2007年9月12日

独りになることのできる宗教

海外のメディアも速報 安倍首相の辞意表明

2007年09月12日14時23分(asahi.com)

 安倍首相が与党幹部に辞意を伝えたことについて、海外のメディアも東京発で相次ぎ速報した

テレビは首相の辞意表明でにぎわっている。
それに乗せられたというのも荒るんだけど私もブログに書いた。そこで
「気付は独りになってた」
なんて表現したけど、
そのあとお参りに出て思い出した言葉がある。それは
独りになることのできる宗教
という言葉だ。
これは玉光さんが言っていた言葉。
真宗というか、親鸞の仏教の特徴を語った言葉である。
阿部さんは独りになるのが怖かったんだろうなぁ、俺もそうだけど…
そして独りになったことに気づいたとき、なにもかもいやになったんだろうなぁ。
ちょっとつながらないかな。

本当に独りになることができると、寂しいような気がするけど多分そうでないと思う。
本当にいろんな人とつながりあえるのだと思う。

私のイメージではひとりになるっていうことは
人と同じところを見つけていくことではなく、違いを見つけていくこと、そしてその違いを認めていくことだろうって思っている。
和田の爺さんも「ひとりの運動」なんていうようなこといってたような気がする。

元々私たちはひとりなんだ。同じ個体は存在しない。
それを無理して一緒になろうとするから大変なんだ。
いつのまにか違いを、違うものを排除していってしまう。

阿部さんも
自民党の一員になろうなろうとしなかったらよかったんだろう。
自民党と自分の違いを、違和感を大事にしていればよかったんだろうな。

ほんと、
俺はひとりなんだ、同じ存在はいないのだ。
そういうことに頷くことができてれば良いんだろうな。
そういうことができてれば
ダイヤモンドみたい堅い存在になれるかもしれない。
いろんな人に優しくなれるかもしれない。
いろんな人と本当につながりあえるかもしれない。

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