植えたはずのところには何にもありませんでした。
結構ショックでした。
今期初めて種からタマネギを育ててみたんですけど、種を蒔くのがめっちゃ遅すぎたと言うことがあって、まだ成長しきらないまま定植したのが原因だったのかな、それに今期の思わぬ積雪。ネギが溶けて行っちゃったかな。
でも苺、そして豆系は一応育ってます。そいつらの成長を楽しみに草むしりを楽しむしかないですね。
水がしっかり引いて、土が乾いたら
ジャガイモを植えようかと思います。

只今テスト中

ブログプレスよりテスト投稿中

場所:富山市,日本

2010年2月24日

同朋新聞届く

昨日、sagawaの兄ちゃんが段ボール箱に入った同朋新聞を走って運んできてくれた。
同朋新聞というのは教団が毎月一回発行する新聞。
さっと見しました。
ふと、これって名前は新聞だけど、新聞じゃないよねと思ったんです。
どちらかと言えば、通信とか、工法って言うたぐいのもののような気がした。
date、記事的なこと、先月怒った教団内の出来事というものがほとんど無いんだもの。めーっせー時、コラム的なものばっかり、担当人数が少ないのだろうから、しかたないんだろうけど、なんか寂しいよね。
私はそう思う。

2010年2月23日

意外と...

昨日午後から連区の差別問題研修会に向けて、連区の代表者会議が開かれました。「自殺」とテーマにしていくと言うことを伝えたのですけど、案外と抵抗がなかった。自分のかなで結構、差別問題研修会で「自殺」をテーマにするのはいかがなものか、なんていう抵抗はあったのだけど、そういう抵抗感があったのは私だけ?チョッと拍子抜け、
自分の中では自殺について学ぶことは全く抵抗はないのですが、差別問題研修会で学ぶのはいかがなものなのか、という思いがあった。その中で、自殺と言うことを学ぶことによって、私たちがなぜ部落問題を学ぶのかという視点が明らかになる、なんて納得していた。自殺を防止するための学習会にとどまるのではイヤ、自殺という現象を見つめ直す学習会になればと思っています。
誰かの言葉だったような気がしますけど、自殺をさせてもらえない社会はいかがなものか、共私は思うのです。
有縁の方が自ら命を絶たれていくのは悲しいことで阻止したいことは間違いないことですけど、自殺防止対策がいつの間にか自殺する人を許さない、悪にしていくことが怖い。自殺願望者撲滅運動になっていくことが怖い。何でもかんでも防止防止となっていくこと自体が窮屈な社会であり、そのことが心の病になってしまい、結果自殺者が増えていくと思うわけ何です、私は。

その会議が終わり、数人でご飯を食べに行って、何を間違えたか、教区の合掌の練習に参加してしまいました。五線譜に書かれている(゚゚)~お玉杓子を見ると嫌悪感を感じてしまう私にとってはつらい時間でした。歌うこと、歌の練習をすることには何の抵抗はないのですけど、五線譜見ることがすごく圧迫眼があるわけです。つらくなってしまいます。義務教育での音楽教育のおかげだと思っています。
お玉杓子に気がとらわれて、休符が全く目に入らず、フライングばかりしてました。入るタイミングがわからないし、声を出さないということがわからない私でした。

2010年2月21日

久々に 一処

今日は久々に一処でなくて一緒に風呂に入りました。
誰かと言えば、それは...



次男坊です。
毎回のように四男坊とは風呂に入ってるのですけど、
次男坊とは半年ぶり?一年ぶりぐらいに風呂に入りました。
ただ、彼は、自分が入っている風呂が熱すぎるって、一時退散していきました。
でも、四男坊は当たり前のようにお風呂に入ってます。
兄ちゃんの入っていることを真似して、熱い、熱い、っていいながらも、風呂に入りながら楽しそうです。
それとは逆に次男坊は、本当に熱かったみたいです。四男坊が次男坊に風呂のお湯をかけたら真剣に逃げてました。
これってどういうこと!
おまえ、今までどんな風呂に入ってたんや。どんな温度の風呂に入ってたんや!
私からすると暖まりもしない風呂に今まで入ってたんやうな、ッて想像してしまします。
つい「このやろ~」となってしまいます。
お風呂が熱すぎて一処におれず、逃げていった次男坊でした。

