2009年2月アーカイブ: ごぼはんのひとりごと

2009年2月28日

久々に家の布団 懐かしい

火曜日から金曜日まで外泊してました。
火、水と教区のヤスクニ問題研修会で、東京方面。
靖国神社に行ってきました。参拝ではないことはいうまでもないことです。
2、3年前富山教区の方々といっしょに行ったので二度目です。だから珍しいというものはなかったのですが、忘れてたことを思い出したりしてよかったです。一番よかったのは同じ教区の人たちと、いつもいっしょに学んでいる人たちと行ってきたのが良かったです。
改めて靖国神社にお参りされる方は大切にしないとおもいました。
二日目の午前中は防衛省。
午後からは研修会の人たちと別れて、山谷のたち出しにいってきました。
集合場所が判らなくて、浅草周辺を歩きそして山谷まで歩きました。
結局に時間以上歩き回ったかな。
おかげで、ここに吉原があるんだなんていうことも発見してちょっとうれしかった。
次の日と昨日まで、青森に行ってました。ハンセン懇の有志の企画で、松岡保養園に行ってきたわけです。飲んで園の方とお話ししたり、以前より関わって男垂れるかたっが他と話ししてきました。
あっという間の二日間でした。
園の方のお宅訪問というのがあったのですが、昨日お話しした方のお宅に数人とおじゃましたのですが、色々おかずを用意して待っていてくださいました。
漬け物、花豆、竹の子の煮たの、棒鱈の煮たの、そしてちまき、(ササ何と勝手言っておられたな。
色々ご馳走になり、ホント美味しゅういただきました。
わざわざ用意いただいたことに心苦しさもあったのですが、せっかくだからよわれることにしました。
楽しいひとときでした。
帰りに色々トラブルがあって落ち込むこともあったけど、有意義な時間でした。
実は帰り東京までは順調に帰ってくることが出来たのですが、帰る日の朝、東京富山間の飛行機がとれてないことが発覚、とれてないというのではなく、富山東京間という逆をとってたんです、気づき変更をかけようとしたのですが、満席ですでに遅し状態でした。
仕方なくJRで帰ることにしたんですけど、指定席完売状態。
立って蛙の覚語で帰ったんですが、何とか新幹線も特急も座ることが出来ました。
でも、最後、
寝込んでしまい降りなければならない駅をのりこしてしまってしまい、ちょっとへこむ、すでに普通列車がなくとうっきゅうで戻ることに、特許有量金余計にかかってしまい。
帰りのタクシーも財布の中ゼロで乗り、家の中にお金を取り行くために運転手さんに家の前でしばらく待ってもらいました。
飛行機代も特割だったので、全くお金が帰ってこず、大きなそんでした。
結局日付が判っての帰宅になりましたとさ。


2009年2月21日

復活なりました

ごぼはんウエブサイトの総合トップページにて
しばらく停止していた真宗ニュースを
再会しいたしました。
裏技の裏技のようなものを使っているので何時表示がまた出来なくなるか判らないのですが...
gimiteさんの Googleニュース日本語版のAtom/RSSフィードという記事をまたもや参考にさせていただきました。
感謝感謝

2009年2月18日

みんながんばってます

◎湯涌と輪島の仮設住民、絆固め 被災地復興、誓い合う 金沢で再会、うどん満喫(北国新聞)

 能登半島地震で被災した輪島市山岸地区の仮設住宅住民が十七日、浅野川はんらんの被 災地である金沢市湯涌地区を訪れ、仮設住宅に隣接する金沢湯涌みどりの里で湯涌地区の 仮設住宅住民らと会食し、交流を深めた。昨年末、山岸地区の仮設住宅区長藤本幸雄さん (54)が湯涌地区の仮設住宅代表八田忠彦さん(49)にお茶などを届けて以来の再会 となった。藤本さんと八田さんは「また頑張っていこう」と誓い合った。

 交流会は山岸地区で慰問活動を行っていた真宗大谷派能登教区が、湯涌地区の被災住民 を励ますとともに、両被災地の交流の架け橋になろうと企画し、藤本さんや山岸地区の仮 設住宅住民を湯涌へ招待した。

