2007年12月アーカイブ: ごぼはんのひとりごと

2007年12月31日

うっすら雪景色

IMG_3261.jpg
昨晩から降っていた雪、
朝確認してみると、
うっすらでした。
思ったよりつもってませんでした。雪も湿っぽいです。
当然ですよね
内では、初積雪ですから。

息子たちには
雪が積もってなかったら今日は外の掃き掃除をしてもらう、
っていってあったんですが、
多分外を確認してホッとすることでしょう。


カテゴリーアーカイブでエラーが~

アクセス解析をしていて、検索ワードを探っていると
どうも自分のブログでエラーが出ているみたい。
カテゴリーアーカイブで

ページが見つかりません。

Smarty error: [plugin] modifier 'tinymce' is not implemented (core.load_plugins.php, line 118)
という表示が出ている。
ちょっとショックで、
いろいろ調べてみた。
どうも、
ブログ記事の作成のところで、
フォーマットの設定が「なし」となっている記事に対して
上記のコメントがあるようだ。
「なし」を「リッチテキスト」などに帰ると、その記事は表示される。
でもそういう記事
一つや二つという数ではないみたい。
地道に変えていくしかないのかな。
今からやろうか、気長にぼちぼちと暇を見てやっていこうか悩んでいます。

続きを読む "カテゴリーアーカイブでエラーが~"

年の瀬の挨拶

年の瀬になり
「よいお歳を」
「よいお歳を迎えてください」
なんてお参りを終え家を出るとき家に人から言われる。
この言葉の返答に困ってしまう。
形式上
「ありがとうございます」
とまではいえるが、
「皆さんもよい歳を迎えてください」
こう返せればよいのだろうけれど、
なかなかこの言葉が出てこない

つい
(自分にとって)よい歳ってなんだろう
特定の人だけにとってよい歳になってよいのだろうか
なんて考えてしまう

考え過ぎなのかな

世界中の人が幸せの歳でありますように
特定の人だけが幸せになっていくのではなく
みんなが幸せに生きることが出来る世の中でありますように

世の中安穏なれ仏法ひろまれ

真宗(親鸞の教え)に生きようと思っている私たちには
年の瀬、そして新年の挨拶を
どう交わしたらよいのだろうか?
毎年のようにこんなこと考えてしまう。

2007年12月30日

腹見せ猫

IMG_3260.jpg
安心しきって寝てます
おなか見せて
これじゃぁ
もう野良になることは出来ないですね

クロネコをしっかり取りたかったのでストロボの使用をやめてみました。当然シャッタースピードが遅くなるので、だいぶぶれてしまっています。

2007年12月28日

天気予報が気になっています。

天気予報によれば
年末年始は寒波が襲来するとのこと
ちょっとうれしいです。

だって、
雪が積もれば
お正月用に外を掃除する必要なくなるからで~す。掃除できなくなるのです。
ニコ(^O^)

Qooさん

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光の加減で人相ではなく、猫相が悪く移っていますが、ご機嫌のクーさんです。
床暖房がめっちゃお気に入り
動きたくな~い
外もトイレ以外はでたくな~い
床から暖かさを感じるのが最高~

なんていいそうな感じのクーさんです。

大人になったせいかな?

♪もういくつ寝るとお正月~♪
という歌がふさわしい時期になってきました。
本当にお正月まであといくつか数えることが出来ます。
でも、気持ちは相ではあり編ません。
気持ちは平治つっもー度です。ただ子ども達が冬休みでだらだらしている、これだけがいつもと違っています。

昔お正月が何故か待ち遠しかった。
お年玉がもらえたからだろうか。

大人になった今、お年玉をもらえるわけでもなく、反対にあげなければならない立場にいつの間にかなってしまっている。
全然待ち遠しくない。
ホント、十二月三十一日の次の日が一月一日、そんな感じだ。

大人になったせいだろうか。
それとも私たちの社会が、ハレとケの境目がなくなってしまってるからだろうか。
毎日がごっつぉ(ごちそう)を食べ、毎日がハレの日になって生活しているからだろうか。
メリハリのない毎日を私が送っているからだろうか。

ただ、村の人たちがお正月の朝にお参りにこられるので、お正月の準備はしなければいけない。気持ちはお正月でないが、準備だけはしなければならない。お寺に住むごぼさんとしてお正月にしなければいけないことは間違いなくある。