2010年2月13日

感覚の違い

今日の雪、昨晩の降雪で横の道をホイールローダーが諸説してます。
その音を聞きつけてめっちゃ興奮気味のウチの四男坊、
そしてホイールローダーが除雪しているのをみて興奮パワーアップ。
うちの子は重機とか、ゴミ収集車、救急車、消防車みたいやつ、いわゆる働く車が大好き!
この間であった子ども、東京に住んでいて、おじいちゃんのお葬式のために冨山に来た子だったけど、雪をあまり見たこと無かったって言うこともあってか、除雪車が除雪するのがきらいだとか、雪を持っていかれるのがイヤんだとか。だから除雪車に向って「雪をっ持っていくな!」って怒ってたたらしい。親御さんに聞くと元もと働く車系はあまり好きでないとか。
おんなじ子どもだけど、除雪車への反応がこうまで違うのか。
おもしろい。
違うのがおもしろいね。
みんなちがってみんないい
っていうヤツですね。

2010年2月11日

井波別院巡回法座勤まる

昨日は井波別院の法宝物巡回法座が当寺で勤まりました。
昨日は自分的に気ぜわしくて、っていうか、四男坊がチョッと風邪気味で保育所を休み、私も少年野球父母会の作業をしていて、食事以外は全く顔を出せませんでした。
布教使は藤井さんでした。ここ数年続けてきていただいています。以前から親しくしてもらっていると言うこともあって、変な意味どんな話をされるのだろうって言う興味も湧いてきません。任せっきりです。
多分20名ほどのお参りだったんかな?
法座が終わる会やな、私は教務所へ、教区の正副組長会議があって昨年は休んだので、今年こそは出席しないといけないと思い、野球の練習の地気合いは休んで行ってきました。
教区お待ち受け法要の話し、そして御遠忌団体参拝の報告が主でした。
気が重くなってしまいます。
CCI20100117_00002-1.jpg
CCI20100117_00000.jpg

2010年2月 7日

遅ればせながら 節分を考える

もう過去のことと言ってもいい時期になりましたけど、ちょっと節分について...
節分衛について以前から気にはなっていたんですけど、《鬼は外》という言葉が中心に疑問を感じていました。
鬼はうちという言葉に代えればだいぶ問題は解消されるのかという感じで受け止めていたんです。
だけど...
テレビのニュースを見ていて考え直したんです。
節分の風景を知らせるニュースで
保育園児が鬼の格好をして鬼は外といって豆まきをしてました。
そのときは滑稽だとだけ感じてたのです。鬼が鬼払いしていると。
でもあの相が私たちだともあとから気づかさせてもらいました。
あの滑稽と感じる相が多分自分のことなのだろうと。
そう知っていくこと、頷くことが私たちにとって大切なこと。
燃してもう一つ、
鬼はうち、といって鬼と仲良くなっていくのも違うと考え出したんですよ。
嫌い鬼のまま、こわい鬼のまま鬼と出会うことこそ大切なんでしょうね。

こわい存在と、受け入れがたい存在都道で会うか、これが私たちにとって大事なことだと思うんです。
鬼が福を持ってくる存在にしても鬼が鬼でなくなってしまうんでないかな。
福も、悪もそれは私たちの計らいでしかない、自分の経験だけを元にしての感覚でしかないんです。

2010年1月31日

何とか仕上がりました ごぼはんだより


いつもの事ながらぎりぎりになってやっとごぼはんだよりが出来上がりました。
よろしければご覧になってください。
181.jpg
明日、朔日から城端別院で本堂布教をするという役割を頂いているのですけど、どうもキャンセルしなければいけないかな?
お寺とご縁のある方が亡くなられたという案内を今頂きました。日程についてはまだ相談してませんけど、でも、どう考えても、本堂布教をする期間中に葬儀をしなければならない事でしょう。

