危険な香り
「わが八十歳に乾杯―在日朝鮮人ハンセン病回復者として生きた」
これは自覚の言葉であると今、自分に言い聞かせている。
能く能く考えれば私たちの先輩方はハンセン病であることを喜べ、今を喜べなんていうお説教をして療養所に隔離されてていることに何の不満も持たないよう心工夫を訴えてきた。
いうまでもなく、ハンセン病の療養所に住まわされ差別されていることを喜んでいる言葉ではない。そのことだけは間違いない。でも、多分差別されつづけて気づかれたことがあるのだ。人間として本当に大事なことに気づかれたのだ。大事な自分にしかできない仕事を見つけられたのだ、多分。でもそこをいつの間にか勘違いというか誤解してしまう自分がある。やっかいな自分。
本の題名だけで感銘を受ける自分はやっぱりやっかいで、ややこしく、危険な俺だ。
人間に帰っていこうとされる歩みを自分の歩みと決意されたとき、過去を引き受けるとこができたのだろう。

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