2015年1月30日

富山別院でお話しさせていただくご縁をいただいてます

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3月22日(日) 午後1時30分 彼岸会読経

          2時       法話

          3時30分    終了

2015年1月27日

響流書房

友人が浄土真宗専門の出版社を立ち上げました。
基本的に電子書籍専門ですが。
よろしければ購入ください。

久々、更新してみました。

一年ぶりぐらいの更新です。
見にくくなっていたのを少し見やすくしてみました。
しばらく放置状態でしたことお詫び申し上げます。

2014年7月24日

いわき市に行ってきた

護法湖如くてなかったかも知れませんが、昨年11月より民生委員を請けさせてもらってます。今一つ何していいののかわからない状態で今日までやってきてます。今月初め民生委員の研修で会津若松市,いわき市などに行ってきました。
その中で美空ひばりの歌碑があるので有名な塩屋崎にうかがって震災の時の状況を土産店の店主さんからお話しを頂きました。
”原発事故さえ中ったらもう少し多くの人が助かったのに”
というようなことはをいわれていました。凄く印象に残ってます。
原発の爆破時事湖の関係で自衛隊のきゅうえんはなかなか始まらなかったそうです。
悲しいことです。その他福島県周辺の海岸部では似たようなことが怒っていたことでしょう。
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アップがめちゃくちゃ送れましたが、祠堂経会勤まりました

先月29~30日当寺にて死去上が勤まりました。たくさんのお参りをいただき心よりお礼申し上げます。
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2013年11月 3日

HONKOHAN勤まりました。

本年も何とか、報恩講をお迎えすることができました。
報恩講前にいつも以上に予定を入れてしまい、なかなかお迎えの準備ができず、自分自身井腹が立ったりしてたんですが、
たぶんことなく終了させていただきました。
報恩講を勤め終わらせていただくと言うことは、始まりなのでしょう。昔の方はアッカリしたらあかん我やぞって言っておられましたから。一年のスタートの行事がホンコサマ、ホンコハンなのでしょう。
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2013年3月23日

修多羅

syutara.png真宗大谷派の僧侶としての一番の正装は、袍裳に七条袈裟をつけるものです。北陸ではよく葬儀の時導師が着用します。また寺院の代法要などにも着用されます。
七条袈裟には修多羅という組紐を掛けます。修多羅とは昔のインドの子土場シュードラを音訳したもので、経糸とか言う意味が元来だったと記憶しています。そういうことを踏まえて、仏教経典を修多羅という意味でも使用することがあります。
葬儀の導師として七条袈裟、修多羅を着用することが一つ大事な形だなって最近思ってます。
七条袈裟と言うよりは修多羅をつけることが、
この組紐を修多羅というようになったのは聞く話によると、昔中国よりインドに仏教要点を頂いてこようという大事業をなさった時、この組紐のようなものに巻経を挟んで、らくだや馬などにつけて運んでこられたそうです。経典を運ぶ道具としてこの組紐があったのです。そしてその組紐を少なくても真宗大谷派では修多羅と言っています。
七条袈裟という一番大谷派では重たいお袈裟に修多羅、経典を運ぶ道具を着用するのです。
中国に経典をインドからは混んでこられた僧侶、インドの言葉で書き表してあった仏教経典を自分たちの言葉に書き換えられた方を三蔵法師と言います。
ある意味修多羅の着いた七条袈裟をつけて導師を勤めるということは、三蔵法師を意味すると思うのです。経典を運び、仏縁を結んで頂く、これが導師の仕事なのではないでしょうか。
僧侶の大事な仕事として、仏教経典を理解するとか、教え通りに生きるとかあるのかもしれませんが、もっともっと大事な仕事として、有縁の方々に経典をお運びして仏縁を結んでいただくということがあるのではないかと最近思わしています。その象徴として七条袈裟に修多羅が着いているのだと私は最近理解しています。

2013年2月23日

生まれた意義と生きる喜びを見つけよう

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先日月18日常入寺にて井波別院法宝物巡回法座がありました。
住職の不手際で多くの人に案内できないままの開催でしたが、いつもお寺に来てくださっている方のご尽力によってまぁまぁ参加者でした。
お寺にお参りに一人でも多くお参りに来てくださる,そのことが本当に大事なことでお寺の大切な使命だと思わせていただいたわけです。

