2009年12月31日

気づけば

気づけば大晦日です。
ミソカとは元々は、三十日と書いたと思われます。
旧暦、すなわち太陰暦では三十日は月の最後。
調べてみると旧暦では、大の月と小の月があって、30日で終わる日と、29日で終わる日があったらしい、っていうことは月は地球のまわりを丁度一月で一周するって事じゃないみたいですね。大体一月かけて一周するっていうことみたいです。当たり前といえば当たり前だけど。
さて、
それが大きいヤツって言うこと、それが大晦日
晦という自派くらい、ヤミという意味があるみたい。月が無くなるっていう諱のかな。
朔日の前日って言うことですね。
まぁ。それはともあれ、
今日は大基礎か、今年最後の日です。
一年間を振り返ってみても、なかなか、思い出せない、っていうか、最近のことしか思い出せない。一月、どうだったとか、どういう事考えていたなんていうことが思い出せない。
今年は特に12月あわただしかったって言うことがあったから何だろうけど、一年を冷静に振り返ることができない。
ひととき一時を大事にしたいって思って生活しているわけですけど、結局そういうわけに入ってない私です。
「生きる喜びと生きる意義を見つけよう」なんて言うスローガンをどこかで見た覚えがあるけど、それができてない、っていうか、生きる喜びを感じてないことが原因なんでしょうね。
今わたしが人として生まれていること、いのちを授かって生きているって言うことが目出度きことで、ありがたきことなのに、なかなかそう思えてない。当たり前になってるんですよね。
喜ぶべき事を喜べない。それが当たり前、当然のこととなってしまっている私。
本当のことがわかってないって言うことはこういう事なんでしょう。

この間ある方から40代は花だ、なんて言われたわけですけど、なかなかそう思えず、色んなしがらみがまとわりついてきて、イヤになってしまってる私です。
丸く生きていこうなんて思ってしまってる私です。
ちょっと寂しいです。
昔、自分は歳を取って、誰かから頑固ジジィといわれて石を投げられ、それが頭に当たって死んでいきたいなんて思ってたはずなのに。

夜中、四男坊の顔を見て河島英五のを歌っている俺。
おまえがはたちになったら~  ッて、
それまで生きて入れるかな、生きていたいな、なんてちょっと弱きの私です。

 
とにかく来年は、一日一日を大事にしていきたいです。はい。

2009年12月28日

【紹介】ラジオ法話

砺波地方のコミュニティーFMでラジオ法話という番組が放送されています。これは私が所属する大谷派の砺波地方の僧侶が語っています。
コミュニティーFMなので視聴できる地域は本当に限られていますが、
しかし、このFM局のHPにて聞くことができるらしいです。
私の家からもどんなにアンテナをのばしてもこのFM局は聞くことは無理です。
バックナンバーまではそろっていないのが残念ですけど、その時の一人のお方のお話に逢うことができます。
よろしければ聞いてみてください。

ちなみに私は来年の五月頃に話す予定になっているみたいです。多分?

ラジオ法話

『ラジオ法話・私にとって念仏とは』

Hana

井波別院瑞泉寺・城端別院善徳寺・高岡教区第1組・第2組・第3組・第4組の僧侶の皆さんが命の尊厳を訴え、心悩める方々に問いかけようというもの。 送時間 毎週月曜日18時40分~ 火曜日6時15分~ 水曜日14時~ 金曜日6時15分~




FMとなみhttp://www.fmtonami.jp/

ケータイ用アドレス

2009年12月27日

もう年末

この間までクリスマスにうんざりしていたのに、気づけば妄念祀っていっていいぐらい、「よいお歳を」なんて言う声も聞くようになった。
あっという間の一年だった。
年が迫れば迫るほど、自分の時間がなくなっていき、肩書き上の仕事ばっかりしている。
ちょっとうんざり気味です、。
さ~て来週のサザエさんは~
でなく来年の俺はどうなってるのだろう。
またぼやきまくりの一年なんだろうな。

2009年12月20日

しばらくご迷惑をおかけいたしておりました

しばらくご迷惑をおかけいたしておりました。
まだ、仮復旧ですけど、閲覧可能になりました。

MTをバージョンアップしたのですけど、説明書を見ず、バックアップもろくに取らずやってしまい、皆さんにご迷惑をおかけすることになっていました。

完全復旧までしばらくお待ちください。
しばらく忙しい日々が続きそうなので、なかなかどしっとPCの前に座ることができません。
長い目でお待ちください。

2009年12月17日

初積雪

今朝起きてみると、っていうか、
夜中おしっこに起きたとき外が明るかった、だから外を見てみると一面真っ白、
布団に戻っても寒くて眠れず、壱時間は布団の中で我慢したんだけど、あきらめて起きることにした。
ヤッパリ外は雪の薄化粧。
うすら明るくなったところで、ヨメハンの車のタイヤがまだ冬タイヤに履き替えてなかったので、しかたなく交換。
眠いのと、寒いのと、暗いのでなかなかうまくいかず、ちょっといらだち気味に。
部屋に帰ったら、ストーブのありがたさを実感。
だけど外にいるときはそんなにめっちゃ寒くは感じなかった。
日が開けると、
雪はもう道路にはない。
屋根と土の上2少しあるだけ
でも今季初の積雪は、初雪といっしょだったような。
予告なし、予行練習なしで雪が積もっちゃったよ、ッて感じ。
まぁ、根雪になることはないだろうから、いいんだけどね。
っていうことで冬を実感じたわけです。snow
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2009年12月16日

政治利用

「天皇を政治利用している」という声が巷で飛び交っている。
限度を超えると怖いことだと私は思っているけど、
その中で気づいたことがひとつ。
そういうことに同調する人にも弐種類ぐらいに分かれるのかなんて最近思ってます。
ひとつは、
天皇陛下を利用するなんて失礼なことだ、なんて思って同調さる方。
もう一つは、
先の大戦での反省を踏まえ、
天皇を政治に参画させるのは危ない。
また、天皇の権力を利用していくのは危ない、そう思って同調してる人がいるのではなんて思う今日この頃です。
私はルールを今日に、そして自分たちの都合で勝手に替えていくことは、すごい怖いことだと思います。そういう意味で今回のごり押し敵な中国要人との天皇との面談は、怖いことにつながらなければなんて思う次第です。

膝が痛い

最近膝が痛ういます。
昔、痛めた膝が痛み出しています。
毎年のことだと言えばそうなんですけど、
いつもは体重が増えすぎて、正座を繰りかえすことによって膝が痛くなっていたんですが、
今年は原因が違う、と思う。
12月に入って、次男坊の野球の練習を見に行くことになって、練習のお手伝い。
その中で結構膝を無意識の中で使ってる見たい。
また監督さんが立ちっぱなしで始動なさってるのに、座ってるっていうのも気が引けてしまって私も立ちっぱなし。
そういうことで膝に無理が来てる見たい。
毎日膝に薬をすり込んでます。
子どものやきゅうの練習は、子どもも鍛えるけど、つきあってる親も鍛えられていくって言うことなのかな

2009年12月 7日

新しい肩書き

肩書き、それはその人の立場などを紹介する修飾語、
私には、真宗僧侶、真宗寺院の住職、っていうのが一番大きな肩書きのかな?
それに伴って色んな肩書きが付属している。
私に最近新たな肩書きが増えた。
二男、三男がやってる、少年野球団の父母会長
実際今日からつけられた。こういう表現をしてしまう自分。
肩書きがついたけど、何をしていいのやら、手探り中。
わかってないことがわかってない。
小さいときは結構プロ野球の試合をテレビでは見ていたけど、運動音痴な私は当然、野球がそんなにできなかった。キャッチボールすらそんなにできなかった。
技術的なこと、わからない。
野球をするにあたってどういうものが必要なのか、どういうものが得ることができるのか、想像でしかない。
いまだによく理解できてない、確信が全くない。
そして今までなかなかkどおも立ちの練習の手伝いができてないし、ましてや試合も見に行けてない。
そういう自分が少年野球の父母会長として少年野球団を運営して行かなくてはならない。
不安イッパイだ。
ただ、よく見えてない分、気楽でいられるところもある。
とにかく手探りでやっていくしかない。
何をすればいいのか聞いてもよくわからないというか、実感が湧かない。
とにかく手探りで歩みながら、色んな指摘を受けて、そして先輩達にわからないことがわかった辞典で聞いていくしかないのかな。
なんて思ってる。
正直、気が重いし、自分にできるのかという不安に満ちている。
早く一年間終わることをつい祈ってしまう。
でも、歩しかないし、もう歩んでいる。
早速明日から父母会長という肩書きの中で子ども達の練習が始まる。
やるしかない、なるようにしかならない、
そういう感じでとにかく歩んでゆきます。

2009年11月30日

もう月末 来月は師走

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ここ最近金曜にの朝事に、今日もう金曜日、はえ~ と叫んでます。
なんかホント日の経つのが早く感じます。
でも充実感は全くありません。
その繰り返しでも雨月ます、そしてアスカ羅網十二月になってしまい、そして再来月は心念を迎えてしまいます。
一生過ぎやすし、それをなんとなく実感してます。
というわけでごぼはんだより179号を発行しました。よろしければご覧になってください
明後日その親鸞聖人講座でお話しをしなければいけないんですけど、全く準備できてません。
ちょっと危機感を感じてます。

2009年11月28日

僧侶というアイデンティティーからの解放

いろんな人のブログを読んだり、いろんな人の話を思い出したり、そして親鸞聖人の祥月命日を迎え、色々考えています。
っていうか、今日、黒部の方までごまんさんのお話しに行かなければいけないので話すことを考えているのですが...
親鸞さんは(官度)僧としてのアイデンティティーが流罪まであったんでないかななんて思ったんです。
法難によって僧籍を剥奪され、そして僧侶から解放の道を歩んでいったのかな、なんて何となく思っているんです。
宗祖は九歳の時に出家得度されたと言われています。
これに意義と称える知人がいて私は同調しています。
いくら慈円がいたからと言って九歳で毒度できるわけがないって思うのです。
そして、また比叡山に入寺してもすぐ得度するとは限らないのではと思うのです。大きなお寺には小坊主さんみたい人がいたと思うのです。アニメ一休さんのように、その人たちはお寺に入っていわゆる修行のようなことをしているけど、ホントに毒度できているのかと言えば、違うと思います。私の記憶が正しければ当寺官度僧として認めてもらうには、興福寺や、延暦寺の許可が要る、また官度僧と言うことは国家公務員なわけだから、そうたやすく小さい未成年の子どもが毒度できるとは限らない、得度はしてないけど、出家したという人も沢山いたのでは、そういう感じが宗祖九歳の時であったのではないかと思うのです。
それはともかく、とにかく訳あって宗祖は比叡山で出家したわけです。底での歩みは、帰る場もない宗祖としては僧侶として生きていくしなかったのでは、そこで僧侶として一生懸命生きていこうという志強き人だったのでは。
僧侶としての生き方、
僧侶としてあるべき姿、
そういうものをすごく追いかけられていた方だったんではないかと、
私は想像するのです。
多分成人して官度僧となった宗祖は、いわゆる立派な僧侶として生きていこうと一生懸命歩まれていたのではなかったのでしょうか。
そういうところで「大乗」と言うことが課題になったのでは。
ということで十九歳の時、
和国の教主なる聖徳太子のお墓にこもられ、「日域は大乗相応の地」という夢告を受けられたのではないのでしょうか。
大乗の僧侶として立派になろうという歩みの中で色んな課題が、悩みが湧いてこられた。
そして、志と我が身の現実のギャップを感じて行かれた、と思うのです。
そしてまた末法の世を悲しまれた。
その中で末法のための教えとしての念仏に気づかれていかれ、
29歳の時、十九歳の時汝が命根十余歳なるべしとお告げを頂いた命根尽きる歳に今一度聖徳太子ゆかりの地、六角堂に参籠され、念仏を選び取って行かれたような気がするのです。
まだまだ官度僧としての自負心、誇りのようなものを抱え込んでおられたのではないでしょうか。また、三十三歳の時、寿像を書き写すことと、選択集を書き写すことを許された宗祖は、ある意味言葉は悪いですが、有頂天だったのではないでしょうか。
これこそ末法の僧侶の歩むべきまことの路として浄土往生の道を歩んで行かれたことなのではないでしょうか。
片州に末法を生きる僧侶として順風満帆の歩みをされているとき、
法難に出会われ、流罪に処せられたともいえないでしょうか。
悔しくて悔しくて仕方の解雇とだったでしょう。流罪にあったこと、そして僧籍を取り上げられたこと。
だからこそ、
同じ念仏を称える僧侶である曇鸞が、梁の天子に菩薩と礼拝され、神鸞と呼ばれていた、ことと自分を比べられていたことでしょう。最初のウチは。何でオレは、ッて。
だけど、流罪の地で田舎の人々と出会うことによって、
僧籍を持つ持たないと言うことにこだわることのばからしさに気づいて行かれたことなのではないでしょうか。
僧侶として立派に生きていく歩みの中で、他を悪と見たり、害としてきた自分に気づいて行かれたのかも知れないと思うのです。
僧侶としてのしがらみから解放の道を歩んで行かれた。
僧侶として念仏を頂いてくのではなく、1人の人間として念仏と向き合っていく歩みに変化されて行かれたのではないでしょうか。それが流罪以後の宗祖の歩みではと思うのです。私は。


こんなような州ぞぞうを画いて今はいます。

結局まとまらない文章に、そして質の悪いフィクション作品みたいになってしまいましたけど、ちょっと、思っていることを文字に書き留めてみました。
これをもうちょっと整理していかなければいけないのかな。
まだまだひとりごとの域を全然超えてない文章でした。



2009年11月24日

御正忌法要勤める

昨日御正忌法要を勤めました。
御正忌法要は、「ごまんさん」「おしっちゅやはん」と私たちの所では呼ばれています。
本山報恩講御満座にあわせて、親鸞聖人の焼酎季語命日にあわせて勤める仏事を言うわけですが、
これは聞いた話しですが、
本来本山の報恩講は真宗門徒は必ずお参りしなければならないものだそうですが、本山から百里離れたところは特例としてお参りを免除されたそうです。しかし、在所の真宗のお寺に参りすると言うことが定めとしてあったというようなことを聞いたことがあります。ということで本山より百里以上離れたところにある真宗のお寺は本山の御満座にあわせて仏事を勤めなければいけない、ということのようです。始まりは。
そういうことで当寺も御正忌、をお勤めしているわけです。本来なら28日に勤めるべきものなのですが、当寺では尼講とあわせてつとめているということもあって、本山報恩講中の日曜日、もしくは休日、すなわち勤労感謝の日に最近勤めるようになったわけです。
私の色んな都合があって日を変更してしまっていると言うことです。

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在所の尼講の方々がお斎の接待をしてくださっています。
今は尼講の方々がお斎の接待をしてくださると言うことがあるから御正忌に多くの方がお参り肉手管さています。ありがたいことです。
御正忌は数少ない住職が当寺で法話をします。当寺では。
正直知った顔が勢揃いしたところで話すのは何ともいえず話しにくいものです。
最近視力が落ちてはっきり参詣席にお座りの方々のお顔がわからなくなって少し楽になったような気がします。詳細な反応がわからないという面で。でも視力が悪い中でも輪郭でこれはあの人やってわかるのですよね。
そういう意味では何ら変わりません。
最近は昔の思いと違って、お勤め中心にしてしまっている私です。
お念仏が称えるようになったら信心をもってお念仏しましょう、
御身人の点検をいたしましょう、報恩講なんだから。
っていうような話しをさせていただきました。
よく考えれば御俗姓に基づいてお話しさせていただいたということになるのですかね。

とにかく今年最後の年中行事が終了しました。

後余裕があれば年末ちょっと前におやこのつどいが出来ればと思っています。
まだ予定ですけどね。

2009年11月22日

昨日、四男坊三歳に!

昨日は四男坊の誕生日でした。
色んなことあって盛大にお祝いを!っていうわけにはいかず、
ファミレスで食事をして家に帰ってから誕生ケーキを食べた、というわけです。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
私は食べたいものがなったっていうか、夕方までhoujiして飲んでたので、食欲ほとんどなし状態でしたので、ビールとおつまみでおいわしました。
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ケーキを前に記念撮影です。
写真を撮ってると、長男坊が、「みんなで写真取らんが~」と言いだし、私はちょっとビックリ、
忘れていたことにビックリというか長男の言葉にビックリ、でした。
いつも誕生日ごとにきょうだいの集合写真を撮っていても、なかなか非協力的に最近はなった長男、そいつが、そういうんですから、
なんやかんやシッカリしてるやん、思いやりあるやん、なんて感心しました。
長男のリクエスト通りきょうだいの集合写真を撮りました。
ひとつ失敗、作ってもらったケーキの写真を撮るのをすっかり忘れてました。、これアンパンマンなんですよ、目などが見えてませんけど、あるんです、眼も。
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そしてもう一つ、長男坊は用事で席を外していた母親を気遣い、弟たちとケーキを食べるのを遠慮してました。母親が戻ってからケーキを食べるって、格好いいこと言ってました。
私は、いろんなことが気になり、ケーキは切れ端って言うかナイフについたクリームを少しなめさせていただいただけでした。
最近のケーキはクリーム、そんなあまくないって言うのが常識になりましたね。

2009年11月19日

まもなく四男坊、三歳

今週末うちの四男坊が三歳になる。
ふと考えることがある、四男坊の時だけではなく、すべて息子が三歳になるとき思っていたことなんだけど、
俺の父親が亡くなったのは今から40年ぐらい前、自分が三歳になる前、数えの四歳になったその日に亡くなったそうな。
自分のの父親は自分が三歳になった時を迎えずこの世の生を終えていった、っていうことになる。
かわいくてしかたない、我が息子達、
特に三歳の時っていうのはどの子もかわいい。
そういう状態で俺の父親はなくなっていったんだろうな。
なんていう風に、
親心を同じ立場になって察するわけなんですよ。
おまえ達は幸せだ!
いやオレは幸せなんだろうな、ッて。
それと同時に父親の無念さを想像する
自分は父親にとってはだいぶ遅い子、そして望みに望んだ男だった。
当寺の概念からすると男が生まれて一人前、立派な跡継ぎが生まれた、そういうことになるのだろう。
そういうところで止んで往き、この世の生を終えていく、
無念だったろうな、ッて想像する。
どんな思いで我が子、オレを見てたんだろう

父親がいないことが当たり前で育ったオレ、
反対に父親がいて当たり前で育っている我が息子達

なんかいろんなことを思う訳なんですよ。

......

2009年11月18日

ローカルルール

もうすこしで寺院方の報恩講が本年分終わります。
結構、気が楽になってます。
実は気が楽なのはこれだけが原因ではないのですけど、多分最後の方にもう一つの理由を主因とも言うべき理由を書くと思います。
ところで、
報恩講にまつわる富山独特のルールがあります。
ひとつには、報恩講の時住職世奇なるものが作られる。
といっても特別なものが作られるというわけではなく、住職はここに座りなさいという指定席があるということなんですけど...
翠簾の間がある方の余間といえばいいのか、下の余間といえばよいのか、平生法名が安置してある方の余間っていえばいいのか、とにかく底の内陣に近い方で参詣席側に住職が座ることになってます。
住職は内陣に出仕せずに余間に座っては勤行を拝聴するものだということが言い伝えられています。
このことを知人に話ししたら差別的だといわれました。私は全然そうは感じてなかったのに。
報恩講は勤めてもらうもの、という意識が私たちにはあります。
大寺下寺っていうことがしっかりしていた、ということがひとつの原因なのでしょうけど...
報恩講は住職がお勤めするものではなく、お手次ぎのお寺さんや、近隣のお寺さんに勤めて頂き住職は余間に座って拝聴するものだ、ということなのです。
お手次ぎのお寺っていうのは、いわゆるアイジョウコウっていっている寺院のことなのですけど。
報恩講は(おれが)勤めるものではなく、勤めていただくもの、拝聴するもの、そういうことを教えていただく大事な伝統だと私は思ってます。

もう一つは住職焼香というのがローカルルールとして伝統されています。
本山によると勤行するときに焼香をしなければならないのは調声人である、と主張されるのですけど、富山では勤行での焼香は住職がするものだと思われています。
だから本山の意識でいえば、勤行中前に焼香する、または合掌中に焼香するのは代香なのだと、
だから焼香するヒトは御代前前から中啓数珠をもたずに現れ中尊前で焼香をする。当然代行なのでイッサツ、一回する。っていうことになります。
でも富山では基本的に焼香をするのは住職なのだと思われていますので、代行でなく、本人、すなわち住職がする場合も有り得ることになります。そういうときは御門主が本山で焼香するような作法になります。
祖師前から中啓珠をもって現れ、焼香もニサツ、二回して終わりに蹲踞礼るっていう作法が存在してます。
私はこれはあまり好きでないので、っていうか本山の考え方を指示するので、住職である私が焼香するときは、住職焼香ではなく、代香としての作法をやります。

そしてもう一つ、
最初に述べたように報恩講では内陣出仕するのは住職以外となりますので、登高座があったとしても住職はしません。登高座をするのは基本的にはお手次ぎさんということになるのです。本来自坊で登高座するのは許可されていますけど、他のお寺でする場合は許可が要ります。伝授師なるヒトに作法を伝授していただき、許状を授かりそのものだけが出来る、というのが当派での常識です。
だけど、富山ではそうではありません。アイジョウコウのお寺では出来るという意識があるのです。

ということで、本当はここから本題、
今日は私が所属するお鱈がお手次ぎ寺になっているお寺の報恩講の御満座が勤まる日なのです。ですから登高座を私がしなければならない、ということなんですけど、
今回住職が交代して、継承式を報恩講の御満座とあわせてつとめたいということになり、私は登高座をすることから解放されたのです。
免れたのでホッとしてます。
元もと作法を覚えていない、
そして登高座という作法、そして報恩講私記、嘆徳文を拝読するという義気に抵抗感を感じている私なので、立場上しなくてはなりませんけど、気が乗らないことなのです。
気の進まないことをしなくてもよいということで本当開放感に満たされてます。
今日は報恩講を楽しんで行ってこようと思います。
るんるん

2009年11月16日

ダッシュしていきます!今月後半

気づけばもう十一月の後半に突入、
私が所属しているお寺の報恩講が月初めに終わるやいなや、年下の友人が事故死。
ショックショックで...
気づけば今日になりました。
その間にも次男坊の野球の件で、来年六年生ということで役員選定でもやもや、
結局父母会長とかいうものを引き受けるけど、自分でいいのだろうか、自分が出来るだろうか、と不安続出
その中で自分は何が出来るかとまた思案。
今月後半、予定表はぎっしり、
お寺型の報恩講、会議、法事、お説教、色々書いてありますわ。
思うようにはならんやろけど、なるようにしかならん。
まっぁ、突っ走るしかありません。
色んなコト引きずったままで行くしかない。

2009年11月 9日

ご苦労様でした

今日午後からタマネギを植え付けるための畝を作りました。
ヘラスマ(昼寝)をちょっとし過ぎて起きてビックリすぐに野良仕事の準備をしたわけですわ
焦りながら準備をしたので、耕耘機のエンジンをかけようと思ってもなかなかかからない。
原因がわからず色々無意味なことをして、やっともしやガス欠かと思いガソリンを入れてエンジンを回すとちゃんとかかるではないですか!
何事もあわてないのが一番ですね。
無駄な時間をちょっと過ごしてしまいなおさら画業にかかる時間がかかり、二列畝を作るとそろそろ空が暗くなり始めていました。
後片付けをして、後耕耘機を元に戻し、耕耘機の管に入ってるガソリンをぬき。ガソリンに向って「お疲れさん」と声をかけてやりました。
だって、これが多分今年最後の耕耘機の出番でしょうから。
次は多分ジャガイモを植えるときに必要となることでしょう。
一年間本当にありがと、耕耘機ちゃん。
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昨日はちょっと冬支度

昨日はご門徒の方々に出てきていただいて、冬支度をいたしました。
昨日は皆さんご都合が合わなかったと言うことと、今日のお参りが少なかったということで、私も作業に参加しました。
本堂前に往きよけの三角屋根、そして目立つところに気にユキツリを施しました。
縄の結び方がよくわからず誰か教えて~って感じでした。
だから適当縛り、見たらすぐにオレのだってわかります。
ちょっとなれないことをして疲れが出ました。
とさ。
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アイホンから撮影

2009年11月 4日

現実から目をそらす

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何か色々すっきりしなくて、
悶々しちゃって、
ついついこういうものを買ってしまいました。
携帯替えようと思ってたんだけど
イヤなことを忘れたくて
アイフォンを買っちゃいました。
色々いじってます、今も、
その中で感じたことは、
これは携帯電話だっていうより、PDAとか、モバイルパソコンに電話機能がついたものって感じですね。
そういう意味で結構仕事でも使おうと主絵が使えそうだし、遊びにも結構使えそうな感じです。
結局目をそらしたい現実から眼をそらす道具に使いそうです。
目を向けなければならないこともっとあるのに。
気にしなければならないこといっぱいあるのに。
そっちには上手に見ないようにしてしまってます、我ながら。

昨日報恩講の助音に出かけてたんですけど、
底に法話に京都の方からご厚志様が来ておられました。初めて知ったのですがその人のツレアイは高岡の人なんだって。
その人が言ってたけど、
人間の死亡率は100パーセントなんだって。

なんか頷いちゃった。
当たり前のことなんだけど、実感として感じてないオレ。

生死いずべき道と言うことを
長生きがいい。短命がいいというトラワレから解放されること、
なんてようなことも言っておられた。
さすが宗門の大学の教授だと思った。

そして大学の教授にしては、人を笑わせながらちくりちくりと仰っておられた。
それにも関心。
オレには無理だと思った。あんなに人を笑わせながらちくりちくりという才能は私にはない。
暖かいところに住む人の特権かと、偏見的に思ったりもした。

真似する必要もないし、僻む必要もないんだけど、ついつい比べて色々思ってしまうオレ。
自分の出来ることを出来るようにすればいいんだけど。


今日は友人のお通夜です。
同世代の友の死、なんかきついっす。
それを紛らわすのにアイフォン勝買ってアイホンいじってる自分です。

2009年11月 2日

報恩講終える

昨日当寺の今年度報恩講を終了しました。
小学校の学習発表会など色々日程が重なったようで、平年よりは参詣くださった方は少なかったです。
色んな行事が重なる中、わざわざ足を運びお参りくださった方、また思いはあったけど来れなかった方に感謝感謝。です。
ついでに開催日が土曜に日曜日となったということで、僧侶の御参勤も少なかったです。これも仕方のないことです。
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今月も発行しました ごぼはんだより

ごぼはんだよりを今月も発行しました。昨日まで報恩講と勤めていたと言うことがあって、二日付の発行です。
よろしければご覧になってください。
文章はほとんど、意や全くなく、写真が中心です。
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昨晩友人の急な死の知らせが入り、脱力です。
心臓バクバク状態になり、寝たような寝てないような...
諸行無常、という常を目の当たりにさせられた感じです。
突きつけられたという言い方の方が近いかな。

2009年11月 1日

報恩講初日終える

昨日報恩講初日を迎えました。といって二日間、一昼夜しか勤めないわけですが...
一昨日、一昨昨日と報恩講の法話を急きょ引き受け、そして当日午前に法事を済ませて報恩講を迎えました。
一昨日の夕方、友人と、いとこが準備を手伝いに来てくれたりして何とか迎えることが出来ました。
始まってしまえばこっちのもので、あっという間に初日を終えました。
昨晩はおやこのつどいを中止したので、今朝結構からだが楽です。
インフルエンザのこと、そして思っていた準備が間に合いそうになかった、というkトがあって中止したのですけど、しなかったらこれだけからだが楽なのかと今実感してます。
だからといって来年はしないというわけではないですけどね。
小間御仏飯を焚いています。あと7分で猛るよって炊飯器が言ってます。
今日一日報恩講を楽しみます。

2009年10月21日

お道具磨き

今日午前中、在所の尼講の方々により、お道具磨きをしていただきました。
三十名ほどの方が参加してくださいました。
今は、磨き粉で磨くことが少なくり、界面活性剤につけて汚れを落としていくという形になっているので、お磨きというよりは洗うって言う表現の方が正しくなりつつあります。
お磨きが終わった後阿弥陀さんの前に磨き立ての三具足にお花とお光りをお供えして、皆さんで正信偈のお勤めをしました。お政治ではないですが、三具足がいっそう輝いて見えてました。
いつもながら、ああでもない、こうでもないと仰られながら、わいわい賄がやがやと楽しそうな時間を過ごしておられて、お寺を管理するものとしては嬉しいことです。
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正信偈のお勤めが終わった後は庫裡座敷でお茶を頂いて行かれました。底でもわいわいがやがや、本当に楽しそうです。
毎年は菜に千両のお寿司にしていたのですが、今年は笹寿司にしてみました。
お味はいかがでしたでしょうか。とちょっと心配です。
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2009年10月20日

人権感覚の薄さ? インフルエンザ関係

私の住むところではインフルエンザが流行ってます。っていうか、息子達が通う学校で大流行のようです。
そういうことでいろんなところが敏感になっているというか、私からしたら過剰反応のようにも感じられることがあります。
小学校に隣接している保育所、今四男坊はみんな家にいるので通わしていません。
その前まで、保育所に入るやいなや、息子がアルコール消毒させられていました。
そして今日、聞いた話しなのですが、
知り合いで、
兄姉が発熱したと言うことが知られると、子供は事務所預かり、発熱した子がインフルエンザの反応テストがはっきり出るまでの処置だそうで、そのこの兄姉がでたので、そのまま還らされたそうです。
そしてもう1人、これは聞いた話し。
朝子どもを保育所に預け、その日は園外保育で、シルエットシアターを見に行ったそうです。
しかし、そのお兄ちゃんが発熱して学校から帰らされてインフルの反応が出たと知るやいなや、その子を迎えにシルエットシアターを見ているところまで迎えに行かされたそうです。
ホント、冤罪のような話し。
二人とも発熱も、ましてやインフルの反応は出ていないのです。ただ、兄弟姉妹の中にでたというだけですぐさま還らされる。
これはいかがなものかと思う。
ある意味管理者としてやっていることはわかるのですよ。
保育所の中にインフルエンザ菌を入れたくないって言うことは、
だけど、
連れ戻されたり、事務所で待たされたこの気持ちなんかを考えると、行き過ぎでないのかなんて私は思う。
そして聞いた話しだけど、明日以降保育を希望するのならインフルエンザの検査をしてかかっていないって言う証明書を書いてきてもらえとのこと、
もうあきれました。
だって、熱が出ないとなかなかその検査反応しないらしいじゃないですか!
だから平熱でその検査をしてもあまり意味がないと私は聞いてる、そういう検査をしてこいって言うことはどういうこと、
単なる責任逃れとしか言いようがないと思う。
管理者として安心がほしいだけ、
そう思ってしまう。
これは過剰反応でしかないと私は思う。
子どもにマスクをずっとしていてというのは無理だということはわかるけど、
だから預からない、というのはいかがなものだろうか。
麻原彰晃の子どもが学校に通わせてもらえないのとおんなじ現象としか私は思えない。
私の子どもがそういう対応されたら、間違いなく、苦情ものというか、意見を言いにいくだろうな。問題にするだろうな。

こういう感染する病気は感染した人を隔離するのが一番よいと言うことはわかる。よいというか、これ以上広がらないために跛行するしかないと言うことはわかる。
でも、隔離されている人の気持ちということをおもんばからなければホント失礼なことだと思う。
こういうことがハンセン病問題などを学んだ中で得ることが出来た感覚なのかな。

報恩講案内札あげる

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ようやくと表現した方がいいぐらい、せっぱ詰まって報恩講の案内札をあげました。
今月末には報恩講が始まるというのにほとんど今年は何も出来てません。
今月何をしてたんだろうって言うくらい何も出来てません。
報恩講直前に費にも報恩講の法話の仕事を受けてしまったし、
どうなることやらと今から心配が絶好調です。
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明日はお道具磨きです。

2009年10月19日

畑 覚え書き (秋)

この間の日曜日お参りの時に聞いといたことここにメモっとく、
キヌサヤは10月20日過ぎに種を植える!

わすれそう

もう一つ、
トマト、
はじめは畝には肥やしを与えない、元肥なし。、花を持つ頃に肥やしをやらないとダメ、だって。

やっぱ、本を読んで勉強するより、近所の人に聞くのがよい。楽!

