2009年8月アーカイブ: ごぼはんのひとりごと

2009年8月31日

終了!

これから
一人打ち上げ



2009年8月24日

顕彰ということを再び考える

今日午前中地域の戦没シャツと上、というか、忠魂堂慰霊法要があり、参加してきた。
最初住職になったときはあえて用事を探して、欠席していたが、そういう抵抗を最近やめて参加してる。
ちなみに二年に一回仏式で執り行われるということになっている。
いうまでもなく気が重く参加してきた。
まず、気づいたことは先回の時より参詣の方々が見て判るぐらい少なかった。ということ。
時間が経ったといえばそうなんでしょうが、これでいいのかとも考える。
また、挨拶や追悼の言葉では「平和」「二度と戦争を繰りかえさない」という言葉がほとんど聞こえなかった。そういうことを気にしながら読経していた。
ヤッパリ「顕彰」ということを考えた。
顕彰することはいけないとは最近は思わないけど、
何に基づいて顕彰していくのかということをはっきりさせていかないと行けないと思う。
ただ短私たちのために亡くなられたことをほめ称えていくのではなく、
いのちの大切さ、死に別れていくことの悲しさを教えてくださった方としてほめ称えていかいといけないと思った。
またただ単にほめ称えていくのではなく、そのために自分は同素のことを表現していくのか、イメージしていくのかということが大事だと思った。
形ではなく、イメージしつづけていくこと、問いかけに応えていくことこそ、大切なことなんだと。

このままで行くと、戦争によって人と死に別れしていくことの寂しさ、悲しさ、いかり、そうかんじるひとがどんどんすくなくなっていくことだろう。いわゆる「遺族」といわれる方々もホント、どんどん減って行かれることなんだろう、
この悲しさ、悲しさ、怒りを私たちの寳として伝えていかないとならない、そう感じました。

風の盆前夜祭

昨日八尾町へ行ってきました。
やお市ではないよ。やっつぅおへ行ってきました。
風の盆前夜祭に行っておわら節の歌と踊りを見てきました。
姉が八尾の町の中に嫁いで、はや数十年、風の盆の本番に言ったのは一回、前夜祭に行ったのか今回を入れて二回目です。
民謡が好きな人からすれば勿体ないことだと言われそうですが、
人混みが嫌いな私からすれば、あまり行きたくはない行事です。
でも、
今年で姪っ子が二十数歳になるというので踊り手綴ぢて引退のだそうな。
っていうことで本番を避けて姪っ子の住んでいる町の前夜祭に行ってきたわけです。
日曜日だし、結構観客がいるのかと思っていくと、少ないわけではないですが、思ったヨリって漢字でした。
石畳の坂、諏訪町なんていう町の前夜祭ならそういうわけにはいかないのでしょうが、
民謡ファンでない私もおわら節を楽しんできたわけです。
何故か四男坊が一番おわら節を楽しんでいた感もなきにしもあらず。手のフリをまねて踊っているつもりのようでした。
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デジタルのコンパクトカメラを持って行ったのですが、
シャッターを押してからのタイムラグと、踊りを知らないということがあって、なかなかいい写真が撮れなかったである。あと、町が暗いので、ASA1600でもヤットカット、カメラ付属のストロボでは、容量不足でどうしても暗い写真になってしまいます。

2009年8月19日

巡回子ども会

昨日大谷大学児童文化研究会による巡回子ども会を開催しました。
ちょっと呼びかけが悪く、子ども達の集りが少なくて申し訳なかったですが、
それはともあれ、終わったのでホッとしています。
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2009年8月18日

民意に靡くな

幼児教育の無料化、子ども手当、...今回の選挙にて各政党が越えたかだかに宣言している。
現在子育て中の私たちにとっては魅力的な政策だ。
どんどんやってくれ!と思う。
だけど、こういう施策を採ったからと言って少子化対策には効果的なことなのだろうか。
私はそう思う。
子どもを育てるにはお金がかかるって言うのは少子化の小さなひとつの原因でしかないのではないだろうか。
目に入る効果的な宣伝としては立派なものなのだろうけど。
結婚とは何なのか、子育てとは何なのか、私たちはもっと考えていかなければ行けないのではないだろうか。
また女性が子供を産んでも必ず職場に復帰できる環境こそ、私の考える一番の少子化対策だと思う。
そういうめんどくさく、困難なことを打ち立てるのではなく、響きのよく目移りのよいものを壊爛だとしか思えない。

