2007年4月アーカイブ: ごぼはんのひとりごと

2007年4月28日

昨日、街で声をかけられちゃった!

昨日教務所で会議があり、ちょっと時間があったので寄り道というか遠回りしていった。

 そのとき、後ろから片言の日本語で声をかけられました。

「チョットジカンアリマスカ?」って

ふりむくと

自転車に乗った二人組、

そう、モルモン教の方だった。

そして質問を受けた。

 

あなたは神なる存在を信じますか?

少し考えて、わたしは、神という言葉の概念がわからない

次に

人生の目的は何ですか?

考え込んだ。どんな答えを望んでいるんだろう。

つい、わからないって答えた。

 そうすると私たちの目的は神の国に行くことだっていわれた。

祖運なことを答えればよかったのかと思い、そうしたらお浄土に行くことだって答えればよかったのかとも思ったのですが、でも本心でもないような気がした。

あともう一つ聞かれたんだけど、忘れちゃった。

私たちは罪深い存在であり、そのままでは神の国に行くことができない、彼は(多分、キリストさんのこと)は私たちの変わりに×を浮けれくれている、なんていうようなことを行ってたような気がする。キリストさんってそういう存在なんかって勉強させてもらった、自分が聞いたことが確かだったら。

でも、熱心だなって思った。私たち真宗僧侶の中で該当でキャッチして真宗の教えを伝えるっていうことをしている人は何人いるだろうか。彼らは教えを伝えたいっていう気持ちが伝わってくる。

自分の信仰心というようなものが問われている気がした。 

2007年4月26日

大人のおもちゃ ?

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今日フロアーを買いました。外の葉っぱなどをはくのに使います。はくというかかぜで追いやっていきます。

今朝前に庭の草を刈り、その後車に乗せてもらいブロアーを買いに行き、早速お昼から使ってみたんですが、まだまだブロアーに遊ばれている感じです。これから練習を重ね反対に遊んでやりたい!

ちなみにわたしの大人のおもちゃ?は草刈機です。

もう少しするともう一つおもちゃがやってきます。待ち遠しいです。

また来たらご紹介させていただきます。 

2007年4月25日

おっとっとっと



撮影中ちょっと笑ってくれたんですが、そのあと驚くハプニングが待っていました。

ご本尊

その時、世尊、諸根悦予し姿色清浄にして光顔魏魏とまします。尊者阿難、仏の聖旨を承けてすなわち座より起ち、偏えに右の肩を袒ぎ、長跪合掌して仏に白して言さく、「今日、世尊、諸根悦予し姿色清浄にして、光顔魏魏とまします。明らかなる浄鏡の裏表に影暢するがごとし。威容顕曜にして超絶したまえること無量なり。未だ曾て瞻覩せず。殊妙なること今のごとくましますをば。唯然り。大聖、我が心に念言すらく、今日、世尊、奇特の法に住したまえり。今日、世雄、仏の所住に住したまえり。今日、世眼、導師の行に住したまえり。今日、世英、最勝の道に住したまえり。今日、天尊、如来の徳を行じたまえり。去・来・現の仏、仏と仏と相念じたまえり。今の仏も諸仏を念じたまうことなきことを得んや。何がゆえぞ威神光光たること乃し爾る」と。
ここに世尊、阿難に告げて曰わく、「云何ぞ阿難、諸天の汝を教えて仏に来し問わしむるや。自ら慧見をもって威顔を問いたてまつるや。」阿難、仏に白さく、「諸天の来りて我に教うる者、あることなし。自ら所見をもってこの義を問いたてまつるのみ」と。(仏説無量寿経巻上)
その時に世尊、韋提希に告げたまわく、「汝いま知れりやいなや、阿弥陀仏、此を去りたまうこと遠からず。汝当に繋念して、あきらかにかの国の浄業成じたまえる者を観ずべし(仏説観無量寿経)
その時に、仏、長老舎利弗に告げたまわく、「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽と曰う。その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまう。(仏説阿弥陀経)

今日月参りにいってご本尊を眺めていたら、

絵像や木像の人の姿をしたものは本山の中に入らないんではないだろうかなんて思った。後光だけあらわしとけばいいじゃん。なんておもっった。

仏を如来ともいうが、仏は音から訳したもの、如来は意味から訳したものと考えてもいい。だから仏は真より生したるわたしへのはたらきという意味と理解してよい。わたしを明らかにしてくださる真実より放たれている光、それが如来であり仏である。