2009年10月17日

マスク着用で

今息子達の通う小学校で、インフルエンザが流行し始めてます。長男と三男のクラス、というか一学年一学級しかないので、来週は学年が学年閉鎖となりました。
というわけで本日より、月参りに行くときマスクを着用してます。
これはもらわないと言うことよりも私が運び屋にならないようにという思いが強くてです。
実は、じつは、
長男、インフルエンザのA型と判断されたからです。
私はまだ発病してませんけど、
キャリアになっている可能性大。
だから、運び屋にはならないぞ!ということです。
でも、
使っているマスクは、ウイルス対応にはなってません。よく見ると。
花粉埃は九十数パーセント除去とは書いてありましたけど、ウイルスって言う字は全く書いてありませんでした。
だけど、想像だけど、50パーセントぐらいは飛散するのをしないときよりは抑制できるのではとは思ってるのですけど。

とにかく運び屋にはなりたくない。そう思ってます。

御遠忌という言葉を思う

二年後に宗祖親鸞聖人の御遠忌が本山で勤まる。
他派では大遠忌とも言うみたいだ。
年忌の大きなヤツって言う意味だろう。
ここ最近「忌」という時が引っかかってた。
忌み嫌う年という感じで読み取ってしまってて、なんでそんなことせなならんのや、と。

wikipediaには

忌み・斎み(いみ)とは

    1. 神に対して身を清め穢れを避けて慎む事。斎戒
    2. (転じて)忌み避けるべきこと。禁忌。はばかり。


とある。
お斎につながるのが本義のようだ。
身を清める、身をただすという意味合いの法が本来だったということを今知る。

「年忌」というものに際して、身を正す。
死別したことを身をただしていただく。
もうお会いできないことを身をただしてうけとめる
そういうような意味が、年忌、遠忌という言葉なのだろう。

宗祖として存在される親鸞聖人がお亡くなりになられて750年経つ
その事実を身をただして受け止めること。
宗祖の教えが7501年も経った今でも私の所に教えとして伝わってきている。
そのことは嬉しいこと何よりも喜ばしいこと。
だけど、
その私の所にやってきているものは宗祖の願いにかなってるものなのか、という問いが湧いてくる。疑いが起こってしまう。私は。
そのとき、宗祖親鸞聖人に直接お会いできないこと、このことが悲しい。
今わたしに教えがやってきていることは嬉しいけど、でもその中に、悲しみが見え隠れする。
いろんな人の手垢がつきまくって教えが私の所にやってきている。
それは多くの人が教えとしていただいてきたという事実でもあるけど、
つきまくった手垢によってそのものがくすんでしまっている、そう見えることも事実だろう。手垢を拭き取りたいと思うこともある、読み取るために。

私は仰せを仰せとして聞き取っているか、仰せ無きことを仰せと頂いているのではないか、
そういうことを確認する場が、御遠忌というものであるのではと思う今日この頃です。
「忌中」という意味も改めて受け止めてみなければいけない朋夫もう。
「忌」とは厳粛な言葉として頂かなね。

2009年10月16日

発行してまた次に取りかかる ごぼはんだより

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ごぼはんだより出来上がってました。報恩講案内号です。正直、昨年とほとんど変ってません、曜日を替えただけです。
めっちゃ手抜きです。行事案案内関係のヤツははここ四年は変ってないかも。もしかして。
そろそろ来月号に取りかかります。
なんて立って報恩講の次の日に発行となるわけですから。
先に仕上げとかな、どうもならんと思います。

2009年10月13日

かやい(かゆい)

ちょっと、顔と手がカヤイです。
ちなみにカヤイというのはかゆいって言うことです。わかりますよね。
原因はわかってるんです。
これです。
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今朝、銀杏を向いてました。
銀杏を拾ったのはもう二週間も三週間も前だったんですけど、
なかなか無効という気になれなくて、そして金沢別院の10日間のロードもあって、なかなか出来てませんでした。
今朝ようやくというか、なぜか、
やろう!
っていう気になって、
早速1時間ぐらいかけて奇麗にしました。
ずっと水につけてあったので作業は結構楽でした。
ただ、作業を終えて手と顔がカヤイので、気になってます。大事にならなければいいんですけど。
手はしっかり手袋をしてたんですけど、水が入ったかな、顔に汁がかかったかな?
まだまだアマチャンです。

2009年10月10日

本師曇鸞梁天子

本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼
三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦

<試訳>

曇鸞大師は梁の王に菩薩と頂かれ常に向き礼拝された

菩提流支に『観経』を授けられてすぐさま仙経を焼き阿弥陀仏に帰依された。

(このように、曇鸞の)自分の行と他人への教化は流れ流れて弘まった。魏主(ぎのこうてい)は彼をたっとんで神鸞といった。勅を下して幷州大寺(ビョウシュウダイッジ?)に住まわせた。(『続高僧伝巻六』大乗仏教中国日本編14高僧伝:中央公論社刊71)

名山に往き、(仙)方をたよりに(仙術を)おさめようとした。落下(らくよう)にあるいてゆき、中国三蔵の菩提流支に逢った。曇鸞は往って申し上げていった、「仏法の中でもし長生不死の法で此土(ちゅうごく)の仙経よりも勝れているものが有るでしょうか」と。流支は大地に唾(つばき)していった。それは何という言葉なのか。あい比べるどころのものではない。此方(このよ)の何処に長生の法があるのか。たとい長生(ながいき)できても少時(しばらく)死なないだけだ。結局こもごも三有(さんがい:欲界色界無色界)に輪廻するだけだ」と。すぐに『観経』を授けていった、『これは偉大な仙方である。これによって修行したならば、きっと生死を解脱することが出来よう」と。曇鸞はついで頂礼をして受けた。持ってきた仙方はみな火で焼いた。(『続高僧伝巻六』大乗仏教中国日本編14高僧伝:中央公論社刊71)

魏の主勅して并州の
大巌寺にぞおわしける
ようやくおわりにのぞみては
汾州にうつりたまいにき

魏の天子はとうとみて
神鸞とこそ号せしか
おわせしところのその名をば
鸞公厳とぞなづけたる

本師曇鸞和尚は
菩提流支のおしえにて
仙経ながくやきすてて
浄土にふかく帰せしめき

:(りょう、502年 - 557年)は中国の南北朝時代に江南に存在した王朝 天子:祖武帝をさす、蕭衍(しょうえん)は南朝梁の初代皇帝、皇帝菩薩」とも称された。熱烈な仏教徒だった。 :曇鸞をさす 三蔵流支:菩提流支をさす。北インド出身の僧。サンスクリットのbodhiruci、बॊधिरुचि (skt.) の音写、「菩提留支」とも音写する。北魏の都、洛陽で訳経に従事。大乗の経論を30部余り翻訳する。また漢訳して「道希」とも呼ばれる。無量寿経如来会、『浄土論』を訳す 淨教:浄土の教え、観無量寿経共『浄土論』を授けたと言われている。 焚焼(ぼんしょう):もやすこと。たくやく 仙経:仙人が伝える経典、当寺盛んだった同教の経典、長生きの法 楽邦:極楽邦国、すなわち阿弥陀仏の浄土
神鸞と親鸞  
魏の天子はとうとみて神鸞とこそ号せしか
おわせしところのその名をば
鸞公厳とぞなづけたる
 竊かに以みれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛なり。しかるに諸寺の釈門、教に昏くして真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて邪正の道路を弁うることなし。ここをもって興福寺の学徒、  太上天皇 諱尊成、今上 諱為仁 聖暦・承元丁の卯の歳、仲春上旬の候に奏達す。  主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し怨を結ぶ。
 これに因って、真宗興隆の大祖源空法師、ならびに門徒数輩、罪科を考えず、猥りがわしく死罪に坐す。あるいは僧儀を改めて姓名を賜うて、遠流に処す。予はその一なり。しかればすでに僧にあらず俗にあらず。このゆえに「禿」の字をもって姓とす。空師ならびに弟子等、諸方の辺州に坐して五年の居諸を経たりき。  皇帝 諱守成 聖代、建暦辛の未の歳、子月の中旬第七日に、勅免を蒙りて、入洛して已後、空(源空)、洛陽の東山の西の麓、鳥部野の北の辺、大谷に居たまいき。同じき二年壬申寅月の下旬第五日午の時、入滅したまう。奇瑞称計すべからず。『別伝』に見えたり。(教行信証後序 聖典398)
曇鸞大師476~542
出家後四論(中論・十二門論・大智度論・百論)と仏性の研鑽に従事したと言われる。その後大集経の注釈を志すが、途中病で倒れる。
しばらくして、長寿を説く仙経を求めて当寺道教の大家、陶弘景(とうこうけい)を訪ねた。仙経十巻を授かり、気と、落陽において菩提流支と出会う。彼に長生術を誇るが、それは迷いの境界における上寿に過ぎないので結局迷界の流転を免れないと教示を受けて、観無量寿経(1sつに半城土論)を授かった。


2009年10月 6日

せっかく金沢へ通っているので、いってきました。

十日まで金沢別院の定例法座でお話しをするご縁を頂いてるので、今日お話しが終わってから本願寺展へいってきました。心づもりでは今週の後半を考えていたのですが、台風が来るというし、今日月参りも少ないしということで急きょいってきました。
金沢教務所に立ち寄り、駐在さんにバズでの生き方を聞いて出かけたのですが、バス停に行くと結構の時間待たなければバズが来ない感じだったので、結局タクシーを拾っていきました。
800円でした。
中に入って展示物を見せてもらったんですけど、本願寺の歴史を感じさせていただきました。天皇との書簡、歴史の教科書に出てくる人たちとの書簡、その他本願寺留守式の譲状、
私が一番興味を持ったのは善光寺に伝えられている聖徳太子の往復書簡(?)の写し。
その他色んなものを見させていただきました。



ただただ、
その中で考えさせてもらったこともあります。
私たちにとって宝とは何なのか、
国宝や重文に指定されているから宝なのか、
そういうことを考えさせていただきました。
うわさによると金沢でも、我等が大谷派の至宝展が年末あるそうですけど、
そういうところで物足りなさを感じることでしょう。
大谷派ではなおさら本願寺として相続してきたものが少ないので、特にそういうことが問われて当然のことだと思います。
全く期待はしていないんですけど...
ヤッパリ念仏という視点で本願寺の歴史を見て行くべきだと私は思った訳なんですよ。
そういうところで展示していくことが大事だと感じました。
美術的価値、いわゆる歴史的価値、そういうものも大事なことなのか間違えないことですけど、
念仏史的価値ともいうべきをもっと大切にしていかなければならないことなのであ~~る。
何となくえらそうにいっちゃいましたけどね、
とにかく明日は今感じていることを定例法座でお話しさせていただく予定です。

2009年10月 2日

見つけた! あの変な歌

以前も書いたけど、昔ファボーレで聞いた変な歌、
今日ネットをウロウロしていたら、タイトルが判りました。
産地直送くれは梨、
っていうみたいです。
ちゃんとCDも撃ってる見たいです。アマゾンにもありました。
 
どんな曲か興味のある方は、
ちょっとすっきりした、っていうか、
奥につっかえってたものがとれた気分です。

2009年9月28日

やっと仕上げた!

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今朝早起きしてというか、夜中眠れなくて、ごぼはんだよりをしあげていました。本当はもっと早く仕上げておくつもりでしたが、やっと今仕上がりました。今月は報恩講の案内号も発行しなくてはならないので、またすぐ次号発行に取り組んでいかないとならないわけですわ。
とにかくとにかく自坊の報恩講に向って準備を始めていかないとなりません。
よろしければごぼはんだよりご覧になってください。

2009年9月23日

苗また頂く

昨日夕方、別の刀のだけど、近所のおばさんから白菜の苗を頂いた。
ということでお葬式から帰ってきてから畝を作り植え付けました。肥やしがなかったので、園芸用の発行油かすをやった。何となく高ついたような気がする。
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お葬式から帰ってきてからあんまり元気がありません。
失敗したって言うことはないんですけど、
寂しいというか元気がありません。
102歳という近所では最高齢のお婆ちゃんのお葬式だったんですけど、
考えて着ればこのお婆ちゃん昔からお婆ちゃんだった。最近のお婆ちゃんは昔おっかちゃんやった人がいつの間にかお婆ちゃんになっている人ばっかり、
私の記憶の中で昔からお婆ちゃんやった人はこの人が最後。

お参りに行ってお茶を頂いたら、お茶菓子でなくいつも漬けもんをくださった。
それもて出されといわれその手の中に漬けもんをおいてくださった。
そんなイッパイ喋ったわけでもなかった、黙っていっしょにテレビを見てただけのこともあった。
色々思い出が浮かんでくる。
血がつながっているわけでもない。
寺檀関係のあるお宅でもない。
でも、いつもお参りさせていただいてて、...
色んな思い出が浮かんでくるとなんか寂しい。

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2009年9月22日

久々に畑仕事、

昨日は畑で耕す。
今朝、多分ブロッコリーを植えた。
多分というのは自信がないから多分なのだ。
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異臭感ぐらい前、ウチの近くに畑をされている方が、路上で、苗をやると言っていただいていた。
多分ブロッコリーと、。
それを昨日持ってきてくださった。自分が留守をしているときに届けてくださってて、長男が応対した。
そして夕方畑を耕しているときによってきてくださって、置いておいたよって。
そんときもブロッコリーと言っておられたような、キャベツって言っておられたような...どうも記憶が確かでない。
実は苗をくださるって言ってくださってたので、ある意味畑を耕すのを急いだ。
苺の移植、タマネギ、豆系を植えたり蒔いたりする準備をせなならんと思ってたんけど、いつものように重いだけだった。
くださるって言うので昨日急いで耕したわけです。
そして今朝、どんな苗を頂いたんかなと思い探したけど、見あたらない、玄関、納屋、その他色々探したけど見あたらなくて、結局長男をたたき起こして、何処において行かれたかって言うことを聴取した。
そうすると日の当たらないところにあって、あまり泥もついてなかった。
っていうことで浅いソイで納屋にあった油かすをまき、畝を作り、苗を植え付けたわけです。
ちょっと突貫行使時過ぎたかな。
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あと時間を見つけてまた畝を作って苺を移植する要諦です、今日は。

久々の畑仕事でした。

2009年9月16日

変わるべきはどちらのほうなのか、 自死ということを縁として考えた

今月26日私が幹事を務める小委員会で自殺に関する学習会を催す。
そんなことがあって色々自殺について考えている。
今回お話しをしていただける方は高橋祥友さんという方です。この方の話を私は聞いたことは全くないし、本も読んでいません。どんな方はほとんど知りません。
ただ彼のプロフィールを覗いてみると、
残された家族のケアーをされているらしい。
そのことが目につく。
自分の回りでは数人の方が自ら命を絶って往かれた。
でもその中で遺族のケアーという意識はほとんど無かったような気がする。
それどころか、
口には出さないけど、そういうあなたの姿勢が問題なのではないか、
とか、
そういうあなたの性格が自殺を誘引したのではないかと、
心の中で問いかけていた。
そういう自分が問い返される。
その思いは間違えかも知れないけど、あたっているかも知れない。それは私には計り知れない。
ただ、自分がそういうことを思ってしまっているとき、
知人が自ら命を絶ったことによって、自らを問うということがない。
自分と無関係なところでその人が命を絶っていったことにしている自分がいる。
それでいいのだろうか、と今思っている。

また、自殺志願者や、ウツの方を目の前にすると、
なんとかしてあげたい、たすけたい、とおもう。
こうおもうのはとうぜんのことなのかもしれない。
それを否定する気は全くない。本当に大切な姿勢だ。
でもそういう時自分は「救済者」になってしまってるのではとも思う。
助ける立場、助けられる立場がはっきりできてる。
助ける立場は本当に助ける立場だけでいいのだろうか。
変わるのは相手だけなのだろうか。
私は変わる必要がないのだろうか。
私たちの生き方がウツを誘引しているということはないのだろうか。
そういうことを今考えています。
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頑張れ!田中美枝子議員

民主の田中美絵子議員が謝罪「生きるために...」
2009.9.15 19:54 sanspo.com
 民主党の田中美絵子衆院議員がホラー映画へのヌード出演や風俗ライターだった経歴が明らかになった問題で、田中議員は15日、都内でホテルで報道陣の取材に応じ、「世間をお騒がせし、心からおわびします」と謝罪した。
 田中議員は「厳しい経済状況の中で、生きるためにいろんなことに挑戦した」としたうえで、「社会的弱者の目線に立ったぬくもりのある政治をしたい」と述べた。
こんなことがニュースになっているっていうことを今日まで知らなかった。今日テレビを見て初めて知ったニュースだった。
いうまでもなく今日は鳩山政権が出来た日だ。
正直、記事としては気になる記事には間違いない。こういうお仕事をしていたのかと何となく彼女をみてしまう自分がいる。それを色目というのかな。
でもそれがなぜ問題にならなければ行けないのか、と私は思う。
また、今が問題だっていう言い方も違うと思う。
いうまでもなく過去は問題ではない、というのも違うと思ってる。
裸を見せて胸を張ってお仕事なさっておられる方がいるのだ。
体を資本に胸を張ってお仕事なさっておられる方が現におられるのだ。
そういう方に対して失礼なような気がする、
といって自分の中にそういう仕事をなさっている方への偏見が全くないわけではない。結構あるっていった方が正確かも。

ここまで来たら彼女には過去のことを隠さず、恥ずかしがらず、堂々と頑張ってほしい。
私は応援します。

2009年9月12日

帰入功徳大宝海

帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
遊煩悩林現神通 入生死園示応化

<試訳>

かくして大いなる海のように功徳が充ち満ちている念仏を頂けば自ずから阿弥陀仏が今なされている説法を聞くことができ、やがて浄土の世界ににいたり、ただちに佛の証りを得るものとなり、煩悩に満ちた迷いの世界もどり仏のはたらきを思いのままあらし、浄土へ導いていくのである

仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、
能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ。(『浄土論』聖典137)

入第一門とは、阿弥陀仏を礼拝したてまつりて、かの国に生まれんとするをもってのゆえに、安楽世界に生まるることを得、これを入第一門と名づく。入第二門とは、阿弥陀仏を讃嘆したてまつりて、名義に随順し、如来の名を称し、如来の光明智相に依って修行するをもってのゆえに、大会衆の数に入ることを得、これを入第二門と名づく。(『浄土論』聖典144)

入第三門とは、一心に専念し作願して、かの国に生まれて奢摩他寂静三昧の行を修するをもってのゆえに、蓮華蔵世界に入ることを得、これを入第三門と名づく。入第四門とは、かの妙荘厳を専念し観察して、毘婆舎那を修するをもってのゆえに、かの処に到ることを得て種種の法味楽を受用す、これを入第四門と名づく。(『浄土論』聖典144)

出第五門というは、大慈悲をもって一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の園・煩悩の林の中に回入して、神通に遊戯し教化地に至る。本願力の回向をもってのゆえに。これを出第五門と名づく。(『浄土論』聖典144)

功徳大宝海...大いなる宝を海のように恵む恵み、弥陀の本願力よりおこる念仏
大会衆...阿弥陀仏が浄土で今現に説法なさっておられる会座にいる人。弥陀の説法を聞いている人
蓮華蔵世界...華厳経に出てくることばで、諸仏の浄土をさすことば。ここでは弥陀の浄土をさす。
真如法性の身...真如と法性は同義で人間の腹会を越えた本来の世界、涅槃のこと涅槃にかなった身、仏身のこと
...思いのまま、自由自在
煩悩の林...煩悩がはてしなく茂る林、私たちが今生きている世界
神通...神は不思議を意味し、通は力・働き、仏菩薩の計り知れないはたらき。
生死の園...生き死にの矛盾に悩む苦海、迷いの世界
応化...仏菩薩が衆生救済のために衆生にあわせた身となって現れること

今現在説法
弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。(『歎異抄』聖典626)
これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽と曰う。その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまう。(『阿弥陀経』聖典126)
たとい我、仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、我が名を称せずんば、正覚を取らじ。(『大経』聖典18)
我、仏道を成るに至りて、 名声十方に超えん。
究竟して聞ゆるところなくは、 誓う、正覚を成らじ。(『三誓偈』聖典25)

咨嗟...ほめ称える
弥陀の説法を聞いた大会衆(仏菩薩)は弥陀ほめ称えた。
その声を私たちは聞いている。 弥陀の説法は過去のことかも知れないけど、その教えを聞いたものが弥陀を讃嘆する声は今まだ私の前で響いている。
弥陀の説法→本願を信じよ。本願を信じなければならない身がおまえだ。
私たちはすでに弥陀の説法を聞いている。少なくとも弥陀の説法を聞いた諸仏書菩薩が弥陀を讃嘆する声ー念仏ーを聞いている。
弥陀の説法を弥陀の説法として受け止められていない私たち、
今現在弥陀が説法されている現実に気づいていない私たち
我が身が明らかにならないから弥陀の本願を頂けない私

2009年9月 5日

今日は何の日

今日お参りをしていたら御仏飯として赤飯がお供えしてあるお宅が何軒かあった。
今日は息子達が相撲大会といってた、
そうなんです、今日は地域にあるお宮さんの秋祭りなんです。
よく言うことですけど、在所(地域)の祭ではないと思っている。
そういう意味で近くのお宮さんがお祭りだからということで赤飯がお内仏にお供えしてあるのはあんまり良い思いをしない。
その中、今日、小さい頃からお世話になったおばちゃんが、お参りに行ったとき、赤飯炊いたと聞かれ何と応えたら、帰り赤飯を持たしてくれた。冷凍保存しようと思ってたヤツだそうな。
複雑な思いはあるけど、くださるという気持ちはとってもうれしい。
自分が住んでいるところがお寺だから、
自分は親鸞聖人の教えを大事にしている、
ということもあって、祭の日っていうのがあまり気にならない、気になってないフリをしている。
ただ、親戚の方が来られるのであれば迷惑かと思い、一生懸命午前中でお参りを済ませようと心がける。
でも、私岳ではなく、みんなお祭りって改めてするお宅が少なくなっているような気がする。
春祭りは獅子舞があるからまだされるお宅はあるけど、秋祭りの時めっちゃ祭だといって人を呼ばれるウチは少なくなってる。
その理由として私は
毎日ご馳走が食べれるようになったから
と思ってた
私が小さいときにはご馳走というのはお祭りの時、お正月お盆の時、ぐらいしか出てこなかった。
それが、今毎日のように食べようと思えば食べられるし、昔のご馳走を今毎日のように食べている。
そういうところでお祭りをする必要性が無くなってきたのだと思ってた。
でももう一つあるような気がする。
最近そう思う。
基本的にお祭りは豊作祈願祭であったり、疫病がこないことを祈願するものだと思う。
そういうところでいえば今農業を生業として生きておられる方が少なくなってきてる、というのも祭をされる方がいなくなったひとつの理由のように感じる。
豊作を神なる存在に祈ることをしなくなった、ということもあるのではないか。
自然に対する畏敬の念が薄れているから、農村部で。

そうだとすると、これでいいのだろうか、なんて思う私です。

ちなみに今日相撲大会で次男坊は五人抜きをしてきました。
初めて賞をもらってきました。
賞状、縦、などもらってくるのは委員だけど、
五幣ももらってきてる。
これどう扱おうかって悩みが出てる。
頑張った証なんだけどね、だけど...

うれしいことば

私が平生お参りに行くお宅は梨の生産農家が多い。ということでこの時期梨をよく頂く、
大概は食べくださいとくださる、それが当たり前になった。
それが一昨日ぐらい、
仏様にお供えしてください。
といってくださった。
ちょっと聞き慣れないことばなのでちょっととまどった。
だけど、いい響きだな。
そういやぁ~お供え喰いだっさいといって色んなものを以前頂いていたような気がする。
それがいつの間にか利かなくなった。
お供えするって大切なことだと今更思う。
自分が得をしますようにと大河そうするのだろうけど、
だけど、大切なものがはっきりしている、っていうことも言えることかも知れない。
お供えしなればならない対象がはっきりしているっていうことは大切なことなのかも知れない、
ちょっとそういうことを感じたわけです。

2009年9月 3日

私は計算が出来ない!

最近算数の計算が苦手な私です。
そういうところで悩んでいることがあります。
民主党がいっている子ども手当、これが月二万六千円、年間31万2000円になるはず、
でも、所得税の扶養控除を廃止するっていてるらしい。扶養控除は38万円
トータルしたら得するの?
私にはどう考えても損するようにしか思えない。
誰かそうでないっていうことを教えてください。

2009年9月 1日

今朝帰ってきて仕上げる

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朝帰りをして、っていう行源は誤解を招くのですが、
29日から城端別院で本堂布教をする役が当たっていたので合宿的生活をしていて、今朝ヨメハンに迎えに来てもらい帰ってきました。という意味で朝帰りです。
そして帰ってきてから、別院である程度仕上げていたごぼはんだよりを最終仕上げをして何とか発行という運びになりました。
よろしければ読んでください。

別院に泊まり込んでいるときオサムちゃんにお願いして夜連れ出していただきお酒をよわれました。
色んな話しを示唆し鰤にしてすっきりしました。自分が心配していることもオサムちゃんも心配しているっていうことが判って、一安心というはホッとしました。

2009年8月31日

終了!

これから
一人打ち上げ



2009年8月24日

顕彰ということを再び考える

今日午前中地域の戦没シャツと上、というか、忠魂堂慰霊法要があり、参加してきた。
最初住職になったときはあえて用事を探して、欠席していたが、そういう抵抗を最近やめて参加してる。
ちなみに二年に一回仏式で執り行われるということになっている。
いうまでもなく気が重く参加してきた。
まず、気づいたことは先回の時より参詣の方々が見て判るぐらい少なかった。ということ。
時間が経ったといえばそうなんでしょうが、これでいいのかとも考える。
また、挨拶や追悼の言葉では「平和」「二度と戦争を繰りかえさない」という言葉がほとんど聞こえなかった。そういうことを気にしながら読経していた。
ヤッパリ「顕彰」ということを考えた。
顕彰することはいけないとは最近は思わないけど、
何に基づいて顕彰していくのかということをはっきりさせていかないと行けないと思う。
ただ短私たちのために亡くなられたことをほめ称えていくのではなく、
いのちの大切さ、死に別れていくことの悲しさを教えてくださった方としてほめ称えていかいといけないと思った。
またただ単にほめ称えていくのではなく、そのために自分は同素のことを表現していくのか、イメージしていくのかということが大事だと思った。
形ではなく、イメージしつづけていくこと、問いかけに応えていくことこそ、大切なことなんだと。

このままで行くと、戦争によって人と死に別れしていくことの寂しさ、悲しさ、いかり、そうかんじるひとがどんどんすくなくなっていくことだろう。いわゆる「遺族」といわれる方々もホント、どんどん減って行かれることなんだろう、
この悲しさ、悲しさ、怒りを私たちの寳として伝えていかないとならない、そう感じました。

風の盆前夜祭

昨日八尾町へ行ってきました。
やお市ではないよ。やっつぅおへ行ってきました。
風の盆前夜祭に行っておわら節の歌と踊りを見てきました。
姉が八尾の町の中に嫁いで、はや数十年、風の盆の本番に言ったのは一回、前夜祭に行ったのか今回を入れて二回目です。
民謡が好きな人からすれば勿体ないことだと言われそうですが、
人混みが嫌いな私からすれば、あまり行きたくはない行事です。
でも、
今年で姪っ子が二十数歳になるというので踊り手綴ぢて引退のだそうな。
っていうことで本番を避けて姪っ子の住んでいる町の前夜祭に行ってきたわけです。
日曜日だし、結構観客がいるのかと思っていくと、少ないわけではないですが、思ったヨリって漢字でした。
石畳の坂、諏訪町なんていう町の前夜祭ならそういうわけにはいかないのでしょうが、
民謡ファンでない私もおわら節を楽しんできたわけです。
何故か四男坊が一番おわら節を楽しんでいた感もなきにしもあらず。手のフリをまねて踊っているつもりのようでした。
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デジタルのコンパクトカメラを持って行ったのですが、
シャッターを押してからのタイムラグと、踊りを知らないということがあって、なかなかいい写真が撮れなかったである。あと、町が暗いので、ASA1600でもヤットカット、カメラ付属のストロボでは、容量不足でどうしても暗い写真になってしまいます。

2009年8月19日

巡回子ども会

昨日大谷大学児童文化研究会による巡回子ども会を開催しました。
ちょっと呼びかけが悪く、子ども達の集りが少なくて申し訳なかったですが、
それはともあれ、終わったのでホッとしています。
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2009年8月18日

民意に靡くな

幼児教育の無料化、子ども手当、...今回の選挙にて各政党が越えたかだかに宣言している。
現在子育て中の私たちにとっては魅力的な政策だ。
どんどんやってくれ!と思う。
だけど、こういう施策を採ったからと言って少子化対策には効果的なことなのだろうか。
私はそう思う。
子どもを育てるにはお金がかかるって言うのは少子化の小さなひとつの原因でしかないのではないだろうか。
目に入る効果的な宣伝としては立派なものなのだろうけど。
結婚とは何なのか、子育てとは何なのか、私たちはもっと考えていかなければ行けないのではないだろうか。
また女性が子供を産んでも必ず職場に復帰できる環境こそ、私の考える一番の少子化対策だと思う。
そういうめんどくさく、困難なことを打ち立てるのではなく、響きのよく目移りのよいものを壊爛だとしか思えない。

票を増やすために色んな政策を採る、っていう意識には腹が煮えくりかえる、私は。
国政は民意を反映することは大切だけど、
民意に媚びる。有権者に媚びる、靡いていく政治は私は間違えだと思う。
もっともっと政党が増え、誰のための政治なのかということをはっきりしてやっていく方がよいと思う。
国民が数ある政党の中で選んで行けたらよいのではないだろうか。政党が人気取りをするというのは間違えだと思う。

2009年8月17日

広くなった寝室

先月まで三男坊のベット、そして予備のベット、四男坊のベビーベッド、そして自分達のベッドが私たちの寝室にありました。
だけど、四男坊が寝ている姿を見て狭そうなので、ます、ベビーベッドと取り除いて、開いていたベッドで寝かせるようにしました。これだけども結構広くなった感じでしたが、何故か先週、突然三男坊に別れを告げられました。
オレ、お兄ちゃん達と寝る、ッて。
というわけで三男坊のベッドを上二人が寝ている部屋に移動、
駆られの寝ている部屋に並べてベッドを入れると隙間が空かない、ッて事で、ひとつ横に置いてやっと入れました。結構狭しです。おまけに故部屋はエアコンがありません。見ているだけで暑そうです。
三男坊が引っ越ししてしまって私たちの部屋は、私たちのベッドと四男坊が使っているベッドだけになっちゃいました。床が見えて広々です。ちょっと寂しげです。
三男坊ももう三年生なんだから当たり前、っていうかも而して遅かったのかも知れない。
子どもが成長していくって言うことはちょっと寂しいことでもあるんですね。

2009年8月16日

戦争を知らない世代

私はいわゆる戦争を知らない世代である。
揚げ足をとるようだけど
だからといって戦争を知らないわけではない。
意識としては湾岸戦争、アフガニスタン、イラク、などの戦争をテレビをとおしてきてきた。
だから戦争を知っているのだ。
日本にとって「戦争」というのは太平洋戦争、日中戦争、15年戦争といわれるものをさすと言うことも知っている。またそれぐらい大きな戦争であったということも資料の中で読み取れる。
先の大戦が終了して60年を有に超す。
その間に数え切れない戦争が起こっている、またその戦争犠牲者はガンジス河の砂の数ほど多い。
また最近は日本も戦争主体的に関与している。
「戦争を知らない世代」という言葉の持ってきた思いというものは大事なことだ
この地友情で戦争が起こっているのに、そして日本が戦争に関与しているのに
戦争を知らない世代という表現はいかがなものだろう。
ただ日本の国土で戦争が起こってないだけで戦争がない、知らない、っていうことはどういうこと。
無責任に私は感じる。
二度と戦争は繰りかえしません、という先輩他が方の深い願いを継承していくなら
戦争を知らない世代という表現はやめた方がいいと思う。
一部の平和を戦争ということで維持している地球。
戦争が全くない次官を経験したことのない地球
これが私たちの地球だ。
私たちの人生だ。

2009年8月15日

常識の変化

ここ数年お寺の向拝に行事があるときには人工芝を敷くようにしている。
それは円の汚れを隠すと言うことがひとつあるのだけど、もう一つ大事な目的として上まで靴をはいだままは行ってもらおうという思いがあったからだ。
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でもも共とウチの寺の場合、向拝から入られる人は少ない。何故か庫裡の玄関から入られる人がほとんどだった。
そういう中でもたまに向拝から入られる方もいる。

だけどなんです。
私の思いからるとなんで?っていうことがおこってます。
っていうのも、人工芝が挽いてないところで靴を抜かれるのです。
私はずっと中まで靴で入っていただきたく人工芝を挽いてるのに!
絨毯や毛氈でないのだからそのままは入ってほしいんだけど、そうは成らないことばかり、
そして人工芝が敷いてないときは当たり前のように靴のままではいられる人がほとんど。
私の常識の中では国政の所は靴を抜いてはいるのが当たり前、橋でなければ。そういうのがあるけど、通用しないみたい。
これが若い人だけって言うわけではなく、60代70台の方も平気なんですよね。

これは私が思っていることが日本の常識でなかったって言うことなのかな。???
俺ってやっぱ非常識人だったんだね。

お盆中らしいですが...