票を増やすために色んな政策を採る、っていう意識には腹が煮えくりかえる、私は。
国政は民意を反映することは大切だけど、
民意に媚びる。有権者に媚びる、靡いていく政治は私は間違えだと思う。
もっともっと政党が増え、誰のための政治なのかということをはっきりしてやっていく方がよいと思う。
国民が数ある政党の中で選んで行けたらよいのではないだろうか。政党が人気取りをするというのは間違えだと思う。

2009年8月17日

広くなった寝室

先月まで三男坊のベット、そして予備のベット、四男坊のベビーベッド、そして自分達のベッドが私たちの寝室にありました。
だけど、四男坊が寝ている姿を見て狭そうなので、ます、ベビーベッドと取り除いて、開いていたベッドで寝かせるようにしました。これだけども結構広くなった感じでしたが、何故か先週、突然三男坊に別れを告げられました。
オレ、お兄ちゃん達と寝る、ッて。
というわけで三男坊のベッドを上二人が寝ている部屋に移動、
駆られの寝ている部屋に並べてベッドを入れると隙間が空かない、ッて事で、ひとつ横に置いてやっと入れました。結構狭しです。おまけに故部屋はエアコンがありません。見ているだけで暑そうです。
三男坊が引っ越ししてしまって私たちの部屋は、私たちのベッドと四男坊が使っているベッドだけになっちゃいました。床が見えて広々です。ちょっと寂しげです。
三男坊ももう三年生なんだから当たり前、っていうかも而して遅かったのかも知れない。
子どもが成長していくって言うことはちょっと寂しいことでもあるんですね。

2009年8月16日

戦争を知らない世代

私はいわゆる戦争を知らない世代である。
揚げ足をとるようだけど
だからといって戦争を知らないわけではない。
意識としては湾岸戦争、アフガニスタン、イラク、などの戦争をテレビをとおしてきてきた。
だから戦争を知っているのだ。
日本にとって「戦争」というのは太平洋戦争、日中戦争、15年戦争といわれるものをさすと言うことも知っている。またそれぐらい大きな戦争であったということも資料の中で読み取れる。
先の大戦が終了して60年を有に超す。
その間に数え切れない戦争が起こっている、またその戦争犠牲者はガンジス河の砂の数ほど多い。
また最近は日本も戦争主体的に関与している。
「戦争を知らない世代」という言葉の持ってきた思いというものは大事なことだ
この地友情で戦争が起こっているのに、そして日本が戦争に関与しているのに
戦争を知らない世代という表現はいかがなものだろう。
ただ日本の国土で戦争が起こってないだけで戦争がない、知らない、っていうことはどういうこと。
無責任に私は感じる。
二度と戦争は繰りかえしません、という先輩他が方の深い願いを継承していくなら
戦争を知らない世代という表現はやめた方がいいと思う。
一部の平和を戦争ということで維持している地球。
戦争が全くない次官を経験したことのない地球
これが私たちの地球だ。
私たちの人生だ。

2009年8月15日

常識の変化

ここ数年お寺の向拝に行事があるときには人工芝を敷くようにしている。
それは円の汚れを隠すと言うことがひとつあるのだけど、もう一つ大事な目的として上まで靴をはいだままは行ってもらおうという思いがあったからだ。
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でもも共とウチの寺の場合、向拝から入られる人は少ない。何故か庫裡の玄関から入られる人がほとんどだった。
そういう中でもたまに向拝から入られる方もいる。

だけどなんです。
私の思いからるとなんで?っていうことがおこってます。
っていうのも、人工芝が挽いてないところで靴を抜かれるのです。
私はずっと中まで靴で入っていただきたく人工芝を挽いてるのに!
絨毯や毛氈でないのだからそのままは入ってほしいんだけど、そうは成らないことばかり、
そして人工芝が敷いてないときは当たり前のように靴のままではいられる人がほとんど。
私の常識の中では国政の所は靴を抜いてはいるのが当たり前、橋でなければ。そういうのがあるけど、通用しないみたい。
これが若い人だけって言うわけではなく、60代70台の方も平気なんですよね。

これは私が思っていることが日本の常識でなかったって言うことなのかな。???
俺ってやっぱ非常識人だったんだね。

お盆中らしいですが...

