危険な香り - ごぼはんのひとりごと

2008年3月11日

危険な香り


「わが八十歳に乾杯―在日朝鮮人ハンセン病回復者として生きた」「ハンセン病だった私は幸せ―子どもたちに語る半生、そして沖縄のハンセン病」いずれの本もここ一ヶ月以内に購入した本です。でも、全く本文をまだ読んでいません。ちょっと本の題名の酔ってしまって読んだつもりみたいものがあるというか、本の題名を見て満足してしまっているところがあるのです。ハンセン病と診断されそしてハンセン病だからといって差別されてきた方々。その方々が我が人生に乾杯だとか、私は幸せと表現されていることに驚きうらやましさを感じる。

これは自覚の言葉であると今、自分に言い聞かせている。
能く能く考えれば私たちの先輩方はハンセン病であることを喜べ、今を喜べなんていうお説教をして療養所に隔離されてていることに何の不満も持たないよう心工夫を訴えてきた。
いうまでもなく、ハンセン病の療養所に住まわされ差別されていることを喜んでいる言葉ではない。そのことだけは間違いない。でも、多分差別されつづけて気づかれたことがあるのだ。人間として本当に大事なことに気づかれたのだ。大事な自分にしかできない仕事を見つけられたのだ、多分。でもそこをいつの間にか勘違いというか誤解してしまう自分がある。やっかいな自分。
本の題名だけで感銘を受ける自分はやっぱりやっかいで、ややこしく、危険な俺だ。


人間に帰っていこうとされる歩みを自分の歩みと決意されたとき、過去を引き受けるとこができたのだろう。


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