お盆中らしいですが、私は平常運行です。っていうか、実はまた風邪を悪化させて体調万全とはなってません。
あとお盆は13日夜から始まるって言うことは知ってるんですが、でもいつ終わるんですか?よくわかりません。
仏教行事の孟蘭盆会がいうものがもととなっているって言うことはわかってるんですが、もともと秋風としての霊を招くということと合体したものらしいです。
まぁとにかく、私は平常運行です。体調をもどくことに専念します。
とりあえず。

2009年8月14日

お絵かきしたくなる茄子

冊子畑に行って茄子を収穫してきたのですが、こんなんがありました
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皆さんは何に見えたり、どういう絵を茄子に描きたくなりますか

梨頂きだす

携帯百景(ケイタイヒャッケイ) 携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
ぼちぼち梨の幸水を頂き始めました。まだ走りって言うこともあって甘みは...って感じです。
去年の味をまだ覚えているのかまだちょっともの足りません。
ある梨農家の方とお話しをさせていただいていて、
今年は小さいものからいろみだしている。大きいものがなかなか色まないとおっしゃっておられました。
また最近は選果場に出さない人たちの中で、ホルモン剤を使って早くいろませている家があるとか。特に選果場に出さずに大きい道沿いでせんもんで売っておられる方々はお盆が勝負なそうで、やっぱ走りの時に沢山売るのが儲かるとか、
うちの近所ではホルモン剤を使っておられる方はおられないらしいです。
よくわからないのですが、成長?促進ホルモン剤は安全なのかな?どうなんだろ、よくわからない。
十数年前までうちの近所の方で促成栽培のためハウスで梨を作ってられた方がおられたのですが、一生懸命灯油を燃やしてつくっても、南の保田普通に梨を作って持ってこられると値段でかなわないとやめられた方がおられたことを思い出す。
今年はカラスガ異常ににいて、めっちゃ梨を食べていくって言うことも耳に入ってくる。
近所の方々がにこにこ過ごしてほしいので梨がほどよく売れて儲かることを願うばかりです。

2009年8月 8日

天親菩薩造論説

天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
広由本願力回向 為度群生彰一心

<試訳>

天親菩薩は浄土論をおつくりになられ、帰命盡十方無碍光如来と宣言され

釈尊の教えによって真実、すなわち迷いから速やかに飛び越える阿弥陀の誓願を明らかにされました。

そして、如来の願いによって我々を悟りの世界に渡らしめんがために一心という言葉を示してくださっています。

我論を作り、偈を説きて、願わくは弥陀仏を見たてまつり、普くもろもろの衆生と共に、安楽国に往生せん。(『浄土論』聖典138)

世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず。(『浄土論』聖典135)

我修多羅、真実功徳の相に依って願偈を説いて総持して、仏教と相応す。

(『浄土論』聖典135)

仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ。(『浄土論』聖典137)

出第五門というは、大慈悲をもって一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の園・煩悩の林の中に回入して、神通に遊戯し教化地に至る。本願力の回向をもってのゆえに。これを出第五門と名づく。(『浄土論』聖典144)

世尊、我一心に(『浄土論』聖典135)普くもろもろの衆生と共に、安楽国に往生せん。(『浄土論』聖典138)

親鸞の名告
流罪以後の名告り
範宴→綽空→善信→親鸞
天親菩薩
西暦四〇〇年ごろに生まれられて、四八〇年ごろに亡くなられたと推定されている
インド名をヴァスバンドゥといい、訳して天親といいますが、一般には世親という訳名がよく用いられている
現在のパキスタン、ペシャワールの人で、無著菩薩の弟。
上座部仏教について五百部、大乗仏教について五百部の論(注釈書)を造ったといわれ、「千部の論主」と称されていま
世親の兄の無著菩薩は、すでに上座部仏教に帰して諸国で説法をしていました。彼は、弟の天親が上座部仏教にとらわれて大乗仏教を悪くいうのを少なからず心配していました。たまたま、天親が近くを通ることを知った無著は、一計を案じ、弟子に「兄の無著菩薩が危篤だ」と伝えさせます。驚いて駆けつけた天親に向かって無著は言います。「わしは心の病気じゃ。その原因はお前なのだ。お前は上座部仏教にこだわりすぎ、大乗の何であるかをまったく知ろうとしない。そのためにお前が将来大きな苦を受けるだろうと思うと、心が安まらんのじゃ」
無著は天親に大乗の教えを説いて聞かせました。天親は大乗を誹謗した自らの誤りに少し気づきはじめます。その日は兄・無著のところに泊まることになりました。深夜、人の声がします。目をさまして静かに聞いていた世親は翻然として大乗の教えのすばらしさに気づいたのです。世親が聞いたのは無著の弟子が大乗経典を読誦する声だったのです。
世親は直ちに大乗に帰するとともに、今まで大乗を誹謗したことを大いに懺悔し、大乗を誹謗した自らの舌を断ち切ろうとしました。その時、兄の無著は「舌を断ち切っても真の懺悔にはならない。本当にすまないと思うのであれば、大乗を誹謗したその舌で大乗の教えを生命をかけて説いていくべきではないか...」と諭したといわれている。
本願力廻向と我一心
廻向...廻めぐらす 向さしむける 自分が行った善行を巡らしひるがえして衆生や自分の悟りのために差し向けること。死者のためにする追善。
衆生廻向から本願力廻向
一心→ただ念仏→念仏を称えなければならない身の発見
「本願力廻向」樋ことの願い 、真理を悟るとは自己を覚るということ

2009年8月 7日

流し素麺の準備

流し素麺を流すものはやっぱ見栄え的に畑が一番ですよね。
でも、ホームセンターに売っている雨樋でもよいのではないでしょうかね。下準備が入りませんし、うちはそれを提案しているのですが、家庭内でブーイングが出てそうできませんが・
ちょと愛想んないときは子ども達といっしょにポスかでお絵かきをしてしまえばちょっと雰囲気も変ると思います。ブーイングも少しは静かになるような気がします。

竹を切りに行くときは蚊対策を忘れずに、話しによると午前中の方が蚊の活動は鈍いそうです。当然ですが、長袖長ズボンが基本かと思います。
太い竹を選ぶというのが基本ですが、山に生えている竹の場合は真っ直ぐに生えているっていうことも撰ぶ基準に入れておく方がよいです。
切るときは切り落とすときものを壊さないという配慮をしながら切り倒すことも大切なことです。

竹を切り出してきたらあとは樋のように仕上げます。
まずは竹を割ります。
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今年は鉈と金槌をつかってゆきました、いつもだと金槌ではなく木槌を使ってたんですが、見つからなくてこうなりました。でも、金槌を使ったので、鉈が痛んじゃいました。あと、割りやすくするために割り口に何かをかますと割りやすくなります。
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つぎは竹の節を処理してゆきます。これが一番めんどくさい処理かも知れません。
まずは金槌などで割ってゆきます。
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金槌で割っただけでは奇麗に仕上がりませんので、ディスクグラインダーを使います。これは便利です。そんなに高くないです。でもや水ヤツは大きくて重いっていうのはなんですが、
それで削ってゆき、ついでに鉈で割ったところも磨いてゆきます。避けたところをさして怪我されると困りますから、面取りは忘れずに。
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これが出来ればほとんど作業は終わったも同然。
あとは組み立てて勾配を作ってゆけば作業は終わりということになります。
紅梅を作りために机と、ホームセンターに売っている塚を私は利用します。
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そしてセッティングが終われば、実際に水を流してみます。
あまり勾配をつけない方がよいと思います。
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あと落ち口にザルをおいておけばこぼれたヤツを拾ってくれます。

流し素麺を終える

昨晩おやこのつどいとして流し素麺を楽しみました。
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発熱で今週ずっと保育所を休んでた四男坊も復活して参銭です。色々準備をじゃましてくれました。でも、近所の子がかまってくれで準備が進みました。ホントたすかりました。
昨年は所持によりやらなかったんですが、前のようにやったんですけど、素麺がすぐになくなりました。食欲旺盛な子が沢山集まってくれたっていうことなのでしょう。
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途中素麺をおもちゃにしたり食べ物を粗末にする現象を見つけたのでちょっとおこっちゃいましたけど...

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素麺だけでは間に合わないので毎年のことですが、横でバーべーキューもします。
今年は女の子が場所を占領、自分たちで焼いて楽しんでました。今回は何故かなかなか火がおこらず、最後の必殺技着火剤を使って着火しました。竹を附木にしたんですが、長雨のため竹もしけってたんでしょうか。
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最後は定番ともいうべき花火をして楽しみました。
気づけば私はほとんど口に入れず終わっちゃってました。
例年になく疲れた年でした。
短い一夏が終わったような感じがします。
でも今年は、大谷大学児童文化研究会による子ども会巡回がお盆過ぎにあります。
たいした準備は入りませんが、子どもを集めなければいけません。

2009年8月 1日

月初めということで...

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月はじめって言うことで、ごぼはんだよりを発行しました。
別院での自由時間にコツコツと私なりに仕上げてました。
ごぼはんだよりを仕上げに別院に行って立っていっても過言の状態ではなかったかも知れません。
よろしければご覧になってください


>>おまけショット<<

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
別院の帰り道、コンビニの駐車場で見つける

2009年7月31日

月末

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今日の午後、そして明日の朝で今月お話しをさせて戴く役割が終わるんですけど、
けどなんです、
月末なんで
寺報を仕上げないといけないんです。
一日発行でまだ今の状態で仕上がってません。
っていうか、集中できません。
やる気が湧いてきません。
でも明日帰ったら過ぎにお参りに出ないといけない事実もあります。明日は次男三男坊の野球の合宿というか宿泊です。それにおつきあいする予定です。
だから出来れば午前中にはお参り終えたいのです。
だから寺報も今日中に終えないといけない事情も私にはあります。
事情はあるのですが、体が理解してくれません。
やる気が起きません。

2009年7月30日

優しいまなざし

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別院の本堂布教の役割をして今日で二日目、
ここでお話しをさせてもらうようになってところで何年になるのだろう。
最初のことは伝えよう伝えようという思いが強かったことを感じる。
今は伝えなならんと言うよりは、聞いてもらっているっていう思いの方が強くなっている。
参詣のお婆ちゃんたちが辛抱強く聞いてくださってるだって最近思えてきた。
ホントありがたいことだ。
相手は私より聞法暦の長い方ばかり。
聴かしてやってるんじゃなくて聴いてもらってるんだ。
私を育ててくださってる。
私が育つ場が別院なのだ



只今合宿中

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昨日の午後から城端別院に来ています。毎年のごとく本堂布教を一日の朝までさせて戴くご縁を頂いているからです。
講題を
「草仏教としての浄土真宗」
とさせていただいています。
正直マーヒーさんのブログ名のパクリなんですけど、
まぁご勘弁ください。
朝三〇分ぐらい、午後1時間ちょっとの時間を話すことになっています。
三食付きで残りの時間はフリーの時間です。
特に午前中たっぷり時間がありますので、なるべく本を読むよう努めようと思っているわけです。
あくまでも目標なんですけど、
今回は寺報をつくることでいっぱいかなとは思っています。
昨日の参詣は最初二人、途中から合わせて四人でした。
仕方ないんです。
私が話すわけですから...
それと前日の二八日まで別院では虫干し法会が執り行われていたわけですから、参詣人が減るのは仕方のないことです。
これ以上減ると私の責任となります。
ゆっくり話してゆきます。
昨日家を出る前、バジルを見てみると花を持ってました。
こういう花をつけるんですね。
知らずに植えてる私です。
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来月も同じ日程でお話しさせていただくことになっています。

2009年7月28日

咲いたsaita

エンジェルトランペット花咲きました。
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今にも咲きそうな蕾がたくさんあるので、しばらくの間楽しめそうです。
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2009年7月24日

ゴーヤ初収穫

今月に入っての長雨で野菜の収穫がいつもより多くありません。
そういう意味でやっとニガウリも食べることの出来るぐらいに大きくなって、今日初収穫しました。
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これがとれ出すと夏真っ盛りって感じになってきます。

でも気象庁の中期予報、三ヶ月予報だったかな、によると今年の八月は例年より寒いそうです。
ちょっとそのことが気になります。

2009年7月23日

二日間酒ぬいてます

二日間酒抜いてます。
これ私にとってはすごい珍しいこと。
一日酒抜くのは年に一度か二度あるぐらい、
それなのに、二日連続で酒飲まないっていうのは本当希なこと。
肝臓君にはいい休養になった、って言いたいところだけど。
でも、風邪引いて頭痛腹痛がひどく、飲む期になれなかったのだ。
酒を抜いたというのではなく、風邪がひどく酒を飲む期になれなかった。っていう感じ。
昨日医者に言っていつもの薬と、風邪の薬も出してもらったので、
肝臓の休養になっているって意宇の疑問がのこる
お参りも少ない日だったので、必要最小限の仕事だけして寝る二日間でした。
今朝は薬が効いてきたせいか、PCの前に座る期がおこったっていうわけです。
人から言わせればこんなに暑い日に長袖を二日間着ていても寒かったです。
今日は今んとこ半袖のTシャツ一枚着てます。
こんかいの風邪本当に強烈でした。いやいや、現在進行形です。強烈です。

2009年7月19日

ニガウリももう少し

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雨の日が続いて草むしりが出来ません。そしてむしったあとからまた草が生えてきてます。
ニガウリがだいぶ大きくなってきました。もう少しでだべることが出来そうです。
今枝豆が収穫期を迎えてます。沢山植えすぎてたべきれません。判ってたことですが...
オクラも花を持ち、ボチボチと収穫しています。でも一日一本取れてもおかずとはなっていきません。納豆に混ぜても入っているっていう感じはしません。
そういっていることが出来るのもあと少し、またとれすぎて困る日がもう過ぎやってきます。
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かってに生えてきたひまわりも花を咲かせてます。
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2009年7月18日

きのうのこと

何となく気ぜわしく過ごしています。
昨日の午後教務所に行ってきました。
組同朋の会教導協議会というのがあって、
組長さんから以前同朋の会の教導になってくれっていわれ、何気なく了承していた。
なったからといって何か仕事をした覚えが全くなし。
同朋の会教導が教導としてどう仕事をしていけばいいのか、なんていうことを確認する場だったのかな。
同朋の会を推進、開設をしていくっていうのは無理!
いろんなことが話し合われ、
今後どうしていきましょうかということになり、
教導の同朋会でも作ってみますか、ッてつい行ってしまった私、
その発言のあと沈黙が続く。
毎月これないよねって自分で言ってしまったおれ。
そう思ったし、そういう空気だった。
帰り、ふと
私たちが自分たちで同朋の会を作ろうって言う歩みにならないのだから、同朋の会推進ていうのはあり得ないことだと思った
自分の中に同朋の会の大切さが実感されてない
でも、会って作る必要あるのかな、
集まるっていうことは大事なことだと思うんだけど、
会員を募集するっていうのはいいことなんだろうか、
メリットはあるのだろうけど、デメリットもあるんではないかと思う。
集団を作ると、自然と排除が始まる。
これをどう克服するのかっていうことが会を作るとき問題としていかないといけないと思う。
ホント自分もそうだけど、
御遠忌がちかずいているのに、
熱を感じることが出来ない、
もう、消化次回の雰囲気が私の中にある

せめて自分の中だけでも、宗祖に出遇うっていうことをしてゆきたい。

2009年7月15日

野菜救出作戦実行中

お寺の祠堂経会前あたりから畑の世話がなかなか出来てなくて、そして今月に入ってからの雨、
野菜達も育ってくれてますが、それ以上に雑草たちが成長してます。
っていうことで阿竹が畑でなくなってる状態です。
だから今週に入って畑の草むしりに入ってます。今回は草刈でなくて草むしり、一生懸命根っこも抜いてます。だからなかなか作業が進みません。
また一昨日の雨でまたは竹が粘土状に、
程よい土の湿り気は草を抜くにはいいのですが、ほどを過ぎると根っこに泥がまとわりついてきて重かったり、泥がねばり、抜けにくくなります。
昨日はついでに蒸してきたので、作業は朝1時間して挫折してしまいました。
一角は救助したのですが、
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これは第一期救出作戦ニガウリ胡瓜
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これは一昨昨日終わった第二期、ピーマンオクラ救出作戦
他の区画が進みません。
畑遊びは、植え付けたり、成長を楽しんだり、収穫するのは楽しいのですが、草をむしるっていうのが何ともいえず苦痛です。
根性が無く長続きしません。
草原が畑に復旧する日を夢見てボチボチと草と格闘していきます。
草創期の上田マメをちょっと収穫してきていただきました。あまくて美味しかった。
初めて種から育て沢山育てたのですが、枝豆を抜いてきてすぐにゆでてたべるのは美味ですね。
枝豆はこんなに旨いこのかと直してしまいました。

今日の午前中も11時マヤって茄子を救出しました。
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第三期茄子救出作戦

あとは、サツマイモ、トウモロコシ、枝豆、キャベツブロッコリーあたり、そしてネギ、大根を救出してやらなくてはならないです。
いつ終わるかめどがつきませんし、終わったとしてもまた草むしりせなならんと子が出てくるでしょう。
終わりなき歩みを進んでます。
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2009年7月12日

うろうろ

今朝なんとなく心に余裕があり、家の回りをウロウロしました。
ついでに畑まで行って失敗。
下駄でウロウロしてたのに畠まで行ってしまい、何度か鼻緒がきれそうになってしまいました。畑に行くんならちゃんと長靴はいていけばええのにね。本当に学習能力のない自分。あほやわ~
先ず気づけばムクゲが咲いてました。
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うちには三本の無窮花、ムクゲを植えてあるんですが、そのうち日本咲いてました。もう、初夏だから当たり前だけど、気づいてませんでした。
あと一本西側の垣に植えてあるヤツはまだ花を持ってませんでした。
蓮の花も今花盛りです。
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今年購入したちょっと大きな花を持つものもやっと蕾を持ってくれました。
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蕾にカメラを向けていると、珍しくヒメダカかがフレームに入ってきてくれました。
うれしくなってパチリ
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それで調子に乗った俺は下駄のまま畑に行っちまったわけです。
とにかく、畑っていうよりは草原状態。
草だらけです。
枝豆もだいぶふくらんできました。何となく店で売ってるのと同じぐらいになったような。
そして胡瓜を三本収穫して、
草原を突き進み、トマトの枯れたのを斜めに見ながら、もしやと思いオクラの場所まで行きました。
草を踏みしめながらゆくと花を持ってるヤツがおった
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隣には花が落ちてたので上の方をたどっていくとまだちっちゃいですが、オクラがなってました。
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あと、トウモロコシも髭がだいぶ黒くなってもうすぐ収穫期であることを知らせてくれてます。
今月に入って本と沢山の雨が降ってくれ、畑が草原になるぐらい草が生長してくれhんとウニ感謝してます。おかげで草むしるという仕事を頂いて!crying
でも、野菜達は草よりは長が遅いですが、しっかり育ってくれてます。本当に雨が待ち遠しかったんですね。
私は収穫してたべることが楽しみです。

2009年7月11日

顕示難行陸路苦

顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽
憶念弥陀仏本願 自然即時入必定
唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩

<試訳>
龍樹菩薩は難行は陸路を一人で歩むように苦しいことをあわわし水路をみんなで船に乗って渡るような易行を自ら信じられました
阿弥陀仏の本願を忘れず念ずる易行の道をすすめば、そのとき、自ずから当たり前のように、必ず悟りをひらくことが定まるのである。
ただ、よく、つねに、阿弥陀仏のみ名を称えるという如来大悲の広い誓いに報い応えていこう。と導いてくださっています。

佛法に無量の門有り、世間の道に難有り易有り、陸道の歩行は則ち苦しく、水道の乘船は則ち樂しきが如し。(易行品『聖全』254)

人能く是の佛の無量力功德を念ずれば 即の時に必定に入る 是の故に我常に念じたてまつる(易行品『聖全』260)

憶念...憶は憶(こころ)持(たもつ)、念は明記不忘。心にたもって忘れず、恒に思い出すこと
自然...「自然というは、自はおのずからという。行者のはからいにあらず、しからしむるということばなり。然というはしからしむということば、行者のはからいにあらず、如来のちかいにてあるがゆえに。『末灯鈔』」
即...すぐさま
『十住毘婆沙論』(じゅうじゅうびばしゃろん)は仏教の論書であり、17巻。著者はインドの仏教学者龍樹(りゅうじゅ)である。5世紀初め鳩摩羅什(くまらじゅう)が訳した漢訳のみが現存し、サンスクリット原典もチベット訳も伝わっていない。
現存する漢訳は、偈頌と散文とでできており、偈頌の内容を散文で解説している。しかし、散文の部分については龍樹作とすることに疑問がもたれている。
鳩摩羅什は、インド僧仏陀耶舎(ぶっだやしゃ)が口誦したものを漢訳したと言われている。しかし、翻訳について両者の意見が対立して未完に終わった、と伝えられている。これは、鳩摩羅什の翻訳方法が、多分に彼自身の解説や、彼自身が記憶する仏典を交えながら翻訳する形態を採っているので、散文にはそれが多分に入っていると考えられる、
本書は華厳経の一部の『十地経(じゅうじきょう)』の注釈だが、大乗菩薩の思想と実践を『十地経』に依拠して説いたものである。
後世、浄土教の念仏易行道(ねんぶついぎょうどう)を説く一章「易行品(いぎょうぼん)」がとくに注目され、この章についての研究は多いが、全体としての研究はほとんどない。
龍樹の『菩提資糧論(ぼだいしりょうろん)』との関係も深いので、大乗仏教を理解するうえで、きわめて重要な論書である

問て曰く。是の阿惟越致の菩薩の初事先に説くが如し。阿惟越致地に至るには、諸の難行を行ずること、久しくして乃ち得べし。或は聲聞辟支佛地に墮す。若し爾らば是大衰患なり。(易行品)
問うていう。この不退の菩薩が初地に入るまでの修行のありさまは、さきに説いた通りである。不退の位に至るについては、多くの難行を行じ、久しい間かかってようやくこれを得ることができるので、あるいは声聞・縁覚の地位に退堕することがある。もしそうなれば、これは大きな損失であり、災患である。(現代語訳)


仏教における二乗(にじょう)とは、声聞乗(しょうもんじょう、Śrāvakayāna)と縁覚乗(えんがくじょう、Pratyekayāna)の二つを指していう用語。「乗」とは乗物の意味で、声聞や縁覚の人びと、あるいはかれらの立場を意味する。
二乗は、現世に対する執着を断った聖者(阿羅漢)ではあるが、大乗仏教からは現実逃避的・自己中心的であり、利他の行を忘れたものとして「小乗」と蔑称される。直接「小乗」と名指しで非難されたのは、西北インドに勢力を有した説一切有部や犢子部(とくしぶ)などのいくつかの部派であったようである。『大智度論』では、小乗と呼ばれた彼らは大願も大慈大悲もなく、一切の功徳も求めようとせず、ただ老病死の苦から脱することのみを求めるとされている。
大乗仏教では、「二乗の者は地獄にさえ堕ちない」と言われることがある。これは、地獄に堕ちた者はふたたび生まれ変わって大乗の教えに回入するかもしれないが、地獄に堕ちない者はふたたび仏の教えに逢うことはないので、成仏することはないという意味で、二乗は仏になれないと非難されているのである。


声聞 (しょうもん、サンスクリット:श्रावक Zraavaka)は、仏教において「教えを聴聞する者」の意で、初期経典では出家・在家ともに用いられる。後になると出家の修行僧だけを意味した。
声聞には、上から阿羅漢果(応供)・阿那含果(不還)・斯陀含果(一来)・須陀洹果(預流)の4つの目標(「向」)と、それに応じた4つの結果(「果」)があるとされ、これを四向四果という。
大乗仏教の立場からは、声聞は、主に四諦を修習し、自己の解脱のみを得ることに専念し、利他の行を欠いた、阿羅漢を目指す修行者であるとして、小乗と貶称される。


縁覚(えんがく、pratyekabuddha、paccekabuddha、サンスクリット:प्रत्येक बुद्ध)とは、仏教やジャイナ教において、師なくして独自にさとりを開いた人をいう。旧訳ではサンスクリット原語あるいはその俗語形からの音写で、辟支仏(びゃくしぶつ)と訳す。また独覚とも漢訳される。
仏教では、十二因縁を観じて理法をさとり、あるいはさまざまな外縁によってさとるゆえに縁覚という。独覚は、仲間をつくって修行する部行独覚と、麒麟の一角の如く独りで道を得る麟角喩独覚とに分ける。大乗仏教ではこの立場を自己中心的なものと考え、声聞とともに二乗と呼んで下に見る。


2009年7月 8日

欲望

ある人の代役として今年能登教区でのお仕事を頂いた。
教区指定の組部落差別問題研修会の講師という役割だ。
このお仕事をあまり考えず受けたはいいのだけど、受けた後で、私でいいのだろうか、自分には出来るのだろうか、という不安に満ちていた。このことがずっと頭の中に居座っていた。
差別問題研修会で話しをするということを今までしたことがなかったので、ホント不安だった。
三カ所でなさせていただいたのだけど、
座談会での反応を聞きながら、毎回毎回修正を加えていった。
ご親切にこういう話しをなさってもよいのではと言うご意見も何度も頂いたのでそういうことを頭に入れて修正を加えていった。
昨日でそのお仕事が終わったんだけど、三回目は満足のいける話が出来たかというとそうではなく、何とか終わったっていう感じ。満足いくものとは決していえなかった。
寝た子を起こすなって言うことを思っておられる方々が多いことも実感。
また寝た子を起こすなという考え方にもいくつかあるって言うことも何となく感じた。
色々課題を見つけさせていただいたという面ではよい研修会だった。俺の研修会みたい感じだった。

だから謝礼を頂いたとき、申し訳ないっていう感じがした。
いくらは言っているのかと中身をのぞき見して、
こんなに頂いていいのだろうか、
これだけ頂いたけどそれだけの価値が私の話にはあったのか、と思ってしまった。

そういう心に路道でいても、
少しずつ、これだけもらったらこれがカエルのではないか、これがほしい、
なんていう思いがどんどん湧いて出てきた。
今、プロジェクターがほしいなんて思っている。

賞品は低価格ものなのですが、私からしたら高価なものです。
買うとしても分割でしか替えないもの。
でもほしい願望に今襲われています。

今、大きな仕事が昨日で終わった、っていうか気がかりな仕事が終わったって言うことで開放感が結構あります。っていうことでまだ仕事に出かけていない私なのです。

2009年7月 5日

うつくしustukushi

開花二日目の蓮、京野よりすっと美しいです。
もうっと日がさすと花弁が開きすぎてあんまり美しくなくなります。
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2009年7月 4日

トウモロコシ育ってる

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トウモロコシもだいぶ大きくなっています、花も咲かしています。
髭もちゃんと出してました。
成長し出すと早いものですね。
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何回か育てたことあったのですが、ここまでしっかり育ったのははじめてかも、今までどういう育て方をしてたんだろう。
収穫が楽しみです。

二つ ハツモノ

昨日お参りに出かけていると蝉が鳴いている声が耳に入りました。
今年はじめてというか今期初めて聞きました。

もう一つ、
今朝は竹に丘を出しに行く途中、蓮の花を何気なく覗いてみると、
花がひとつ開花してました。
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ハツモノ二つ昨日と今日で経験させていただきました。
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蕾に纏わり付いている葉も見つけました。

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2009年7月 2日

ちょっと遅いけど稲植えました

次男坊が学校から余ったと行って数種類の持ち帰ってきていた。それを植えて大きくしていた。インゲントウモロコシは畑に植えてました、
残りの稲を今日いわゆるバケツ稲に植えました。
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朝方バケツは見あたらなかったのでボックスに畑の泥を入れ、水を入れて拡販しました。
そして今日は野球の練習のない次男坊が帰ってくるのを待ってました。
五時ちょっと前に次男坊が帰ってきたので早速植えることに。
次男坊は学校に借りている田んぼがあって田植えを経験済みなので田植えを任せました。
こんな感じになりました。
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今の常識からすれば田植えというのは五月なので今植えても大丈夫なのか、なんて思いますが、
でも、私は聴いたことあります。昔の田植えは梅雨の頃だったと。
だから今植えても大丈夫なのではないかと考えたわけです。
でもさすが七月に入ってますから、ちょっと心配なんですが...
稲というものを育てたことが全くないのでどうなるのかちょっと心配は心配ですが、それなりに育ってくれればうれしいです。

勢いで買ってしまいました

 
なんか、勢いというか流れでアマゾンで購入してしまいました。
特別機能として、富山弁/標準語 バイリンガル字幕
※ノンネイティブの皆様にも安心して楽しめます。
と書かれています。
途中まで軽快に勢いよく見させていただきました。正直途中からはだれてしまいました。
自分が使っていると山言葉とは違うんですけど、富山言葉ってリズミカルだなって思わして貰いましたちゃ。
富山在住の方、富山にいた方是非見てみてください。
ノンネイティブの方々にもお勧めします。

2009年7月 1日

何とか仕上がった~

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昨日の朝から仕上げようとしてたんだけど、意気込みがありすぎて早起きしすぎて途中から寝入ってしまい、なかなか仕上がらないままでしたが、今朝ようやく仕上げることが出来ました。
月初めはいつもどたばたしてしまいます。
そういうことを庫裡貸せしているともう7月、上半期が終わってしまってました。

よろしければごぼはんだよりご覧になってください。

2009年6月30日

富山あにめはいかが?

富山観光アニメプロジェクト
富山を紹介する?アニメが6作品あります。
どれもおもしろいのですが私はこの二つをおすすめします。
軽快な富山言葉というか魚津言葉がやっぱすごい。

祠堂経会勤めました

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昨日一昨日と当寺の祠堂経絵が勤まりました。
いつもになく沢山の方がお参りいただいてある意味びっくりしました。
うれしいことです。
昨日着かれて早く寝たんですが何故か早く目が覚めてしまい、意味ないじゃ~ん的です。

<初日>
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<二日目>
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2009年6月27日

落花生

落花生君
これがあんたの花?



えだまめ

まだまだ赤ちゃんです
実が全く入ってません



2009年6月26日

とまと

もう少しだ!
もうすこし赤くなってくれ!
でもそうなるとおまえは食べられてしまうのだ



びわ

今年のビワはいつもより早く実ったけど
しょんない



2009年6月25日

発見

お前はそれで身を隠しているつもりか〜



2009年6月24日

ほとんど全滅 とまと

畑に植えてあったトマトが病気でほとんど全滅しました。
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茎が黒くなったり、葉っぱが巻き付いてます。
去年もやられた病気です。去年とは違う場所に今年は植えたのですが、今年も結局ダメでした。
ということで昨日ホームセンターに行ってトマトの苗を買ってきて植えたっていうわけです。
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病気にかからずに育ってほしいものです。
あと、茄子も今年は元気がありません。
心配です。

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蓮の蕾

葉っぱを突き破るぐらい育ってます



アクセスランキング

告知なくくボチボチとブログをカスタマイズしてたのですが、そして今となって何を替えたのかも覚えてません。
ひとつだけ覚えているところでは...
Powerd by MTmailをりようしてこのブログにメールで投稿してたのですが、
MailPackというプラグインを使って投稿できるようにしました。
これは皆さまにはあまり関係のないことですね。

今回追加したのはサイドバーにアクセスランキングを追加しました。アクセス数の多い順に記事を表示させました。
Access Counterを利用させていただきました。

2009年6月23日

初収穫トマト

プランターで育ててる四男坊専用のみにトマト一つだけ赤く実ってました。
家の南側にあるということで、日が沢山あたり、冷たい北風もあたらないからなんでしょうか、
このプランターのトマトが一番育ちがよいです。
それに比べて畑のトマト達全くダメです。
っていうか、今年も病気にかかってく気が黒ずんでいます。隣の畑の日とも今年は全くダメだっていってました。
初収穫の写真を撮ったつもりだったんですが、今見てみるとカードが入ってませんでした。
ちょっとしょんぼりです。
早速実ったトマトは四男坊の口に当然のように入ったのはいうまでもないことです。

テスト送信

お前はまだまだちっちゃいけど
もしかして咲く気少しある?



2009年6月20日

ゴーヤ花持つ

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ゴーヤの花が咲き始めました。写真はちょっとソフトフォーカスになってますが、カメラを@ポケットに入れていおいたらどうもくもったみたいです。レンズにカビがつかなければいいんですが...
今朝はメークインを収穫しました。メークインはなかなか目をつけてくれなかったんですが、収穫量としては男爵と同じぐらいでした。
あと胡瓜も収穫しました。一昨日も採ったので、これでしばらくお店で買わなくてもよいのかなって思ってます。
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2009年6月19日

今日は男爵収穫

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今日は男爵を収穫しました。
いつもだったら七月を過ぎてからの収穫なんですが、今年は真面目にと言うか、いつもよりは約三月下旬に植えたのでいつもより早くの収穫と相成りました。
でも...、
収穫量がよくないです。コンテナ一杯にも満たなかったです。
いつもなら二杯までは行かなくても一杯を超えてたのですが、残念です。
問題としては、専門家ではありませんが、肥やしの足りなさかと思ってます。記憶がないのです、肥やしをやった覚えが、畝を作ったときもどうだったか...、ましてや追肥などやろうという来さえありませんでした。
ソレかなって個人的には反省してます。
あと考えれるのは去年の夏ジャガイモを植えたところで枝などを燃やしてしまったからかも知れません。
今朝はそういうことでジャガイモのスーツを作って食べました。


携帯百景(ケイタイヒャッケイ)

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2009年6月18日

新たに発見!蓮の蕾

今朝何気なく蓮のご機嫌を伺いに行くと
新たに二つ蕾が顔を出していました。
合計で三つになりました。
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2009年6月17日

ちょっとふざけすぎですかねぇ

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タマネギ収穫しちゃいました

タマネギがほとんど倒れたのと、オクラの苗を植えるところがないということで
今朝四男坊といっしょにタマネギを収穫しました。
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2009年6月16日

胡瓜の芽

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一週間ぐらい前に蒔いた胡瓜の種、今日何気なく見てみたら芽を出していました。
暖かくなると何でも芽を出すのが早いものと関心、
一ヶ月か二ヶ月前に蒔いた胡瓜の種はほとんど芽を出さず、また出しても虫に食われ枯れていって閉まってました。
これは秋にも食べれるようにと思ってやっているのですが、いつまで実をつけてくれるのでしょう、このかた。
去年は種を蒔くのが早かったせいか同じ時期に終わった。今年は品種も替えたし蒔く時期もめっちゃ遅いし、思い通りになってくれるとうれしいのですが...