お盆中らしいですが、私は平常運行です。っていうか、実はまた風邪を悪化させて体調万全とはなってません。
あとお盆は13日夜から始まるって言うことは知ってるんですが、でもいつ終わるんですか?よくわかりません。
仏教行事の孟蘭盆会がいうものがもととなっているって言うことはわかってるんですが、もともと秋風としての霊を招くということと合体したものらしいです。
まぁとにかく、私は平常運行です。体調をもどくことに専念します。
とりあえず。

2009年8月14日

お絵かきしたくなる茄子

冊子畑に行って茄子を収穫してきたのですが、こんなんがありました
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皆さんは何に見えたり、どういう絵を茄子に描きたくなりますか

梨頂きだす

携帯百景(ケイタイヒャッケイ) 携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
ぼちぼち梨の幸水を頂き始めました。まだ走りって言うこともあって甘みは...って感じです。
去年の味をまだ覚えているのかまだちょっともの足りません。
ある梨農家の方とお話しをさせていただいていて、
今年は小さいものからいろみだしている。大きいものがなかなか色まないとおっしゃっておられました。
また最近は選果場に出さない人たちの中で、ホルモン剤を使って早くいろませている家があるとか。特に選果場に出さずに大きい道沿いでせんもんで売っておられる方々はお盆が勝負なそうで、やっぱ走りの時に沢山売るのが儲かるとか、
うちの近所ではホルモン剤を使っておられる方はおられないらしいです。
よくわからないのですが、成長?促進ホルモン剤は安全なのかな?どうなんだろ、よくわからない。
十数年前までうちの近所の方で促成栽培のためハウスで梨を作ってられた方がおられたのですが、一生懸命灯油を燃やしてつくっても、南の保田普通に梨を作って持ってこられると値段でかなわないとやめられた方がおられたことを思い出す。
今年はカラスガ異常ににいて、めっちゃ梨を食べていくって言うことも耳に入ってくる。
近所の方々がにこにこ過ごしてほしいので梨がほどよく売れて儲かることを願うばかりです。

2009年8月 8日

天親菩薩造論説

天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
広由本願力回向 為度群生彰一心

<試訳>

天親菩薩は浄土論をおつくりになられ、帰命盡十方無碍光如来と宣言され

釈尊の教えによって真実、すなわち迷いから速やかに飛び越える阿弥陀の誓願を明らかにされました。

そして、如来の願いによって我々を悟りの世界に渡らしめんがために一心という言葉を示してくださっています。

我論を作り、偈を説きて、願わくは弥陀仏を見たてまつり、普くもろもろの衆生と共に、安楽国に往生せん。(『浄土論』聖典138)

世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず。(『浄土論』聖典135)

我修多羅、真実功徳の相に依って願偈を説いて総持して、仏教と相応す。

(『浄土論』聖典135)

仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ。(『浄土論』聖典137)

出第五門というは、大慈悲をもって一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の園・煩悩の林の中に回入して、神通に遊戯し教化地に至る。本願力の回向をもってのゆえに。これを出第五門と名づく。(『浄土論』聖典144)

世尊、我一心に(『浄土論』聖典135)普くもろもろの衆生と共に、安楽国に往生せん。(『浄土論』聖典138)

親鸞の名告
流罪以後の名告り
範宴→綽空→善信→親鸞
天親菩薩
西暦四〇〇年ごろに生まれられて、四八〇年ごろに亡くなられたと推定されている
インド名をヴァスバンドゥといい、訳して天親といいますが、一般には世親という訳名がよく用いられている
現在のパキスタン、ペシャワールの人で、無著菩薩の弟。
上座部仏教について五百部、大乗仏教について五百部の論(注釈書)を造ったといわれ、「千部の論主」と称されていま
世親の兄の無著菩薩は、すでに上座部仏教に帰して諸国で説法をしていました。彼は、弟の天親が上座部仏教にとらわれて大乗仏教を悪くいうのを少なからず心配していました。たまたま、天親が近くを通ることを知った無著は、一計を案じ、弟子に「兄の無著菩薩が危篤だ」と伝えさせます。驚いて駆けつけた天親に向かって無著は言います。「わしは心の病気じゃ。その原因はお前なのだ。お前は上座部仏教にこだわりすぎ、大乗の何であるかをまったく知ろうとしない。そのためにお前が将来大きな苦を受けるだろうと思うと、心が安まらんのじゃ」
無著は天親に大乗の教えを説いて聞かせました。天親は大乗を誹謗した自らの誤りに少し気づきはじめます。その日は兄・無著のところに泊まることになりました。深夜、人の声がします。目をさまして静かに聞いていた世親は翻然として大乗の教えのすばらしさに気づいたのです。世親が聞いたのは無著の弟子が大乗経典を読誦する声だったのです。
世親は直ちに大乗に帰するとともに、今まで大乗を誹謗したことを大いに懺悔し、大乗を誹謗した自らの舌を断ち切ろうとしました。その時、兄の無著は「舌を断ち切っても真の懺悔にはならない。本当にすまないと思うのであれば、大乗を誹謗したその舌で大乗の教えを生命をかけて説いていくべきではないか...」と諭したといわれている。
本願力廻向と我一心
廻向...廻めぐらす 向さしむける 自分が行った善行を巡らしひるがえして衆生や自分の悟りのために差し向けること。死者のためにする追善。
衆生廻向から本願力廻向
一心→ただ念仏→念仏を称えなければならない身の発見
「本願力廻向」樋ことの願い 、真理を悟るとは自己を覚るということ