 能登教区、金沢教区、高岡教区の有志約二十人が大鍋で野菜やキノコが入ったあんかけ うどんを作り、両地区の仮設住民に振る舞った。住民らは会話を弾ませ、復興への決意を 新たにした。

 藤本さんは「こんなにも早く湯涌に再び来ることができるとは思わなかった。新しい出 会いを大切にし、復興への力にしていきたい」と話した。


被災者の方々がそれそれに生きておられます。そして、仲間がそれぞれに出来ることを頑張っているみたいですね。
自分は車が運転できないことを言い訳にかかわり、繋がりから逃げていたのかも...

2009年2月17日

建国宣言

続きを読む "建国宣言"

蕗の薹

IMG_0715.jpg
一昨日、暖かいうちに畑に出てちょっと仕事をしました。
先、蕗の薹を探し、私が探したときは少ししか見つからなかったんですが、あとでヨメハンが探すと結構あったようです。
その後勢いで、
タマネギに肥やしをやり、マルチをかけてあったのですが、だいぶ前の大風ではがされていたヤツも片付け、
その後、ついでに苺にも肥やしをやり、
そして秋に蒔いた豆を選りました。
久しぶりの畑で、やらなければいけないことを沢山見つけました。
そろそろにんじんと菜っ葉でも植えとこうかとも思いました。

ということで昨日の晩はその蕗の薹をだしで軽く似たものを酒の宛にさせていただきました。
ほろ苦さが程よかった。
うちの蕗は蕗自体は美味しくないのですが、蕗の薹は私にとっては程よい苦さで好きです。

畑の対はまだ正水気をいっぱい吸っていて鍬を入れても桑にいっぱい土がつきそうです。
耕耘機だとなおさらでしょう。
今朝はその畑も雪化粧をまたしています。
今年は本当に雪が降る海津右派普通だと思うのですが、なかなか積もりません。雪化粧程度で澄んでいます。
これは喜ぶべきことなのでしょうか、村の年寄は暖かくなって虫が心配だといっています。
IMG_0712.jpg


2009年2月16日

只今食事中

PAP_0000-1.jpg
うちの四男坊、この間まで、バナナが嫌いだったんだけど、いつの間にか、おいし惣の食べています。

2009年2月15日

すすめる心

昨晩ある組の同朋の会があってお話ししてきたせいか、また眠れず今ここに座っています。
その会である方から質問、
さわりを外にあると感じている人に対してあまりにも素っ気ないのではないか、だから他の宗教にいくのでは、そういうことがお寺と「門徒」の溝としてあるのでは、なんて言うことを後から考えればされていた質問を受けた。
そのときはそういうふうになかなか聞くことが出来ず、的外れな答えを今思えばしていた。ちょと反省。
霊を怖がる人々に対して、災い、祟りを現実に怖がっている人に対して私は今まで簡単に否定しすぎというよりは、簡単に聞き流していたのかな。そう思う。
見下していたのかも知れない、そういう人たちを。
せめて念仏を、南無阿弥陀仏を称えることはすすめることが出来たのでは、と遠い昔を後悔する。

民衆仏教としての真宗と言うことが、私の上に欠如しているようです。


私たちはたまたま専修念仏の教えに出遇い源に歩んでいる。
自分が外にさわりを探していた頃のことを忘れてしまっている。今も自分自身がさわりだと思ってなんか生きてはないのに。
何故か自分は信を獲たエライ人で信を獲てない迷っている人に対して見下してものを考えている。
そういう自分に今出会わせてもらった。同朋の会での質問を今やっと思い出し
自分は何を聞いてきたんだろう。