2009年6月15日

花芽見つけた 蓮ちゃんの

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今朝、蓮のご機嫌を伺いに行くと花芽を見つけまたい。IMG_1058.jpg
去年はいつ頃見つけたのだったやろか ちょっと気になった。

調べてみると去年は6月7日に発見してます。ッて事は今年去年より遅いんやね

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2009年6月14日

初! 収穫

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久しぶりに畑に顔を出してきました。
久しぶりっていわれそうな感じ。
野菜立ちも育ってるんだけど、同じぐらい、いやそれ以上に雑草たちも成長している。
一雨事に野菜が大きくなるのでうれしいけど、
同じように一雨事に雑草がはえる。
人間勝手なことだけど、やっぱそう思ってしまう。

今日胡瓜が一本だけ食べれるぐらいになってました。
小さいけどもう一本おまけで収穫。
季節が進んだ感じがしてやっぱうれしいものです。
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ついでに枇杷も試し的にお毒味。ちょっと酸っぱいけどもう良いと言えば良かったので少しだけもぎる。
調子に乗ってなすびも収穫、これはまだまだだけど、塩もみして食べるつもりで収穫。、

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釈迦如来楞伽山

釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺 
龍樹大士出於世 悉能摧破有無見 
宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽 

 <試訳> 
釈迦如来は楞伽山において「南インドに龍樹というものが現れ、かれは死後の世界の有無にとらわれて濁ってしまった仏教を破り、大いなる乗り物のとしての仏教を回復し、菩薩となり、あらゆる人々と共に浄土に生まれていくであろう」と人々にお告げになられました

<我が乗、内証の智は、妄覚(もうかく)の境界に非ず。如来滅世の後、誰か持(たも)ちて我がために説かん未来に当に人あるべし。南天の国中において、大徳の比丘あらん。龍樹菩薩と名付けて、よく有無の見を破りて、人のために、我が乗、大乗無上の法を説き、初歓喜地に住して安楽国に往生せん。(『楞伽経』)
ナーガールジュナ (naagaarjuna, Nāgārjuna)、漢訳名龍樹(りゅうじゅ)は150‐250年ころ(生没年不詳)のインド仏教の僧。八宗の祖師。真言八祖(しんごんはっそ)の一人であり、また、浄土真宗七高僧の第一祖。密教系の仏教では龍猛(りゅうみょう)と呼ばれることもある。 名前はサンスクリットで、ナーガは蛇(蛇神転じて竜)、アルジュナはインド神話のマハーバーラタに登場する武将から(転じて英雄の意味もある)。日本では漢訳名の龍樹で知られる
大乗仏教 大乗仏教(だいじょうぶっきょう、Mahāyāna Buddhism)は、伝統的に、ユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の分派のひとつ。自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)を救いたいという心、つまり大乗の観点で限定された菩提心を起こすことを条件とし、この「利他行」の精神を大乗仏教と部派仏教とを区別する指標とする。 大乗(Mahā〈偉大な〉yāna〈乗り物〉)という語は、『般若経』で初めて見られ、一般に大乗仏教運動は『般若経』を編纂護持する教団が中心となって興起したものと考えられている。般若経典の内容から、声聞の教え、すなわち部派仏教の中でも当時勢力を誇った説一切有部を指して大乗仏教側から小乗仏教と呼んだと考えられているが、必ずしもはっきりしたことは分かっていない。なお思想的には、大乗の教えは釈迦死去の約700年後に龍樹(ナーガールジュナ)らによって理論付けされたとされる。 一方、釈迦の教えを忠実に実行し、涅槃(輪廻からの解脱)に到ることを旨とした上座部仏教に対し、それが究極においてみずからはどこまでも釈迦の教えの信奉者というにととどまるもので、自身が「ブッダ」(如来)として真理を認識できる境地に到達できないのではないかという批判的見地から起こった仏教における一大思想運動という側面もある。釈迦が前世において生きとし生けるものすべて(一切衆生)の苦しみを救おうと難行(菩薩行)を続けて来たというジャータカ伝説に基づき、自分たちもこの釈尊の精神(菩提心)にならって善根を積んで行くことにより、遠い未来において自分たちにもブッダとして道を成じる生が訪れる(三劫成仏)という説を唱えた。この傾向は『般若経』には希薄だが、明確に打ち出した経典として『法華経』や『涅槃経』などがある。 自分の解脱よりも他者の救済を優先する利他行とは大乗以前の仏教界で行われていたものではない。紀元前後の仏教界は、釈迦の教えの研究に没頭するあまり民衆の望みに応えることができなくなっていたとされるが、出家者ではない俗世間の凡夫でもこの利他行を続けてさえいけば、誰でも未来の世において成仏できる(ブッダに成れる)と宣言したのが大乗仏教運動の特色である。声聞や縁覚は人間的な生活を否定して涅槃を得てはいるが、自身はブッダとして新しい教えを告げ衆生の悩みを救える、というわけではない。が、大乗の求道者は俗世間で生活しながらしかも最終的にはブッダに成れると主張し、自らを菩薩摩訶薩と呼んで、自らの新しい思想を伝える大乗経典を、しばしば芸術的表現を用いて創りだしていった。
有無の見(有見→常見  無見→断見)
常見(じょうけん)とは、仏教用語で、この世は永遠に続くもので不滅であるとする見解のこと。反対語は断見(だんけん)。 原始仏教、つまり釈迦が在世の頃にあった六十二見のうちの1つで、この世界・世間やアートマン(梵我)が永遠に存続すると主張したものである。「見」とは見解・意見・見方のこと、あるいは邪見や執見との否定的な意味も含む。 人の一生・人生はこの世の一回限りであるが、死後もこの世界においてアートマンという固定の実体が不滅で永続するものであると肯定する見解をいう。『長部』では「我と世界は常住である。死後山頂の如く不動で石柱の如く固定したものである」などと述べている。 常見の反対語は、断見といい、この世は永遠で永遠のものではないという見方であるが、仏教では中道や無記を説き、両方の偏った見方に依らない、不断不常の中道を宗旨とした。 なお、大乗仏教の教義が発展すると、不断不常の中道から、対立する見解とは違う次元で、如来我すなわち仏性の常住を説くようになった。
 断見(だんけん)とは、因果の法則を無視して、人が一度死ねば、断滅してしまい二度と生まれることがないとする見解のこと。反対語は常見(じょうけん)。 原始仏教、つまり釈迦が在世の頃にあった六十二見のうちの1つで、この世界・世間や我の断滅を主張したものである。「見」とは見解・意見・見方のこと、あるいは邪見や執見との否定的な意味も含む。 人の一生・人生はこの世の一回限りであるとして、死後やその運命を否定して、この世における善と悪の行為やその果報を無視し否定する見解をいう。『長部』では「肉体は壊れることにより断滅し、死後は存在しない」と述べている。 断見の反対語は常見といい、この世は永遠で不滅であるという見方であるが、仏教では中道や無記を説き、両方の偏った見方に依らない、不断不常の中道を宗旨とした。 なお、大乗仏教の教義が発展すると、不断不常の中道から、対立する見解とは違う次元で如来我すなわち仏性の常住を説くようになった。

龍樹菩薩→大乗の組

本師龍樹菩薩は
  智度十住毘婆娑等
  つくりておおく西をほめ
  すすめて念仏せしめたり
大乗仏教の真髄として念仏がある

2009年6月13日

行ってきたよ

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昨晩ハンセン病のシンポジウムに行ってきました。
吉川さんの発表、「沖縄戦におけるハンセン病患者の戦争被害」をいただき、療養所が弊社と間違えられて火なのか判らないけど、アメリカ軍によって攻撃を受けてたそうだ。また、沖縄戦をそう於テイして兵士がうつらないためということで患者の方々が強制的に、そして徹底的に収容され、定員の二倍以上の方々が収容されたそうだ。その中でのアメリカ軍に爆撃されたそうだ。痛ましい。ただでさえ治療するための療養所でないところに戦争というものが始まり、防空壕などの強制労働、その他芋なども育てさせられたそうだ。その中で体力が落ちてゆき、ハンセン病が悪化していったそうだ。
何とも...
パワーポイント?を使われてというか、プロジェクターを使ってご報告いただいたんだけど、こういうことが出来るのかってそっちの方にも興味を持ちました。
説明するのにインパクトがあってよいと感じた、お説教でも使えるかと思ったけど、説明や報告には便利かも知れないけど、お説教で使えたらおもしろいけど、どう使えばいいのか見えてこない。黒板が黄をもっとインパクトを与えるのには使えるとも思ったけど...
そう思いつつもプロジェクターがほしくてほしくてたまらなくなった。
シンポジウムの中でハンセン病に関する資料を戦後一生懸命集められた山下さんに藤野さんが、色々聞き取るっていう感じの所があった。

いつものように主題とは違うことを色々考えた。
私たちが差別のことを学ぶって言うことはどういうことなのだろうかと。
差別をなくそうという願いのもとで開催されるのがこういうような学習会なんだけど、差別をなくすことを理解するということは私たちはどこか、大きな旗を振って反対運動をしたり、いろんな人に話しかけたりしないといけない。なんていう印象があるのかな。
この間ご縁勝手のと教区のある組で部落問題学習会の講師として話しに行ったんだけど、何かそういうことをそのときは感じた。聞いてどうすればいいのか、ということが伝わってない、そう思った。また自分自身もはっきりしてないと感じた。
差別をなくそう、もう繰りかえさない、そう思っていただければいいのだけど、もっと大きなことを期待されているかのように受け取っておられるという感じも受け止められた。
私は差別をしたくない。そう思って、もらえればいいのに。
そして自分は何時差別をする身になるかということはわからない。そういう自覚のもとで過去を学び今を学ぶ、繰りかえさないために。
それだけで良いのだと思う、だけどソレさえなかなか出来ないんだけど。

終わりに会の代表の方が、「平和を守ることは人権を守ることであり、人権を守ることは平和を護ることである」ということを何度も言われてた。
そうだなぁと思った。
ただ人権を守るといっても誰から護らなければいけないのかっていうことをはっきりしないといけないと感じた。
人権人権と主張していくと人間中心主義、エゴ、わがままになっていくような感じがしてた、
人権を主張することより自分が人権を侵していることを自覚していかないととも思ってた。
そのことはそうなんだけど、
もう一つ、
為政者から私、私たちの人権を守らないといけない。
権力者、資本家から私の人権を守らないといけない。
人間らしく行きたい、これが人権だ。
そういわざるを得ない今がある。
そういうところで人権っていうことを大事にしていかないといけないと昨日のシンポジウムを聞いて、そして今ブログをまとめる作業の中で強く感じたわけです。


2009年6月11日

ついみいってしまいました

ユニクロカレンダー新しいシリースガ始まってました。
暇に任せてといったらいいのか良いのが出来てます。
すごい
そこで一つ疑問がこれは全部実写なのだろうか、それともアニメーションが入ってるのだろうか、ちょっと悩んでます、でもとにかくすごいです、
 
ユニクロカレンダー

2009年6月10日

案内札

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月末に開催する祠堂経会の案内札を上げました。
気持ちとしては一ヶ月前ぐらいに上げたいのですが、いつも重いばかりです。やっと体が動きました。
祠堂経まで掃除、草刈、窓ふき、なんかをしないといけないんですが、毎年全部出来ずじまいで行事を迎えてしまっています。今のところ今年こそはと思ってはいるんですけど...

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珍しくだっこさせてくれてる

今日は珍しく俺にだっこさせてくれてます
うちのばかねこ
体調でも悪いのかな、?

写真は手ぶれ花瓶ずれになってますが、お許しを
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2009年6月 8日

畑の花たち、

はたけのくりが、満開を迎えてました。
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キュウリの花
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青梗菜の花


今日の収穫

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今朝ちょっと気分が良かったので畑に出ました。
そして、青梗菜、空豆、絹さや、を収穫しました。
この時期どうしても何でしょうが、青梗菜は塔が立ってるのもありました。ほうれん草も。
スナップはもう終わった感じ、空豆は種を植えたんだけど、芽を出したのが少しだったんで、あと一回収穫したら終わりかな。絹さやはもうソロゾロおしまいって感じでした。

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組 同朋大会

土曜日、組の同朋大火がありました。
能登島から長谷部さんに着ていただきお話しを頂きました、僧侶かたがたからも、一般の参加者からも良い反応がありました。長谷部さんを呼んで良かった、
昔のような機関銃のようなトークがちょっと無かったのがちょっと私は寂しかったですが、
しっかり言いたいことが伝わってきました。
感謝感謝です。
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2009年6月 4日

試し堀?

昨日の夕ご飯は肉じゃがが出ました。
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まぁそれはこれといって珍しいことではないんです、ただタマネギとジャガイモがウチでとれたものたっだんです。
別にタマネギはいいんです。
ジャガイモがちょっと気に入らないんです。
畑を主体的にしているのは私です。
今日も嫌いな草むしりをしてました。
今年は結構愛情込めてしてます。
その中でジャガイモは焼く溜めたいと思っていたんです。
だから使われるのはいいんです。
どんどん使っていただかないと困ります。
でも果たし初収穫の非を結構楽しみにしてたんです。
男爵の方は花が散ってそろそろ収穫の時期、下葉が枯れればOKでなかったかと思ってたんです。
いつも祠堂経の頃掘ってたんで、そのくらいに思ってました。
だけどヨメハン、花が散ったからって堀に行って使っておられます。撮るよっては聞いて、良いよと言いました。
デモなんかが典行かなくて、
さっき一つだけ、ジャガイモを撮ったって言う訳なんです。
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だから試し撮りって言うことにはならないのですが、私的には試し堀でジャガイモ掘ったよって言いたい訳なんですよ。
ちょっと愚痴気味な書き込みでした。


2009年6月 3日

何で問題なのか

民主・鳩山代表、首相になっても「靖国参拝すべきでない」
 民主党の鳩山代表は2日の記者会見で、次期衆院選で政権交代し、首相になった場合に靖国神社を参拝するかどうかについて、「A級戦犯が合祀(ごうし)されている状況の中では参拝すべきでないと主張してきた」と述べ、参拝しない考えを示した。

 「天皇陛下が参拝できるような靖国神社にしたい」とも語った。
(2009年6月2日20時57分  読売新聞)
記者会見の模様は下記のアドレスにて見ることが出来ます。(11分ぐらいからその質問が始まる)

鳩山さんの「靖国参拝すべきでない」という発言には賛同できる、
だけど、何故すべきでないかという理由がどうも私と違うようだ。
鳩山さんはA級先般が合祀されていることだけが問題だと考えておられるようだ。
この神社が担ってきたことをあまり気にしていない感じがする。
この神社は名前は神社だけど、私は軍事施設だと思う
戦争に快く行かせる、安心していかせる施設としてこの施設があると思う。
この施設に祀られている方々を顕彰することによって、ほめたたえることによって、多くの人々が安心(?)して戦争に行ったのでは。
私からすれば、A級先般が祀られているとか、宗教施設かどうかということがあまり私にとっては問題ではない。

私が一番問題と感じているのは、
私たちが彼らを顕彰しつづけていること、させられていることにあると思う。
立派な方々であったとほめたたえつづけてきてることが問題であり、そういうことを繰り返すことによって戦争に行く人が続くのだと思う。

天皇には、
私のために死んでくれてありがとう、ではなく、
私のために死なせてごめんなさい、という態度をとってほしい。
私たちも、
あなたたちのおかげで今があるのですありがとう、ではなく、
あなたたちがしたこと、させられたことを忘れません、してはならないことを教えてくださってありがとう。二度と同じことを繰り返しません。
と、誓うことが一番大切なことなのではないだろうか。


A級戦犯が祀られてなかったらよいのか、天皇が参拝できるよう宗教施設でなすだけでよいのか、
そういうことを考えていかなければならないのではないだろうか。

2009年6月 1日

ピンずれで申し訳ないです。 花たち

自分の畑でなすびとキュウリの花を見つけました。
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写真を撮ったのですが、すべて後ピンです。コンパクトカメラで撮っているんですが、近距離はなかなか目標物にピントを合わせてくれないオートフォーカス君です。
なすびとキュウリの花を見てちょっと季節を感じてます。

あと、
ジャガイモも花を持ってます。といってもだいぶ男爵は終わりかけで、今はメークインが花盛りです。
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先の写真が男爵であとの方がメークインです
これもピントが合ってません。目の悪い私は撮っているとき合ってるかずれてるかわかりにくいです。カメラの液晶ではわかりづらくPCのモニターではじめてピントがずれていることを知るのです。

晩秋に植えたキャベツが収穫期を迎えてます。でも収穫期を逃して割れだしてるのもあります。もうちょっと大きくなるかと欲張ってしまうとこういうものです。
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先日蒔いたほうれん草も芽を出し始めました。また貰ったブロッコリーもキャベツの苗たちも根をつけてくれたみたいです。

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2009年5月29日

とりあえず二つ発行しました。

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ごぼはんだよりをどど~んと2号連続で発行しました。
6月28日より祠堂経絵を勤めます。そのため2少しずつ準備を始めてゆきます。
つもりです。
よろしければごぼはんだよりご覧になってください。

171号
172号祠堂経案内号

TOMATO ちょっと育つ

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トマトのの実、まだ赤くはなっていませんが、だいぶ大きくなってきました。
でも大きくなっているのは畑のヤツではなく、プランターに植えたプチトマト、
去年もそうやったような気がするんで有我、プランターに植えた方が何故は早く育つんですよね。日当たりでもbないだろうし、何でなんやろ。
去年からプランターでわざわざ育ててるのですが、これ4男坊専用って言うことになってるんです。カレ何故かトマト大好きで、口いっぱいにあるとほおばってしまうんです。今年からは苺も大好きになりました。
少なくても第1号は四男坊のものになります。

2009年5月28日

今日も 頂く

IMG_0983.jpg今朝絹さやと苺を収穫していたら、この間ブロッコリーの苗をくださったAさんがまだウエット個あっカーと聞いてこられた、まだあっ寄って言うとキャベツの苗あまっとっからやっちゃと言ってくださって、昼過ぎ持ってきてくださった。
早速畝を作り植えさせていただきました。
これで枝豆、ブロッコリー、キャベツ、と三種類の苗を頂きました。余った苗と言えばそうなんですが、でも自分で買おうと思ったら結構良い値段になりますし、キャベツを種で買ってもそんな育てられないし、ましてやブロッコリーなんぞというものを育てようという気にもならなかったことでしょう。
頂いたこと本当に感謝感謝雨あられでござる。
畑の草をちぎっているとうちのクロネコがよってきた。この間喧嘩で負けたことでしょげてたんだけど、だいぶ癒されて元気になったようです。ちょっとだけ枯れた草で遊んでやりました。もしかしたら遊んでもらったのかも知れない。あと、落花生とオクラを植えるともう植える場所が無くなるかな。
今年から訳あって耕作面積が増えてしまって困ってたんだけど、今んとこ何とかなってます。
それとき納所の旅行で明るい間いなくて、ブロッコリーに水をやれなかったんだけど、ちょっと元気がないです。元気になってほしいです。せっかく頂いたんだから。

2009年5月27日

郡上八幡訪れる

組門徒会研修として郡上八幡に行ってきました。今は郡上市八幡町になるのかな。
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まず訪れたのが郡上御坊とも言われる安養寺、
大きいお寺でした。
本堂のおおきさは間口十軒ですのでそういう意味では多き方のお寺ですが、九件御堂より一軒広いだけ、だけど、内縁と外縁があるので、屋根を見ると大きく見えます。
本堂のお参りと宝物殿を見せていただいたあと喫煙所で座っていると、ご門徒の方と思われる方が近寄ってきて色んな橋をしてくださった。美馬の御堂は対象機に再建されたもの、鐘楼堂はすごくお金がかかって作られていること、そして山門は大火を逃れた、そしてその聞には左人後有漏うさんが彫り込んだか書き込んだ「水」という字があるそうです。
そんなことを教えてくださいました。
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その後郡上上のあるところまで歩いて天守閣をを見せていただきました。結構勾配のある道を12分から20分歩きました。いい汗をかかせていただきました。
その後食事をとり、まちをちょっと散策して帰路につきました。
北陸十日自動車道って早いなって思わせていただいた一日でした。
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2009年5月26日

負傷 クーさん

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ウチのくうさん喧嘩してきて怪我してます。最近食欲はないし、首派はなくしてくるし、喧嘩してきて負けたっていうことは想像ついてたんですが、
怪我までしているとは思いませんでした。
もう良いと仕出し喧嘩はそんなにしないと思ってたんですが、まだまだ気だけは若いようです。
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ブロッコリー植える

IMG_0955.jpg朝、定番となった、四男坊とゴミステーションにゴミ収集現場に行った。ゴミ屋さんにこんにちはとバイバイするため、民間収集業者になったからか、愛想の良い人だ。ちゃんと四男坊に手を振ってくれる。帰るとき運転席から手だけを出して降ってくれる、これが何となくかっこいい!
それが四男坊うれしいみたい。
ゴミ収集をされているのを四男坊と見ていると、近くではためをされている人が来られて、呼び込まれた。
ブロッコリー植えられ、ウチから苗とってかれと言ってくださった。
四男坊を保育所に追い出したあと早速畝を作り、いただいてきた。
最初はほうれん草の種を蒔いて、その後定植
実は...
実は、私
ブロッコリー食べるのにが手なのです。
カタカナの野菜はレタスとキャベツ以外はほとんど食べれない、っていうか食べたこと無い派なのです。
だから、
苗をもらったことはうれしいことなのですが、植えても誰が食べるのだろうと思うとためらってしまいます。
ウチには私が食べないものが二つになりました。アスパラとブロッコリー
俺が食べなくてもウチの誰かが食べるのでしょうけど、
けど、やっぱ気が乗らない。

蓮の花も少しずつ生長しています。去年と比べればどうなんだろう、ブログを見ればわかるものなのですが、まぁ良いか。
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ボウフラ対策で話してあるヒメダカも元気に泳いでいます、買ってきたときよりめっちゃ大きくなってます。
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蓮の近くで花咲いている芍薬も満開、いや満開を少しすぎたぐらいです。
あと簡易ビニールハウスで育てている落花生もだいぶ大きくなってます、どれぐらいになったら定植して良いのやら、ッて思うようになってきました。
あと問題が、全く芽を出していないポットがあるんだけど、これに何の種を蒔いたか、思い出せないんです。一つだったか二種類だったのか、思い出せない。ついでに何時蒔いたかって言うことも定かでないんです。

2009年5月25日

ご案内

講演会等の情報を公開します。


部落問題講演会
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ハンセン病訴訟勝訴8周年記念シンポジウム
今こそ考えようハンセン病
戦争とハンセン病
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2009年5月23日

小学校の運動会

今日は上三人が通う小学校の運動会がありました。
みんなそれなりに頑張ってたような木がします。
特にクールで冷めたポーズをとってる長男も頑張る姿が見れてうれしかったです。
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2009年5月21日

これでいいのだろうか

昨日新型インフルエンザの感染者が関東地区でいたということで今朝ニュースでそれを取り上げてた。
そこで気になることがいくつか、
二人が通う学校名が公表されてて、
そして、その人たちが成田からどう帰ったのかっていうことがニュースで紹介されてた。
何所の駅に降りて帰宅したのかかなんていうことまでしっかりいってた。
ちょっと驚いた。
動揺が広がらないため、そしてこれ以上感染を防ぐという観点から行政が公表したことなのだろうけど、
でも、学校が判り、何所の駅で降りたかっていうことで結構誰かっていうことは絞られてくるんでないかな。
この公表により感染した方々、そして家族が偏見の眼差しで見られないだろうかって言うことがすごく心配。
人権という観点からすればこうの公表は本当によいことなのだろうか、しかたないことといえることなのだろか。
私は疑問に思う。
そして、その学校の校長が保護者からのコメントとして、こう仕分けないなんて言うことを紹介してたけど、
難で謝らなければいけないのか、
私は怒りを感じる、
謝らなければならない雰囲気がもう家族にある、そういう視線が世間から浴びせられているっていうことに対して
本当に怒りを感じる。




苺 実る

今朝、大根と青梗菜が植えてある畝付近を簡単に草むしりをして、ついでに大根と青梗菜をすぐりました。
その後、
苺の様子を見に行くといろんでいたので、その場で一つペロリ、
いろんでいる奴を探し、四男坊と三男坊のもとへ
ちなみに三男坊も今日もお腹が痛いということで欠席、新型インフルエンザのこともあって過学校はむしりて登校しないでよいっていうご連絡をいただいていて、ずる休みっていうこと十分承知の助なのですが、休ますことに。
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二人はあっという間に平らげました。ヨメハンの口には結局入らずじまい、
まだ食べたり内二人は畑へ、
っていうか四男坊は、まだ苺は買ってくるものっていう固定概念があったのか、冷蔵庫の中、周辺をウロウロ探してました。
その後畑にあるよって教えてやって、三人で苺がなっているところへ急行しました。
赤いヤツをとるんだよって教えたんですが、
三男坊は理解してくれるんですが、やっぱ、四男坊は、訳わからず、いろんでないヤツをあっという間にちぎりやがったんですよ。
そしてハイなまま保育所へ遅刻気味で出社いや、出所しました。
その後、
三男坊といっしょにサヤエンドウとスナップエンドウを収穫しました。
結構とれました。

2009年5月20日

芽だす おまえは誰だ

ポットに種を蒔いたのが少しずつ芽を出しています。
でもここで重大問題が
実は何所に何を蒔いたか、記憶がはっきりしないのがあるんです。
これもそうなんです、私は落花生と思っているんですけど、確信がない。
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ぅおーお用芽を出した、落花生、と大声でほめてやりたいんだけど、
おまえ落花生だったよね、多分、芽を出してくれてありがとう、
って感じでちょっとテンションが下がり気味でほめてる私です。
IMG_0942.jpg今日は三男坊がお腹が痛いっていって学校を休みました。昨日授業が終わってからお腹が痛くなって嘔吐して学校から呼び出しがあった。連れ帰ってくれって。
今朝もお腹がまだ痛いっていうので、疑いながら休むことに。
その疑いの心が時間が経つにつれて膨大してます
まぁ疲れがたまってるから休養としては良いかっていうことも思っているんですが、
その三男坊が私が昨日うえたさつまいもに水をやっていると屋外に出てきて、いっしょにやりたいっていった、追々おまえは病人だろ一応。そう思いながらもいっしょに結局やることに。
でも水遊び用のじょうろで水をやってくれましたので、結果的にいえばほとんど役に立たなかったです。でも少し野菜に愛着を持ってくれたかな、どうやろ。
あと、学校に虫を持って行かなければならないということでキャベツにいる青虫を数匹捕ってくれました。これはたすかったかな。
その後ニンジンをすぐっておきました。どうやって矢部八日な、昨日もらった春菊で胡麻和えしたし、やっぱ俺の定番ヨゴシかな。

2009年5月19日

ジャガイモとトマトの花咲く

トマトとジャガイモの花が咲いていました。
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IMG_0927.jpgのサムネール画像
それとヨメハンの明日は雨が降るらしいという言葉を信じて
サツマイモを植えました
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2009年5月18日

忌引き

北九州市教委の登校停止決定、兵庫・井戸知事が不快感(asahi.com)

 修学旅行で神戸市の一部地域などに滞在した中学生らの登校停止を決めた北九州市教委に対し、兵庫県の井戸敏三知事は17日の記者会見で「『汚染地域に足を踏み入れたら、お前も汚染源になる』というような言われ方だ」と不快感をあらわにした。
穢れ思想からくる忌引きってこんな感じなんだろうな、ッて何故か思った。
死穢を写され宅な、自分に災いが来ないように穢れがうつってるであろうおまえたちは俺に近付くな。
こんな感じで昔穢れっていうものを感じてたんだろう、
多分今の新型インフルエンザと同じ感覚でうつった人に対してみてしまってるんだろうな。
やっぱ悲しいことだ。
昔穢れがうつってるってされている人たちのことを思うと悲しくなってくる。
新型インフルエンザの保菌者の可能性がある人、疑われている人のことを思えばホント悲しくなってくる

そういうふうにまだ客観的に思える俺はまだ俺は移らないと他人事にこのことについて考えているからなのだろうか。

2009年5月16日

今日の畑仕事

一昨日昨日と連区の差別問題研修会があり、めっちゃ二日酔いで帰ってきました。
良く考えれば今朝も頭痛がします。まだ残ってるのかな。
おまえの研修会はどんな研修会なんや、なんていう声が帰ってきそうです。
イチゴがだいぶ大きくなってきました。そろそろ色味だすころかな?
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畑を見終わったあと、
ニガウリやキュウリを植えた畝の所に棚の基本形を作りました。あとののこロリはボチボチと。

あと牡丹が花を咲かせてた。
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つい他の所と比べししまうんだけど、ほかんちの芍薬は満開を迎えているのに、ウチはやっと咲き始めました。
多分芍薬が悪いんじゃなくて、肥やしも水もやらない俺が悪いんだろう。

ガクアジサイが蕾をさしてます。
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蓮も立ち葉を持つようになってきました。
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2009年5月13日

今日の収穫

今日の朝、
青梗菜、水菜、ほうれん草をすぐった、
その他図ナップエンドウと、サヤエンドウも収穫した。
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写真は青梗菜とマメ系
早々青梗菜は根っこがかたくて食べることが出来ない、大きくなってから敗因だけど、ちっちゃいときに食べようとすると、その根っこをとるのがめんどっちいぃ
でも、今日は何となくすぐってきた青梗菜の根を取ってました,俺。

2009年5月11日

枝豆植える

今日午後から畑を耕し、そして枝豆を植えました。
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ポットで苗を育てたヤツを畑に植えにいったら、筋向かいで畑をされている方が枝豆の苗を上げるといってくださった。私が育てているのより倍ほどの苗をくださった。まだ植えられと
そこで植えているとその方が来られ、一本津づ植えとるのかと聞かれ、違うが~と聞くと、普通は二本か三本やって教えてくださった。
そこで私は二本束ねて植えた。またその方が来られため息を一つ疲れ水やっとかれと、さっていかれた。不思議に思い後からその方の畑をのぞきに行くと、一つの畝ににれるで枝豆が植えてあった。
そしてようやく言っておられたことを了解した。
っていうわけで植え直した、っていうわけです。
畝三列できました。
正直こんなにイッパイ食べられるのだろうかという疑問が一つ残ったままだ。
結構時間をかけて、そして結果根を傷めて植えました。
まぁ勉強させていただきました。

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2009年5月10日

叫び

さっきまでラジオで忌野清志郎の追弔番組といて彼の曲他沢山流してた。
そんな彼のことを知らない私、でも布団の中で聞いた。でも聞き覚えのある曲が多かった。
それて彼の歌には辞書で調べないと判らない単語がほとんどないように思えた。
英単語が少ない、よく使っている言葉がたくさんある。
私にはロックっていうのに破壊っていう意味がある。私の中に
いきたいっていう叫びとしてロックがあると思っている。
そういう叫びが彼の曲を聴いていると聞えてくるような感じ。
そういう意味ロックというジャンルの曲はあまり好んで聞くことはないが嫌うこともない、
けど、
ロック魂~っていうのは結構、あこがれる。
あこがれるっていうことは自分にないっていうこと。
だから憧れる
だから好き
ロックにヒューマニズムを私は感じる
いきたい、自分らしくいきたいという
そしてその歩みから
自己とは何ぞやこれ人生の根本問題なり
という歩みが始まる
自己を問うことのないヒューマニズムは危険な臭いがする。
臭いだけどね。
人間中心主義 自己中心主義になっていくような感じがして
一方
ホンマモンのヒューマニズムはそうならないと思いたい。
ホンマモンのヒューマニズムは自己を問い人間をとうてい雲のだ、と思いたい。




善良な市民忌野清志郎
サマータイム・ブルースRCサクセション

2009年5月 9日

印度西天之論家

印度西天之論家 中夏日域之高僧
顕大聖興世正意 明如来本誓応機

<試訳>

インドの菩薩様、中国をはじめとする東アジアの高僧によって

釈迦仏の本意を顕らかにしてくださった

まさしく今を生きる私たちにふさわしい弥陀如来の本願をあきらかにされたことを


龍樹...難行易行を分かつ

天親...帰命尽十方無碍光如来 普共諸衆生願生安楽国 一心

曇鸞...難自力 易他力

道綽...聖道浄土を分かつ

善導...正行雑行を分かつ 他力正行の浄土門は生まれ易い

源信...末法の世に於いて念仏

源空...浄土宗をひらく


七祖摂取①著書の有無②宗義の発揮③解行の完不




前463年 - 前383年前560年 - 前480年

釈尊__龍樹・天親  曇鸞・道綽・善導・源信・源空

仏___菩薩____諸師
経___論_____訳
依経分_依訳分
_______________善導独明仏正意(観経)
_______________→顕大聖興世正意 明如来本誓応機

釈尊  前463年 - 前383年、前560年 - 前480年 前5C

龍樹 150‐250年ころ
天親 四世紀ゴロ
曇鸞 476-542
道綽 562-645
善導 613-681

源信 942-1017
源空 1133-1212
親鸞 1173-1262

日域は大乗相応の地

親鸞夢記云

建久二歳辛亥暮秋仲旬第四日ノ夜

聖徳太子善信ニ告勅メ言ク

 我三尊化塵沙界 日域大乗相應地

 諦聽諦聽我教令 汝命根應十餘歳

 命 終速浄土入 善信善信真菩薩

正治第二庚申十二月上旬

 叡*南旡動寺在二大乗院一同月下旬終月

 前夜四更ニ

 如意輪観自在大士 告命シテ言ク

  善哉善哉汝ニ願将滿足

  善哉善哉我カ願亦滿足

 建仁元歳辛酉四月五日ノ夜寅時

六角堂ノ救世大菩薩告二命シテ

善信ニ一言ク

 行者宿報ニシテ設ヒ女犯ストモ

 我成リテ玉女ノ身ト披レン犯セ

 一生之間能ク荘厳シテ

 臨終ニ引導シテ生セシム極楽 文

(ママ)

干時建長二年庚戌四月五日ノ寅時

       愚禿釈親鸞七十八歳

                書之



五濁の世無仏の時→末法の世(行人のない世)

2009年5月 8日

昨日は野菜の苗を植えた

あっという間にゴールデンウィークが終わったというか、
何所が黄金週間なのだって感じで、何となく忙しくして終わってしまいました。
っていうことで昨日はとりあえず、苗を買ってきて取り急ぎ苗を植えました。
先ず腹ごしらえとして近くにあるまるたかやでラーメンをすすって、私はいつものごとくシナチクラーメン
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その後もっとウチに近い苗屋さんにいって野菜苗を買ってきました。
千両茄子、水茄子、ビーマン色ピーマン、シシトウ、ゴーヤ、米茄子、トマト、キュウリ、ミニトマト三種ぐらい、冬瓜、カボチャ、そんだけ買ったんだったかな?
家に帰ってから一休みと思ったのですが、そうなると何時植えるか判らないので、そのまま長靴に替えて畑に行きました。買ったカボチャと冬瓜を残してすべて植えました。でも棚とかはあとから、とりあえず植えときゃ、何とかなるさ、なんて感じです。でもなすびの苗がいつもよりちっちゃかったのでなすびだけ袋をかぶせてやりました。
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そうそう買ってきた苗以外にトウモロコシも植えました。枝豆もと思ったのですが、植える場所が無くて辞退。耕してからっていうことに、何時になったら耕せるのかな?一応月曜日あたりを予定はしているのですが...
マメ系が実を付けだしてます。
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あとイチゴもだいぶ、いやちょっと実が大きくなってきたかな、
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あとは...
丹波黒豆の種をポットに植えたんだったかな、
オクラも芽を出し始めてます。
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そうそう今日の話しですが、家の隣にある田んぼですが、田植えをされてました。
ちょっと愚痴ですが、なかなか蛙の合唱がすごいです。合唱でなく不協和音的感じです。うるせぇ~のなんの、それもしばらくすればなれるのでしょうけど...
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四男坊は、草刈を怠って生えまくってるタンポポの綿帽子、息を吹きかけて楽しんでます。
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2009年5月 6日

咲いた咲いた 今日もさいた

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黄色い牡丹が花を付けました
実はこいつ、買ってきたまんまで鉢に植え替えてないんです。
直に植えようか、鉢にしようか悩んでいて、今日この頃になったっていうわけです。
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黄色と赤が仲良くならんで咲いてくれています。up
おまけにラベンダーの一種も花を持ち始めました。heart01
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長男誕生12周年

昨日は長男坊の誕生日でした。こどもの日に生まれました。
小学校六年なので多分12才?
っていうことでおきまりでケーキでお祝いしました。
違った、今回はケーキでなくプリンでした。
通販で買ったバケツプリンに生クリームかけて、プリンアラモード系プリンケーキ?
でもこれ何日で完食できるのやろ?心配です。
私は健康上の問題でそんなにイッパイ食べることは出来ません。
全く食べないといわない私。
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そろそろ長男坊は写真を撮られるのもいやがるようになったし、ましてやブログにアップされるのもイヤなよう。
これからちょっと気を遣ってやろうかな。
それって遅すぎ?