2009年8月 7日

流し素麺の準備

流し素麺を流すものはやっぱ見栄え的に畑が一番ですよね。
でも、ホームセンターに売っている雨樋でもよいのではないでしょうかね。下準備が入りませんし、うちはそれを提案しているのですが、家庭内でブーイングが出てそうできませんが・
ちょと愛想んないときは子ども達といっしょにポスかでお絵かきをしてしまえばちょっと雰囲気も変ると思います。ブーイングも少しは静かになるような気がします。

竹を切りに行くときは蚊対策を忘れずに、話しによると午前中の方が蚊の活動は鈍いそうです。当然ですが、長袖長ズボンが基本かと思います。
太い竹を選ぶというのが基本ですが、山に生えている竹の場合は真っ直ぐに生えているっていうことも撰ぶ基準に入れておく方がよいです。
切るときは切り落とすときものを壊さないという配慮をしながら切り倒すことも大切なことです。

竹を切り出してきたらあとは樋のように仕上げます。
まずは竹を割ります。
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今年は鉈と金槌をつかってゆきました、いつもだと金槌ではなく木槌を使ってたんですが、見つからなくてこうなりました。でも、金槌を使ったので、鉈が痛んじゃいました。あと、割りやすくするために割り口に何かをかますと割りやすくなります。
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つぎは竹の節を処理してゆきます。これが一番めんどくさい処理かも知れません。
まずは金槌などで割ってゆきます。
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金槌で割っただけでは奇麗に仕上がりませんので、ディスクグラインダーを使います。これは便利です。そんなに高くないです。でもや水ヤツは大きくて重いっていうのはなんですが、
それで削ってゆき、ついでに鉈で割ったところも磨いてゆきます。避けたところをさして怪我されると困りますから、面取りは忘れずに。
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これが出来ればほとんど作業は終わったも同然。
あとは組み立てて勾配を作ってゆけば作業は終わりということになります。
紅梅を作りために机と、ホームセンターに売っている塚を私は利用します。
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そしてセッティングが終われば、実際に水を流してみます。
あまり勾配をつけない方がよいと思います。
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あと落ち口にザルをおいておけばこぼれたヤツを拾ってくれます。

流し素麺を終える

昨晩おやこのつどいとして流し素麺を楽しみました。
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発熱で今週ずっと保育所を休んでた四男坊も復活して参銭です。色々準備をじゃましてくれました。でも、近所の子がかまってくれで準備が進みました。ホントたすかりました。
昨年は所持によりやらなかったんですが、前のようにやったんですけど、素麺がすぐになくなりました。食欲旺盛な子が沢山集まってくれたっていうことなのでしょう。
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途中素麺をおもちゃにしたり食べ物を粗末にする現象を見つけたのでちょっとおこっちゃいましたけど...

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素麺だけでは間に合わないので毎年のことですが、横でバーべーキューもします。
今年は女の子が場所を占領、自分たちで焼いて楽しんでました。今回は何故かなかなか火がおこらず、最後の必殺技着火剤を使って着火しました。竹を附木にしたんですが、長雨のため竹もしけってたんでしょうか。
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最後は定番ともいうべき花火をして楽しみました。
気づけば私はほとんど口に入れず終わっちゃってました。
例年になく疲れた年でした。
短い一夏が終わったような感じがします。
でも今年は、大谷大学児童文化研究会による子ども会巡回がお盆過ぎにあります。
たいした準備は入りませんが、子どもを集めなければいけません。

2009年8月 1日

月初めということで...

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月はじめって言うことで、ごぼはんだよりを発行しました。
別院での自由時間にコツコツと私なりに仕上げてました。
ごぼはんだよりを仕上げに別院に行って立っていっても過言の状態ではなかったかも知れません。
よろしければご覧になってください


>>おまけショット<<

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
別院の帰り道、コンビニの駐車場で見つける