自分の抱え込んだ真宗を自分の言うことが判ってもらえる人にだけ判るように語っていたのかな。今まで。
あらゆる人々に南無阿弥陀仏と念仏を称えてもらうことも私の大事な仕事です。
また、あらゆる人々に念仏を称えてもらいたいと強く願わない、勧めることを全くしていない自分の信ていうものは何者なのか!
落ち込む私です。
一昨日階段から滑り落ち、昨日法事をすっぽかして落ち込んでしまっている私、そん中、また落ち込んでいるフリをしています。
今思っていることを来月の同朋の会で、めっちゃ整理をして今一度話しをしてみたい。

2009年2月14日

獲信見敬大慶喜

獲信見敬大慶喜
即横超截五惡趣

<試訳>
心より念仏を称えることが出来るようになれば、真実を見て大きな喜びに満たされる。
そのとき堂々巡りの迷い人生から信心のはたらきによって裁ち切り越えることが出来る。

一切善惡凡夫人
聞信如來弘誓願
佛言廣大勝解者
是人名分陀利華

<試訳>
すべての善悪に縛られている人々が阿弥陀仏の本願を聞いて信じれば佛は本当に広く理解したものと言われる。そのひとを汚泥に白く気高く咲く分陀利華と名付けられる。

<尊号真像銘文>
「獲信見敬得大慶」というは、この信心をえて、おおきによろこびうやまう人というなり。大慶は、おおきにうべきことをえてのちに、よろこぶというなり。
「即横超截五悪趣」というは、信心をえつればすなわち、横に五悪趣をきるなりとしるべしとなり。即横超は、即はすなわちという、信をうる人は、ときをへ ず、日をへだてずして正定聚のくらいにさだまるを即というなり。横はよこさまという、如来の願力なり。他力をもうすなり。超はこえてという。生死の大海を やすくよこさまにこえて、無上大涅槃のさとりをひらくなり。信心を浄土宗の正意としるべきなり。このこころをえつれば、他力には義なきをもって義とすと、 本師聖人のおおせごとなり。義というは、行者のおのおののはからうこころなり。このゆえに、おのおののはからうこころをもったるほどをば自力というなり。 よくよくこの自力のようをこころうべしとなり。

信-梵語→シュラッダー(心を澄んだ浄らかなものにする作用)
●濁っていて見えなかったものが見えてくる→真実が見えてくる
 

信の証、
決定往生の徴(しるし0)教行信証後序
  選択の書写、真影の図画

仏のちかいをもきき、念仏ももうして、ひさしうなりておわしまさんひとびとは、この世のあしきことをいとうしるし、この身のあしきことをいといすてんとおぼしめすしるしもそうろうべしとこそおぼえそうらえ。『親鸞聖人御消息集(広本)』

としごろ念仏して往生をねがうしるしには、もとあしかりしわがこころをもおもいかえして、ともの同朋にもねんごろのこころのおわしましあわばこそ、世をいとうしるしにてもそうらわめとこそ、おぼえそうらえ。よくよく御こころえそうろうべし
●この世のあしきことをいとうしるし
●この身のあしきことをいといすてんとおぼしめすしるし
   この身この世を厭うことが信心ということ

しるし 【験/徴】(1)これから起ころうとする物事の前ぶれ。きざし。前兆。徴候。



 蓮の華はもっとも気高く尊い華なのですが、それでは、その華はどのような所に生育するのかということについて、親鸞聖人は『教行信証』に、『維摩経ゆいまきょう』というお経から、次のような経文を引用なさっています。
「高原のろくには、蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥おでいに、いまし蓮華を生ず。」(『真宗聖典』288頁)
 もっとも尊ばれる蓮の華は、実は、誰もが理想とするような、明るくて風通しのよい、すがすがしい場所に育つのではないのです。そうではなくて、誰からも 遠ざけられるような、汚らしくてジメジメとした泥沼にこそ、蓮の華は咲くのです。一切の汚れに汚されていない真っ白な蓮華は、ドロドロと濁りきった泥沼の なかにしか咲かないのです。何とも不思議な感じがします。
 世間の泥にまみれている哀れな凡夫、煩悩にあふれた日常に埋没していて、そこから脱け出そうにも脱け出せない悲しい凡夫、何が人生の最後の依り処なのか がわからず、そのわかっていないことすら、わかっていない愚かな凡夫、そのように情けない凡夫であるからこそ、阿弥陀仏は救いたいと願っておられるのだと 教えられています。
 私たちの日常は、まさに「卑湿の淤泥」であります。釈尊と親鸞聖人の教えから、そのような我が身のありようをつくづくと思い知らされて、阿弥陀仏から私 たちに差し向けられている願いのことをよくよく聞かせてもらい、疑うことなく素直になって信じるならば、その人こそ、泥のなかに咲く白い蓮華であると言わ れているのです。何ともありがたいことです。(http://www.tomo-net.or.jp/sermon/shoshinge/shoshinge29.html)