2009年5月 3日

鉢二種

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鉢に植えてあるボタンが花開きました

そして


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三年ぐらい前に買った藤、鉢に植えてあったのですが、今年はじめて花を持ってくれました。

2009年5月 2日

めでた 芽出た で 愛でたい

この間町うち最後まで芽を出してなかったオクラが少しずつ芽を出し始めました。
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芽を出すはずのものなのですが、でも芽が出るとうれしいものです。
いっしょの時に種を蒔いた枝豆をトウモロコシはだいぶ大きくなりました。
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GW、黄金週間が終わった頃に畑に植え替えしてやる予定です。
植え付けが終わったら、今度はキュウリ、ともう一回枝豆かな。
あとは畑にほうれん草、丹波黒豆でも種を蒔いてやろうかと思います。
昨日で畑の畝作りは終了、あと植え付けを待つばかりです。
その前に苗を買ってこないといけないんですが、
あとは畝を必要としないものを植える場所の耕しもしないといけない。鴨瓜、カボチャ等を予定しています。手がかからないもの

苗を買う予定のもの
なすび各種。トマト、ミニトマト、キュウリ、ニガウリ、ピーマン、大きいピーマン(パプリカ?)、シシトウ、鴨瓜(冬瓜)、カボチャ、かな?
今年から使える畑が広くなったので何でも植えることが出来ます。
そういってもいつもより広く使っているので植える種類はそんなに変らないかも知れない。

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2009年4月30日

花盛り

今我が家で一番の花盛りはアメリカハナミズキとツツジです。
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畑ではイチゴの花が一休み状態でマメ系の花が咲き誇ってます
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今日の午後から夏野菜用に畑を耕す予定です。
なかなか予定通り進まず、何時になったら夏野菜を植えることが出来るのだろう。

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突貫工事で仕上げました ごぼはんだより

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今朝ちょっと早起きをしてごぼはんだよりをし上げました。
何せ、全く手が着いてなかったのを朝起きて仕上げたという突貫工事ですのでご了承いただかないといけないところも多々あろうかと思います、
完全コピペしても怒られそうにないところからしちゃってます。
でも黙っておいてね。
そういう人にだけ見せて あ げ るheart04
こちらからどうぞ、

今朝起きたら隣にある田んぼに水が入っていました。
いつも早生を植えておられるところです。
美味しい米を作るため県から田植え日の指定がされ、GWではコシヒカリを植えなくなっています。
農家の若い衆にとっては、GWに田植えでなく、家族サービスが出来て良くなったのかな。
ウチでは今アメリカハナミズキが花盛りです。

2009年4月27日

枝豆チャンちょっと成長する

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枝豆がだいぶ生長しました本葉を付けそうになっています。IMG_0849.jpg
トウモロコシも以前から比べるとだいぶ生長してます。IMG_0847.jpg
あと玄関先にあるエンジェルトランペットも葉を持ち始めました。去年よりも早いような何となくします。
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ポスターに付け足す

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ポスターを印刷したあとで、御遠忌テーマを入れると教区か教団から補助が来るっていうことを思い出して御遠忌テーマを付け足し印刷しました。あんまりプリンターには良くないような気がするけど、補助のためにはと思ってしまった訳です。ところで補助はいくら来るんだったんだろう、これだけ苦労しがいは本当にあるんだろうか、ちょっと心配だ

ポスター作る

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今年も同朋大会のポスターを作りました。
といっても去年のデザインをそのまま使ったんですけどね。
PDFのファイルをJPEGの画像ファイルに兼官した他時、何故かアラビア数字が傾いてしまいました。

裁判員制度

先週の土曜日教区の事業で裁判員制度の学習会があった。
裁判員制度は問題であると感じているけど、もう一つ、裁判員制度にして行かざるを得ない私たちの課題、っていうものが聞きたかった。裁判員制度が始まっておこる私たちのメリットというものを知って裁判員制度について反対していこうと思ってた。
裁判員制度について反対する方のお話しだったのであたりませなのかも知れないけど、この裁判員制度っていうことについての絶望視か感じ取れなかった。メリットを質問で聞く元気も全くなくなってった。
裁判員制度を始める目的は、
1998年の自民党司法制度特別調査会の報告によると、「安全な国民生活の確保と構成で円滑な経済活動という国民の基礎を支え」ることのようだ。
司法制度が問題だから替えるっていう訳でないってことのようだ。
また2001年の政府の司法制度改革審議会の意見書には、「基本的人権」という言葉は一度も出てこないし、「民主主義」という言葉は一度しか出てこないそうな。またこの審議会は二度しか開かれていないという形だけの審議だった感じ。
どうも統治者の立場からの改革っていう感じ、私たちの必要性ってことはどうでも良いことのようだ。
どうも破綻しそうな「新自由主義」政策遂行による治安悪化、社会不安の弥縫策なそうな。
そのために審議機関の短縮(裁判員制度とは関係ないけど)と、刑事事件でも重大事件(死刑や無期懲役刑になりそうな事件・故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた事件)にのみ裁判員制度が導入されるみたい。
原則裁判官三名、裁判員6名で審議されるそうだけど、法律に対して無関係な者がどれだけ関わっても裁判官中心で審議が進むのは目に見えてる。その中で行政からにらまれてる裁判官が死刑を誘導し、おまえたち国民が死刑を選んだんだって言いたいんだろう。また死刑を連発して悪いことするとこうなるんだという見せしめをしておいて治安を安定させていこうということなんだろう。
国民が国民を監視ししあい、コクミンが国民を裁いていくという閑散とした、ギスギスした国を造ろうとしているようだ。

人が人を裁くということで一番気にしなければいけない免罪ということをどれだけ意識した制度なんだろう。審議期間短縮ということによって、公判前準備手続きによって情報が管理される中でえん罪は絶対に増えないと断言できるのだろうか。

テレビの報道に踊らされやすい私たち、意図された情報管理によってでしかものを考えることを許されてない私たちが、どれだけ正確に人を裁くって言うことが出来るのだろう。
最悪深重煩悩熾盛の私たちが何の訓練も受けず人を裁くっていうkトオノ譏嫌はないのだろうか。
訓練を受けてきた裁判官が審議してきても、どれだけ公正に裁判しようと心がけている人たちがやってもえん罪事件が起こっているんだから、なおさら私たちがやると...
まだ裁判官が裁くっていうことの方がましなような気がする。

何よりも裁判員になるっていうのは私たちの権利として勝ち取ってきたものではなく、義務として押しつけられようとしていることだ。何かそのところが非常に怖い。

裁判員制度が始まることによって審議が短縮されるということが国にとっても、私たちコクミンにとってもメリットといえばメリットなんだろうけど。
私たちは知らない、他国と比べると本当に審議が遅いのか。
他国でのえん罪防止策。
しっかり知らなければならない。

それよりも何より思ったこと。
こういう悪性度が始まる一ヶ月前になって私はやっとこの制度の怖さを知る。
何故もっと前に気づかないんだろう。
政治に対する無関心さ。
そういうことを思い知らされる。
統治者を監視していくっていう意識を私たちは持たないといけないと思った。
統治者は政治家は、私たちコクミンのために何もしない、自分たちの都合の良いように制度を変えていくと、今のままの私が統治者になっても同じことをすることも。
忘れてはいけない。

そういえば今朝ポストの中を見ればナムナムシンポジウムの案内が入ってました。
参加できるかどう勝手いうのは微妙なんですけど
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2009年4月26日

彌陀佛本願念佛

彌陀佛本願念佛 邪見憍慢惡衆生
信樂受持甚以難 難中之難無過斯

<試訳>

阿弥陀仏の本願よりおこる念仏は

よこしまな見方自分を驕るという悪に充ち満ちた私たちは

そのままの心では信じることがとても難しい

憍慢と蔽と懈怠とは、もってこの法を信じ難し。(大経巻上<東方偈> 聖典50)

憍慢と蔽と懈怠のものは、 もってこの法を信ずること難し。(無量寿如来会 聖典160行巻)

もしこの経を聞きて信楽受持すること、難きが中に難し、これに過ぎて難きことなし。(大経下巻 聖典87)


憍慢:おごりたかぶる心。根本煩悩の一。
蔽:聞きようが悪いこと
懈怠:怠って経に報じないこと
邪見:私たち人間の自己中心性を問い、その歪(ゆが)み、傾きを糺(ただ)すことばです。(←→正見)
正見:「正しく眼の無常を観察すべし。かくの如く観ずるをば是を正見と名く。正しく観ずるが故に厭を生じ、厭を生ずるが故に喜を離れ、貪を離る。喜と貪と を離るるが故に、我は心が正しく解脱すと説くなり」といわれる。われわれが身心のいっさいについて無常の事実を知り、自分の心身を厭う思を起こし、心身の うえに起こす喜や貪の心を価値のないものと斥けることが「正見」(samyag-dRSTi, sammaa-diTTi)である。このように現実を厭うことが正見であるなら、人間の日常性を否定する消極的なもののように思われる。しかし、その日常 性の否定は、真実を積極的に追求することから生まれるから、かえって真実の認識の完成である。この意味で「心解脱」といわれ、正見が「四諦の智」といわれ る。この正見は、以下の七種の正道によって実現される。その点で、八正道は、すべて正見である「智慧」の活動してゆく相である。 八正道は全て正見に納まる。
八正道(はっしょうどう、aaryaaSTaaGgo-maargo、आर्याष्टाङ्गो मार्गो)は、釈迦が最初の説法において説いたとされる、涅槃に至る修行の基本となる、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念および正定の、 8種の徳。「八聖道」とも「八支正道」とも言うが、倶舎論では「八聖道支」としている。この 「道」が偏蛇を離れているので正道といい、聖者の「道」であるから聖道(aaryaamaarga)と言う。
(以上Wikipediaより引用)

阿弥陀如来の大悲と釈迦如来の教え(すすめ)と諸仏
の勧め(群賊悪獣が迫り来る縁)
群賊悪獣を群賊悪獣と見抜く力

「讀誦大乘」と言ふは、此れ經敎は之を喩ふるに鏡の如し、數々(しばし)讀み數々尋ぬれば、智慧を開發す。若し智慧の眼開けぬれば、即ち能く苦を厭ひて涅槃等を欣樂することを明す。(観経疏序分義)
今更に行者のために、一つの譬喩を説きて信心を守護して、もって外邪異見の難を防がん。何者かこれや。譬えば、人ありて西に向かいて行かんと欲するに百千 の里ならん、忽然として中路に二つの河あり。一つにはこれ火の河、南にあり。二つにはこれ水の河、北にあり。二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底な し、南北辺なし。正しく水火の中間に、一つの白道あり、闊さ四五寸許なるべし。この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、その水の波浪交わり過ぎ て道を湿す。その火焰また来りて道を焼く。水火あい交わりて常にして休息なけん。この人すでに空曠の迥なる処に至るに、さらに人物なし。多く群賊悪獣あり て、この人の単独なるを見て、競い来りてこの人を殺さんと欲す。死を怖れて直ちに走りて西に向かうに、忽然としてこの大河を見て、すなわち自ら念言すら く、「この河、南北辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きわめてこれ狭少なり。二つの岸、あい去ること近しといえども、何に由ってか行くべき。今日定ん で死せんこと疑わず。正しく到り回らんと欲すれば、群賊悪獣漸漸に来り逼む。正しく南北に避り走らんと欲すれば、悪獣毒虫競い来りて我に向かう。正しく西 に向かいて道を尋ねて去かんと欲すれば、また恐らくはこの水火の二河に堕せんことを。」時に当たりて惶怖すること、また言うべからず。すなわち自ら思念す らく、「我今回らばまた死せん、住まらばま た死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、我寧くこの道を尋ねて前に向こうて去かん。すでにこの道あり。必ず度すべし」と。この念を作す 時、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く。「仁者ただ決定してこの道を尋ねて行け、必ず死の難なけん。もし住まらばすなわち死せん」と。また西の岸の上 に人ありて喚うて言わく、「汝一心に正念にして直ちに来れ、我よく汝を護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ」と。この人すでに此に遣わし彼に喚 うを聞きて、すなわち自ら正しく身心に当たりて、決定して道を尋ねて直ちに進みて、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊 等喚うて言わく、「仁者回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。必ず死せんこと疑わず。我等すべて悪心あってあい向うことなし」と。この人、喚う声 を聞くといえどもまた回顧ず。一心に直ちに進みて道を念じて行けば、須臾にすなわち西の岸に到りて永く諸難を離る。善友あい見て慶楽すること已むことなか らんがごとし。これはこれ喩なり。次に喩を合せば、「東岸」というは、すなわちこの娑婆の火宅に喩うるなり。「西岸」というは、すなわち極楽宝国に喩うる なり。「群賊悪獣詐り親む」というは、すなわち衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大に喩うるなり。「無人空迥の沢」というは、すなわち常に悪友に随いて、 真の善知識に値わざるに喩うるなり。「水火二河」というは、すなわち衆生の貪愛は水のごとし、瞋憎は火のごとしと喩うるなり。「中間の白道四五寸」という は、すなわち衆生の貪瞋煩悩の中に、よく清浄願往生の心を生ぜしむるに喩うるなり。いまし貪瞋強きによるがゆえに、すなわち水火のごとしと喩う。善心微な るがゆえに、白道のごとしと喩う。また「水波常に道を湿す」とは、すなわち愛心常に起こりてよく善心を染汚するに喩うるなり。また「火焰常に道を焼く」とは、すなわち瞋嫌の心よく功徳の法財を焼くに喩うるなり。「人、道の上を行いて直ちに西に向かう」というは、すなわちもろ もろの行業を回して直ちに西方に向かうに喩うるなり。「東の岸に人の声勧め遣わすを聞きて、道を尋ねて直ちに西に進む」というは、すなわち釈迦すでに滅し たまいて後の人、見たてまつらず、なお教法ありて尋ぬべきに喩う、すなわちこれを声のごとしと喩うるなり。「あるいは行くこと一分二分するに、群賊等喚び 回す」というは、すなわち別解・別行・悪見の人等、妄に説くに見解をもって、迭いにあい惑乱し、および自ら罪を造りて退失すと喩うるなり。「西の岸の上に 人ありて喚う」というは、すなわち弥陀の願意に喩うるなり。「須臾に西の岸に到りて善友あい見て喜ぶ」というは、すなわち衆生久しく生死に沈みて、曠劫よ り輪回し迷倒して、自ら纏うて解脱に由なし、仰いで釈迦発遣して指えて西方に向かえたまうことを蒙り、また弥陀の悲心招喚したまうに籍って、今二尊の意に 信順して、水火二河を顧みず、念念に遺るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命已後かの国に生まるることを得て、仏とあい見て慶喜すること何ぞ極まらん と喩うるなり。また一切の行者、行住座臥に、三業の所修、昼夜時節を問うことなく、常にこの解を作し常にこの想を作すがゆえに、「回向発願心」と名づく。 また「回向」というは、かの国に生じ已りて、還りて大悲を起こして、生死に回入して、衆生を教化する、また回向と名づくるなり。三心すでに具すれば行とし て成ぜざるなし、願行すでに成じてもし生まれずは、この処あることなしとなり。またこの三心、また定善の義を通摂すと。知るべし、と。(観経疏散善義)
「二者深心」。「深心」と言うは、すなわちこれ深信の心なり。また二種あり。一つには決定して深く、「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来、常に 没し常に流転して、出離の縁あることなし」と信ず。二つには決定して深く、「かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑いなく慮りなくかの願力に乗じ て、定んで往生を得」と信ず。また決定して深く、「釈迦仏、この『観経』に三福・九品・定散二善を説きて、かの仏の依正二報を証讃して、人をして欣慕せしむ」 と信ず。また決定して、「『弥陀経』の中に、十方恒沙の諸仏、一切凡夫を証勧して決定して生まるることを得」と深信するなり。また深信する者、仰ぎ願わく は、一切行者等、一心にただ仏語を信じて身命を顧みず、決定して行に依って、仏の捨てたまうをばすなわち捨て、仏の行ぜしめたまうをばすなわち行ず。仏の 去てしめたまう処をばすなわち去つ。これを「仏教に随順し、仏意に随順す」と名づく。これを「仏願に随順す」と名づく。これを「真の仏弟子」と名づく。(観経疏散善義)

2009年4月23日

季節は動いてる

昨日あたりから用水の水が濁り出しましたし、何となく水量が増えたような、どうも田んぼに水が入り出したようです。
またうちの畑ではまだまだ細いですがアスパラが芽を出し始めました。
それとマメさん関係もイッパイ花を持っています。
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2009年4月22日

沢山芽吹く

トウモロコシと枝豆イッパイ芽を出しています。
昨日のバカ暖かさに促されたのかな
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どうもカリンも花を持っている見たいです。今朝見に行ったら蕾しかなかったですがぁ~
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2009年4月21日

ごめんなさい

今発覚したことがあります。
アーカイブが構築されていなかったことを今知りました。
月別、年別、カテゴリー別、カテゴリー月別のアーカイブを今まで表示してなかったみたいですね。
自分の記事を今調べていてはじめて気づきました。
知らなかったのは私だけだったりして、
とにかく日別のアーカイブしか表示してなかったみたいですね。これっていつからのことなんやろ。

とにかくとにかく、今表示するようにしました。
申し訳ありませんでした。<m(__)m>

こんなんなりました でも今は復活

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
ショック!
お説教に行ってて、話しと話しの間の休憩の時眼鏡を拭いたらポキッとなっちゃいました。
実は二週間ほど前息子のトスバッティングのつきあいをしててボールをよけれず眼鏡に当ててしまい形が崩れてしまい、力づくで直してまして、それも何度も何度も修正をかけていて、...
何気なくティッシュで眼鏡を拭いてたらやっちゃいました。
休憩前とあとで顔が違う。
眼鏡一つないだけで、何となく調子が狂うもんです。
裸ん坊にされたっていう表現はめっちゃ大げさですけど、ちょっとそれに近いような感じでした。

でも仕事が終わり壊れた眼鏡を買ったところに行って同じフレームがあるか聞いたらあって、ホッとしました。
だってなかったらまたレンズも替えなきゃならなくなるし、ということはレンズが届くまでまた数日待たなならんことになっちゃうところでした。

2009年4月20日

つぼみ

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2009年4月18日

枝豆芽だす

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今日の暖かさでかな
朝、芽を出していなかった枝豆が今見てみると芽を出していました。
明日も暖かいようです。

梨の花 ちょっと散り始め

私は今日は決行のんびりムードなのですけど、
外はそうではないようです。
明日市議会議員と市長選挙の投票日、
選挙カーが良く来て
私からすればわめいていっています。
名前の連呼、これが私には耳障りで、他にいうことはないのか!といいたくなるんです。
そういうぼやきはさておいて、
投票に行こう!
選挙の投票に行くのは国民の義務ではなく私たちの権利です。
だから是非行きましょう。
どうしても投票したい人がいなかったら白票でも良いですから、
とにかく投票に行きましょう!


あと梨畑に地下ずくと人がいっぱい
は分の交配作業です。
蜂やその他の虫の変わりに人間が花の花粉付けをされてます。
ここ最近あんまり良い天気でなくて、梨の花が開花してから1に一度は雨がパラ苦器、なかなか花粉漬が出来なかったようで、
皆さん一生懸命やっておられます。
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本当は受粉作業をされている風景の写真を撮りたいのですが、
私人にカメラを向けるの何故か苦手です。特に知っている人にカメラ向けるのダメなんですねぇ
何か恥ずかしいんです。
だからそういう写真は梨です。

ここ二~三日の雨で草ボーボー

蓮の葉もちっちゃいのが顔を出しています。
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畑に行くと草が元気元気困りもんです。
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おかげでこの間蒔いた大根も芽を出してくれています
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ジャガイモも沢山芽を出してくれています。
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キャベツもだいぶ大きくなってくれてます。あと丸まってくれればOKかな
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ニンジンもこの間より大きくなってくれてます

2009年4月16日

同朋唱和は宗風の回復運動

標題のことを最近思ってたんです
同朋唱和は同朋会運動の新たな運動ではなく、以前当然のように行われていたものを回復を目的とするものではないだろうか、なんて思うんです。
そもそも同朋会運動もお講組織の回復運動だと考える私です。
でも最近持論に疑問をもつんです
元来正信偈の草四句目下の勤行を当たり前にしている私たちですが、本来お朝事は草四句目下ではなく、舌々二淘、本山でも別院でも、末寺でもそうだった。
この早いお勤めを昔の人は出来たんだろうか。
この理解しにくいお勤めを門信徒の方々は当たり前に出来たのだろうか。
また月参りというのが昔からあったことなのだろうか。
そんなことを思うと疑問を持つ
そしてそして、お内仏を持つお宅は今のようにたくさんあったのだろうか。
土地を持っている農家や、商売をしている家は持てただろうけど、

歴史をしっかり調べてみないと判らないな
自分の持っている常識の中だけでいろいろ想像しても限界があると思う。

2009年4月15日

芽生えはじめる

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ニンジン

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水菜

この間種を蒔いた種ニンジンと水菜芽を出しています。
この二つはいつも蒔いて結構早く芽を出してくれますし、育てるの簡単です。
ニンジンと同じ日に種を蒔いたほうれん草はまだ芽を出していません。
ポットに種を蒔いたオクラトウモロコシ枝豆は当然まだまだ芽を出す気配がありません。
いうまでもなく一昨日蒔いた青梗菜はまだまだです。大根もそうです。

2009年4月14日

ちょっとウロウロ パチリ

今日もカメラ片手に外に出てみました
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雨がぽつりぽつり降ってきてます

2009年4月13日

今日一日

今日の午前中は四男坊が保育所に行くのを見送って、その後カメラを持って家のまわりを散策
その後月参り、
その後ネギを植えたくなって、ランチがてら嫁さんとお出かけ、
讃岐うどん屋さんに入りました。

本場讃岐うどん 好日庵


ホームセンターに行ってネギの苗と、ヒメダカ50匹を購入。
家に帰りヒメダカを蓮が植えてあるところに話し、その後ちょっと一眠り。
息子たちが帰ってきて、プールに行く準備するのを見て、畑へ。
ネギを植えるため耕して、ネギを植えて、水をやり、その後、青梗菜の種を植えたとさ。
冨山のネギは基本的に白ネギ、っていうか根深ネギです。
白ネギの西の端はどこなんだろ。
福井県かな?シガケンかな?

その後四男坊が「きゃっちぼうる」しよ、っていうので、見てました。
ボールをバットに当てて遊んでました。
丁度良いところにヤクルトやさんが来て家に入り、今に至ってます。
ちょっと疲れたかな。

カメラを持って家のまわりをウロウロ

天気が良くて気分の良いのでカメラを持ってちょっと家のまわりをウロウロしましたとさ。
昨日午後から次男の野球の練習にいって、球拾いをしてちょっとはしり過ぎちゃって、筋肉痛であるますよ。

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2009年4月12日

忘れとりました アップしときます

4月無畏片間全生園で花まつりがあり参加しました。
ちなみに花見ではありません。。また桜祭りでもありません。
その模様をちょっとだけアップしておきます。
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昨日は

昨日は寝坊しまして、ちょっとびっくりでしたわ
朝近くのお宮さんの春祭りで雅楽を奏でにいって
終わって、お寺に戻り、獅子舞が来るのを町、そしてお宮さんに於あったが楽太鼓をはこび、
あとは月参り。
午後からは、畑に出て、畝を作って大根の種を蒔いたとさ。
あと、ネットでETCを買って車にとりつく用としたのですが、今の車配線がいっぱいあってどれが電源のコードなのか判らずでした。ちょっと断念、とりあえずシガーレットから採ることにしますわ。
今日の予定は午前中月参り、午後から子どものやきゅうの練習を見に行こうと思っています。
本当は三男坊の野球の練習が午前中、午後から次男坊となったみたいですが、一日もつきあえませんので...

2009年4月11日

梨の花 咲き始める

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梨の花が咲き始めています。
この花は後輩用というか、尾所梨系の花です。
話しによると梨野は那覇は薬味になるものに限って遅く花を咲かせ、遅く実を付けるものは早く花を咲かすそうです。
今近所の農家さんは交配用の花粉と採るために梨の花を採っておられます。
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境地かくのお宮さんで春祭りやってるんですが、先補とお参りのため村の中を回っていると多くの農家さんで花摘みをされています。
さっきまでいっしょにお宮さんに居られた人も何人かもう梨畑に出ておられます。
雅楽の先輩方も数人、ぎりぎりにやってこられ、さっさと引き上げて行かれました。
今日は皆さん忙しそうです。
祭をやっている暇がないっていうヤツです。
といっても昔みたいに各家々で祭をするっていうわけでないですけどね。
まいにちごっつぉを食べてる私たちですから...
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とにかくとにかく今日も良い天気です。長袖のTシャツで昼間は過ごせそうです。

2009年4月10日

今日は...

今日は畑の草むしり、
あと水菜の種を蒔いて、
あとポットに、
枝豆、トウモロコシ、オクラの種を蒔いた。
あっという間に時間が経ってしまった。
外は梨の花が咲き始めていました。
写真は後日に
農家の人は花を摘んで花粉採りの準備をされていました。
明日在所にある神社の春祭りなんだけど、どうも、農家の人はそれどころじゃないみたい。
明日も梨の花摘みで忙しそうです。

明日午後からでも大根の種を蒔こうかな。

すごろく


すごろくで親鸞さまに触れて東本願寺出版部が商品化(京都新聞)

 真宗大谷派の東本願寺出版部(京都市下京区、東本願寺内)は、子どもたちが宗祖親鸞の人生を遊びながら学ぶ「親鸞さますごろく」を作った。誕生がふりだし、入滅があがり。サイコロを振って進むうちに、得度や法然との出会い、流罪...と親鸞の生涯や思いをたどっていける。

 宗派の「同朋新聞」の昨年7月号に、子ども向けにこのすごろくを掲載したところ好評で、商品化の要望が相次いだという。

東本願寺の春の法要の時お参りに行って子ども達のおみやげに買っていきました。
小学六年から年少組にもならないウチの子ども達4人がいっしょに遊んでいました。
こういう簡単な遊びの方が世代を超えて遊べるんだと気づかせていただいた。
次の子ども会の時にでもいっしょにやろうかと思ってます。

ウチの子ども達は三日ほど遊んでくれましたが、もう飽きたみたいでもう見向きもしません。
残念です。

さくら満開

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昨日、お参りの移動で、わざわざサイクリングロードを通った。
目的は桜。
ウチから一番近い桜ヶいっぱいあるところだ。
なかなか良い感じでしたね。
近所の人たちが木下で楽しそうにいっぱいやっておられました。
知った顔ばっかりでしたので、声をかけられないかと心配、
かけてほしい思いと、まだ仕事残ってるってるから声かけてほしくないという思い。
二つが同居してました。
挨拶だけで済みました。
ちょっと寂しかったです。結局。
ここ数日暖かい日が続いてます。
長袖のTシャツ一枚で過ごせそうな陽気でした。

でも夜はまだまだ寒いです。

菊芋昨日植えました。
生命力jの強い食物だそうで、畑の隅っこを耕して植えました。

2009年4月 9日

前進座公演 法然と親鸞

昨日は「法然と親鸞」を観てきました
はじめて演劇をしっかり観たような
三部構成で三時間ぐらいかかったのかな。
内容についてはいつものようにスルーします。
今日が北陸公演の最終日砺波であります。
こういう説を取り入れたのと思った部分も結構ありました。
これを観て一番思ったのは、
自分は法然さんのことを師法然としてしか見てなかったと思った。
親鸞さんの師匠としての法然としてしか見てなかった。
彼も求道者なんだ。
苦悩の中で様々悩まれ歩んで行かれたんだと
何故かそういうことをしみじみと思った。
彼の歩み、彼の言葉をあまりにも知らなすぎ、と思い。
しばらく彼の語りかけた言葉を学ぼうとひそかに決意。

そういう感じでした。

2009年4月 3日

浄土の顕彰

顕彰とは個人の功績や善行を讃えるということであろう。
私たち念仏者の顕彰とは還相の菩薩として顕彰するということになる。
還相の菩薩とは私を浄土に導いてくださった菩薩様ということ。
故人を浄土に導いてくださったお方として讃えるということは
私たちの概念としてのほめたたえるということとはちょっと違うのではないだろうか。
私が浄土に生まれることとして大切なことは「世を厭う」ということであろう。
浄土を願う心のもとを私に植え付けてくださった方が還相の菩薩様なのだろう。
「愚者になりて往生す」という法然上人のお言葉をたよりにするなら、
愚者の自覚をくださる方が還相の菩薩となろう。
我が身は罪悪深重煩悩熾盛
火宅無常の世界はよろづのこと、みなもっと、そらごと、たはごと、まことあることなき世
を私たちに示してくださっているのです。
そういうことを指し示してくださったお方として讃えていくことが浄土の、浄土真宗の顕彰、浄土真宗のちぃちょうということなのではないでしょうか。
人間の愚かさを身をもって示していただく方としてほめたたえていくことも浄土の顕彰となることでしょう。
立派な人として讃えていくというよりは
尊いことを教えてくださったお方と讃えていくことなのでしょう。






そういうことを昨日東本願寺の全戦没者追弔法要に参加していただき思わせていただいた次第です。

ご影堂修復

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
昨日は東本願寺の全戦没者追弔法会にお参りさせていただきました。
開始まで時間があったので、
ご影堂の修復状況を見させていただきました。
金具がまぶしいぐらい輝いてました。
そういうものに見慣れない私は、ご影堂は落ち着きがあるべきだなんて思ってしまいました。
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御影のお厨子も輝いてました。金具は梅酢で汚れを落とし、その他はイオン水やら、電子水で洗っただけだそうです。結構奇麗になってます。