だから形としてあらわされるご本尊は真如より放たれている光だけを表現してもよいと思った。

  でも、光となって私を明らかにしてくだされるはたらきは人をとおして私に働きかけてくれるのかもしれない。

でも、

ヒカリなる如来を感じるには、ある意味如来はどこだ!と探しても多分見つけることはできないだろう。

 如来を感じるには、隣に座っている人の姿をじっと観察することによって、その日との後ろにあるものをみるかのようにじっと見ることによってもしかすると感じることができるんではないだろうか。しかし、このヒカリ、仏でないと後光を見ることはできないそうだ。仏の徳だそうだ。阿羅漢だったかな、もしかして?でも、阿難尊者は阿羅漢になっていないのにお釈迦さまの姿を見た時、光顔巍巍たる後光を見ておられるんだよね。

念仏の道を現に歩まれている人の姿を凝視することによって、観察することによっていつかその人の姿の後ろに 光顔巍巍たる如来なるはたらきを見ることができるかも知れない。これが一番の近道かな?

念仏者の姿に後光を感じることができたなら、いろんな人の姿にも少しずつ、うっすらと如来なるヒカリを感じることができていくと思う。 

クリーム色の絨毯

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今日お参りのための移動中にて

満開を声だいぶ散り始めていますが、梨の花で絨毯になってます。これ山の上から見たら綺麗なんです。 

花 萌える

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家の中にこんな花が咲いています。

蓮も芽を出しています。 

慰霊

能登地震、25日で1カ月 農業被害は53億円に(asahi.com)
1700棟余りが全半壊した能登半島地震から25日で1カ月が経過する。最も被害が激しかった石川県輪島市など4市町では仮設住宅計334戸の建設が進み、月末から入居が始まる。全国から同県に寄せられた義援金は約13億円(22日現在)。全壊70万円、半壊35万円などが一律に支払われる。
特集能登地震
JR宝塚線脱線事故2年 遺族との補償交渉進まず(asahi.com)
兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)で快速電車が転覆・脱線し、107人が死亡、562人が負傷した事故から、25日でちょうど2年となる。負傷者の約3分の2はJR西日本との示談が成立したが、遺族との交渉は進んでいない。事故原因を調べている国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は2カ月後をめどに最終報告をまとめる方針だ。

今日は能登地震から一ヶ月、そしてJR西日本の列車事故から二年という日に当たるそうだ。

今NHKでは列車事故の慰霊式を放送している。そしてその前には事故に遭われた方のそれからを移していた。

テレビを流れ出みていて思ったことは

霊というものが存在するなら、特にこういう事件では霊を慰めてはいけないんはないかと思った。もっともっと霊に怒ってもらわないといけないんじゃないかと思った。

そしてその事件を知る私たちもなくなった人の痛み、恨み、悲しみ、無念さ等々そういうものを忘れてはいけないと思った。それが事故防止のための最速の道だと思う、否 唯一の道だ。

 

慰霊、追悼、追弔にとような言葉がある。ふと、「弔」「悼」の字の意味をしりたくて大修館書店の「漢語林」を調べた。

「弔」とむらう・いたむ・なげく・あわれむ・つる

「悼」おそれる・いたむ・かなしむ・あわれむ

goo辞書に依れば弔うとは(1)人の死を悲しみいたむ。弔問する。「遺族を―・う」(2)死者のために葬儀・供養・法要を営む。

追悼には恐れるっていう意味があることに気づく。

恐れるために敬うのではなく、敬うために敬う行為をしないといけない。意志を受け継ぐことも敬う行為になると思う。いたむ・なげく・あわれむことを共に死者と共有することも死者を敬うことになる、わたしはそう考える。

2007年4月24日

今日の四男坊



花を持って記念撮影

この花何の花?

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?この木何の木気になる気になる?じゃないけど

この花何の花だろう?

うちの垣に咲いていたんだけど、こぶしかなって思うんだけど、 違うかな?

2007年4月23日

ごぼはんだよりのレイアウトを変更しました

「ブログ自由自在 Movable Type 上級カスタマイズ術」 という本を参考しさせてもらい日程表のブログを作成し、ごぼはんだよりのサイドバーに常入寺の予定が現れるようにしました。もうちょっと使いやすくする予定ですが、とりあえず一節目でレイアウトを変更しました。

結構頭を使い仕上げましたので自信作です。

ごぼはんだより


末法を生きる

最近末法ということを考えたり、語ったりすることがよくある。

それは宗祖親鸞聖人が流罪を受けて800年ということから学びがはじまり、末法という時代を考えるようになった。

末法という時代は、釈尊のような証を開く人もいなければ、教えに基づいて行じることもままならない時代である。

 

釈迦如来かくれましまして
二千余年になりたまう
正像の二時はおわりにき
如来の遺弟悲泣せよ

 

と宗祖が唄われているように仏果を得られないというのは仏教徒ととして悲しむべき時代である。

でも、

証もない、行もない時代なんだけど、

でも

経があるんだ!