梅咲いてらー

090213_1550~01.jpg
一昨日だったかなぁ~梅咲いてました。
うちの梅の木ではないんです。うちの梅の木はそのけはいもみうけることができません。隣のうちというか、隣の料理屋さんの庭の梅の木が咲いていました。
春なんですねぇ~
昨日春一番が吹いたと発表されていましたし...

間違えやすい漢字

ホント、
小中学高校と勉強嫌いだったのがたたってます。
努力するのと、暗記するのが苦手な私。

この間やっとしったことあります。
それは
徴候の徴と顕微鏡の微は違うってこと
やっとしりました。
間違えやすい漢字を能く読み間違える首相のこと批判できません。
ヤッパリ。
これ私は間違えやすかったというか、漢字が違うって言うことこの間まで全く気づいていなかったんですから...

2009年2月13日

ちょっと時期遅れですが 鬼を考える

節分が終わってしまっていますが、ナムナムで聞いた話し、考えた話をまとめて、「鬼」「悪」をちょっと考えてみたいと思います。
鬼について起源は色々あるのでしょうが、一つ鬼門と言うことから考えてみると、
鬼門は中国からおこった考え方です。中国は季節風が報告から吹いてくると言うこともあるのかも知れませんが、一つ、万里の長城と言うことを手がかりに考えていくと、中国というか漢民族の方々からすると東北の方向から攻め入ってくる存在があったのでしょう。鬼とたとえたのではないでしょうか。鬼がやってくる方向が鬼門、攻め入ってくるのがよく豊北の方向であったっとというのがあるのではないでしょうか。
漢民族はたびたびモンゴルの人々から攻め込まれていたことです。
時分を攻撃する者が鬼といえることでしょう。
ちなみに豊北の方向は十二支でいえば牛と虎の間の方向になります。だから鬼は牛のような角が生えていて、徒らのパンツをはいているのだとも言われるのです。
時分を攻撃してくる存在は当然のように時分は防御してしまうのですが、
何故攻撃してくるのかと言うことを考えなければいけないのではないでしょうか。経済格差、抑圧、私たちの社会が作る抑圧も。おこる理由が何かしらあるはずです。何かに憂いている。何かを望んでいる。直接的に私が原因の時もありますし、間接的原因もあることでしょう。
鬼のいかり、鬼の叫びに耳をかたむけることによって、我が身我が社会が明らかになってくることでしょう。鬼の叫びいかりに出会ったとき鬼が鬼ではなく、鬼の姿をした還相の菩薩として出会い直すことが出来るのではないでしょうか。
悪人と言うことも中世において、社会外的存在を悪といったそうです。自分が生きている社会のその二生きる人々を悪人といったそうです。
自分に不利益をもたらすはたらき、本当にイヤな存在ですが、そのはたらきの本を尋ねることによって私の利益となることでしょう。我が身我が社会の悪なることを明らかにしてくれる尊いなはたらきと感じることでしょう。