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余間の蓮池の画なんですが、正直、写真との違いを感じました。新聞などで掲載されていたmのは奇麗に色が復活しているように写ってたんですが、現物を見ると、そんなにでなく、ちょっとくすみを感じた。
まぁそれぐらいで丁度良いのでしょうけど。
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ふすま絵はホンモノでないそうです。これも修復したそうですが、今は至宝展の方にいっていて、模造品だそうな。
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ここぞとばかりに欄間も写真を撮っておきました。見真の額は全然いじってない感じでした。っていうか、まだかけてあるじゃん、って感じでした。これを機におろそうって言うことにはならなかったみたいです。
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その後法要にお参りをさせていただきました。
式次第は一般的な寺院で行われるものとはさほど変ってませんでした。
下臈出仕で楽が入っているのに挿鞋でなく、藺草履だったって先輩は首を傾けてました。
私は裃を着けた人がいたことに驚きました。時代劇でしか見たことなかったので。
それと、ご門主さんが登高座をなさったのですが、登高座額で登高座をされず、伽陀中になさってました。阿弥陀堂でも早津百合の伽陀を思いっきりゆっくりされていてぎりぎり間に合ったって感じなのに。これをご影堂でするとなるとどうなるのだろうか、出来るのだろうかと疑問に、不安になりました。

あと高橋哲哉さん講演会があって、そこまでいたんですが、基本的に寒かったです。掘るの京都と思っていったのが間違えでした。風邪引きそうでした。
話しの最後に「戦争絶滅受合法案」なるものを紹介されました。
正直笑っちゃいました。
私は戦争するなら、戦国時代みたいに将軍が先頭に立ってすべきだ、そうでなくなったから戦争で死ぬ人が増えるんだと思っていたことがあったんですが、そういうことを以前から思っていた人がいるんだと思いました。
戦争絶滅受合法案はこういうところに掲載されています。
追弔するという意味をもっともっと念仏の眼差しで吟味しないといけないと思いました。
そして顕彰するということも、何をほめたたえるのか、何に尊むのか。それを明らかにしないと大変なことになっていく。
戦争でなくなった人の悲しみを題字にしないと、その悲しみを心に刻み生きていかないとと思いました。その歩みこそ、殺さない、殺させない、殺されないだと思います。

帰りこんなものも見つけました。
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木之元西徳寺

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
一昨日、木之元西徳寺に団参のメンバーで訪れました。
このお寺は道場形式を携帯を残してある寺院。
ここには蓮如さんの名号と、惣道場として建てられたときから使っている(?)三具足が現存してました。
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私たちが参拝するということで住職さんは特別蓮如上人がお書きになった名号を安置してくださったそうです。。感謝です。
単純に鶴亀の燭台はいつから使いようになったのかっていうことを思いました。
私の記憶によれば、鶴亀の燭台は、東照宮にあったような気がします。そして桃源郷をあらわすものでなかったかな。
本山に懇志を上納する度に本尊の下付、宗祖の像の下付などが続き、寺院形式になっていったそうです。
あまり如来のお木像を重視してなかったようです。いただいたから仕方ないみたいで...
この本堂は、文化財に指定され、復元したというか、江戸期の形に戻したそうなんですが、
そのときまであった、欄間、巻障子、等々のご寄付いただいたものはどこに行ったんだろうかと思ったり、よく復元することを了承されたと思いました。
使わなくなったらん魔などほしいものだっていう声も聞こえてきましたし、わしも思った次第です。
蓮如上人の時代惣道場として建てられたときは、床の間に名号をおかけする形だったそうです。何か善光寺聖の方々の住まいを思い浮かべました。

住職さんのお話で心に残ったのは、寺の住職だから信心があるものとは限らない、信心は門徒と共に磨いていくものだとおっしゃっておられました。
住職は、判断する能力を持っているだけ、教学をしっているだけ、とおっしゃっておられたことに改めて頷かせていただきました。
肩の荷を下ろさせていただいたような気になりました。

2009年4月 2日

今日は御遠忌参拝の下見

きょうはお寺を離れて滋賀県方面に来ています
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
朝の七時に高岡を出発してまずは高月の渡岸寺
、十一面観音が有名らしいです。っていうか国宝やら重文なそうな うしろから姿が見られておもしろかった。
 あと廃仏毀釈のころのこのお寺のうごきにすごく興味を持った
 次は
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
木之元西徳寺ここは信州の道場形式の建て方が残る最も古い寺院らしいです。
住職さんのお話が、なぜか耳に残る
善光寺聖としての道場ということがしっかりうかがえる建て方でした。
次に伺ったのは長浜、どこかで食事をして大通寺に
ここはそれなりにそういうもの
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
建物の歴史とはいろんな話しを聞いたのだけど、私は興味なし、
本堂前の桜が奇麗に咲いていることが一番記憶に残っています。
最後に五村別院
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
教如上人ゆかりの地だそうですが、東西分派のことを思えば何故か感慨深くなりました。
その後は、時間をかけて雄琴にある雄山荘食事などまぁまぁとしとしておく
明日はほんんざんの戦没者追弔法要に参拝です。

2009年4月 1日

イチゴ 花咲く

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昨日畑に出てみるとイチゴの花が咲いてました。
昨日は、午後から畑でお遊び、
この間ホームセンターでキャベツの苗があるのが気になってて、
午前中はホームセンター巡り、
でも二軒ハシゴしたのにキャベツの苗売ってませんでした。
ちょっとすねながら肥やしと種を数種類買いました。
午後から家に一番近いホームセンターに再チャレンジ。やっとありました。午前中同じ系列店に行ったのにそこにはありませんでした。同じ店でも於あるものと置いてないものがあると実感。田舎には田舎向きのものがあるんだと自分で頷きました。
帰ってから
早速キャベツを植えようと畑へ。
以前キャベツを植えた列にまだ余裕があったと覚えていたので苗を持ってそこに行くと場所はあったのですが、畝が存在してませんでした。崩れたのかな。
早速畝を作る。
めんどくさくて耕耘機を持ち込んで早速取りかかろうとすると、...
エンジン停止。
どうもがず欠のようです。
仕方がなく鍬で作り直しました。
キャベツ五つ、レタス三つ植えました。
あと、ちょっと遅い感じもするけど、菜っ葉系を植えようとまた畝作り
運動不足の俺途中でへこたれました。
夫と、
もしかしたらチョリタンクニまだガソリンあるかもと思い、
確認にいったら結構あり、
はじめに確認しておけばよかったと後悔。
こんな苦労しなくてよかったのに。
耕し、
ほうれん草、にんじんの種を蒔きました。
こういう細かい作業も苦手です。
集中力がどうしても欠けて仕事が粗くなってきます。
そういえば水菜と青梗菜の種を買うのを忘れてたことを思い出させていただきました。
いま種に色がついているのあるのです。こんかいのほうれん草も紫の色がついてました。この間買ったときもそうだったかも知れない。
見やすくて便利です。どういう感覚で蒔いてあるか一目でわかります。
私の場合はへたくそなのがすぐ判ります。
1時半頃から畑にいたのですが、気づけばもう4時。
あわててお参りに行き、
その後次男のやきゅうの練習を見に行きました。
今日は良い点でしたが風が冷たかったです。

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これから、というか今日明日と、京都方面に出かけます。
教区の仕事で御遠忌団参の下見というか、内見会のようなものです。
全戦没者追弔法要に参拝の予定です。
多分とっしょりのつきあい大変かも。
各組からに三名参加での行事ですから、バス一台にはいるだけの人が来るはずです。計算してみると、そうでもないか、25人ぐらいの参加なのかな?
ようわかってません。
とにかく行ってきます。

2009年3月31日

きのうのゆうごはん

昨日の夕ご飯は回転寿司でした。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
といっても私はこれ、ビール飲むのが中心ですが、
ビールにたどり着くまで結構時間がかかりました。
平日なのに1時間ぐらい待たされたかな。
結構なお客さんでした。
感じとしてはあと十分早ければもっと早くたどり着いた感じでした。
そのおかげでビールが美味しかったです。
昨日は何故回転寿司だったかというと、
特に理由はないんですが、
長男と三男が京都に行っていていないから、なんていう変な理由ですかね。
あいつらも多分上手いもの食べてるから...
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
私が食べたのは、しめさばと、後鰺だったかな
私はお酒を飲むときはご飯もの控えめです。
家ではほとんど口に入れません。
でも昨日、最初刺身の盛り合わせを頼んだら担当者がいないので、時間かかるっていわれすねていまして、我利を喰ってやってました。
とになって出来るっていわれ刺身を頼んだわけです。
生ビールは寒かったこともあり、三杯だったかな。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
息子たちは寿司屋なのに寿司バベルっていうより、素麺やら、イチゴやら、トマト美味しそうに食べています。流れてりゃ~それで良いんかい!なんて感じです。
でも次男坊、次男坊マグロのの三修盛りさび抜きなんていうのを頼んでました。それだけはちゃんと耳に入ってきました。餓鬼のくせにそんな贅沢なもん喰いやがって、と当たり前のように心の中でつぶやいた私です。

続きを読む "きのうのゆうごはん"

2009年3月28日

ご案内 市民公開講座

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このようなものが開催されますよろしければご参加ください
詳しくはこちらをご覧になってください

蓮植える

今朝ちょっと食べ過ぎた間があり、
自分にストレスがあることを実感。
どうしようかと悩んでいたときに、
宅配のおっちゃんが登場。
先日注文したレンコンが到着。
食用ではありません。
花蓮用のレンコンです。
早速、定住地を用意してやらないとということで動き出す。
先住の蓮が澄んでいる舟形の横に先ず穴を掘る。
そしてプラのたらいを埋め、
なるべく平らになるよう頑張る。
彫り上げた泥、畑から田んぼにあったような泥を入れてひとだんらく。
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しばらく落ち着かしてから植え付けるのが常識なのは承知しているのですが、
思い立った日が吉日の私は早速植え付けました。
といってもマメも持たないヤツですから写真を見ても何にも見えません。
こんな花が咲く予定です。

あくまでも想像図っていうか受かったところの写真ですから現実とは多少異なるかも知れませんですね。 またまた楽しみが増えたわけです。

きずな

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)

2009年3月27日

付け足し

空豆のためを晩秋に蒔いてあったんですが、芽を出したのは一個だけでした。
多分、深く植えなかったので雨で流れていったり、カラスどもに食べられたんだと思ってます。
っていうわけで、
昨日、ホームセンターに行って、
空豆の苗、そしてついでにスナックエンドウの苗を買ってきて、今日寒空の中、植え付けました。
早く大きくなってほしいものです。

続きを読む "付け足し"

いつもよりちょっとはやくできあがったよ ごぼはんだより

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今週に入ってからコツコツと作ってましたごぼはんだよりしあがりました。
といっても自分の文章は少ないんですが...
よかったらご覧になってください。
こちらから

2009年3月25日

ちょっと抜けだそ

来月の一日二日と、久しぶりに東本願寺に行くことになっている
御遠忌の団体参拝の下見というか、リハーサルのようなもの。
組の役員をしている私は行くはめに。
こういう表現をしているところがもう消極的。
前没シャツ銀杏法要に参拝することになっているのですが、記念講演まで入られない予定のよう。
記念講演無しの法要に参拝するのは勿体ないような。意味のないような感じを私は受ける。
まぁ。戦没者追弔法要に参拝することが目的の度ではないのですから、仕方ないことなのでしょうけど...

そう感じていたとき、新聞記事を発見。

[魚眼レンズ]平井真人さん(沖縄タイムス)

沖縄の精神性をテーマに


 28日から、京都市で個展を開く染色家の平井真人さん。ウチナーグチで「平和で豊穣な世」を意味する「世果報」をテーマに、20点の作品を展示する。沖 縄戦や2001年の「9・11米中枢同時テロ」からイメージし、02年から08年にかけて制作した。「社会から消されてしまった命は、過去も現代も変わら ない。『命』に対する自分なりの視点を表現した」と振り返る。

 「世果報と名付けたのは、沖縄に根ざす平和で豊かな精神性を大事にしつつ、表現していきたいから。これは表現者として一貫していきたい」。同展は京都市 の真宗本廟(東本願寺)の参拝接待所ギャラリーで4月27日まで。問い合わせは真宗大谷派解放運動推進本部、電話075(371)9247。
法要を抜け出して参拝ギャラリーに行こうと企ててる私です。

宗派のHPでこんかいの参拝ギャラリーのことがどのように知らされているのかと尋ねてみると、なかなか見つからない。
ようやく春の法要のパンフの中にしるされていました。
非戦平和展
ちょっとちっちゃくねぇと感じた私でした。

2009年3月23日

にっこにこ

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
昨日三男坊の誕生プレゼントを買いに行ったついでに四男坊の愛車を購入。
もらったのや乗ってたのあったのですが、痛みが激しく購入を決意しました。
早速朝保育所に行く前に三輪車に乗って散歩
ご機嫌さんでした。
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八歳

昨日は三男坊の誕生日でした。
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誕生日の三男坊はまんなかにおらず四男坊が何故か真ん中にいます。でもやっぱ目立って、一番楽しそうなのは三男坊なのかな。
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誕生ケーキは三男坊のリクエストで、っていうか多分そうだと思う。
ポッチャマとかいうヤツ。
ボッチャマンではないらしい。
話しによればポケモンらしい。

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
誕生プレゼントはwiiソフト名前はよくわからんけど、昨日トイザらスに会に行きました。ついでに四男坊の三輪車も。アンパンマン三輪車です。
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珍しく長男がカメラの中に入ってます。俺が撮ってないからかな。
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とにかく三男坊よ。誕生おめでとう。
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ワンパクでもいい。たくましく育ってほしい。
だったけ?
そういうコーマーシャルの言葉を思い出す。

ちょっと頑張りたい

シズオさんから紹介いただいた本をアマゾンで購入
 
注文をしててもとにあるのですが、まだひらいてません。
ヨメハンに渡してしまいました。
読んでって。
「面倒な計算はもう入らない」という帯の言葉が目に入ります。
coreなんですよね。
これをきにしてたら美味しいものでも美味しく食べることが出来ないし。
これを気にしていたらストレスがたまりそう。
そしてなお膵臓を悪くしそう。
そう思う私です。
だから読もうと思って買ったんですが、
半分本の題を見て安心したような半分判ったような気がしてます。
じっくり読んでいきます。

2009年3月21日

コメント認証

MTのバージョンアップをして、コメントの時mixiIDでログインできなくなっていたんですが、
小粋空間さんの記事を読んで、mixiコメントのバージョンを下げればOKということが判明
ということで実行。
MTのプラグインのミクシーコメントのバージョン1.00をダウンロード
pluginディレクトリーのミクシーコメントと入れ替える。
mt-static/pluginsディレクトリーのミクシーコメントも入れ替える。
これで作動しました。

あと、グーグルIDでの認証が出来るようにしたいのですが、
これはやっかいです。
私の場合は、サーバーにCrypt::SSLeayというモジュールを入れる必要があります。
昨日からやっているのですが、うまくいきません。
coreserverさんが入れてくれると何の苦労もないのですが、...
そういう面においては本当に反応が遅いレンタルサーバー屋さんです。

2009年3月20日

動から静へ

昨日、畑仕事をして私にしてはすごく体動かしたのに、今日は一変して静です。
でもしたくてしているのではないんです。動きたくても動かないんです。
朝起きたら節々が痛かったです。機能動かしすぎてもう筋肉痛がやってきたんだと思っていたんですが、どうも違ってたみたいです。
起きてしばらくしてからトイレへ、
固形物が出るはずの所から液体が出てくるんです。ジャーって。
Pチャンです。
昨日の食べ合わせが悪かったのかと思って単dねすが、
お昼前から今度は寒気が、
どれだけ来ても寒いです。
いまはダウンを室内で来ています。
熱く感じたり、寒く感じた理です。
どうも風邪のようなのですね。
安静にします。

バージョンアップ

ブログのアプリケーションであるMovable Type を4.25にバージョンアップしました。
3000誓いファイルがあったのでアップロードするのにすぐに終わったっていうわけ似合ひ来ませんでした。
何が変ったのは正直よくわかってませんが、バージョンが、小数点第二位が5になったっていうことはだいぶ変ったのでしょう。
コメント用のログインが、
Movable Type  OpenID LiveJournal Vox Yahoo! AIM WordPress.com TypePad Yahoo! JAPAN ライブドア はてな 
というIDからも出来るようになったのが変更点で目立つところです。

あと、グーグルとMIXIのIDからもブログをもうちょっといじれば出来そうです。只今格闘中

2009年3月19日

畑仕事

今日の午前中畑仕事をしました。
久しぶりにやったのでいまめっちゃ腰が痛いです。
畝を建ててジャガイモを植えただけなんですけど、それも耕耘機のお世話になっているのにこの様です。
男爵5k めーくいん3k
寺嫁さん智に習って天日干ししてからと思っていたんですが、私には無理でした。
畑を起こして畝建ててすぐに植えてしまう私ですから、前もって準備っていうのは無理みたい。
というわけで切り目には輩を付けました。
午前中だけでは終わらず、午後もちょっとかかりました。4ズン畝しました。

家のまわりでは少しずつ色んな者が花を持つようになってきてます。
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2009年3月18日

らうめん

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
今日の昼ご飯はちょっと贅沢しました。ここ最近のコンビニおにぎりからすれば四倍以上の値段。
らうめん 侍の侍でノーマルのヤツいただきました。630円だったかな?旨辛ねぎらうめんっていうのも気になったんですが、まずは無難なところかたということでノーマルにしました。
スープは私の口が間違えなければ豚骨系でした。
でも麺払う麺と行ってるだけあって、ラーメンの麺とちょっと違ってました。
腰があるっていう感じのものではなく、卵沢山のプリプリっていうのが近い表現なのかな。
美味しくいただきました。
早々ここは替え玉制度がありました。ランチタイムだったからなのか、無料のようでした。
私は食べ過ぎ注意ということで我慢しました。

さて最終日の今日は、
お布施は戴く方は、お預かりします、とか、大儀、というのが普通だった。
っていうことを先紹介しておいて、
もらう方の心はさておいてそれには大事な願いがあるっていうことをおはし死して、
二河白道の譬を紹介して、
弥陀釈迦の召喚の声は、群賊悪獣が近寄ってきてはじめて言葉として聞こえたのではないか、その前からも弥陀釈迦は声は発していたんではないかなんていう仮説を紹介して仏法を歩む良縁を群賊悪獣によって頂いたのではないかっていうことをお話しさせていただきました。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
別院はお彼岸の準備が進んでいました。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
これはJR金沢駅の正面です。小京都っていうことで和風なデザインになっているのでしょう。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
今日は金沢を出るのが遅くなって、家に着く頃には夕日が沈もうとしていました。
この方向が西なんだなぁ~と思いました。

明日からは金沢へ行かなくてもよくなりました。
通常運行になります。
やっぱホッとしています。

2009年3月17日

ますのすし二段重ねおにぎり

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
今日のお昼は重いとしては駅そばにデモしようかと思ってたんだけど、金沢駅の待合室にある駅そば屋さん、いっぱいだった。
それであきらめちゃいました。
今日は花粉のせいか鼻水がめっちゃ出そうで、それなのにティッシュを持ってくるの忘れちゃって、買わないといけないだろうという思いも湧いてきて、結局今日もコンビニおにぎりになったわけです。
これ食べたいっていうのがもうなくて、
北陸限定ということでこれにしました。


今日は「経教はこれはこれ鏡に他と得るなり」という善導大師さんの言葉をたよりにして、本願の第一、代に願文を読んでいきました。
私たちは地獄餓鬼畜生と同じ生き方をしてそのことにも気づかず生きている、そのことを如来大いに悲しみてたすけ給うなんていう感じの話をしました。
明日は最終日なのですが、いつものことながら明日のことまだ考えられません。浮かんできません。
携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
これは金沢別院の真宗会館に飾ってあった誕生仏です。
何よりも大きいことにびっくりしました。
これを花まつりの時使っているのかな?飾りようなのかな?

2009年3月16日

今日のコンビニおにぎり ちょっと失敗

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
今日のお昼ご飯のおにぎりはちょっと失敗だったかな。
 かに味噌っていう文字が気になってつい買ってしまったんだけど、
正直どこに蟹味噌が?なんていう感じ、かにはいたような気がするんだけど。
130円ぐらいでのかに味噌は期待する方が間違えでした。


今日は、
 如来、我が人生を見て大いに悲しみたまう、
 我が無明を悲しまれているより
 我無明なりということにも気づかず平然と生きていることに悲しみ給う
なんていう話しをさせていただきました。
 明日はどうなることやら、これから考えます。

今日のクー様

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
うちのバカ猫、朝からストーブの横で股おっぴろげてグースカ寝てます。
やっぱバカ猫です。
隙ありすぎだちゅ~の

2009年3月15日

昨日は忙しかったぞい

きのうはいそがしかった
午前中お葬式のお手伝い
終了後迎えに来てもらい月参り
太巻き二きれと煎餅数枚をつまみ食いして引き上げ初七日
その後遅刻して組門徒会臨時総会
帰ってきて、夜の話を詰めるまとまらず出発
隣の組の同朋の会で話しする
帰ってきてホッとして
気がたるみ、多めに飲んで、多めに食べる。

夜中っていうか朝方次男坊が嘔吐。


一切善悪凡夫人

一切善惡凡夫人
聞信如來弘誓願
佛言廣大勝解者
是人名分陀利華

<試訳>
すべての善悪に縛られている人々が阿弥陀仏の本願を聞いて信じれば佛は本当に広く理解したものと言われる。そのひとを汚泥に白く気高く咲く分陀利華と名付けられる。

あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。心を至し回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得て不退転に住す。唯五逆と誹謗正法とを除く。(第十八願成就文...大無量寿経巻下)

一切善悪の凡夫、生まるることを得るは、みな阿弥陀仏の大願業力に乗じて、増上縁とせざるはなきなり(玄義分)

もし善男子善女人、彼の法の中において広大勝解の者(如来会)

もし念仏する者は、当に知るべし、この人はこれ人中の分陀利華なり。観世音菩薩・大勢至菩薩、その勝友と為りたまう。当に道場に坐して、諸仏の家に生ずべし(観無量寿経)

善悪と価値観と、覚者か凡夫人かという価値観
凡夫→一般人、一般でない→覚者、仏陀
八正道の正見

正見 (Wikipedia)

「正しく眼の無常を観察すべし。かくの如く観ずるをば是を正見と名く。正しく観ずるが故に厭を生じ、厭を生ずるが故に喜を離れ、貪を離る。喜と貪と を離るるが故に、我は心が正しく解脱すと説くなり」といわれる。われわれが身心のいっさいについて無常の事実を知り、自分の心身を厭う思を起こし、心身の うえに起こす喜や貪の心を価値のないものと斥けることが「正見」(samyag-dRSTi, sammaa-diTTi)である。このように現実を厭うことが正見であるなら、人間の日常性を否定する消極的なもののように思われる。しかし、その日常 性の否定は、真実を積極的に追求することから生まれるから、かえって真実の認識の完成である。この意味で「心解脱」といわれ、正見が「四諦の智」といわれ る。

この正見は、以下の七種の正道によって実現される。その点で、八正道は、すべて正見である「智慧」の活動してゆく相である。 八正道は全て正見に納まる。

無明無知の者が判断する善悪
無上なる者が判断する善悪
屠沽下類刹那超越成仏之法可謂一切世間甚難信也 屠は謂わく殺を宰どる、沽はすなわち醞売、かくのごときの悪人、ただ十念に由ってすなわち超往を得、あに難信にあらずや、と。
顕浄土真実信文類三
悪人とは差別する言葉 我が身のことがわからないものが他に発する言葉

我が身を正見することによって弥陀の誓願を聞信できる 浄土往生が約束される
知恵の照によって我が身の無明が明らかになる
我が身の罪悪を肥やしとして知恵の白蓮華が育つ
蓮の華はもっとも気高く尊い華なのですが、それでは、その華はどのような所に生育するのかということについて、親鸞聖人は『教行信証』に、『維摩経〈ゆいまきょう〉』というお経から、次のような経文を引用なさっています。
「高原の陸〈ろく〉地〈じ〉には、蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥〈おでい〉に、いまし蓮華を生ず。」(『真宗聖典』288頁)
 もっとも尊ばれる蓮の華は、実は、誰もが理想とするような、明るくて風通しのよい、すがすがしい場所に育つのではないのです。そうではなくて、誰からも遠ざけられるような、汚らしくてジメジメとした泥沼にこそ、蓮の華は咲くのです。一切の汚れに汚されていない真っ白な蓮華は、ドロドロと濁りきった泥沼のなかにしか咲かないのです。何とも不思議な感じがします。
 世間の泥にまみれている哀れな凡夫、煩悩にあふれた日常に埋没していて、そこから脱け出そうにも脱け出せない悲しい凡夫、何が人生の最後の依り処なのかがわからず、そのわかっていないことすら、わかっていない愚かな凡夫、そのように情けない凡夫であるからこそ、阿弥陀仏は救いたいと願っておられるのだと教えられています。
 私たちの日常は、まさに「卑湿の淤泥」であります。釈尊と親鸞聖人の教えから、そのような我が身のありようをつくづくと思い知らされて、阿弥陀仏から私たちに差し向けられている願いのことをよくよく聞かせてもらい、疑うことなく素直になって信じるならば、その人こそ、泥のなかに咲く白い蓮華であると言われているのです。何ともありがたいことです。(http://www.tomo-net.or.jp/sermon/shoshinge/shoshinge29.html)

まだまだ離れません

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
今日もストーブの前があいてると熟睡されるクー様です

2009年3月14日

テスト送信

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)

いなりむすび

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)
昨日はおにぎりの棚の前に立ったら、おにぎりにも色んな値段があることに気づき、何となく贅沢をしたくなっちゃった。
良く考えたらこの値段だったらカップラーメンが食べられる。
でも控え室には熱湯はないんだけどね。
中にレンコンの刻んだのが入っていて食感がよかった。でも難点が一つ、
アゲさんだ。
直接アゲをさわると、脂っこい。
手が結構ベトベトに。スマートフォーンもちょっと汚れちゃった。

昨日は、
Wikipediaの八正道、特に正見をよりどころにしてお話しさせていただいた。

正見 [編集]

「正しく眼の無常を観察すべし。かくの如く観ずるをば是を正見と名く。正しく観ずるが故に厭を生じ、厭を生ずるが故に喜を離れ、貪を離る。喜と貪と を離るるが故に、我は心が正しく解脱すと説くなり」といわれる。われわれが身心のいっさいについて無常の事実を知り、自分の心身を厭う思を起こし、心身の うえに起こす喜や貪の心を価値のないものと斥けることが「正見」(samyag-dRSTi, sammaa-diTTi)である。このように現実を厭うことが正見であるなら、人間の日常性を否定する消極的なもののように思われる。しかし、その日常 性の否定は、真実を積極的に追求することから生まれるから、かえって真実の認識の完成である。この意味で「心解脱」といわれ、正見が「四諦の智」といわれ る。

この正見は、以下の七種の正道によって実現される。その点で、八正道は、すべて正見である「智慧」の活動してゆく相である。 八正道は全て正見に納まる。

自分の心身を厭う思を起こし、心身の うえに起こす喜や貪の心を価値のないものと斥けることが「正見」という言葉が気に入って話してみた。

昨日一昨日で思い出したことが一つ、
何でこんなに慈顔が余るのかと疑問に思っていたんですが、気づいたこと、思い出したことが...
それはゆっくり話していないってこと。
喋るスピードが早かったんだ。
ゆっくり喋ったら時間が足りなくなったぐらい。
聞く方もゆっくりで聞きやすいだろうし、喋る方も話す内容をそんなに仕込まなくすんで高燃費になる。やっぱこれ得です。
と勝手に理解してます。
あとは聞きやすい内容が求められます。それが問題!

昨日予定時刻を遙かに過ぎて家に到着しました。
あと少しのところで電車がストップしちゃいました。
昨日、津幡の駅で線香の普通列車が車両トラブルでストップして、私が乗っている列車に乗ってきて、気の毒に、と思ってたのに。
コーヒーこぼし異臭、列車運休 JR北陸線森本―津幡間(富山新聞)
  十二日午後二時四十二分ごろ、JR北陸線の森本―津幡駅間を走行する福井発富山行き の普通列車(三両編成)内で焦げたにおいが発生した。同列車は点検のためJR津幡駅で 停車し、津幡―富山駅間の運転を取りやめた。乗客約百人は後続の普通列車に乗り換えた 。その他の列車に遅れはなかった。
今日は高岡駅で私が足止め。
高岡駅ではこの時間の列車は、トワイライトエクスプレスを先に行かせるためしばらく止まる。でも、昨日はだいぶ立っても動かない。
車内放送で、風のためストップしているとのこと。50分ぐらい待った。動く気配全くなし。
滋賀県内の強風で遅れてたはずのサンダーバードも追いついてきた。こいつが先に行かないとどっちにしても動かない。

富山で瞬間風速30・3メートル


特急列車など計44本運休

屋根からはがれ電線に引っかかったトタン(13日午後9時39分、富山市月見町で)

 低気圧が発達しながら日本海を北上した影響で、県内は13日、強風が吹いた。富山市では午後8時13分、最大瞬間風速30・3メートルの今年一番の強風を観測。富山地方気象台は同8時半に県東部南と県西部南に暴風警報を発令した。

ニュース 速報 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

ということでヨメハンに迎えに来てもらった。
夜お通夜のお手伝いに行かないといけないし、一軒月参りが終わってなかったので、
とんだトラブル。
今日の会場は小高いところにある、結構風が強かった。揺れはしなかったけど、風が当たる音が勤行中にも聞こえた。

今日は、お手伝いを入れたので大忙し、
別院は休みにさせてもらったけど、
午前中から葬儀、その後組の門徒会臨時総会、その後隣の組の同朋の会、
多分出ずっぱり、九時ぐらいには家について夕ご飯となるのかな。
忙しい組がし、
同朋の会の話しももうちょっと詰めないといけないのに。

2009年3月12日

今日のコンビニおにぎり

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いつものように別院へ行く途中にあるサンクスでおにぎりを一個買ってお昼ご飯にしました。
こら島よ、故れっけっこういけます。
よくカブラとあえていただくのですが、マグロもOK

今日は二時半に終わってくれとのことでちょっと短縮モードです。
信楽という言葉を一度サンスクリットに訳し、そして日本の言葉に訳し直して話を始めました。
心が澄み浄らかになる作用、という意味になるそうです。
信心をいただくと、心がきよらかになり、いままで自分の心の霞によって見えなかったものが見えるようになることだという言い方をさせていただきました。
明日どうしようかな、全く白紙です。昨日今日との話しで三日間話しするつもりだったんだけど、結果足りませんでした。
今からボチボチ考えます。
IMAGE_009.jpg
今日の夜中、四男坊が掃いてしまい、私はボケと見てただけなんですが、目が覚めて、あまり眠れませんでした。ノミのような心臓しか持たない私です。
ちょっと寝不足です。

2009年3月11日

今日から金沢通い

今日から18日まで土日を抜いて金沢別院の定例不況でお話をさせていただくご縁をいただいています。
朝床屋さんで髪を切ってもらいちょっと気合いをれています。
最近思っていることをお話しさせていただこうと考えています。
金沢まで電車で通うのですが、今日はその電車の中で、昨日から使っているイーモバイルのスマートフォーンをいろいろいじっています。
使いにくいところがいろいろあるんですが、慣れるしかないと思って遊んでいます。

駅まで自転車、朝もおにちぎいっこ、お昼もコンビニのおにぎり一個、帰りも当然自転車で帰ります。
とるカロリーも少なめ、そしてちょっとカロリーも使って、ちょっと良い結果になればよいものです。

往生のしるしということを前半三日間ぐらいはお話しさせていただく予定です。
どうなる事やら、
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着実に春やって来てる

昨日確定申告の書類を出しに税務署まで行ってきました。
重たいおしりがあがらず、やっと仕上げる気になり、
でもやっと昨日提出することが出来た。って感じです。
返してもらえるものか絵師てもらわないとそん、と自分に言い聞かせて、書類を作成しました。
といっても還付申告なので、そんな難しいことはないんですが...

昨日行く途中、歩道で中学生らしき人たちが沢山いた。
近くには県立高校と、市電の駅がある。
高校受験が始まってるのかと、知らされる。
顔を見ると、中学生と判る。高校生ではない。幼さを少し感じる。

中学生の大群を見ていたら自分の高校受験の頃を思い出す。
勉強が嫌いというか努力の嫌いな俺、ろくに受験勉強せずに県立高校を受けて、見事落選。
そんな悔しい思いもしなかった。
そんなもんかと結構冷静というかさめてた。
いまもだけど、あの頃輪をかけてのんきだった。
他人事だった。
自分の人生なのに。
あの頃といま比べると何が変ったのか。
体、知能も少し変った。
でも今生、ほとんど変らず。
努力いまだに嫌い。
こういう生き方を一として生まれているのに一らしく生きていない、っていうのかな。
そういう私(たち)の姿を見られ、法蔵菩薩は大いに悲しまれ、阿弥陀仏に成仏された。
そんなことしっててもしってるだけの俺。
申し訳なくと思わず、感謝の念も沸かず、生きてることを当たり前と思って生きてる俺。
これでいいのだろうか。
ふと、そう思う。

2009年3月 6日

言うことを聞かないから...