釈尊の教えがこの世にはあるんだ。

約二千五百年前釈尊が語られた言葉が文字に表されそして教えとして今私たちのところに伝えられている。

二千五百年前の言葉が今を生きるもののより所としてわたしのところにやってきているのだ。

二千五百年という時、

インドから日本へという距離

いろんな民族のバトンリレーを経て

わたしのところにやってきている。

 

証も行もない時代だけど、

時を経ていろんな人の宝となって日本に住む私のところに経が伝わってきている。

これってすごいことじゃない?もしかして!

今日にあえたことって喜ぶべきじゃない?

時を経て民族を経て自分に伝わってきた事実はホンモノの、真実の証と違うん? 

別に仏になって人を救済する必要ないじゃん!お釈迦さん一人でいいやん!

人を救うためにい修行する必要ないじゃん! 

 ただ末法の時代のために説かれた浄土の教えにあえたことを喜んでいこうや!

 浄土の教えを聞いていこうやん!

南無阿弥陀仏となった仏の教えに基づいて南無阿弥陀仏の生き方をしていこうよ!

みんなを救おうとする阿弥陀の勧めをいただいて、末法を生きるものとしてわたしの足でわたしの決意で浄土への道を歩んでいきませんか?

証も行もなくなった時代だけど、

今はまだ経が残っています。その経を道しるべとして生きていきましょう!

経がなくなったとしても仏の願いはなくならないことでしょう 永遠に残るでしょう。かも知れません。

銃規制

米乱射事件(asahi,.com)
長崎市長銃撃(asahi.com)
最近銃に関する事件が新聞紙上を賑わせている。

アメリカの銃の乱射事件ではアメリカも銃を規制すべきだっていう話しによくなっている。

銃器が自由に使えないことは大事だ。いつでもどこでも銃が自由に使えることはわたしはやっぱりおかしなことだと思う。

当然のことだが日本は銃が規制されている。正規のルートでは銃器を簡単に入手することは容易なことではない。 

でも日本がなぜ銃規制がされているかって言うことを考えると、国民を守るためだけとは言えないのではないだろうか。

勉強不足だが、日本における銃器の規制は 秀吉の刀狩令ぐらいから始まるのではないだろうか。

阻止てこの刀狩の目的は、一揆防止という目的が強かったのではないだろうか。 

クーデターの防止策として銃器の規制がはじまり、それがずっと日本では続いている。

極論だけど、日本の銃規制は民衆が、権力に立ち向かわないためのものだと言っても良いのではないだろうか。

何のための銃規制なのかって言うことをはっきりしていけば、憲法第九条がなぜ大事なのかって言うこともはっきりしてくるのではないだろうか。 

2007年4月20日

ひなたぼっこをしようと四男坊と外に出てみると…

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先ほど天気がよかったので四男坊にひなたぼっこをさせようと思い外に出ました。

家を出ると子ども達の声が聞こえてきました。

なぜこんな時間に子ども達の声がするのだろうっと、 声をたどっていくと、

子ども達の声が家の隣の梨畑からしてきて、みてみると子どもたちがいました。

近づくのも何だし、連れ添いに聞いてみると、

あれは次男坊達だと言うことでした。

三年生が社会の学習で、地域の産業である梨栽培を学習に来ているみたいでした。

ただでさえ落ち着きにない三男坊が気づいてはと思い遠くから除いていたのですが、梨畑の人が呼ぶので近寄っていくと、次男坊が木津多様でした。近づいてきたので、授業中だからあっ地平けって追い払い、帰ってきました。

メチャクチャ興味津々なのですが、退散しました。

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2007年4月18日

正義をとおす

銃撃された伊藤長崎市長が死亡 出血多量で(asahi.com)
17日午後7時50分ごろ、長崎市のJR長崎駅前にある大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた同市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が18日午前2時28分、出血多量のため収容先の長崎大付属病院で死亡した。銃弾2発が胸に撃ち込まれていた。伊藤市長は22日投開票の市長選に4選を目指して立候補していた。