2007年12月27日

よいてんき

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今日はいい天気です。
遠く立山連峰もうっすらと映し出されています。
でもこの天気も終わりだそうです。
年末年始には大寒波がこられるそうです。

今日は今年最後の同和小委員会です。

朝からビデオゲーム

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うちのバカ息子たち、今日ものんびりマイペース状態です。

次男はやきゅうの練習も正月休みでなくある意味ホットしている感じ、いつも出来ないビデオゲーム三昧
宿題なんてあったの?っていう感じで他人事。テレビとビデオゲームにいそしんでいます。
長男三男坊は相変わらず、冬休みであろうが、休日であろうがビデオゲーム三昧です。
三男坊はジデンシャ乗ろうって誘ってくれるんですが、いつもこっちが忙しいときばかりで、断ってばっかりいます。
多分このまま冬休みが終わるんでしょうねぇ
冬休みが終わるちょっと前がどんなに忙しくなり、どんなに怒らなければならないか、簡単に想像がついてしまいます。
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2007年12月25日

とらぬ狸の皮算用

うちのバカ息子たち 冬休みに入り
バカ度が増しています。
 休みに入りしな、長男に宿題のことを聞くと二日でできると言い放ちました。
 いわなくてもご承知でしょうが
 三十分ぐらい初日にやって、あとは…
テレビを見たり、ゲーム三昧の毎日です。エンジョイなさってます。
 あ〜あ
 まるで我が身を写し出されているようです。
 そこでもう一つ
 あ〜あ

昨日の茶飲み話

昨日の午前中、門徒さんが訪ねてこられた。
毎年一年に一度しかお会いできない方です。
お茶を飲みながらいろいろ花試をを聞いた。
この高田糖尿病の患者さんであり、十年ぐらい前に脳溢血で入院された方です。
だから私に糖尿病はどうかとよく心配してくださいます。
脳溢血で倒れられたのですが、私から見る分後遺症はない方です。
今は本当に健康に気をつけておられるそうです。ある意味この健康に気を遣いすぎて会社が駄目になッたっともおっしゃっておられました。
ある意味健康オタクになるきっかけは入院だったそうです。
今は酒をほとんど飲まず生活を去れ、
たばこは以前一日に数は好んでおられたそうですが、今は全くおやめになったそうです。
そして健康のためまいにちに時間歩いておられるそうです。
これを聞いただけで勝てないなぁ~ってかんじです。
入院し、このままでは間違いなく死ぬとお医者さんに言われ、
心改めて今に至っているそうです。
毎日沢山歩き、好きなたばこもやめることが出来たのはやっぱり自分の死が見えてきたからだそうです。
糖尿病を患っておられながらもどことなく入院するまでは自分の死は人ごとだったそうです。
病気になるという現実をとおしてこのままでは死んでしまうと強く思われたそうです。
そういう話を聞くと私はどこまでいってもまだ人ごと状態、ということを知らされます。
凄いなぁと頭を下げるしかありません。ついでに俺にはまだそうはなれん!そういう思いもほぼ同時に湧いてきます。

このままでは死にきれない、そういう重いから健康に凄く気をつけられるようになられた。
では念佛は?
後生の一大事と蓮如上人はおっしゃられるのだからある意味我が身の問題として死と向き合えたとき念佛を一心に申せるのだろう。
ある意味々ことをきっかけとしてある人は健康オタクに、ある人は念佛を心から申すことが出来るようになる。
健康と念佛を々ところで考えるべきではないだろうけど、
でも私は、死というものが我が身の問題として受け止められていないから、糖尿病である私が健康に気を遣わず、念佛も心なく称えてしまっている。これは間違いない。