これ、私のことなんです。
さっき四男坊が御キバリあそばしておられました。うぅ~んていって
長いことされていたのでもう終わりかと思い紙パンツ買えようかと思ったら、
四男坊が拒否、
まだ終わってないって。
また天邪鬼になったんだろうと勝手に思い、強行突入
見てみるところころの小さいの一個だけ、
そしてまだコウモン様が開いてました。
しっかりコウモン様をグニュグニュおしり拭きでしてやって変えました。
親医なぁと思いながら紙パンツを新しいのに買えました。
このときも抵抗する四男坊。
しばらくするとまた御キバリになられました。
今度はまぁまぁの量でした。
着替えも素直に協力的にしてくれました。

四男坊の言うことをちゃんと聞いてやれば、紙おむつ一つ損しなくて済んだのに。
なんて思ったわけです。

携帯百景(ケイタイヒャッケイ)

続きを読む "言うことを聞かないから..."

「門徒」という言葉

浄土真宗の檀家を門徒と一般的に言うわけです。
檀は檀那を指す言葉で施しをする一という意味で、極端に簡単に言ってしまえばパトロンって言うことだろう。
檀家ではなく浄土真宗では門徒と行ってきたわけだ。
家から徒と変化していることは現代の視点から見ると家から個人という感じですごいことなのだろう。
でもこの言葉私は気になるのだ。
ある意味もっと大事にしたいのだ。
すごく引っかかるのは、
○○寺門徒っていう言い方に疑問を私は感じる。
自分も、どこどこの門徒さんといってしまっているのだけど、やっぱ気になる。
門徒という詞書きになるのではなく、門徒という言葉の前にある言葉が気になる、といった方が正確なのかも知れない。
私は門徒の前にくる言葉は、浄土と真宗、という言葉しか前に来るべきではないと思うのだ。
本願寺でもおかしいと思う。
門徒は所有物ではない、
僧侶も門徒だ。

もんと 【門徒】

同じ宗派に帰依して宗教生活を送る人。本来は、同一の系譜に連なる僧侶を指したが、浄土真宗において在家の信者の意に用いられたため、中世後期以降、もっぱら真宗信者一般に対する呼称となった。
Excite辞書エキサイト
とある。もともと僧侶を指した言葉だったそうな。門徒も檀家も関係ないって言うところからこういうようになったのかも知れない。
それなのに。
現実、「門徒」と僧侶を区別している。
深い深い溝を作ってる。
檀家を門徒といっても何ら現実変わらない関係。

だから自分は檀家って言う言い方をわざわざすることもある。

浄土真宗で檀家のことを門徒というんだって言うことで終わるのではなく、何故そういう言い方になったのかなんていうことを大事にしていかないといけないんだろうな。
変化していかないと、ちかづいていかないと
門徒って言う言葉に失礼だ。なんて私は思う。

2009年3月 5日

今日は断念

今日はお参りも少なく、他の用事もなかったので、午後からジャガイモの畝でも作ろうかと思い、畑には出たんですが、予定地に立ってみると、グジョングジョン、っていうか、ポニョポニョ、大夫でフォルトして言えば、まだまだトランポリンが出来るような感じでした。まだまだ水気をいっぱい含んでいて、耕耘機を入れても意味がない状態だった。だから今日は断念しました。
うちの畑いっつもジャガイモはぎりぎりになってやっと植えれる状態になる。
だから今日はタマネギに泥をかぶせ、マメに棚をしてやって、1時間ぐらい畑にいて帰ってきました。

2009年3月 4日

ユニクローゼ


私何を隠しましょうユニクローゼなんです。簡単に言えばユニクロ愛好家です。
そう私が名乗るとユニクロがイメージが悪くなるので名乗らないでくれ、なんて言われそうですが...
そういう私にとっておきの時計を見つけました。
ひょんな拍子で見つけました。
単なるユニクロのコマーシャルといえばそれまでなんですけど、
そういう単純なもの簡単に引っかかってるいる私です。
http://www.uniqlo.jp/uniqlock/
大きい画像で見たい方はこちらでどうぞ。

2009年3月 1日

今一度畑へ

IMG_0727.jpg
月参りを終えてもう一度畑に行ってきました。
蕗の薹があるんではないかと思って言ってきましたら
結構ありました。
山吹ではないので味はちょっと薄いですが、天ぷらか、煮浸しにしてもらおうと思っています。

苺にマルチ

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苺のハウス栽培は今収穫の盛りなのでしょうが、

今日、午後からの予定が変更になり...
ヨメハンいきなり次男坊の野球を見に行くって出て行ったので、四男坊のため家にいます。さっき眠りに入ったので、その隙に畑に出ました。
アイチ語は一度寒さに遭わせると良いというので雪に遭わせるためマルチをかけずに苺を植えてありました。
そろそろ...っていうか、ちょっと遅いような気がしますが、その空いた時間で、苺の棚にマルチをかけてやりました。
うちの畑田んぼのような畑なので、まだまだ水分をたっぷり含んでねばねばの状態です。
まだまだ泥をかぶせるのもやっとの上代ですが、
総猥ってもだいぶよくなっているところもあります。

だからそろそろジャガイモの準備にかかってもよい感じです。
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初冬に蒔いたマメもだいぶ大きくなりました。そろそろ棚をしてやらないといけないのかな。
マメを作ったことあんまりないのでよくわかってません。

健康のためにもそろそろ時間があるときに畑に出てこそこそしないといけないですねぇ

寝ぼけモードですが 月初めです

168.jpg
昨日は一日寝たり起きたりでした。
今朝起きてたよりを印刷しなければいけないことを思い出しました。
ごぼはんだよりが出来ていますのでよろしければご覧になってください。
こちらから

2009年2月28日

久々に家の布団 懐かしい

火曜日から金曜日まで外泊してました。
火、水と教区のヤスクニ問題研修会で、東京方面。
靖国神社に行ってきました。参拝ではないことはいうまでもないことです。
2、3年前富山教区の方々といっしょに行ったので二度目です。だから珍しいというものはなかったのですが、忘れてたことを思い出したりしてよかったです。一番よかったのは同じ教区の人たちと、いつもいっしょに学んでいる人たちと行ってきたのが良かったです。
改めて靖国神社にお参りされる方は大切にしないとおもいました。
二日目の午前中は防衛省。
午後からは研修会の人たちと別れて、山谷のたち出しにいってきました。
集合場所が判らなくて、浅草周辺を歩きそして山谷まで歩きました。
結局に時間以上歩き回ったかな。
おかげで、ここに吉原があるんだなんていうことも発見してちょっとうれしかった。
次の日と昨日まで、青森に行ってました。ハンセン懇の有志の企画で、松岡保養園に行ってきたわけです。飲んで園の方とお話ししたり、以前より関わって男垂れるかたっが他と話ししてきました。
あっという間の二日間でした。
園の方のお宅訪問というのがあったのですが、昨日お話しした方のお宅に数人とおじゃましたのですが、色々おかずを用意して待っていてくださいました。
漬け物、花豆、竹の子の煮たの、棒鱈の煮たの、そしてちまき、(ササ何と勝手言っておられたな。
色々ご馳走になり、ホント美味しゅういただきました。
わざわざ用意いただいたことに心苦しさもあったのですが、せっかくだからよわれることにしました。
楽しいひとときでした。
帰りに色々トラブルがあって落ち込むこともあったけど、有意義な時間でした。
実は帰り東京までは順調に帰ってくることが出来たのですが、帰る日の朝、東京富山間の飛行機がとれてないことが発覚、とれてないというのではなく、富山東京間という逆をとってたんです、気づき変更をかけようとしたのですが、満席ですでに遅し状態でした。
仕方なくJRで帰ることにしたんですけど、指定席完売状態。
立って蛙の覚語で帰ったんですが、何とか新幹線も特急も座ることが出来ました。
でも、最後、
寝込んでしまい降りなければならない駅をのりこしてしまってしまい、ちょっとへこむ、すでに普通列車がなくとうっきゅうで戻ることに、特許有量金余計にかかってしまい。
帰りのタクシーも財布の中ゼロで乗り、家の中にお金を取り行くために運転手さんに家の前でしばらく待ってもらいました。
飛行機代も特割だったので、全くお金が帰ってこず、大きなそんでした。
結局日付が判っての帰宅になりましたとさ。


2009年2月21日

復活なりました

ごぼはんウエブサイトの総合トップページにて
しばらく停止していた真宗ニュースを
再会しいたしました。
裏技の裏技のようなものを使っているので何時表示がまた出来なくなるか判らないのですが...
gimiteさんの Googleニュース日本語版のAtom/RSSフィードという記事をまたもや参考にさせていただきました。
感謝感謝

2009年2月18日

みんながんばってます

◎湯涌と輪島の仮設住民、絆固め 被災地復興、誓い合う 金沢で再会、うどん満喫(北国新聞)

 能登半島地震で被災した輪島市山岸地区の仮設住宅住民が十七日、浅野川はんらんの被 災地である金沢市湯涌地区を訪れ、仮設住宅に隣接する金沢湯涌みどりの里で湯涌地区の 仮設住宅住民らと会食し、交流を深めた。昨年末、山岸地区の仮設住宅区長藤本幸雄さん (54)が湯涌地区の仮設住宅代表八田忠彦さん(49)にお茶などを届けて以来の再会 となった。藤本さんと八田さんは「また頑張っていこう」と誓い合った。

 交流会は山岸地区で慰問活動を行っていた真宗大谷派能登教区が、湯涌地区の被災住民 を励ますとともに、両被災地の交流の架け橋になろうと企画し、藤本さんや山岸地区の仮 設住宅住民を湯涌へ招待した。

 能登教区、金沢教区、高岡教区の有志約二十人が大鍋で野菜やキノコが入ったあんかけ うどんを作り、両地区の仮設住民に振る舞った。住民らは会話を弾ませ、復興への決意を 新たにした。

 藤本さんは「こんなにも早く湯涌に再び来ることができるとは思わなかった。新しい出 会いを大切にし、復興への力にしていきたい」と話した。


被災者の方々がそれそれに生きておられます。そして、仲間がそれぞれに出来ることを頑張っているみたいですね。
自分は車が運転できないことを言い訳にかかわり、繋がりから逃げていたのかも...

2009年2月17日

建国宣言

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蕗の薹

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一昨日、暖かいうちに畑に出てちょっと仕事をしました。
先、蕗の薹を探し、私が探したときは少ししか見つからなかったんですが、あとでヨメハンが探すと結構あったようです。
その後勢いで、
タマネギに肥やしをやり、マルチをかけてあったのですが、だいぶ前の大風ではがされていたヤツも片付け、
その後、ついでに苺にも肥やしをやり、
そして秋に蒔いた豆を選りました。
久しぶりの畑で、やらなければいけないことを沢山見つけました。
そろそろにんじんと菜っ葉でも植えとこうかとも思いました。

ということで昨日の晩はその蕗の薹をだしで軽く似たものを酒の宛にさせていただきました。
ほろ苦さが程よかった。
うちの蕗は蕗自体は美味しくないのですが、蕗の薹は私にとっては程よい苦さで好きです。

畑の対はまだ正水気をいっぱい吸っていて鍬を入れても桑にいっぱい土がつきそうです。
耕耘機だとなおさらでしょう。
今朝はその畑も雪化粧をまたしています。
今年は本当に雪が降る海津右派普通だと思うのですが、なかなか積もりません。雪化粧程度で澄んでいます。
これは喜ぶべきことなのでしょうか、村の年寄は暖かくなって虫が心配だといっています。
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2009年2月16日

只今食事中

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うちの四男坊、この間まで、バナナが嫌いだったんだけど、いつの間にか、おいし惣の食べています。

2009年2月15日

すすめる心

昨晩ある組の同朋の会があってお話ししてきたせいか、また眠れず今ここに座っています。
その会である方から質問、
さわりを外にあると感じている人に対してあまりにも素っ気ないのではないか、だから他の宗教にいくのでは、そういうことがお寺と「門徒」の溝としてあるのでは、なんて言うことを後から考えればされていた質問を受けた。
そのときはそういうふうになかなか聞くことが出来ず、的外れな答えを今思えばしていた。ちょと反省。
霊を怖がる人々に対して、災い、祟りを現実に怖がっている人に対して私は今まで簡単に否定しすぎというよりは、簡単に聞き流していたのかな。そう思う。
見下していたのかも知れない、そういう人たちを。
せめて念仏を、南無阿弥陀仏を称えることはすすめることが出来たのでは、と遠い昔を後悔する。

民衆仏教としての真宗と言うことが、私の上に欠如しているようです。


私たちはたまたま専修念仏の教えに出遇い源に歩んでいる。
自分が外にさわりを探していた頃のことを忘れてしまっている。今も自分自身がさわりだと思ってなんか生きてはないのに。
何故か自分は信を獲たエライ人で信を獲てない迷っている人に対して見下してものを考えている。
そういう自分に今出会わせてもらった。同朋の会での質問を今やっと思い出し
自分は何を聞いてきたんだろう。

自分の抱え込んだ真宗を自分の言うことが判ってもらえる人にだけ判るように語っていたのかな。今まで。
あらゆる人々に南無阿弥陀仏と念仏を称えてもらうことも私の大事な仕事です。
また、あらゆる人々に念仏を称えてもらいたいと強く願わない、勧めることを全くしていない自分の信ていうものは何者なのか!
落ち込む私です。
一昨日階段から滑り落ち、昨日法事をすっぽかして落ち込んでしまっている私、そん中、また落ち込んでいるフリをしています。
今思っていることを来月の同朋の会で、めっちゃ整理をして今一度話しをしてみたい。

2009年2月14日

獲信見敬大慶喜

獲信見敬大慶喜
即横超截五惡趣

<試訳>
心より念仏を称えることが出来るようになれば、真実を見て大きな喜びに満たされる。
そのとき堂々巡りの迷い人生から信心のはたらきによって裁ち切り越えることが出来る。

一切善惡凡夫人
聞信如來弘誓願
佛言廣大勝解者
是人名分陀利華

<試訳>
すべての善悪に縛られている人々が阿弥陀仏の本願を聞いて信じれば佛は本当に広く理解したものと言われる。そのひとを汚泥に白く気高く咲く分陀利華と名付けられる。

<尊号真像銘文>
「獲信見敬得大慶」というは、この信心をえて、おおきによろこびうやまう人というなり。大慶は、おおきにうべきことをえてのちに、よろこぶというなり。
「即横超截五悪趣」というは、信心をえつればすなわち、横に五悪趣をきるなりとしるべしとなり。即横超は、即はすなわちという、信をうる人は、ときをへ ず、日をへだてずして正定聚のくらいにさだまるを即というなり。横はよこさまという、如来の願力なり。他力をもうすなり。超はこえてという。生死の大海を やすくよこさまにこえて、無上大涅槃のさとりをひらくなり。信心を浄土宗の正意としるべきなり。このこころをえつれば、他力には義なきをもって義とすと、 本師聖人のおおせごとなり。義というは、行者のおのおののはからうこころなり。このゆえに、おのおののはからうこころをもったるほどをば自力というなり。 よくよくこの自力のようをこころうべしとなり。

信-梵語→シュラッダー(心を澄んだ浄らかなものにする作用)
●濁っていて見えなかったものが見えてくる→真実が見えてくる
 

信の証、
決定往生の徴(しるし0)教行信証後序
  選択の書写、真影の図画

仏のちかいをもきき、念仏ももうして、ひさしうなりておわしまさんひとびとは、この世のあしきことをいとうしるし、この身のあしきことをいといすてんとおぼしめすしるしもそうろうべしとこそおぼえそうらえ。『親鸞聖人御消息集(広本)』

としごろ念仏して往生をねがうしるしには、もとあしかりしわがこころをもおもいかえして、ともの同朋にもねんごろのこころのおわしましあわばこそ、世をいとうしるしにてもそうらわめとこそ、おぼえそうらえ。よくよく御こころえそうろうべし
●この世のあしきことをいとうしるし
●この身のあしきことをいといすてんとおぼしめすしるし
   この身この世を厭うことが信心ということ

しるし 【験/徴】(1)これから起ころうとする物事の前ぶれ。きざし。前兆。徴候。



 蓮の華はもっとも気高く尊い華なのですが、それでは、その華はどのような所に生育するのかということについて、親鸞聖人は『教行信証』に、『維摩経ゆいまきょう』というお経から、次のような経文を引用なさっています。
「高原のろくには、蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥おでいに、いまし蓮華を生ず。」(『真宗聖典』288頁)
 もっとも尊ばれる蓮の華は、実は、誰もが理想とするような、明るくて風通しのよい、すがすがしい場所に育つのではないのです。そうではなくて、誰からも 遠ざけられるような、汚らしくてジメジメとした泥沼にこそ、蓮の華は咲くのです。一切の汚れに汚されていない真っ白な蓮華は、ドロドロと濁りきった泥沼の なかにしか咲かないのです。何とも不思議な感じがします。
 世間の泥にまみれている哀れな凡夫、煩悩にあふれた日常に埋没していて、そこから脱け出そうにも脱け出せない悲しい凡夫、何が人生の最後の依り処なのか がわからず、そのわかっていないことすら、わかっていない愚かな凡夫、そのように情けない凡夫であるからこそ、阿弥陀仏は救いたいと願っておられるのだと 教えられています。
 私たちの日常は、まさに「卑湿の淤泥」であります。釈尊と親鸞聖人の教えから、そのような我が身のありようをつくづくと思い知らされて、阿弥陀仏から私 たちに差し向けられている願いのことをよくよく聞かせてもらい、疑うことなく素直になって信じるならば、その人こそ、泥のなかに咲く白い蓮華であると言わ れているのです。何ともありがたいことです。(http://www.tomo-net.or.jp/sermon/shoshinge/shoshinge29.html)

梅咲いてらー

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一昨日だったかなぁ~梅咲いてました。
うちの梅の木ではないんです。うちの梅の木はそのけはいもみうけることができません。隣のうちというか、隣の料理屋さんの庭の梅の木が咲いていました。
春なんですねぇ~
昨日春一番が吹いたと発表されていましたし...

間違えやすい漢字

ホント、
小中学高校と勉強嫌いだったのがたたってます。
努力するのと、暗記するのが苦手な私。

この間やっとしったことあります。
それは
徴候の徴と顕微鏡の微は違うってこと
やっとしりました。
間違えやすい漢字を能く読み間違える首相のこと批判できません。
ヤッパリ。
これ私は間違えやすかったというか、漢字が違うって言うことこの間まで全く気づいていなかったんですから...

2009年2月13日

ちょっと時期遅れですが 鬼を考える

節分が終わってしまっていますが、ナムナムで聞いた話し、考えた話をまとめて、「鬼」「悪」をちょっと考えてみたいと思います。
鬼について起源は色々あるのでしょうが、一つ鬼門と言うことから考えてみると、
鬼門は中国からおこった考え方です。中国は季節風が報告から吹いてくると言うこともあるのかも知れませんが、一つ、万里の長城と言うことを手がかりに考えていくと、中国というか漢民族の方々からすると東北の方向から攻め入ってくる存在があったのでしょう。鬼とたとえたのではないでしょうか。鬼がやってくる方向が鬼門、攻め入ってくるのがよく豊北の方向であったっとというのがあるのではないでしょうか。
漢民族はたびたびモンゴルの人々から攻め込まれていたことです。
時分を攻撃する者が鬼といえることでしょう。
ちなみに豊北の方向は十二支でいえば牛と虎の間の方向になります。だから鬼は牛のような角が生えていて、徒らのパンツをはいているのだとも言われるのです。
時分を攻撃してくる存在は当然のように時分は防御してしまうのですが、
何故攻撃してくるのかと言うことを考えなければいけないのではないでしょうか。経済格差、抑圧、私たちの社会が作る抑圧も。おこる理由が何かしらあるはずです。何かに憂いている。何かを望んでいる。直接的に私が原因の時もありますし、間接的原因もあることでしょう。
鬼のいかり、鬼の叫びに耳をかたむけることによって、我が身我が社会が明らかになってくることでしょう。鬼の叫びいかりに出会ったとき鬼が鬼ではなく、鬼の姿をした還相の菩薩として出会い直すことが出来るのではないでしょうか。
悪人と言うことも中世において、社会外的存在を悪といったそうです。自分が生きている社会のその二生きる人々を悪人といったそうです。
自分に不利益をもたらすはたらき、本当にイヤな存在ですが、そのはたらきの本を尋ねることによって私の利益となることでしょう。我が身我が社会の悪なることを明らかにしてくれる尊いなはたらきと感じることでしょう。

2009年2月12日

お薦めの本


こちらで購入できそうです。仏教書総目録刊行会

大谷派九条の会総会2少しだけ参加して、信楽さんのお話を聞き、本があるというので買ってきてました。それを早速読ませていただきました。80ページもない本なので短期間で、あきることなく読むことが出来ました。
でも、このページ数で千円って言うのは腑に落ちないところがあります。ちょっと高いんとちゃう?
でも、
内容からいって高いという思いは湧いてこないものでした。十分に千円の価値あり、なんて思う内容でした。
真宗念仏者の生き方、専修念仏の信心について、容易な言葉で書いてありました。
ご消息にある、世を厭うしるし、往生を願い徴という言葉を手がかりに展開されています。
今までに何故こんな容易な言葉で、こういう展開の仕方で信心について書いた本がなかったのでしょうか、なんて思ってしまいました。
私たちは、「他力」「おまかせ」という言葉に呪縛されていると感じました。私たちの歩みと言うことを語っておられます。心の工夫ではないのだと、信心は。
「他力」おまかせ」という言葉が間違っているのではなく、私たちのその言葉の持つイメージが違ってたんだと思います。
内容についてはいつものように書かないというか、私の能力がなく欠けませんが、本当にお薦めの本です。
この話しが聞きたかったんだっていう内容でした。
私が聞きたかっただけで、他の人はそうではないかも知れませんし、
私の都合の良い、私の我執にあっただけの本なのかも知れませんが、
人に勧めたい本です。
よろしければ御一読ください。

2009年2月11日

京都の二日間をちょっと振り返る

2月9日より10日まで京都にいました。
二月九日は安楽坊等が罰せられた日ということでなむなむ大集会がありました。
次の日は大谷派九条の会がありました。
初日は大王のラーメンが食いたくなり遅刻して最後まで参加しました。
二日目は最初から今したが、電車の都合で途中で失礼しました。

戸次さんの鹿ヶ谷縁起
節談調、そして中にはラジオ実況中継も入れ 松虫鈴虫の話しから承元の法難までお話になられた。
この辺の話しは学校では習わない部類、民間伝承、節談のネタ帳に納められているものを脚色されていったんだろう。
こういう民間に伝わっているいわれなどを伝えていかなければいけないと思った。
シンポジウム
それどれに毒があるというか個性の強い方々のシンポジウムだったのでおもしろかった。
辛さん...アンテナのカンドがよい人だと思った。オバマさんは黒人初の大統領といわれるけど、彼のこと白人とは誰も言わない。朝鮮人と日本人の間に生まれた人も誰も日本人とは言わなかった。なんて言う話しが印象的でした。
安田さん...京都に出る前ネットでどんな人か調べてやっとどういう人か判った。子ども達がドキドキしながら、怖がりながら、突っ張って、強がって人を殺していったという実例をお聞きして、考えさせられました。あと生きて償っていくって言うことも印象的だった。
金城さん...沖縄と言うことを身において色んな話しをパワー全開でお話しなさった。
玉光さん...あんな毒の強い人なのにあの中ではあまり目立たなかったかな?
国家は信頼するものではなく疑うべき者なのだ、ということを感じさせていただいた。
九条の会講演
講演を聴いて全体討議はパスさせていただいたけど、
、往生を願うしるし、世を厭うしるしという言葉を教えてもらった。死んだあと浄土にて親鸞さんにお会いしても恥ずかしくない生き方を今したい、なんて言う話しもされていた。

色々元気になれる言葉にあえたし、元気な人にいっぱい会えた二日間でした。
ホント来て良かったと思った二日間でした。

2009年2月 9日

寒〜い

京都に行くためサンダーバードに乗ってます。
慌ただしく家を出て列車に乗ったので忘れ物いっぱいしました。
まず私の前にはまだビールが置いてない。ホームに入ったらすぐに列車がきたし、オシッコしたかっりして買うの忘れた。ついでに買うの忘れたということも忘れてた。
あと薬とポッドを家に置き忘れてきています。
とにかく
ナムナム大集会に
いってきます。

続きを読む "寒〜い"

2009年2月 8日

いつとかれるの?

性犯罪者9万人、マイスペースが追放 捜査当局の要請で

2009年2月7日(asahi.com)

【ニューヨーク=真鍋弘樹】ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の米大手「マイスペース」は6日までに、米国内に約9万人の性犯罪歴を持つ会員がいることを突き止め、退会処分とした。

 SNSには未成年の会員も多いことから、子供が性犯罪に巻き込まれることを防ぐため捜査当局が要請。同社からの報告を受けたコネティカット州検察当局な どが発表した。「10万人近い性犯罪者が子供たちとネット上で混在していたことになる。決して許されないことだ」と同州司法長官はコメントした。

性犯罪いや、犯罪を犯すことは許されるべきことではない。
それなりのペナルティーを受けるべきことだと思う。
また、自分の子どもを犯罪医から護り遺体ということは判る。
でも、
一度犯罪を犯したということで、一生ペナルティーを受け続けなければいけないのか、
犯罪を犯したものは構成することはあり得ないことなのだろうか。
なんて思ってしまいます。
犯罪者というレッテルが外されることはあるのだろうか。
犯罪者というレッテルととる基準というのはどこにあるのだろう。

なんか考えてしまいます。

2009年2月 7日

twitterへ投稿を通知

MovableType用PostToTwitterプラグイン v1.0.0
というのを、
エムロジック放課後プロジェクトで見つけ早速MTにプラグインしました。

ここで記事が書かれるtwitterにお知らせが自動的に投稿されます。
ちなみに私のtwitterはここです。

つい釣られて購入

テレビを見ていてなんかいいなぁなんて思ってしまい、
いつの間にかでが動いてアマゾンで購入ボタンを押してしまっていました。


商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)
どうして星は流れるの?どうして人は夢を見るの?丘の天文台にひとりで暮らすおじいさん、時代遅れのハシゴ屋さん、村人から恐れられているバケモノ、世界 中のみんなのために"夢の脚本"を書き続ける人―。それぞれの思いで毎日星空を見上げる孤独な人たちが、小さな幸せを見つける感動のファンタジー。星空を 見ることを忘れてしまったあなたへ―。大人が泣く。子供が微笑む。優しさが心に沁みる物語。


これは本当に詐欺なのだろうか

円天事件:L&G波会長ら逮捕 組織的詐欺容疑

 独自の電子マネー「円天」を売り物に出資金を詐取したとして、警視庁と宮城、福島両県警の特別捜査本部は5日、健康寝具販売会社「エル・アンド・ ジー(L&G)」(東京都新宿区、破産手続き中)会長、波和二(かずつぎ)容疑者(75)ら22人を、組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕した。 捜査本部は、約3万7000人から約1260億円を集めたとされる巨額詐欺事件の全容解明を進める。(毎日.jp)
ちょっと古くなった記事なんだけど、この人本気だったんでないかな、と思うんですよ。
、人をだまそうとは思ってなかったんでないかと、テレビなどでのインタビューを見て思うんです。
だから彼には罪がないということは全く思わず、
だからこそもっとやっかいだという気がするんです。
彼の頭のかなではちゃんとした計算があって、論理として成り立っていた、ように思える。マルチは失敗しないという確信が彼にあったんでないだろうか。
彼は、コンピューターでいえば、大事な要素を入力せずに計算している。大事なな基礎データをを入力せずに計算させて喜んでいるんだろうな。机上の論理っていうヤツで愉しんでいたんだろうな。机上の論理は机上の論理で終えてけば良かったんだけど。
マルチの落とし穴を見ようとせず、目を背けていろんなこと考えているんだろう。
だからやっかい。
人をだます気が全くなし、もうける気は枚もリアルだろうけど。
自分の計算間違いした論理をしんっじきっていた。
一種この間のアメリカ経済バブルを作った論理、日本バブルを作った論理、論理舎といっしょ、同類。だと思う。
失敗したのをsんぶ他のせいにしてしまっている。
これを気づかすのは大変だろうな。
だからマルチ30年一筋なんではないだろうか。

私は詐欺よりもっとやっかいな問題だと、罪だと思うわけです。

2009年2月 4日

簡易表示版を作成

サイドバーにいろんなものをくっつけすぎた感があり、
ちょっと反省していますが、
どれをへらしいのかよくわからないので、
思い切ってめっちゃ減らし、
エントリーの表示数も10に減らした簡易版をつくってみました。
これは表示にそんな時間が必要ないと思います。
よろしければみてみてください。
上のナビゲーションバーから洗濯してもらっても良いですし、
ちらをクリックいただいても結構です。
軽い方がお好きな方は、そちらの方にお気に入り、もしくはブックマークください

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2009年2月 3日

一日雨

今日はずっと雨
多分だ
なんのせ今日はまだ外に出ていない。
たまに窓から外を眺めるだけ
だから本当のこと知らない
私の知る限り教はずっと雨
これが正しい表現方法なのかな

今日は、起きて朝の話しをしてご飯食べて
ネットうろうろ、ブログいじったり、
そしてお昼食べて、PCの前座ってモチャモチャ
そしてお話しして、またモチャモチャ
結構今日一日引きこもり君です。

たまにはこんな日があってもいいかな

2009年2月 2日

珍しいもの好きな俺 ということを実感させられた

ネットをうろうろしていたら、 TWITTERなるものが存在することをしって早速使用している。
Twitterはブログとチャットを足して2で割ったようなシステムを持つらしい。
そういわれても想像がつかないので早速登録して使用してみている。
すぐにあきるかも知れないけど、とにかくしばらく使ってみようと思う。

気になって寝れませんでした

今朝方からと言うか、日付が変った頃からふと、
何故二月は基本的には28日なんだ、なんて言うことを考えていました。
私は毎年のように二月になるとこんな問いが湧いてくる。
二月は端数的に二十八日だったり29日になっている。計算的には三月から始まるなんて考えた方がすっきりする。
これは去年このことについて書いています。

今年考えていたことは、一月が31日の日を減らして30日の日を増やしていけば二月も30日に出来たはずだと思うんです。
一年365日、30で割ると12余り5になる。だから30日の日が七ヶ月、31日の月が五ヶ月あれば私的に暦がすっきりするのです。
わざわざ311にの月を何故七ヶ月続くったのだろうと考えるわけです。無い頭だから絞っても絞っても訳が湧いてきません。

ネットで答えを探していると、
Yahoo!知恵袋には1ヶ月の長さはどうしてバラバラなのですかという問いがあって色々書いてありました、
あんまり納得いってません。
どうも法則で月の日数を最終的に決めたのではなく、ご都合で決めたようです。そういうことはわかりました。

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2009年2月 1日

今朝から

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今朝から喉が痛うございます。
に三日前から少しいたかったんですが、今朝気になるぐらいいたかった。
声は全然かれていないんだけど...
ということで嫁さんにのどスプレーを買ってきてもらった。
早速使ってみるとちょっといいみたい。
先にも書き込んだんだけど今城端別院にいます。
毎年今頃ご縁を頂いているんだけど、
いつもは控え室にはストーブがあったんですよ!
今日部屋に入ると、そのストーブがないんですよ。
エアコンだけで部屋暖めろっていうのかな?
エアコンつけてもう三時間ぐらい経つのだけど、エアコンのリモコンの室内温度はまだ16度。
ということで近くのコンビニに行って、焼酎と、コーヒー買い込んできました。焼酎は寒くなくてもいつも買い込むのですけど。
風邪を引かないことに気をつけて城端生活をエンジョイします。

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月初めです。ごぼはんだよりできてます。

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きょうから五日まで城端別院の本堂でお話しをするご縁を頂いています。
ということでごぼはんだよりもコツコツと仕上げていまして、仕上がってました。
よろしければご覧ください。こちらから
あとその事業の案内や飲み会の予約など昨日まで終わるよう努力してました。

今月は予定表を見てみれば忙しそうです。それもお金が入らないヤツばっかり、いや反対に出て行くものばっかりです。
9日になむなむ大集会
月末に松岡保養園に行きます。はじめて訪れます。あと須田ちゃんとかにも会えるのかな?

2009年1月31日

再発防止

また大麻...若麒麟逮捕!協会再発防げず

 角界でまたも大麻事件が発生した。神奈川県警は30日、大麻取締法違反容疑(共同所持)の現行犯で、大相撲尾車部屋の十両力士、若麒麟真一(本名・鈴川 真一)容疑者(25)と、ミュージシャン平野力容疑者(30)を逮捕。同日夜には東京・江東区の尾車部屋を家宅捜索した。若麒麟容疑者は容疑を認めてお り、大麻問題で日本人力士が逮捕されたのは初めて。昨年の大麻騒動以来、武蔵川新体制のもと協会一丸となって再発防止に取り組んできたが、あらためて力士 管理の甘さが浮き彫りとなった。 【大相撲 大麻吸引騒動

スポニチ Sponichi Annex

マリファナをしていない人に吸わないようにすることは容易なのかも知れない。
しかし、もうすでに吸っている人にやめろっていうのは結構大変なことなのかも知れない。
もう中毒になっているんだろうから。でも、昔マリファナはやめやすいなんていうことを聞いた覚えはあるんだけど...
それはさておいて、
どんな締め付けをしても、どんな立派な教育をしても無理なんでは、
ヤッパリちゃんとした医療的処置をしていかないとダメだと思う。
そのためにはドーピング検査等などをして、早期に見つけ出し、治療するしかないと私は思う。
あと序でに無理は太りを防止するなどのこともやった方が良いと思うのです。



2009年1月30日

三日坊主ならず

...といっても四日目です。

今月お医者さんに言って、血糖値が高すぎると嫌みを言われ、実はこれで三ヶ月連続いわれている。
これではいけないという思いがやっと湧いてきて、血糖値を下げる努力を始めました。
それが四日目です。
朝、エアロバイクに乗ってます。バイクの数値では130キロカロリーぐらい消費するぐらい、時間にして約十分間。1年ぐらい久しぶりに乗ってます。
あと、朝食も、ソイジョイ一個って決めてます。あと昼飯も腹八分目を心がけています。
昨日ぐらいから各食事前にお腹がすくようになってきました。
良く考えれば前はよく腹が減っていた。それがなくなっていたっていうことはヤッパリ食べ過ぎていたようです。
明日まで、いやあさってまで出来そうなんですが、でも、明後日から城端別院に泊まり込みで仕事なので、エアロバイクにも乗れないし、食事も近所のおばちゃんがわざわざ毎食作ってくれるので、判るように食べないのも気が引けます。気が弱いのでなかなかあまり「食べない」なんていえない俺。
でもそれなりに頑張るつもりです。


本あたり税込78円!テレビCMで大人気!大豆のパワーでダイエット!【大塚製薬/SOYJOY(ソイジョイ...