2010年1月25日

いのちは重い

一昨日教務所で研修会があり、言ってきました。いやいや、行ってきたんです。

10011202-1.jpg
担当小委員会の幹事をしているって言うことでチョッと早く会場に向わないとと思い早めに家を出て、高岡駅に着き、乗換えようと思ったら、俺を呼ぶ声が、どうも駐在、声がする方に向くとヤッパリ公用車に乗った駐在が、そろそろ講師がつくから迎えてくれと、訳がわからず待つと、駐在がやってきて、駐車場がいっぱで車から離れれないので矯む、っていうことだった。やっと現状を理解して町、しばらくするとおいでになられました。一度しかお顔を拝見したこと無かった方でしたが、何とか発見。ご飯を食べておられないと言うことでいっしょにご飯にすることに、
そして研修会、懇親会。梶原さんはお酒をお飲みになられないとのことだったが、懇親会におつきあいくださり、懇談。
そして帰宅して、またの見直して、飲みつぶれて2日酔いの朝でした。2日酔いの中、プロの野球とれなーの講習会があるというので、立場上参加して、ビデオ撮影、「バランス」の大切さをいわれてた。終わり、昼ご飯も食べる暇なく法事に、途中睡魔に襲われ負けそうになるが、根性で持ちこたえる。夕方、今日の組の教化委員会の内あわせを組長宅でして、帰宅して、寐たって言うわけです。
めっちゃあわただしかったです。
特に、梶原さんの話を振り返ることなく、ばたばた、それが何か、もったいない気がしてならない。
そうそう、懇親会で、藤元先生の話をリアルで一度も聴いたこと無いと話したら、それは勿体ないことでって言われたことを思い出す。
梶原先生の話の中で一番記憶になっているのは、
現代は生死が重くなってしまってる、っていわれたこと。
いのちは重たいもの、だからこそ、生死を軽くしなければいけない。
生死が重たくなっていのちが隠るなってしまっている。
なんて言うことを仰っておられたことを思い出す。
これだけ放るほどって思った。
これだけはっていう言い方は語弊があるかも知れないけど。
イヤ、
久しぶりに、
人の話を聞いて、わからない言葉がいっぱいあった。聞き慣れない言葉、語意がつかめない言葉、何を言おうとされているのか理解できない言葉。
久しぶりにわからん、なんて叫びたくなる研修会だった。
これは梶原先生の問題ではなく、俺の問題だ。
もうちょっとしっかり教学というか、教えに出会っていかないとと反省させられました。
そういう意味でもヤッパリしっかりノートを読み返さないといけないんだけど、
なかなか振り返る時間が作れない自分です。
そういうわけでやれやれでした。
いのちは重いのだから、生死は軽くしないといけない、
この言葉にチョッと、が~~んとさせられました。
自分が生きているって言うことをチョッと、イヤだいぶ自分の所有化しているって言うか、そうなんだろうな~って。
いのちは重く、生死は軽く、
心に響いてます。

2010年1月23日

寒い寒い

soto.jpg

昨日も子ども達の少年野球に顔を出してきました。
昨日は練習をしている小学校グランドに雪が無くなったと言うことで、
今年初めて外、すなわちグランドで行ないました。
寒いサムイでした。
いつもより早く練習が終わったのですが、寒さはなかなか無くなりませんでした。
子ども達は元気です。
まぁ、すっと体を動かしているわけですから、体から熱を発しているでしょうから、体をほとんど動かさずにみているだけの私と比べるとそんな寒さを感じてはなかったでしょうけど...

その後少年野球の父母会のOB会があって、呼ばれていって来たんですけど、底でも、ビールしかよわれなかったので、なかなか、体が温まらなかったとさ。アルコールの力ではなかなか冷え切った体は温まりませんでした。

2010年1月22日

無性に

昨日無性にFLASH動画を造りたくなって、色々ネットの中に入り込み考えていました。
その中でお金をかけずできるベストとして、
パワーポイントで造り、それをファラッシュに変換する、っていうのを選び取った。
FLASHに替えるソフトとして、無料ソフトの
っていう奴を使ってみました。

FLASH動画って言っても文字をチョッと動かしたかっただけだったんですけど、
元もとパワーポイント自体、ソフトは持ってるけど使ったこと全くなかった、縁遠かったヤツですから、それを使うこと自体、ドキドキものでした。使い慣れずあれこれしました。
そんな中で仕上げてみました。
ご覧あれ!