何故念佛を称えるのだろう

わからなくなってきちゃった

やっぱあやふやなところでお念仏とつきあっているみたい、これは間違えない。

手がかりとなる言葉
「深心」と言うは、すなわちこれ深信の心なり。また二種あり。一つには決定して深く、「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来、常に没し常に流転し て、出離の縁あることなし」と信ず。二つには決定して深く、「かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑いなく慮りなくかの願力に乗じて、定んで往生を得」と信ず。また決定して深く、「釈迦仏、この『観経』に三福・九品・定散二善を説きて、かの仏の依正二報を証讃して、人をして欣慕せしむ」 と信ず。また決定して、「『弥陀経』の中に、十方恒沙の諸仏、一切凡夫を証勧して決定して生まるることを得」と深信するなり。また深信する者、仰ぎ願わく は、一切行者等、一心にただ仏語を信じて身命を顧みず、決定して行に依って、仏の捨てたまうをばすなわち捨て、仏の行ぜしめたまうをばすなわち行ず。仏の 去てしめたまう処をばすなわち去つ。これを「仏教に随順し、仏意に随順す」と名づく。これを「仏願に随順す」と名づく。これを「真の仏弟子」と名づく。ま た一切の行者、ただよくこの経に依って行を深信する者は、必ず衆生を誤らざるものなり。何をもってのゆえに、仏はこれ満足大悲の人なるがゆえに、実語なる がゆえに、仏を除きて已還は、智行未だ満たず。それ学地にありて、正習の二障ありて、未だ除からざるに由って、果願未だ円ならず。これらの凡聖は、たとい 諸仏の教意を測量すれども、未だよく決了することあたわず。平章ありといえども、かならず須らく仏証を請うて定とすべきなり。もし仏意に称えば、すなわち 印可して「如是如是」と言う。もし仏意に可わざれば、すなわち「汝等が所説この義不如是」と言う。印せざるは、すなわち無記・無利・無益の語に同じ。仏の 印可したまうをば、すなわち仏の正教に随順す。もし仏の所有の言説は、すなわちこれ正教・正義・正行・正解・正業・正智なり。もしは多・もしは少、すべて 菩薩・人・天等を問わず、その是非を定めんや。もし仏の所説は、すなわちこれ「了教」なり、菩薩等の説は、ことごとく「不了教」と名づくるなり、知るべし と。このゆえに、今の時、仰ぎて一切有縁の往生人等を勧む。ただ仏語を深信して専注奉行すべし、菩薩等の不相応の教を信用してもって疑碍を為し、惑を抱いて自ら迷いて、往生の大益を廃失すべからざれとなり。乃至 釈迦、一切の凡夫を指勧して、この一身を尽くして専念専修して、捨命已 後定んでかの国に生まるれば、すなわち十方諸仏、ことごとくみな同じく讃め同じく勧め同じく証したまう。何をもってのゆえに、同体の大悲なるがゆえに。一 仏の所化はすなわちこれ一切仏の化なり、一切仏の化はすなわちこれ一仏の所化なり。すなわち『弥陀経』の中に説かく、「釈迦、極楽の種種の荘厳を讃嘆した まう。」また「一切の凡夫を勧めて、一日・七日、一心に弥陀の名号を専念せしめて、定んで往生を得しめたまう」と。次下の文に云わく、「十方におのおの恒 河沙等の諸仏ましまして、同じく、釈迦よく五濁悪時・悪世界・悪衆生・悪見・悪煩悩・悪邪無信の盛なる時において、弥陀の名号を指讃して、衆生を勧励せし めて、称念すれば必ず往生を得、と讃じたまう」、すなわちその証なり。また十方仏等、衆生の釈迦一仏の所説を信ぜざらんを恐畏れて、すなわち共に同心・同 時に、おのおの舌相を出だして遍く三千世界に覆いて、誠実の言を説きたまわく、汝等衆生、みなこの釈迦の所説・所賛・所証を信ずべし。一切の凡夫、罪福の 多少・時節の久近を問わず、ただよく上百年を尽くし、下一日・七日に至るまで、一心に弥陀の名号を専念して、定んで往生を得ること、必ず疑いなきなり。こ のゆえに、一仏の所説をば、すなわち一切仏同じくその事を証誠したまうなり。これを「人に就いて信を立つ」と名づくるなり。乃至 またこの正の中につい て、また二種あり。一つには、一心に弥陀の名号を専念して、行住座臥、時節の久近を問わず、念念に捨てざるをば、これを「正定の業」と名づく、かの仏願に 順ずるがゆえに。もし礼誦等に依らば、すなわち名づけて「助業」とす。この正助二行を除きて已下の自余のもろもろの善は、ことごとく「雑行 行」と名づく、と。乃至 すべて「疎雑の行」と名づくるなり。かるがゆえに「深心」と名づく。