2009年2月12日

お薦めの本


こちらで購入できそうです。仏教書総目録刊行会

大谷派九条の会総会2少しだけ参加して、信楽さんのお話を聞き、本があるというので買ってきてました。それを早速読ませていただきました。80ページもない本なので短期間で、あきることなく読むことが出来ました。
でも、このページ数で千円って言うのは腑に落ちないところがあります。ちょっと高いんとちゃう?
でも、
内容からいって高いという思いは湧いてこないものでした。十分に千円の価値あり、なんて思う内容でした。
真宗念仏者の生き方、専修念仏の信心について、容易な言葉で書いてありました。
ご消息にある、世を厭うしるし、往生を願い徴という言葉を手がかりに展開されています。
今までに何故こんな容易な言葉で、こういう展開の仕方で信心について書いた本がなかったのでしょうか、なんて思ってしまいました。
私たちは、「他力」「おまかせ」という言葉に呪縛されていると感じました。私たちの歩みと言うことを語っておられます。心の工夫ではないのだと、信心は。
「他力」おまかせ」という言葉が間違っているのではなく、私たちのその言葉の持つイメージが違ってたんだと思います。
内容についてはいつものように書かないというか、私の能力がなく欠けませんが、本当にお薦めの本です。
この話しが聞きたかったんだっていう内容でした。
私が聞きたかっただけで、他の人はそうではないかも知れませんし、
私の都合の良い、私の我執にあっただけの本なのかも知れませんが、
人に勧めたい本です。
よろしければ御一読ください。

2009年2月11日

京都の二日間をちょっと振り返る

2月9日より10日まで京都にいました。
二月九日は安楽坊等が罰せられた日ということでなむなむ大集会がありました。
次の日は大谷派九条の会がありました。
初日は大王のラーメンが食いたくなり遅刻して最後まで参加しました。
二日目は最初から今したが、電車の都合で途中で失礼しました。

戸次さんの鹿ヶ谷縁起
節談調、そして中にはラジオ実況中継も入れ 松虫鈴虫の話しから承元の法難までお話になられた。
この辺の話しは学校では習わない部類、民間伝承、節談のネタ帳に納められているものを脚色されていったんだろう。
こういう民間に伝わっているいわれなどを伝えていかなければいけないと思った。
シンポジウム
それどれに毒があるというか個性の強い方々のシンポジウムだったのでおもしろかった。
辛さん...アンテナのカンドがよい人だと思った。オバマさんは黒人初の大統領といわれるけど、彼のこと白人とは誰も言わない。朝鮮人と日本人の間に生まれた人も誰も日本人とは言わなかった。なんて言う話しが印象的でした。
安田さん...京都に出る前ネットでどんな人か調べてやっとどういう人か判った。子ども達がドキドキしながら、怖がりながら、突っ張って、強がって人を殺していったという実例をお聞きして、考えさせられました。あと生きて償っていくって言うことも印象的だった。
金城さん...沖縄と言うことを身において色んな話しをパワー全開でお話しなさった。
玉光さん...あんな毒の強い人なのにあの中ではあまり目立たなかったかな?
国家は信頼するものではなく疑うべき者なのだ、ということを感じさせていただいた。
九条の会講演
講演を聴いて全体討議はパスさせていただいたけど、
、往生を願うしるし、世を厭うしるしという言葉を教えてもらった。死んだあと浄土にて親鸞さんにお会いしても恥ずかしくない生き方を今したい、なんて言う話しもされていた。

色々元気になれる言葉にあえたし、元気な人にいっぱい会えた二日間でした。
ホント来て良かったと思った二日間でした。

2009年2月 9日

寒〜い

京都に行くためサンダーバードに乗ってます。
慌ただしく家を出て列車に乗ったので忘れ物いっぱいしました。
まず私の前にはまだビールが置いてない。ホームに入ったらすぐに列車がきたし、オシッコしたかっりして買うの忘れた。ついでに買うの忘れたということも忘れてた。
あと薬とポッドを家に置き忘れてきています。
とにかく
ナムナム大集会に
いってきます。

続きを読む "寒〜い"

2009年2月 8日

いつとかれるの?