一度しか使わないであろう工具

年末からマイチャリのチェーンがよくはずれるので、
この間ホームセンターでチェーンを購入して付け替えた。
付け替えた日は、一度乗ったら、つなぎ目が切れチョッと落ち込み、また付け替えた。
その後は切れることなく、マイチャリご機嫌で乗ってます。
何と言ってもチェーンにオイルが沢山のっているので静かです。嬉しくなっちゃいます。
ところで、
このてぇーんを替えるのに、チェーンを外したりつけたりするための工具もいっしょに克ったんです。高かったら止めようと思ったんですけど、弐仟圓もしなかったので克った。
っていうか、
工具をあわせてそんなに高い値段でなかったので、自分でチェーンを取り替える決意をしたのだけど...
高かったら新しい自転車を買うつもりでした。
この真ん中の選択枠がほしいのですけど、
歩いていける範囲に自転車屋さんがないんです。歩いて30分ぐらい離れたところに二軒張るんですけど、そんなことしできない。
だから自転車屋さんで直してもらうって言う選択枠は私にはないのです。ひいきの自転車屋さんがあれば直しに来てっていえるのだろうけど...

そういうチョッと横道だけど、
この間長男坊の視点者を予約しました。
今年中学校に入学する長男。色んなものを帰って言うDM沢山来るし、色んなものこれから買わないといけないみたいです。
彼は中学校までチャリンコ通学、っていうことで自転車は必需品です。
中学校付近にある自転車屋さんに剣がセールスに来たそうですけど、
その中の一軒で予約しました。
途中壊れたりパンクしたこと考えると、直してもらうことを考えないと、だからホームセンターでの購入は除外、うわさでは、ウチで買わないと直してやらんぞ~っていう店があるらしいから。
平生お参りをしているオタクの親戚が中学校近くの自転車屋さんが親戚らしい、そして男の子も少年野球やっている。なんて言うことで、縁故購入、義理買いです。
よく話しを聞くと、高校の先輩で、写真部のOBでした。
しかたないなって感じです。

さてさて、
自分オジ転写のチェーンを替えるために買った工具、
これどう考えても、二度と使わない。
そう考えると勿体ない。
ホームセンターで勝った自転車を自転車屋さんでなおしてくれって言う勇気も俺にはない。
また値段を考えると、自分出直した方が多分安い。多分工具台入れても。
お金が勿体ない。
工具を一回しか使わないものを買うのが勿体ない。
これどっちの勿体ないを選べばよかったんだろう。
終わった後で悩んでいます。
あなたならどっちを撰ぶ?

2010年1月17日

あぁ~あ

12月のはじ女子六立ったかな、子ども達の野球の関係で飲み会をしていて、マイチャリで雨の中帰ろうとしたとき、剣道のくぼみに気づかずその二突っ込み、しっかりパンクさせていた。なかなか直すことができず、とりあえず、予備というか、ヨメハンのママチャリを使っていた。
そのままチャリも、12月下旬ゴロからよくチェーンが外れるようになった、そしてここ一週間園はずれる割合という回数が増えてた。一日5~6度は外れてた。めちゃくちゃいらだってた、そのことで。
最近の積雪によりチャリンコを使わずに歩いてお参りに出てたんだけど、今日久しぶりにチャリででることにした。
そうしたら、チェーンが外れたままになってたことに腹が立って、自分が外したままにしてたのだけど...
しかたなく直して自転車を漕ぐとまたすぐに外れた。
チェーンが外れる原因はてぇーんのたるみにあると思ってたんだけど、今日しっかりてぇーんをみてみると、言うまでもなくチェーンもしっかりたるんでるんだけど、もう一つ、チェーンが切れてた。それも何カ所かで、
片側だけ何カ所か切れてた。
多分、何度もチェーンが外れ、そしてなおしたり、その間に負荷がかかってたのかな?
その事実を知ったときショックでした。
昔の言い方で言えば、ガビ~ンって感じ。
しかたなく歩いてまたお参りに出たっていうわけです。

今の問題は、チェーンを替えるべきか、新しい自転車をホームセンターで安く買うべきか。
悩んでます。値段と相談ですね。

2010年1月14日

思いをかなえてくれる神仏 こそ...