2007年12月24日

クリスマスってどんな日

ちまたはクリスマスクリスマスと騒いでいる
私も「そんなものかんけぇねぇ~」ととらわれている。
ところでクリスマスはどんな日なの、どんなことを記念した日なのだろうか。
私はそういうことさえ知っていない。
手頃なところでウィキペディアで調べてみた。
クリスマス英語Christmas, Χmas)とは、イエス・キリスト降誕(誕生)を祝うキリスト教の記念日・祭日である。「幼女が人間として産まれてきてくださったこと」を祝うことが本質である。12月25日がこれに当たるが、昔の暦では日没を一日の境目としているので12月24日夕刻から朝までをクリスマス・イヴとして祝う。イスラム教徒も、主要な預言者イエスの生誕として、クリスマスを祝う。
こんなんでました~。
キリストさんの誕生日だったんですね。へぇぇ~
そしてイスラム教徒もおいわいするんですね。
クリスマスがキリスト教を知る架橋になればいいと思うが、実際は商魂だましいの高い人たちの祭典でしかない。
仏教徒である私はこういうことが何となく悲しい。
自分の宗教がなんであるか無自覚のまま、おしゃれ感覚でキリスト教会で結婚式を挙げるがごとく、これで良いのかって思ってしまう。

せめて人間にとって宗教とは何かなんて言うことをクリスマスを縁として考えていきたい。

ちなみに私は自分からクリスマスパーティーを開く気は全くないけど、クリスチャンの人がクリスマスパーティーだと誘ってくださったとき、喜んで参加させていただこうと思っている。
でもクリスチャンの友人は私にはまだいない。

2007年12月23日

雑学の一つとして


昨日友人のササ氏が遊びに来てくれた。多分教務員をしているので経常費などを集めに来たのだろうけど、まだ用意していなかったので、後日と簡単にいいはなってしまった。せっかく来てくれたのに申し訳ないことだ。
ついでにおみやげと称して、梅酒と焼酎、そして本をくれた。
日本人 数のしきたり 日本人 数のしきたり日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心 だ。これは飯倉晴武が書いた本だ。どうもベストセラーらしい。
私には教学も薄いけど、なおさら「日本人」の常識が薄いし、意識が低い。そういうところで話が合わなかったりすることがあるので便利かな。
茶飲み話の雑学自慢として、お説教の時間のばしや枕として使えるかなって思っている。
私には仕事的に便利な一冊かなっていえる。
よいものをもらった。ありがたい。

むなしくすぐる 日々

最近なんか
むなしいというか、これで良いのだろうか
なんて思うことがたびたびある。
何をしてもすっきりしない
すっきりしててもちょっとの間だけ

ホント空しく過ぐる日々を送っている。

本願力にあいぬれば
 むなしくすぐるひとぞなき
 功徳の宝海みちみちて
 煩悩の濁水へだてなし
本願のはたらきにあってない証拠が空しく過ぐる自覚なのだろうか。
本願力にあったから空しく過ぐる日々が見えてきたことなのか。

とにかく空しく過ぎないためにも本願力にあえと指し示しててくだされている
ただこの言葉が教えとしていただけてない自分
空しさを解決する方法としていろいろな解決策がある中の一つとして
本願力がある、なんてしか思えてない自分。

そういうことなんだろう。


2007年12月21日

共命の鳥のこと

 また次に、舎利弗、かの国には常に種種の奇妙雑色の鳥あり。白鵲・孔雀・鸚鵡・舎利・迦陵頻伽・共命の鳥なり。このもろもろの衆鳥、昼夜六時に和雅の声を出だす。その音、五根・五力・七菩提分・八聖道分、かくのごときらの法を演暢す。その土の衆生、この声を聞き已りて、みなことごとく仏を念じ、法を念じ、僧を念ず。舎利弗、汝、この鳥は実にこれ罪報の所生なりと謂うことなかれ。所以は何ん。かの仏国土には三悪趣なければなり。舎利弗、その仏国土には、なお三悪趣の名なし。何にいわんや実にこのもろもろの衆鳥あらんや。みなこれ阿弥陀仏、法音をして宣流せしめんと欲して、変化して作したまうところなり。舎利弗、かの仏国土には、微風、もろもろの宝の行樹および宝の羅網を吹き動かすに、微妙の音を出だす。たとえば百千種の楽の同時に倶に作すがごとし。この音を聞く者、みな自然に念仏・念法・念僧の心を生ず。舎利弗、その仏国土には、かくのごときの功徳荘厳を成就せり(仏説阿弥陀経)
浄土の六鳥(鳥新聞http://eda.s68.xrea.com/archives/000278.phpより)