2009年1月29日

供養ということを考えさせられる

泡瀬埋め立てによって失われるいのちを弔う

(浦島悦子2009/01/28JanJanニュース)
1月15日から開始された国(沖縄総合事務局)による泡瀬干潟の埋め立てによって失われるすべてのいのちを弔いたいと、浄土真宗沖縄東本願寺の僧侶らが呼びかけた供養式が25日、沖縄市泡瀬の海岸から延びる埋め立て工事用の仮設橋梁入口で執り行われた。
(中略)
焼香台を設置したあと、十数人の参列者の前で3人の僧侶による読経が行われ、次のような誓いの言葉が読み上げられた。

 「......願わくは、仏陀が教える『私たちはこれ以上貪る必要がなく、足りていることを知れ』といういのちの教えに耳を傾け、いまを生きる者として、何を願っているのかをあらためて問い、この果てしない欲求を追い求める生活の中で、真実の生き方を回復したいものです。
 今、このときに当たり、失われていくいのちを供養し、私たち人間が生き物たちから願われていることに耳を傾け、すべての生き物を救いたいという阿弥陀仏の本願をよりどころとして、その深い願いに生きることを誓います」(後略)
はじめ多分大谷派の僧侶であろう人たちが頑張っているな、と思いこの記事を読んでいった。
沖縄には大谷派の寺院は1ヶ寺しかなかった記憶がある、だからどういう方がやっているのかよくわからないが、親鸞さんの教えが明らかになるかも知れない大切な儀式だと思った。
でも、供養式と題され、また表白であろう文章に供養という言葉が使ってあり、ちょっとドキッとしたが...
こういう供養ならありかななんていう気もした、私は。
私自身供養という言葉をあえてあまり使わなかったり、真宗としても伝統的には肯定的にしてきてない。「私に供養が出来るのか」という問いが私にはこの問題を考えるときに問題となる。不回向、他力回向ということを思ってしまうからだ。
私たちにはヤッパリ供養したいという気持ちがどこかしらある。教義からしておかしなことかも知れないけど、抜けきらないというか、供養したくなる。
良く考えれば、私は供養という言葉を弔うという言葉に代えて使っていたような気がする。
供養と弔うことが違うことなのか、同義なのかということはよく調べていないこと、言葉狩りを恐れて弔うという言葉に代えて私は使っていたような気がする。

衣食を供給し養っていくことが供養ということの始まりだったと思う。どこかのリーフレットに
供養は、仏さまの大いなる世界を私がいただいたことの表現です。

供養とは、「仏法僧の三宝」として現されている真実の世界に対してなされるものです。本当に尊敬されるべき世界、本当に大切にされるべき世界を見いだすこ とです。それは自分を中心にして生きているものが、自他平等のいのちを現す仏さまの世界に、われもひとも共に生きることのできる世界を見いだすことです。 その感動が供養の形をとるのです。
という言葉があったことを思い出す。
「我も人も共に生きることの出来る世界を見出すこと」を願うとき、失われていくいのちが目の当たりに明らかになったとき供養したい!とまた願うのではないだろうか。
それが供養ということでないかと思ったのです、私は。
自分の身を守る道具としてでない、供養という思いが私のなかで湧いてくることも有り得ると思いました。
この記事を読み、
供養ということを完全に否定するのではなく、
追善という供養は自我の何者でもないことだけど、
追弔という供養は大事にしていかないとと思った訳なのです。
先のリーフレットをよく嫁化くようということは完全否定されていない。
自分が真宗の教えをどこまでも善悪の問題で聞いていたのかな、そんなことも明らかにしてもろた。

このこともう少し考えていこ!

結論のないというか、とりとめのない記事になってしまいました。
以下のようなWEB署名を見つけました。

2009年1月28日

最近のクー

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最近おきらくモードのうちのバカ猫クーです

ストレス? きょうも通販

今朝とくダネ!のニッポン味覚遺産というコーナーで「フレッシュモッツァアレラ」を紹介していて
飛騨古川の牧場ということもあってちょと気になり、
勢いで下記のものを購入しました。


SID 牧成舎乳製品セット



牧成舎 フレッシュ・モッツアレラ


番組で紹介し立てっていうのがあったのかなかなかつながらなくてテレビの力ってすごい思いました。
時間をおいてから注文しました。
閲覧が多かったと言うことがあったのかも知れないけど、
注文していないものが注文したことになってたりすることもあったので、
注文の確認は用必要!

家に届くのが楽しみです。

でも、俺、
来月一日から五日まで城端別院で泊まりがけの仕事なんです。
俺は食べることが、出来るんだろうか?ちょっと疑問です。

2009年1月27日

ガッツポーズ

朝青龍のガッツポーズに"物言い"/大相撲

(sanspo.com)


 大相撲の横綱審議委員会(横審)が26日、東京・両国国技館で開かれ、復活優勝を果たした横綱朝青龍(28)のパフォーマンスに"物言い"が付いた。千 秋楽の優勝決定戦後に、土俵上で見せたガッツポーズ、バンザイなどを問題視。日本相撲協会・武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)を通じて厳重注意することを要 望した。協会トップは29日にも師匠の高砂親方(元大関朝潮)を呼び、厳重注意する。
相撲は神事だという概念からの物言いなのだろうけど...
と思ってしまう。
私は子どもの頃相撲を見るのが好きだった、そのときから相撲を神事としてみたことは全くない。塩をまくことに関して疑問を持つことはあるが...
プロレスを見るのと同じ、野球中継を見るのと同じ感覚でスポーツとしてみてきた。
大相撲の興行が神事であるとするならば、相撲が国技となっていることに反論したくなる、私は。
まぁそれはさておいて。
朝青龍のガッツポーズについて物言いがついて、横綱に厳重注意されるそうだけど、
朝青龍にあれはおかしいというだけで済む問題なのだろうかとも思う。
朝青龍だけが済もう文化を壊しているのでは決してないだろう。
朝青龍を育てた親方、その他相撲協会の運営者に、伝統された相撲文化、神事としての相撲、そういう意識が薄いから彼がああいう風に振る舞う横綱になっこと出ないのだろうか。
土俵でのガッツポー素顔香椎というのであれば、朝青龍だけを悪者にするのではなく、協会の関係者の意識から変えていかなければならないのではないだろうか。
彼は特異な存在なのではなく、氷山の一角として存在するのではないだろうかと私は思う。
私は土俵が神聖な場所なので個人的な喜びを表現する場ではないという理論には反感を持つが、横綱の品格として、相手を思いやる気持ちとして勝った喜びを土俵で表現しないというのは決して嫌いではない。


2009年1月26日

なにぃぃ~ 勝っちまったよ!

大相撲初場所:やっぱり朝青龍 チケットも視聴率も上昇

 東京・両国国技館で25日に行われた大相撲初場所千秋楽。朝青龍が、白鵬との優勝決定戦の末に復活優勝を遂げた。3場所連続休場明けで場所前から動向に注目が集まり、チケット売り上げやテレビの視聴率も上昇。まさに「朝青龍場所」だった。(毎日.jp)
見事に予想が外れました。
朝青龍優勝するとは思ってませんでした。
ここ一週間ニュースで朝青龍の勝敗を気にしていた。

私は最初当然のように朝青龍の宗昭というのはあり得ないと思ってた。
でも、ちょっとか千都づけていることを知って、
これは10勝か、12勝で、休場だろう!ッて思ってた。
それがそれが千秋楽に一敗しただけ、優勝決定戦で勝っちゃいましたよ!
練習をそんなにしていないものが優勝できるわけないと思ったし、相撲協会が許すわけないと思ったし、そしてこれで優勝したら朝青龍また練習しなくなるぜ!なんて思ってた私でした。

そして朝青龍優勝インタビューで涙なんか流してます。
ダメだよ!涙流しちゃったら
いい人に見えるじゃん!

私悪垂れた朝青龍が好きです。

2009年1月24日

オバマ大統領就任演説 03

I stand here today humbled by the task before us, grateful for the trust you have bestowed, mindful of the sacrifices borne by our ancestors.
stand...立つ
here...ここに
humbl...卑しい; 卑下する, 謙そんした; (食事など)質素な, 乏しい 卑しめる, 辱しめる; 謙虚にさせる; (人の地位などを)落とす
task ...(義務としての)仕事, 職務; 骨の折れる[いやな]仕事
before......の前(方)に; ...のさきに; ...よりすぐれて; ...よりむしろ; (税金を)差し引く前の. 前(方)に; 以前に より前に; ...よりむしろ.
us...((weの目的格)) 我々を[に]; 〔話〕 ((weの代わり)) 我々は[が]
grateful...感謝している ((to, for; to do)); ありがたい, うれしい, 快い.
trust...信任, 信頼, 信用 ((in)); 信頼する人[もの]; 希望, 確信; 信用貸し, 掛売り; 責任; 保管; 委託(物) (in one's ~); 【法】信託(財産); 保管委員会; 【商業】信用販売; 【経済】企業合同, トラスト 信頼[信用]する; 頼る; 任せる, 委託する ((with)); (秘密を)打明ける ((with)); 希望[期待]する ((to do;that)); 信じる 望む; 信じる ((in)); 信頼する ((on)); 任せる, あてにする ((to)); 期待する
bestowed...与える, 授ける ((on, upon)); 用いる; 〔古〕 (しまって)置く; 〔古〕 泊める
mindful...注意深い, 心にとめる ((of)).
sacrifices...いけにえ, 犠牲 ((to)); 【神学】キリストのはりつけ; 献身 ((to)); 損失 いけにえとしてささげる ((to)); 犠牲にする ((to; for)); 投げ売り(する); 犠打で(走者を)進ませ いけにえをささげる ((to)); 犠牲を払う ((to, for)); 犠打を打つ
borne...bearの過去分詞.  運ぶ; (うわさを)広める; 支える; 持つ; (名前・特徴などを)持つ; 耐える; ...するに足る, 適する; 経験する; 受ける; (実を)結ぶ, 産する; (子を)産む
ancestors...先祖; 原型; 【生物】原種.
<試訳>
私はこの任務を前に検挙になり、そしてあなた方の信頼に感謝し、また先祖が担ってきた犠牲に心に留め、今ここに立っている。


I thank President Bush for his service to our nation, as well as the generosity and cooperation he has shown throughout this transition.

thank ...感謝する
service...奉仕; 職務, 公務, 軍務, 兵役; 軍; (役所などの)局, 部, 課; ((集合的)) 勤務している人々; 礼拝(式); 助力, 世話; (時にpl.) 貢献, 有益; 給仕, サービス; サービス業; 【経済】(普通pl.) 用役; 修理; 食[茶]器の一式 (a tea ~ 紅茶セット); (汽車・船の)便; (郵便・電話・ガス・水道などの)公共事業[施設]; 【法】(令状の)送達; 【テニスなど】サーブ; 【海事】巻き索; 種付け; 軍用の; アフターサービスの.
nation...国家
well...よく, うまく, じょうずに; 立派に; 適当に, 都合よく; 満足に, 十分に; 豊かに; 全く; 大いに, かなり; 詳細に.
as△as
generosity...寛大; 気前よさ; (普通pl.) 気前のよい[寛大な]行為.
cooperation...協力, 協同; 【経済】協同組合.
shown...showの過去分詞.示す, 見せる, 現す; 見える, 現れる (Pardon, your slip is ~ing. 失礼ですがスリップ(のすそ)が見えてますよ); 〔話〕 顔を出す; 知らせる, 教える; 表示する; 陳列[出品]する; 上映[上演]する; 案内する; 説明する; 実力[腕前など]を見せてやる; 【法】申し立てる; 与える (~ mercy); 〔米〕(競馬などで)三着以内に入る.
throughout......を通して; ...の至る所に; ((普通文尾で)) 至る所に; 一貫して; すっかり.
transition...移り変り; 過渡期; 【楽】(一時的)転調.

<試訳>
私は今までのブッシュ大統領の国家への貢献、そして彼が移管期に示した見事な寛大さと協力にに感謝します。

オバマ大統領就任演説 02

My fellow citizens:

my...私の
fellow...(普通pl.) 仲間; 一員; (一対の)片方, 相手; 〔話〕 (a ~) 人, 男, あいつ, やつ; 〔話〕 (女の)恋人; 【英大学】(大学の)評議員[特別研究員]; (F-) (学会の)特別会員
citizens...市民, 公民; 人民; 住民; 都会人; 文民; 国民.

<試訳>
私の大切な友人、国民の皆さん!

オバマ大統領就任演説 01

REMARKS OF PRESIDENT BARACK OBAMA Inaugural Address  
Tuesday, January 20, 2009
Washington, D.C.

 remark...注意, 注目, 観察; ことば, 意見,気づく, 注目する; (一言)述べる
president...大統領; 総裁, 長官, 議長, 会長; 総長, 学長; 〔米〕 社長, 頭取, 代表取締役; 〔英〕 ((時に)) (企業の)元会長, 元社長.
inaugural address...就任演説
<試訳>バラク・オバマ大統領が述べた就任演説
        2009年1月20日火曜日
        ワシントンDCにおいて

思い立って 訳してみます。

先日リアルタイムでは見ることが出来なかったのですが、
オバマ大統領の就任式をニュース番組などを通してみた。
沢山の人が集まっているのに驚いた。
一説によると250万人だそうな。
すごい。
そういうシーンを見ている中で、彼はどんなことを演説で言っているのだろう。
なんて言うことが気になった。
日本語訳はすでにいろんなところで公開されているのだけど、
もっと細かいところまで聞き取りたくなり、
自分で訳すことを思い立った。
しょうじきできるかどうかめっちゃ不安だけど、
何せ私は英語という科目が生徒学生といわれるじだいずっとにがてだった。
生徒時代はすべて赤点すれすれ。
大学時代は、
一年生に履修した英語Ⅰという科目を四年間履修した実績がある。
何故か四年間同じ先生で、四年生の卒業がかかっているときも追試まで言って、何とかかんとか合格にさせていただいた。
英語が嫌いなわけは、自分で判っている。
外国人コンプレックス。
ではない。
努力が嫌いで、暗記が嫌いだったからだ。


そういう私が、
英和辞典と、翻訳ソフト、webの翻訳機能を駆使して訳すことを試みる。

というわけです。
気長におつきあいください。

私が訳そうとするのは、asahi.comに掲載してあったものです。
どうも、公発表とはちょっと違っているのかも知れませんが...
公式発表のものは
ホワイトハウスblog

President Barack Obama's Inaugural Address


にあります。

動画もありますので一度ご覧になってください。

とりあえず 404エラーページを作る

ページが見つからないときに表示するページを作りました。
はじめ、MTのウエブページから作ろうと思ったのですが、出来なかったので、
インデックステンプレートより作ってみました。
もっとこったものを作るって言うこともあるのでしょうが、これが一番手っ取り早いと思って仕上げてみました。
あと「.htaccess」ファイルにErrorDocument 403 やErrorDocument 404のあとに、エラーページのアドレスを書き込めば大丈夫です。
もっとめんどくさがりやで遇っても作りたい方は、
Googleの拡張された 404 ページを利用されても良いかも知れません。


もし私のエラーページをご覧になりたい場合は、/blog/ 以下のアドレスに適当な文字を入れていただければ表示するはずですし、
それもめんどくさい方は、http://www.gobohan.com/blog/404error.phpをひらいてください

ホームページを作る人のネタ帳404エラーをデザインする為のインスピレーション
を斜め読みさせていただきました。

2009年1月23日

揺らぐ

メラミン混入、酪農業者らに死刑判決 中国の地裁

2009年1月22日22時25分(asahi.com)

 【北京=坂尻顕吾】新華社通信によると、中国で多数の乳幼児に腎臓結石の被害を出した粉ミルクへの有害物質メラミン混入事件で、河北省石家荘市の中級人 民法院(地裁)は22日、メラミンの入った粉を製造し、生乳に入れたとして公共安全危害罪などに問われた酪農業者ら2人に死刑、別の1人に執行猶予つきの 死刑判決を言い渡した。

 また、自社の粉ミルクにメラミンが混入したことを知りながら、販売を続けて最大の被害を出した乳製品メーカー三鹿集団の前会長で、劣悪品生産販売 罪に問われた田文華被告(66)には無期懲役、他の同社元幹部3人には懲役5年から15年を言い渡した。仲買業者ら5人も懲役5年から無期懲役の判決を受 けた。

 またこの日、河北省内の別の人民法院でも業者9人に有罪判決が出された。

 この事件は昨年9月に発覚し、年末までに中国各地の乳幼児29万6千人が腎臓結石の被害を受け、うち6人が死亡。中国政府は三鹿集団など22社の 粉ミルクにメラミンが混入していたと断定した。今回、計21人に死刑を含む一斉判決が出た背景には、中国当局が「食の安全」に厳しく取り組んでいることを 国内外に訴える狙いがうかがえる。

 判決によると、酪農業者はメラミンを生乳に入れればたんぱく質の含有量を高く見せかけられると気付き、自ら生乳に混入したり、仲買業者にメラミン を販売したりした。三鹿集団は昨年8月初旬には粉ミルクへのメラミン混入を把握していたが、9月に問題が発覚するまで生産と販売を続け、被害を広げた。

このニュースを始め聞いたとき死刑という言葉に引っかかった。
私は国が人を裁くっていうこと、人が人を裁くって言うことの問題性を感じるので死刑制度には疑問を持っている。
だから単語として死刑に引っかかった。
でも、
この問題で
沢山の赤ちゃんが腎臓を悪くし、六人の赤ちゃんが死んだらしい。
だから責任は重大。
謝っても何をしても体は元に戻らないのかな?少なくとも失った命は帰ってこない。
償うってどういうことだろう。
終わりのない償いのような気がする。
府と死をもって償う
なんていう言葉がちらちらする。
でも、彼らが死んでもいのちは帰ってこない。
健康な体は戻ってこないだろう。
死をもって償えるわけでもないけど、
わたしたち人間に出来る償いってどういうことがあるんだろう。
罪を償うっていうことはこれでよいっていう答えは全くないのだろう。
何をしても誰もがすっきりすることはないのだろう。
ずっと背負っていかなければいけないことなんだろう。

2009年1月22日

250万人

オバマ米大統領就任 「新たな責任の時代」

2009年1月21日10時52分

【ワシントン=小村田義之】米国が歴史を一つ塗り替えた。民主党のバラク・オバマ前上院議員(47)は20日正午(日本時間21日午前2時)、連邦議会議 事堂前での就任式で、米史上初のアフリカ系(黒人)の第44代大統領に就任した。オバマ氏は就任演説で「今求められているのは、新たな責任の時代だ」と述 べ、米国の再生に向けて米国民一人ひとりの協力を求めた。

オバマ大統領就任演説全文〈1〉(1/2ページ)

2009年1月21日9時21分

 市民のみなさん。

 きょう私は、私たちの前にある職務に謙虚な心を持ち、あなた方から与えられた信頼に感謝し、先人が払ってきた犠牲に心を留めながら、ここに立っている。ブッシュ大統領の我が国に対する貢献と、政権移行期に見せた寛大さと協力に感謝したい。

大統領首席スピーチライターは童顔の27歳

2009年1月21日23時23分

 【ワシントン=梅原季哉】大群衆を前に20日、就任演説を披露したバラク・オバマ米大統領の首席スピーチライターは、27歳の若者ジョン・ファブローさ んだ。大学生と間違えられるような童顔の持ち主だが「オバマ語」を完全に操り、ボスの意をくんで文章を磨く能力は抜群だという。

オバマ氏がアメリカの大統領として歩み出された。
他国のことだから関係のないという気持ちもある。
最初から期待しすぎるのもという気もある。
でも、ダイジェスト版で就任式を見た。
沢山の方が集まっておられることにとにかくびっくり、一説による250万人だそうだ。
そして涙されている方にまたびっくり、
彼に対する期待というものがそういうことに現れているのだろう。

一方我が国の首相は、国会で感じですとされる有様、
ちょっと情けない。首相もだけど、テストするヤツも。

あの就任式、
何か力を感じた
新たな波を感じた
もしかしたらって、期待をしてしまった。
お祭り騒ぎの好きな国、
アリス間を求める国
そういうことだけであれだけの人が集まり、
就任式で涙する人がいるのではないと思った。

それにしても演出が上手ですね。

私は、
あのとき
実は、
多分いびきをかいていたことだろう。
あの晩、
友人の誘いで、
熊鍋パーティー
猪鍋と、熊鍋が出ていたんだけど、
猪鍋は食べた覚えがあるんだけど、熊鍋を食べた記憶がない。
食べたらしい
飲み過ぎて記憶が飛んでしまったようだ。
あぁ~なさけない。
でも楽しかったから良いだけど。


続きを読む "250万人"

2009年1月19日

久々に巡回

昨日は久々に城端別院の法宝物巡回布教の布教使としてお仕事をさせていただきました。
昨年は一度もお呼びがなかったから少なくても二年ぶり、
別名「ゴ0ダイサマ」
それは本願寺の御歴代の絵像一幅を持ち込んで営まれる法座だから。
伝統的な言い回しとしては、御代様にお伴させていただいて法座をひらくっていう感じ。
ゴダイサマの絵像が主賓なのです、どこまでも。
布教使として伺うものは、ゴダイサマの略歴を説明しないといけない。
でも、会場に行ってみないとどのゴダイサマ(の絵像)がお越しか判らない。
昔々別院から略歴を書いたものをいただいた覚えがあるけど、今はもううしなかした。
年表を覚えておいて皆さんの前で話しをする。
今回は大二十代達如上人。
この方は幕末の方。東本願寺がひー出る本願寺と呼ばれるもとになった時代の人。
何度かこの方の略歴を話したことがあり、何となく覚えているのであまり心配事とならなかった。
あと、基本的にお講なので、ご消息を儀式として読まなければいけない。
ご消息というのは本願寺門主が末寺、門徒中に宛てた手紙のこと。
私の場合は読むというより、暗記しているのを読んでいるように見せるだけ。
だって、
行書が読めないから。
昔、万葉仮名がいっぱいあるのも、本当にくずしてある、草書に近いのもいっぱいあった。
だから鉛筆でフリガナを書いて自分専用のものを持ち歩いたこともあったっけ。
今回は久しぶりということで暗記していたものが思い出せるか心配だったけど、大丈夫だった。

後々、
布教使という言葉に安心する。
師でなく使い、
自分はやっぱ知って感じでないから。違和感をいつも覚える。
使い、誰の使いかよう知らんけど、
使わしたもんが俺を指名したのだから。
ある意味責任がない。
俺は、誰かの使いだからといって、かちかちになるタイプでない。
与えられた簿を一生懸命しようとは思うけど、責任をあまり感じない(ようにしている)

2009年1月16日

玉すだれの発祥地は富山だ



午前中お参りをしてて、
あるお宅で話しをしてて、
つい、
買っちゃいました。

きょうの猫

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うちのバカ猫クー
きょうは何故かちょっとりりしいです。
まだ寝っ転がってません。それだけなんですが...
でもストーブから離れること出来ないみたいです。

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2009年1月15日

what

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さぁ、これは何でしょう
判らない場合は別角度で、
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お判りですか?

私の名前はクー
クロネコです。
このうちにすんで9年になるかな。
私は熱いときは涼しいところがスキで、
寒いときは暖かいところがスキです。
今はストーブの前が大好きです。
でも暖かすぎで
眠たくなってしまいます。
そしてお股があいちゃうんです。
お見苦しい姿を見せてしまい
どうもすいませんです。

2009年1月14日

ソラ

今朝は寒いです
朝めったに外に出ない私が外に出ているからなおさら寒さを感じているのでしょう。
今京都に向かっています。
電車から外を覗けば幻想的にガスがかかってます。地を雪が覆っているので幻想さを引き立てます。
話は少し時間的にさかのぼり
玄関を出ると積もった雪がガチンカチン
何十年前の私だったら、上に乗っても沈むことがないぐらいガチンカチン
今は体重オーバー
残念
小さい頃、空だといってよく雪の上を歩いて遊んだっけ
でもたまに沈むことがある、それがなおさら雲の上ぽくっておもしかった
あの頃が懐かしい

そうそう今日の月も明るかった
その反対側、東っかわをみるとそっちもきれいだった
ちょっとオレンジ色に染まり立山連峰がいつもより高くシルエットでそびえ立っていた
いいもの見してもろうて得した気分で気持ちのいい朝でした

2009年1月13日

今日の髭

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今日の髭は黄色、
カレーを食べて髭のできあがりです。
小さいスプーンで食べればいいのですが、拒否して大きいの使ってます。
だからなおさら髭が出来やすいです。
自己主張がどんどん強くなり、我を通したがる四男坊です。

2009年1月10日

仏法聞き難し

いつもお参りをさせていただいていて、そして小学校の同級生のおかあさんが亡くなられ、機能葬儀がありお参りをさせていただいた。
今日から初七日まで参りにお参りに伺わせていただいている。
いつものように正信偈の本を持って行っていっしょにお勤めさせていただいている。
なのか参りの時、いや、平生の月参り、そして法要の時儀式として聖教として正信偈や、経典を読誦させていただくわけだ。
その中で
お参りって何なんだろう
という迷いが自分の中で明らかになってくる。
お聖教を読んで何を自分はしてんだろうと思う。
自分がお聖教を読むということを通して、
お聖教に出会ってもらうご縁を作らせていただいている、という結論はいつも出るのだけど、
そういう結論が出るからこそ、
いっしょにお聖教を読むという作業をさせていただくわけだ。
でもそれですっきりする訳じゃない。
これで本当にいいんだろうって思ってしまう。
お聖教に出会ってもらいたいという仕事をしている自分は、
本当にそう思っているのか、
自分は本当に出会っているのか、
「お聖教」と呼ばれているものは私の所に届いている、
だけど、私にとってそれが本当にお聖教なのか
お聖教として本当に頂いているのだろうか。

お聖教を届けるという作業を通して、自分もで宛行く歩みが必要なのだろう、
共に出会っていきましょう、っていう市政が大事なのかな。
そうはいうけど、
姿勢としてなかなか現れない、
ともにという歩もうという心が強まっていない。

自分が伝えれるわけないということが判ってないから、そこで悩むのかな。
また本気で伝えようとしてない自分が見えているから空しいのかな。

結局徒然なるままに書いてしまい、支離滅裂な文章になってしまいました。
何でこんな文章を書こうとしたのかな、判らなくなっちゃった。

2009年1月 8日

今日は晴れ晴れ

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今日は快晴ですし、暖かいです。
ホント気持ちが良いです。
立山連峰が奇麗に見えています。
ちなみに立山連邦は間違えで、立山連峰が正解です。
手前に呉羽丘陵、奥に立山連峰がそびえ立っています。

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省エネ化に取組中

我が家は今省エネ化に取り組んでいます。
といってもたいそうなことではなく、
電球を電球型の蛍光灯にしているだけなのです。
そして、
省エネ化というよりは電気代を抑えたくてやっているって言う言い方の方が正しいかも知れません。

でも、気になることが
それは電球式の蛍光灯が高いってことです。
以前から比べれば大きさはちっちゃくなっているんですが、
電球を買うことから考えればいくつ買えるんだ!って感じです。
問うたるしたら本当に安いといえるのかと思ってしまいます。
電気料を抑えるための投資としてはちょっと金額がかかりすぎです。
もっと量産されれば安くなるのかな。

そうそうこの間ホームセンターに蛍光灯を買いに行ったとき、
明るさを買えることの出来る電球型蛍光灯が置いてありました。
弐仟圓ぐらいしてましたけど。

まだちょっと暗いです

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今日から息子たち上三人は学校が始まります。
この時期なかなか明るくなりません。
冬至は過ぎたので少しずつ昼の時間が長くなっているのでしょうが...
朝はその実感が湧いてきません。
日が暮れるのは五時頃になってきて長くなったと実感できるのですが...
今日から学校が始まるというのに気持ちの切り替えが全然出来てない、バカな親子です。

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2009年1月 7日

カード また失かしとった

昨日長男坊が録画してあるつもりの番組を見ようとビデオのスイッチを入れると、
カードが挿入されていません。というメッセージが現れると訴えてきた。
見てみると、
B-CASカードが入ってなかった。
そしてインデックスを見ても、長男が録画したはずに番組は録画されてなかった。
インデックスを見ると、日曜日の朝にはあったようだ。日曜日の朝の番組が録画差rていtから。
長男が録画したかったのは日曜日の夜の番組。
誰がとったんだろうと考える前に、
四男坊が抜き取ったのに間違いないと、夫婦で確認し合った。
何の証拠もないのに。
探しても出てこない。
ネットで調べてみると再発行には
2000円かかるらしい。
それを知った私はお金が勿体なく感じ、
いっそう真剣に探した。
そうすると、ストーブの下に隠れていた。
それでホッとした私。
でもとったのは四男坊だと疑い続けている私です。

2009年1月 6日

モウロクしてしもた

今日あるお宅にお参りに行ってお勤めを始めようとしたとき、
そこに住む一人暮らしのおばあさんが、ふと
もうろくしてしもた
とおっしゃった。
ここ2回ぐらい、お参りに行っても財布が見あたらないとおっしゃって、お布施も頂いていない。
そういうこともあった。
どうしたんだろう、何かあったのかな、
と思いながらも
まだまだやちゃ
と返しても
返事が返ってこなかったので
お勤めを始めた。
とつとめをしながらも、
お婆ちゃんの言葉が気になって気になって仕方なかった。

いつもだったら
そういうとるがやったらまだ大丈夫やちゃ!
と言ってあげてるんだけど今回は何故かそういえなかった。

私たちも真宗をかじっていると、
きがるに
悪人ですちゃ!
と言ってしまうことがあるんだけど、
自分のことを自分で悪人といえるのは、
悪人という善人になっているか、
言ってみたかったことの方が多いのではないかな。
本当に自分が悪人だと思ってたら人前ではかんたんにそうはいえんよ。
自分はそう思う。
本当に恥ずかしくて恥ずかしくて言えんと思う。

でもあのお婆ちゃんの言葉
凄く重く聞こえた。
だいじょうぶかなばあちゃん

今日は 白髭

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今朝、四男坊の朝食はサンドイッチ、
昨日お店で買って老いたもの。
でも、
彼が手に取ったのは、
生クリームと苺は入ったもの。
彼はサンドイッチを食べるというよりは、
苺目当てで喰いあさってる感じ。
喰いあさり、
結果、
生クリームの髭がついていました。

2009年1月 4日

正月早々

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正月早々四男坊こんな顔になってました。
ちょっと昼寝をしている間にポッキーを一人で食べていたようです。
思わず記念差杖をしてしまいました。

ごぼはんだより発行と、もう一つ

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昨日母方の叔母の葬儀にお参りし、その疲れがちょっと遺るなかけさ、じぶんのおもいとしてははやおきしたかったのですが...、そうは問屋が卸さなくて、七時過ぎにやっと目が覚めました。
朝目をこすりながらネットをうろうろして、そして、ごぼはんだよりをしあげました。
よろしければご覧になってください。こちらから
その後、毎年なら三日の日に行っていた、年頭まわりに出かけました。
村の中を中心に挨拶回りするのですが、午前中は目標の三分の二ぐらいいけたつもりです。午後からはあとのこりを回ります。

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2009年1月 2日

あるらしいですよ!

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真宗大谷派九条の会のHPが出来ているらしいです。
よろしければ訪れてみてください

あとナムナム大集会が今年も開催される見たいです。

namunamu2.jpg




2009年1月 1日

ゆっくりとされて行かれました

修正会も終わり一眠りして今に至っています。
今年は雪がちらほらとちるお正月でした。
初参りの方々もそのせいかでダシが鈍かったです。
今年は初老の方々がゆっくりされて行かれました。
毎年は大体午前七時ぐらいにひとだんらくするのですが、
ひとだんらくしたのは今年はずっと後でした。
でも楽しかったです。
昨年から鐘楼の方々は私の年下の方々
そして顔を見ても判る人たちなので話しをしてても楽しいです。
昔よくお寺で遊んだと思い出話をしてくださいました。
正直いつも早く帰らないかな、一段落つかないかな、とひそかに思ってしまっている私でしたが、
今年は違って時間の経つのが早かったし、
楽しかったです。


暗くなったらボイラーのスイッチを入れて風呂にでも入ろうかな。
初風呂です。

新年のご挨拶

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2009年が始まりました。
本年も昨年と相変わらぬおつきあいよろしくお願いいたします。
とりあえず新年になりましたのでご挨拶させていただきました