私たち日本に住むイメージから言うと、神仏というのは、
願いを叶えてくれる存在、
願いを叶えてくれるから礼拝の対象となることが多い。
それはそうなんだけど、
ほんとうに今を生きる私たちにとって必要な存在なのだろうか。
私たちにとって大事な存在なんだろうか。

ふとおもったことは
神仏が自分の願いばかり聞いてくれると、私たちはどうなっていくだろうか。
そう考えると、
自分勝手な人間になっていくのではないだろうか。
人間の思いを中得てくれる神仏は自己中の人間を生産していく。
そうなんではないでしょうか。
それでいいんでしょうか。
今私たちに必要なゾンザイハ、自己中心的には生きていってはいけない、
自分勝手な生き方をしてはいけないというはたらきなのではないだろうか。
「自分の思いは叶わぬもの」
「和(やわらか)」をみだしているのはおまえなのではないか
そういうことを言い当ててくれるはたらきこそ、今を生きる私たちは大切にしていかなければいけないのではないかと思うんです。

神仏に願を掛けてはならないなんて言うことは思わないけど、
そういうことを願うことはとういう事なのかなんて考えることが自分たちには大切だと思う。
そして、人生思い通りには行かないもの」と言うことを尊くも言い当てていただける存在、頷かせてくだされるはたらきとして、神仏に礼拝していくことが大切だと思う。
そういう存在こそ、我等が本尊、阿弥陀仏なのだろうと思う。

私が必要としている佛と、
私が必要にしなければならない佛がいる、

2010年1月13日

平仮名の楷書

ふとおもったこと
お正月子ども達の書き初めを見ていて思ったことなんですけど、
前置きなんですけど、私はめっちゃ字が奇麗です。まわりの人から之にほんんの文字?ッて聞かれるぐらいすごい字を書きます。近年書き物はパソコン系でということになってペン、ましてや筆を持たなくなり、文字の芸術化はどんどん進んでいる私です。
そういう私だけど持ったこと、それは、
初心者が平仮名を楷書体で書くということは無理
そう私は結論づけたわけです。
かなというのは感じを略字化したというか、デザイン化して出来上がったもの、基本的にカタカナは楷書体をくずしていったもの、そして平仮名は行書(?)、もしくは草書体(?)をくずしていったもの。
そういうことがあって、平仮名はまるっぽい。カタカナはカクカクしている。
ウチのバカ息子達はめっちゃ不器用。
そういう息子達は最初から鉛筆矢津で出丸を書けといってもまともにかけない。だから平仮名はかっこわるくなる。いわゆる汚い字になってしまうのだと思う。
真っ直ぐの線がかけないものがどうしてまあ類○をかけようか。
帝国日本が終わり文字もカタカナでなくひらがなを使うことが決まったようだ。
だから最初に平仮名を習うと言うことは仕方がないこと、と思うんだけど。
今までカタカナを公文書としてきたという歴史があった。そうなったわけもあるはずだ。
それはヤッパリ楷書体からかたかなになっていたからでないのかな?
平仮名は行もしくは草書という崩し字からなっているから公文書でなかったんじゃないかな。
楷書体は基本だけど書くのは難しい。難しいと言っても奇麗に書くのは難しいわけ。
でも基本を知らないと字はくずしていけない。奇麗な崩し字になってゆかない。
基本ができていないのに応用は無理というのと々事だと思う。
それなのに現代日本では、小学校で一番最初に平仮名を習う。
応用から習うのと々事。だからなかなか器用でなければ奇麗な字、まとまった字になっていかないんじゃないかな。
何が言いたいかというと、うちの子立ちが字が汚いのは子ども達が不器用だから、そしてそれ以上に最初仁平香奈を習うからだ!と大きな声で主張したいのです。
崩し字を変形してできた平仮名を楷書体で書くという理論的にはおかしな事を最初に教えてしまっている教育制度。それはやっぱ無茶があると思う。奇麗な字を書くための教育制度には間違いなくなってないと私は思うわけです。
書家でもなく、字がいまだに奇麗にかけない私ですけど、最近そういうような気がしてなりません。

2010年1月 9日

批判されること覚語で...