別名特徴現在の名
白鵠(びゃっこう)
綺麗。純白、清浄性白鳥またはガチョウの一種
孔雀(くじゃく)
綺麗。華やかな浄土の象徴クジャク
鸚鵡(おうむ)
しゃべる。賢いオウム
舎利(しゃり)
しゃべる。賢い九官鳥の一種
迦陵頻伽(かりょうびんが)妙音鳥鳴き声が優雅。音楽の神さま雀あるいはカッコウの一種
共命(ぐみょう)之鳥命命鳥象徴的に仏の心を体現いない

阿弥陀経にかかれている浄土の鳥、
共命鳥とその他の鳥、隙間が私は感じる。
ある意味共命鳥以外の鳥はある意味浄土にふさわしく感じる。きれいだったり、賢かったり、
でも共命鳥は優等生とは決していえない。

共命鳥は浄土では生きることが出来る、なんて言う理解だけでいいんだろうか。
なんて思ってしまっています。

でんじは

携帯基地局撤去へ 住民「健康被害」、ドコモは認めず

(2007年12月18日 asahi.com)

携帯電話のアンテナ基地局が発する電磁波で健康被害を受けたとして、兵庫県川西市の住民10人が、NTTドコモ関西(大阪市)と、基地局の土地を所有す る阪急バス(大阪府池田市)に対し、基地局の撤去を求めた公害調停が17日、大阪簡裁であった。双方はドコモが来年4月ごろまでに撤去することで合意し、 住民は調停を取り下げた。阪急バスが住民の意向を踏まえてドコモへの賃貸契約を解除すると決めたため、ドコモは健康被害を認めない形で撤去を受け入れた。 
電磁波は無害であるとは思わない。
携帯電話が発する電磁波や、携帯電話の基地局から発する電磁波は、どれぐらいあり、どれぐらいの影響があるのだろう。
よく考えるとわかってない、大丈夫だろうって言うところに自分は落ち着いてしまっている。便利さを優先させてしまっている。
電磁波の影響は個人差があるのだろう、この人は大丈夫だけどこの人は駄目だって。
私たちは今どれぐらい電磁波っていうものを浴びているのだろう。それぐらいは知っておく必要があるのかも。

2007年12月20日

やっと解決 携帯からも見ることが出来るようになりました。

ここ最近、何故過去のブログの携帯版が文字化けしていてタイトルなどが????となってしまっていた。
携帯用にmt4iを使っていた。
いろいろ調べていて、
ムーバブルタイプ4で、MT4iが文字化けしたという記事を見つけ実行してみた。

MTのmt-config.cgiというファイルに「PublishCharset utf-8」と書き足した。
するとすると、文字化けが直り、ちゃんと表示するようになった。
ウレビィ マンモス!
えっ
マンモス ウレピィ だったかな?
QRcode.png

2007年12月19日

賞味期限切れ~

今朝、賞味期限が切れているシュークリームを食べちゃいました。
日曜日、三男坊がもらってきたやつです、近くのケーキ屋さんのシュークリームです。
もちろん入っていた箱には本日中にお召し上がりくださいと書いてあった。
ちゃんと認知していた。
でも、
一昨日ぐらいからあるのが気になっていた。
冷蔵庫に入っておらず、カウンターの上にずっと置いてあった。
今朝、彼女(もしかしたら彼なのかも)とふと目が会い、「私を食べて」と言ったような気がした。
思わず食べてしまった。
さすが日曜日に作ったもの
ちょっと酸っぱくて、
ちょっとにがかった。
でも全部食べた。
だって酸っぱいのも苦いのもちょっとだったから。
でも、間だからだに異変はない。

そういう私は今からのとへ会合に行く、
会合だけではなく、そのあと懇親会もちゃんとあるのだ。
どうなることやら。

理解できない うちの息子

うちの
三男坊は
卵焼きもゆで卵も目玉焼きも食べることが出来る
だけど、
長男坊は
卵焼きとゆで卵は食べてくれるが、目玉焼きはなかなか食べてくれない
食感がいやらしい
次男坊は
卵焼きとゆで卵は食べることが出来るが、目玉焼きの黄身が嫌いだという
ゆで卵の黄身と、目玉焼きの黄身、どこが違うのだろうか
理解できない