性犯罪者9万人、マイスペースが追放 捜査当局の要請で

2009年2月7日(asahi.com)

【ニューヨーク=真鍋弘樹】ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の米大手「マイスペース」は6日までに、米国内に約9万人の性犯罪歴を持つ会員がいることを突き止め、退会処分とした。

 SNSには未成年の会員も多いことから、子供が性犯罪に巻き込まれることを防ぐため捜査当局が要請。同社からの報告を受けたコネティカット州検察当局な どが発表した。「10万人近い性犯罪者が子供たちとネット上で混在していたことになる。決して許されないことだ」と同州司法長官はコメントした。

性犯罪いや、犯罪を犯すことは許されるべきことではない。
それなりのペナルティーを受けるべきことだと思う。
また、自分の子どもを犯罪医から護り遺体ということは判る。
でも、
一度犯罪を犯したということで、一生ペナルティーを受け続けなければいけないのか、
犯罪を犯したものは構成することはあり得ないことなのだろうか。
なんて思ってしまいます。
犯罪者というレッテルが外されることはあるのだろうか。
犯罪者というレッテルととる基準というのはどこにあるのだろう。

なんか考えてしまいます。

2009年2月 7日

twitterへ投稿を通知

MovableType用PostToTwitterプラグイン v1.0.0
というのを、
エムロジック放課後プロジェクトで見つけ早速MTにプラグインしました。

ここで記事が書かれるtwitterにお知らせが自動的に投稿されます。
ちなみに私のtwitterはここです。

つい釣られて購入

テレビを見ていてなんかいいなぁなんて思ってしまい、
いつの間にかでが動いてアマゾンで購入ボタンを押してしまっていました。


商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)
どうして星は流れるの?どうして人は夢を見るの?丘の天文台にひとりで暮らすおじいさん、時代遅れのハシゴ屋さん、村人から恐れられているバケモノ、世界 中のみんなのために"夢の脚本"を書き続ける人―。それぞれの思いで毎日星空を見上げる孤独な人たちが、小さな幸せを見つける感動のファンタジー。星空を 見ることを忘れてしまったあなたへ―。大人が泣く。子供が微笑む。優しさが心に沁みる物語。


これは本当に詐欺なのだろうか

円天事件:L&G波会長ら逮捕 組織的詐欺容疑

 独自の電子マネー「円天」を売り物に出資金を詐取したとして、警視庁と宮城、福島両県警の特別捜査本部は5日、健康寝具販売会社「エル・アンド・ ジー(L&G)」(東京都新宿区、破産手続き中)会長、波和二(かずつぎ)容疑者(75)ら22人を、組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕した。 捜査本部は、約3万7000人から約1260億円を集めたとされる巨額詐欺事件の全容解明を進める。(毎日.jp)
ちょっと古くなった記事なんだけど、この人本気だったんでないかな、と思うんですよ。
、人をだまそうとは思ってなかったんでないかと、テレビなどでのインタビューを見て思うんです。
だから彼には罪がないということは全く思わず、
だからこそもっとやっかいだという気がするんです。
彼の頭のかなではちゃんとした計算があって、論理として成り立っていた、ように思える。マルチは失敗しないという確信が彼にあったんでないだろうか。
彼は、コンピューターでいえば、大事な要素を入力せずに計算している。大事なな基礎データをを入力せずに計算させて喜んでいるんだろうな。机上の論理っていうヤツで愉しんでいたんだろうな。机上の論理は机上の論理で終えてけば良かったんだけど。
マルチの落とし穴を見ようとせず、目を背けていろんなこと考えているんだろう。
だからやっかい。
人をだます気が全くなし、もうける気は枚もリアルだろうけど。
自分の計算間違いした論理をしんっじきっていた。
一種この間のアメリカ経済バブルを作った論理、日本バブルを作った論理、論理舎といっしょ、同類。だと思う。
失敗したのをsんぶ他のせいにしてしまっている。
これを気づかすのは大変だろうな。
だからマルチ30年一筋なんではないだろうか。