こういうことしてもいいのかなぁ~
批判されるだろうなぁ~

なんてことを今田の日曜日することにした。

次男坊と三男坊が入団している少年野球団。毎年正月頃宗昭祈願をしにお宮さんに行く。
そして今年の父母会長をしている私。そのことが気になってた。
結果として私が所属しているお寺ですることにした。
そんなことせなならんのか。と
不特定多数の人が宗教施設で宗教行為をするとにひとつ疑問が
そんなことやめてしまいましょう。と発言すれば終わった話なんだけど。

その発言をするなといういいい訳が色々湧いてくる。

そういうことを議論することがめんどくさくなってすることに。

浄土真宗のお寺では祈願祈祷はしない、というスタンスを取り拒否するのもひとつだと考えたんだけど、
もう一つ。
お寺でしないのならお宮さんでする、と簡単になってしまうのであれば...
祈願祈祷はお宮さんでするということが常識としてあるのならばお寺でしてもよいのでは。
しないことが大事ではなく、していることに疑問を感じることが大事だと重い。思い切ってウチですることに。

ただ
お勤めをする前に一言言おうと思っている
神仏にお願いすることも大事だけど、もっと大切にしなければいけないこともある。
その願いをイメージして、そのために自分は何をすればいいのか考え、そのことを神仏の前で誓うこと。そしてその誓ったことを実現するために努力すること。
それが一番大事なんだよ。
子ども達に伝えようと思っています。

神頼みすることの問題性が少しでも伝わればと思っています。

そういうことが底辺にあって、ごぼはんだよりの今月号の文章になっているわけです。

2010年1月 5日

除雪

珍しく大晦日お正月除雪をした、といっても2回だけなのですけど...
ふと強訴のことを思い出し、思ったこと、
除雪ってホント無駄だと思った。
だって、ほっとけば間違いなく水なって流れていくんですよ。
ほっとけば必ず五日は無くなるもの、それが雪なんですよ。
それをわざわざずらすんですよ。
来客があるとか、人前があるとかで...
待てば必ず無くなるものをわざわざずらす。
本来しなくていいことを一生懸命している。
今日は無駄だとしか思えない、除雪。
でも、自分の人生の中で、これまで、そしてこれから、そんなこといっぱいあったんじゃないだろうか。そして之からも。
そして底のとは本当に無駄と言い切れるのだろうか。
そう考えだして、終わりの見えない螺旋階段をずっと上がっていっている思いがしている。

コメント可能になりました

ご迷惑をおかけいたしておりました。 コメント可能になったようです。
色々ネットで調べてみるとJavaScriptが作動していないときにコメントできない場合があるということがわかって、いじってみました。
具体的には、テンプレートでJavaScriptがダイナミックパブリッシングで構築することに設定してあったのを、手動にして、再構築しました。そうすると、サイト内にMT.JSふぁいるがあらわれて、試してみるとちゃんとコメントできるようになってました。
一安心です。

2010年1月 4日

またご迷惑をおかけいたしておりました

今やっとコメントができない状態になっていることにきづきました

ただいま、復旧に向けて準備中です。
しばらくお持ちください。

ping送信

ping送信ができていない状態でした。
http://fishmountain.arrow.jp/wp-jp/archives/200911/27-100256.html
に情報があり、
で、プラグインをダウンロードして、サーバーにップしてみました。
どうでしょう!旨く動いているかな?
うまくいけば御喝采ください。