こわぁい はなし

この間…三日ぐらい前の出来事

あるところまで
三男坊に運転で向かった
まだまだ危なっかしい運転もする。
乗っている私は冷や冷やもの
よ?く 考えれば
三男坊いくつだったっけ?
小学一年生じゃなかったかな?
日本では小学生が自動車の運転をしてもよかったんだったかな。
どうだったけ?
あかんのでなかったかな?
何故こいつ運転しているの?
わからない。
やっぱ運転はしちゃいけない!
だめだよ!
小学生の運転する車に俺が乗っている
おそろしぃい
たすけてくれぇえ

なんていうところで
夢が覚めました。
本当に汗をかいてました。

家族の絆

今、TBS系の昼ドラは意図してどうかはわからないが、
二つとも家族がテーマになっている。
愛の歌! 熱血ニセ家族
どちらも血のつながりのない家族のものがたり
時にはなみだもする。
「家族」に飢えているのだろうか、俺。
まんまと引っかかって家族って何かていうことを考えさせられちゃったよ、
家族っていうのは血の栂なりをいうのではなく、絆の種類をいうのだろうって思いました。
血がつながっているから家族っていうわけではなく、家族という生活をしていくと絆が生まれてきたり、
共同生活をしていくと、家族という絆が生まれてくるのだって思わされた。
いずれもノンフィクションのドラマなんだけど。
よく考えれば、家族は血のつながりではない。親子関係は血のつながりはあるが、夫婦には普通血のつながりはない。でもちゃんと家族として過ごしている。家族の絆が出来ている。  と思う。

自分は、血縁ということを大事にしすぎているのかもしれない。

家族に絆があるのではなく、家族という絆があるのだ!

2007年12月18日

こんなことばっかりつづいてます

今朝、いろいろしていて
ブログのカウンターをリセットしちゃいました。
あんまりカウンターに固執はしていないのですが、
自分の不注意でリセットしたことが
情けないです。
よくかんがえれば
こんなこと最近続いているような気がします。

2007年12月15日

DVDみる

昨日午前中子ども達を月光に追い出し、そのあとちりとてちんを見て、
DVDを見ました。

桂 枝雀 落語大全 第十集です。地獄八景亡者戯という話でした。枝雀さんが話の内容というか登場人物の名前が出てこなくて困っていました。でもさすがプロ、うまくすすめていくんですね。お客さんに教えられながら…

この話の一部は落語絵本になってます。じごくのそうべえ―桂米朝・上方落語・地獄八景より (童心社の絵本)これです。

これは私が始めてであった落語絵本でした。京都駅前の本屋さんで買ったのですが、めちゃくちゃ笑いました。いまだにお気に入りの一冊です。


この本の続編ともいうべきそうべえごくらくへゆく (童心社の絵本)も持っています。これもおもしろいです。



DVDを見ていたひととき、本当に笑わせてもらいました。おかげでお参りに行くのが遅れちゃいました。

2007年12月13日

こんなのつかえねぇ  じゃなく、使いたくない!

昨日お葬式のお手伝いに行ってきました。
帰り葬儀会場からカレンダーを頂いたのです
が、

TS3C0038.jpg
このカレンダー、特定の日に囲みがしてあります。六日おきに囲みがしてあります。
どうも六曜、
どうも、
友引の日が囲んである。

葬儀屋さんの親切からこういうものをお作りになられたのでしょうし、
まぁ、自分たちが便利なものをお作りになられたのでしょう。

でもこのカレンダー
自分は、
使えない
というか、
使いたくない。
一念多念のあらそいをなすひとをば、異学別解のひとともうすなり。異学というは、聖道外道におもむきて、余行を修し、余仏を念ず、吉日良辰をえらび、占相 祭祀をこのむものなり。これは外道なり。これらはひとえに自力をたのむものなり。別解は、念仏をしながら、他力をたのまぬなり。別というは、ひとつなるこ とをふたつにわかちなすことばなり。解は、さとるという、とくということばなり。念仏をしながら自力にさとりなすなり。かるがゆえに、別解というなり。ま た、助業をこのむもの、これすなわち自力をはげむひとなり。自力というは、わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根 をたのむひとなり。(一念多念文意)
かなしきかなや道俗の
 良時吉日えらばしめ
 天神地祇をあがめつつ
 卜占祭祀つとめとす
私たち真宗門徒の生活をある意味
門徒物忌み知らず
といわれてきた。
私たちには友引は無用だ。
六曜をもちゐない。
気にしない、気にしたくない。