この事件は今朝になって知ったんだけど、昨日のアメリカの大学での事件、そして十数年前の長崎市長が銃撃されたこと、そういうことが重なって思い出された。

どんな理由があるか知らないが、自分の正義を通すため邪魔なる存在を抹消するというのはゆるされることじゃないと思う。

基本は寄合談合 

2007年4月17日

今日のクー







今日のQooは甘えモードです。

私は何もしたくないモードで一時間ほど午前中寝てました。仕事全く手をつけていません。

2007年4月16日

今更ですが、 11~12日とヤスクニへ行ってきました。

今更の更新ですが、先週の11日?13日と山教区の教化事業に相乗りさせていただいて、一緒に東京にてヤスクニ研修に参加してきました。

午前中は富山教区の方と合流する前まず、皇居のまわりを堀沿いに一周して、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑、そして靖国神社の魔羅里と中を探索しました。<BR>午後からは富山教区の方と合流し、東京教区の方に案内をしてもらいながら、靖国神社を歩き、その後遊就館を見学しました。日本の戦争史が何の罪の意識もなく展示してあり、正直ぞっとしてきました。

次の日は防衛庁の見学ツアーに参加して、二日間めちゃくちゃ歩き、めちゃくちゃ疲れました。

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煩悩どんとこい

先週の9?10日と多磨全生園へおじゃましていました。

花まつりの後の懇親会に参加(時間の都合で花まつり自体には参加できませんでした)、 を国立ハンセン病資料館みてきました。

その中で一番印象に残ったのは和光堂にかかっていたカレンダに書いてあった言葉、「ぼんのうどんとこい」この言葉でした。

 

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おまえは何しにいっとるンだ!

 

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イメージチェンジ



腕輪念珠のゴム紐が切れそうになっていたので紐を変えました。
黄色にしてみたんですが、この珠にはあわないのでは、という思いが涌いてきています。

2007年4月14日

梨 開花

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近くの梨畑の花が開花し始めました。

2、3日で満開になり、まわりが梨の花の絨毯が敷かれることでしょう。 

2007年4月13日

買いました



トーキョウさに行っている間に本が届いていました。オークションなどで探していたのですが値段が合わす、アマゾンのリユーズドで購入しました。これから時間を掛けて読んで行きます、多分。
今日は小矢部の称名寺さんで一日お説教です。この間別院でお話させていただいたようなことをお話させていただこうと思っています、ぼやっと。枕というか話出しはまだ白紙 です。
あさってもここでお説教です。

2007年4月11日

やすくに



今朝、皇居の周りを一周して、千鳥ヶ淵にちょっとたちより、いま靖国神社の前に着きました。
ちょっと歩き疲れたので喫茶店でお茶して、そのあと靖国神社にいきヤスクニを体験しようと思っています。
午後からは富山教区の方々と合流して、またヤスクニを体験する予定になっています。

2007年4月 9日

はつもの



今、多磨全生園に向かうため列車に乗りました。
あまり東京方面に行く用事がないためハクタカに乗るのが初めてです。ほくほく線を通るのも初めてです。
ちょっとどきどきしています。
写真は家の近くにあるサイクリングロードのさくら並木です。午前中お参りの途中とおり掛かって撮影しました。満開かな?

2007年4月 6日

ごきげん



ちょっとご機嫌な四男坊です。
それに比べ私はクシャミばかり出ます。全快とは程遠いです。

2007年4月 3日

これは?

これは多分椿だと思うんだけど、家の垣に咲いています。

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お見舞いに行ってきました いや被災地をみてきました。

能登島の友人に案内してもらい、昨日の午後また友人数人で大谷派寺院に行ってきました。(時間の関係で三ヶ寺だけ)

被災状況は想像を超えていました。


ネットワークがしっかり出来上がっていれば、行けばお手伝いできること沢山あると感じてきました。 

2007年4月 2日

散り始め







モクレンかな?

散り始めています

昨日はエイプリルフールだったんですね。

バーベキューに罰金、首相は役者に転向…英紙がうそ記事(asahi.com)
エープリルフール恒例となった英紙の「うそ記事」。今年も各紙は競うように1日の紙面に傑作を掲載した。

すっかり忘れていました。昨日はエイプリルフールだったんですね。

何かブログにめちゃくちゃ大きい書けばよかっった!

今日気づいてどうする!

失敗! 

2007年4月 1日

ごぼはんだより発行

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ごぼはんだよりを今月もやっと発行させてもらいました。

あらためて文章を書くっていう気力が起こらず、どこかで見たような文章が載っています。

許してチョンマゲ!

もうちょっと







薬勝寺池で気象予報官になったつもりで桜を観察してきました。

一輪も咲いている花を見つけることはできませんでした。

でも開化までもうちょっとっていう感じでした。

あともう一歩、開化までもうしばらくお待ちください。

すいせん



黄色い水仙