明けましておめでとう

毎年三日を過ぎると思うことがある。
それはなぜ新年がめでたいのか、ということだ。
年頭まわりをして、「口癖のように「新年明けましておめでとうございます」という。正直嫌気がさしてくる。その中でつい、正月はなぜおめでとうなのかと思うのだ。
小さい子路だったら、親から、そして親戚の方々よりお年玉をもらった。やっぱ嬉しい、めでたく思えてくる。
それに比べ今大人になって、脅し玉がもらえなくなり、めっきり「お正月気分」というものが消えていってしった。そのかなでなぜめでたいのかという疑問がなおさら湧いてくる。
多分政府のお達しにより、年齢は数え歳ではなく満年齢を使うようにというお足しだで手以来、正月はどんどんめでたくなくなっているのではないだろうか。
数え歳で年を数えればみんな正月元旦に歳をとる。みんな平等にひとつ歳をとる。
そうなるとみんなお正月がお誕生日おめでとう状態だ。一年長く生きることができてめでたかった。ッてなる。しかし満年齢になると、お誕生日おめでとうの日がばらばらになってしまう。お正月のめでたさが半減してしまったのでは。?。
今私たちにとって、お正月は大切な節目になっているのだろうか。
そうなっていないから、私など、お正月はなぜめでたいのか、なぜ新年の挨拶は明けましておめでとうなのか、なんてぼやいてしまうのだろう。

今年も発行し続けます ごぼはんだより

通信のことが機能まで全く頭の中になかった俺。
昨日ようやく気づき、早速作成ににいそしんでました。
ようやく今ほど仕上がりました。
本日より月参りのと気配り始めます。
皆様もよろしければお読みいただき、ご意見を頂ければ幸いです。
180.jpg

2010年1月 2日

お正月

今年のお正月は決行のんびりモード、特に今日はのんびり、
忠午前中、少年野球の監督のところと頼んできていただいているコーチの処にや休部父母会を代表して挨拶に行ってきたぐらい。
後はホントのんびり、
昨日も結構のんびりだった。
昨日、朔日は、あさ修正会を勤め、そのところで近所の方が集まってきて新年の挨拶をしたり、わいわいがやがや酒の飲み交わす。毎年相変わらずの風景です。
でも今年はいつもより一段落つくのが遅かった、8時を脩に過ぎてた、今にお尻をおろしたのが九時を回ってたと思う。
珍しくゆっくり皆さん差鳴って行かれた。
早く生われなんて言うことも私は思わなかった。楽しそうに飲んでおられるし、ソシテ独りだけ酒飲んで楽しんでおられるって感じでなくみんなで楽しく飲んでおられる感じがして、「早く帰れ」なんて感情は湧いてこなかった。
今年の元日は、雪まみれ、
皇晦日の夕方暗くなってきてからしかたなく、賛同になっている農道を一時間かけて除雪、そして終了したと同時ぐらいに除雪車がやってきてなおさら奇麗二度セツしていってくれた。まぁちょっと複雑な心境だったけど...
元日の朝方も、4時ぐらいから除雪、昨日除雪した跡形も見受けることができないぐらいになっていた。ため息をつきながら、2日酔いの臭い臭いを漂わせながらいやいや除雪作業。でも幸いに、半分ぐらいしたところで、近所の土建屋さんが、ホイルローダー乗ってやってきてくださった。
話しを聞くと日付が変った頃からとなり在所を除雪なさっておられたそうな、帰り際、気になってよってくださったみたい。
「門徒さんたちに除雪に来いといって集合かければよいのに」といわれたけど、気が引けてそれはできなかった。デモできない俺は何でなんなんだろう。なぜ当たり前に除雪 依頼ができないんだろう、なんておもった。みんなのお寺なのに、そういっておきながら自分がそう思ってないのかな、
ホント久しぶりの積雪のお正月を迎え、参詣の皆さんの出だしも遅かった。
もしかすると今年は少ないかもなんて感じだったけど、だいぶ明るなった頃、七時に鳴ったぐらいになってどばっと集中してお参りに来られた。
今はそうやって昨日今日のことを振り返る余裕があります。
でも明日は、...
在所にあるオタクへ新年のご挨拶に回る日。
雪も積もっているって言うこともあって、そのことを考えるとちょっと気が重くなります。 

2010年1月 1日

新年の挨拶

10nennga.jpg

皆様、あけましてがちょう~ぉ~ぉ~ん
本年も気長におつきあいお願いいたします。