こんな六曜を気にさせるようなカレンダー拒否します。
この葬儀屋さん、真宗のこと全くわかってもらってない、
そういうことを感じました。

六曜(ウィキペディア)
六曜のはなし(こよみのページ)
六曜迷信と差別解消への行動(篠山市人権…同和教育研究協議会)

そのほかもっと六曜を検索したい方(Google)

2007年12月10日

WAR IS OVER! IF YOU WANT IT & Love and peace


一昨日、12月8日はジョンレノンが殺された日、そして日本が真珠湾攻撃を仕掛けた日。
こういう話をして門徒さんから初めて聞かされたのだが、力道山も殺された日だそうだ。
そして仏教徒としては釈尊成道日、釈尊がさとりを開かれた日とされている。
ちなみに個人的なところでいえば自分の母が亡くなった日でもある。

ふとこういうことに思いを巡らしていて、
ジョンレノンかビートルズのアルバムを購入したくなった。
そこで、iTunes Store(Japan)でお買い物
まずビートルズを捜したが、全くなし、
そこでジョンレノンを買うことに
訳もわからず
Lennon Legend
購入しました。

新しい試み

今日の午前中、いつももお参りに行っているお宅でゴッシュハン(お手次ぎさん)が報恩講をおつとめにこられるので一緒にお参りしてくださいということで、行ってきました。お手次ぎさんはとやましないの大谷派の寺院です。
ここのお手次ぎさんの報恩講は、正信偈草四句目下、念仏和讃は同朋奉讃式、そしてお話という流れです。でもちょっと違うところがあります。毎年毎年表白をお読みになられます。そして毎年毎年内容が違ってます。
私も毎年毎年表白の字を追いながら感心しています。
今回はふと
自分も毎回表白を読もうかと。
報恩講ではなく、まいにちの月参りに。
なかなか月参りの中でお話も出来ず、ましてや仏法のご縁作りも出来てない。
そんな中で
毎回表白をよむことによって仏法の縁作りが出来るのでは、なんて思いました。

でも
問題があります。
それは表白の内容です。
表白が良いと思った瞬間から問題になってます。
毎月買える木リョ無もないし、毎年毎年同じものを読む気もない。
ある程度仕上げたものを読みたい。
そう考えるとなかなかためらってしまう。
年内に出来るかな。
いつから表白付きの月参りが出来ることでしょう。

よい表白があれば教えてください。
作ってくださってもなおうれしいです。

2007年12月 9日

走れない坊主

師走というのに寝っ転がっている時間が多いです。
まぁ坊主をしていながら私は毎年12月は平常運行なんですが、
この間糖尿病の薬などをもらうために病院に行ってきました。
インフルエンザの予防接種もしてきました。
検尿、問診、注射、採血、こういう流れだったのですが、最後採決の時血糖値を図ったのですが、
これがなんと、
400超えてました。
看護婦さんも驚き、自分もびっくり!
いつもの三倍ぐらいの数値です。
だからといってもう一度問診ということはなかったのですが、
そのあとその数値を見たショックで、
落ち込んでいます。
食欲も進みません。
昨日子どもの野球クラブの納会があったんですが、私からすればほとんど飲まずにいました。
病は気からってこういうことかな。

京都で編集会議、その次の日焼き肉のお斎
こんなところで食生活がいつの間にか変わったのかな。
ちょっとした油断があったようです。

昨日も法事に行ってそして少年野球の納会、そういうこともあって月参りには一軒も行きませんでした。
今日も、納骨そして夕方義父の三回忌、かってに今日も月参りにでれないと決めつけています。
坊守さんに申し訳ない気持ちが少しあります。

