2008年1月11日

誰のための真宗なのか

調子にならない中お参りをしながら、
ふと
オレにとって真宗とは何なのか
という思いが湧いてくることがある

自分にとって親鸞聖人の教えが伝えるものになりすぎて
自分が聞くものになってないことに気づく

お寺は教えを興隆するという使命がある。
でもその前に、聞法の道場としてあるのだ。
そしてそれは何人にも
教えを広める役割をする人にとっても
聞法の道場。
真宗に聞く私があって初めて人に広める、伝えることができるはず。
だけど、いつの間にか真宗に聞くっていうスタイルが自分にはなくなっている。
いや自分にはあったのだろうか。
スタイルにしなければと思いはあったけど、できてただろうか
その思いもいつの間にか薄らいでた

そういえば教えを聞くということもなかなかしていない。
教えに聞くということより
この話し使える使えないと思慮している自分
ネタを仕入れているだけなのかも

私のための真宗
真宗に聞く
このことを忘れてはいけない、そう強く思う。

そのことに一生懸命になろう

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.gobohan.com/mt/mt-tb.cgi/643

コメントする