私は詐欺よりもっとやっかいな問題だと、罪だと思うわけです。

2009年2月 4日

簡易表示版を作成

サイドバーにいろんなものをくっつけすぎた感があり、
ちょっと反省していますが、
どれをへらしいのかよくわからないので、
思い切ってめっちゃ減らし、
エントリーの表示数も10に減らした簡易版をつくってみました。
これは表示にそんな時間が必要ないと思います。
よろしければみてみてください。
上のナビゲーションバーから洗濯してもらっても良いですし、
ちらをクリックいただいても結構です。
軽い方がお好きな方は、そちらの方にお気に入り、もしくはブックマークください

続きを読む "簡易表示版を作成"

2009年2月 3日

一日雨

今日はずっと雨
多分だ
なんのせ今日はまだ外に出ていない。
たまに窓から外を眺めるだけ
だから本当のこと知らない
私の知る限り教はずっと雨
これが正しい表現方法なのかな

今日は、起きて朝の話しをしてご飯食べて
ネットうろうろ、ブログいじったり、
そしてお昼食べて、PCの前座ってモチャモチャ
そしてお話しして、またモチャモチャ
結構今日一日引きこもり君です。

たまにはこんな日があってもいいかな

2009年2月 2日

珍しいもの好きな俺 ということを実感させられた

ネットをうろうろしていたら、 TWITTERなるものが存在することをしって早速使用している。
Twitterはブログとチャットを足して2で割ったようなシステムを持つらしい。
そういわれても想像がつかないので早速登録して使用してみている。
すぐにあきるかも知れないけど、とにかくしばらく使ってみようと思う。

気になって寝れませんでした

今朝方からと言うか、日付が変った頃からふと、
何故二月は基本的には28日なんだ、なんて言うことを考えていました。
私は毎年のように二月になるとこんな問いが湧いてくる。
二月は端数的に二十八日だったり29日になっている。計算的には三月から始まるなんて考えた方がすっきりする。
これは去年このことについて書いています。

今年考えていたことは、一月が31日の日を減らして30日の日を増やしていけば二月も30日に出来たはずだと思うんです。
一年365日、30で割ると12余り5になる。だから30日の日が七ヶ月、31日の月が五ヶ月あれば私的に暦がすっきりするのです。
わざわざ311にの月を何故七ヶ月続くったのだろうと考えるわけです。無い頭だから絞っても絞っても訳が湧いてきません。

ネットで答えを探していると、
Yahoo!知恵袋には1ヶ月の長さはどうしてバラバラなのですかという問いがあって色々書いてありました、
あんまり納得いってません。
どうも法則で月の日数を最終的に決めたのではなく、ご都合で決めたようです。そういうことはわかりました。

続きを読む "気になって寝れませんでした"

2009年2月 1日

今朝から

IMG_0705.jpg
今朝から喉が痛うございます。
に三日前から少しいたかったんですが、今朝気になるぐらいいたかった。
声は全然かれていないんだけど...
ということで嫁さんにのどスプレーを買ってきてもらった。
早速使ってみるとちょっといいみたい。
先にも書き込んだんだけど今城端別院にいます。
毎年今頃ご縁を頂いているんだけど、
いつもは控え室にはストーブがあったんですよ!
今日部屋に入ると、そのストーブがないんですよ。
エアコンだけで部屋暖めろっていうのかな?
エアコンつけてもう三時間ぐらい経つのだけど、エアコンのリモコンの室内温度はまだ16度。
ということで近くのコンビニに行って、焼酎と、コーヒー買い込んできました。焼酎は寒くなくてもいつも買い込むのですけど。
風邪を引かないことに気をつけて城端生活をエンジョイします。

続きを読む "今朝から"

月初めです。ごぼはんだよりできてます。

167.jpg
きょうから五日まで城端別院の本堂でお話しをするご縁を頂いています。
ということでごぼはんだよりもコツコツと仕上げていまして、仕上がってました。
よろしければご覧ください。こちらから
あとその事業の案内や飲み会の予約など昨日まで終わるよう努力してました。

今月は予定表を見てみれば忙しそうです。それもお金が入らないヤツばっかり、いや反対に出て行くものばっかりです。
9日になむなむ大集会
月末に松岡保養園に行きます。はじめて訪れます。あと須田ちゃんとかにも会えるのかな?