2007年12月 6日

昨日のこと

TS3C0033.jpg
昨日は密かにあるところで有志が集まりある法要を勤めました。
あるご消息が下付されて210年に今年はあたったそうです。
そういう法要でした。
法要の中で感話があったのですが、
あたらないように下を向いていたんですが、人数が少ないということであたってしまいました。
勤行、感話のあとお斎がありました。
私としてはそちらがメインでして…
午後四時半からおつとめが始まったのですが、
家に着いたのは何とか昨日でした。じっくりお斎を頂きました
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献立は、ヤマブドウのわいん
そして、レバー沢山
心臓沢山。
ひれのあついの一枚。
そしておばちゃんたちが作ってくれたポテトサラダなど。
心臓は必ず矢数に食べて、レバーもそのまま食べれるし、焼くんだったら軽くね、ってことでした。
酒もすすみ、結局全部たべきれませんでした。
途中、何度もホットプレートを使いすぎってことで何度もブレーカーが下がるというハプニングもありました。
それもたのし
いつもなら朝起きたら気持ちわりぃ?となるのですが、今日はレバーのおかげかただ眠いだけでした。

おいしいおにくを用意してくださった、Iさん、そしてサラダなど作ってくだされたIさんの連れ添いさんたちに、感謝感謝感謝です。

2007年12月 5日

女人は観音

既往一昨日と京都に行っていました。
仏教ハンドブックという本を全国児童教化連盟編纂で出版する予定になっていて、それの編纂会議でした。
そしてその編纂をしている私が研修朝から私の書いた原稿が帰ってきた、書き直しということだった。
仏教豆知識で仏前結婚式について書けということだったので、書いたのですが、それは説明に過ぎないと返された。
編集長の話を聞く中で少しどういうことを書いてほしいのかっていうことが見えてきた。勉強になった。
そういう中でこの文章を書きます。

昔年老いた人から女性のことを観音様だって言う言い方を来たことがある。昔はある意味エッチは言い方だって思っていたんだけど、能く能く考えれば、これはもしかすると親鸞聖人から言い始められたことなのかもしれない。
親鸞聖人は延暦寺を離れる決意をされた契機として六角堂参籠での女犯偈の夢告があると伝えられている。
行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽
そして親鸞聖人は恵信尼さんと結婚した。日本初の僧侶として正式に結婚された、
そして恵信尼さんを救世菩薩、観音様と敬われたことだろう。
夫婦の生活をする中で、恵信尼と連れ添う生活をする中で、我が身の仏道(念仏道)を歩まざるをえない自分を再確認なさっていかれたことだろう。浄土にいくことを観音様として勧めてくださったのが恵信尼さんだといえよう。
誠に知りぬ。悲しきかな、愚禿鸞、
愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、
定聚の数に入ることを喜ばず、
真証の証に近づくことを快しまざることを、
恥ずべし、傷むべし、と
このことを恵信尼と連れ添うことによって頷いていかれたことだろる。発見されていかれたことだろう。

自分はどうだろう。連れ添いを観音様と敬えているだろうか。どこまでいって自分に都合のよい存在としてしかであえていないかもしれない。

2007年12月 3日

駅ランチ



今日は夕方まで京都に行かなければならないということで今日のランチは富山駅周辺ということになりました。余り時間がない、四男坊がいるということでうどんとなりました。そして寒くて雨が降っているので、車から降りてもぬれないところという選びでマリエになりました。入ってから店選びをして該当する、杵屋にしました。

ここは今日の私にとってベストチョイスでした。カレーうどんをたのんだのですが、注文してすぐという範疇て目の前にやってきました。そして食べても冷さなければならないほど暑くなく、どちらかというとぬるいぐらいでした。

すぐきてすぐに食べ終わる。今日の私にとって美味しいというか、嬉しいお店でした。

ファーストフード万歳ですます。



今乗っているサンダーバードは混んでいます。

ランキンさんに暇をつぶして貰うことにします。

2007年12月 2日

やきにく



今日の夕食、なぜか焼肉屋さんで焼肉です。ちなみにチェーン店です。

四男坊が美味しく食べるのを疎外してます。しょわしない

2007年12月 1日

ほえる



お気に入りを母親から取り上げられ

吠える四男坊です

今できあがりました ごぼはんだより


今やっとごぼはんだよりが仕上がりました。
宜しければ見てください。
ここをクリックしてください
それと、頼りに乗せたのですが、竹中師への復権顕彰に関する声明をアップしておきました。(ともネットには見あたらなかったので)

今から頼りを同朋新聞に挟んでお参りに出る予定です。
そう、その前に昨日パンクさせてしまった自転車を修復しなきゃぁ?

今日から12月

今日から12月ですね、
とりあえずブログのカレンダーをめくらなければいけないので書き込んでいます。
これからごぼはんだよりを仕上げていきます。半分は出来ているんですが…