今大谷派高岡教区内にある二つの別院が同時に御修復事業に取りかかっています。そのことについての説明会が22日ありました。両別院とも御修復のための懇志金が思うように集まってこない。特に井波別院はもっと深刻で教区内寺院住職の方々にもご協力を御願いします。ということだった。
最初の計画では別院の御修復奉賛会が主体となって集めると言うことでしたが、思うように入ってない。巡回法座が壊滅的状況の中では頼るべきところがない。ということのようです。非常に人事のようなのですが。
説明を受けて思ったことは、別院って何なんだろうって言うことでした。
そのことが自分の中ではっきりしていないからなかなか懇志を集めるという動きが自分の中で始まらないのでは。
今まで別院の存在意義があったから別院が存続してきていた、それなら今は。
井波別院の正常化っていう言葉がありまして、この説明会の中でも井波別院は正常化したとありました。大谷派に帰属しただけで本当に正常化なのか。本当は今までもこれからもまだまだ正常化に向けた歩みをしなければいけないのでは、なかったのでは。と思ったわけです。
北斗の拳というアニメで主人公が「オマエはすでにしんでいる」という台詞がおきまりのようによく言われていたのですが、
まさにそのことが別院に向かっていわれていたような思いになりました。
別院はすでにしんでいる、だからそこに誰も投資はしないんだって。
やっぱり御懇志を頂くためには、
生まれた意義と生きる喜びをみつけよう
という宗祖親鸞聖人700回忌の時の教団テーマではないですが、
別院が維持されてきた意義、それをしっかり見つけていかないとならない。これからも存続していくことの大切さを実感していかないと堂喪ならないと。
お育ていただいたという思い、これからお育ていただくところ、そういう所として正常化していかないと別院の維持は大変だと思いました。
御崇教対して親鸞聖人の教えを伝えるこういうことをしていくんだという決意、出来なくても決意をあきらかにしていくことが私は御修復には、別院の護持には本当に必要だと思たわけです。

能く能く考えればこれは別院のことだけではなく、私が所属しているお寺も、そして住職としての私にも問われていることなのでしょう。
オマエはすでにしんでいる、
この言葉に生きている証しとして反応していくこと、そのことが何よりも大切だと思わせていただいたわけです。

この状態が仏法興隆の大事な縁としていかないとな、
本当にしんでしまいます。


教団、別院、末寺の生まれた意義と生きている喜びを感じていかなくては!
本当に、
これから大変なことに、もうすでにかもしれないけどなっていくことでしょう。

2013年1月 4日

初詣

初詣とは初めて詣でることを意味するのでしょう。新しい年を迎えて詣でることです。
詣でるとは、貴所に行く意の謙譲語と辞書にはあります。ですから自分が大事にしているところに行くことをいうのでしょう。
そういう意味からすれば初詣はお願い事をするために行くのではちょっと意味がずれてしまうような気がします。
また私が大事にしているということはどういうことなのかということも考えていかないといけないことなのでしょうけど、
私は決して自分の思いを叶えてくれるところが自分にとって大事なところとは思いません。こんな私が私の思い通りになることは本当に良いことなのでしょうか。私は疑問に思います。
私もこうなりたい、こうしたい、こうしてほしいといろいろ思うわけですが、だけども自分思い通りになる世界がよい世界なのかという問いを先輩方々より問いをいただき続けています。
初詣は自分にとって大切にしている宗教施設に行くものなのでしょう。少なくても平生より縁の深いところにいくことが本来なのではないでしょうか。
御利益の利くところへいくというのは間違いのような気がしてならないわけです。

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2013年1月 2日

お正月

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お正月になると人と会う度「明けましておめでとうございます」という挨拶をするのが通例ですね。
でも、そういう挨拶をしていて何でめでたいのか、なんて疑問を抱いてしまうのが私です。
そのことがでも少し解決をしています。
昔は新年を迎えるとみんな歳をとった、ある意味みんな元日が誕生日だったっていってもいい感じだったのではと思うようになったんです。
だから明けましておめでとうはある意味誕生日おめでとうといっしょなんだ、なんて思うように最近なってきました。
そういう中でお正月におめでとうというのは苦痛に感じないようになってきました。
一年生かさせていただき、お世話になりました。一年生きてくださりありがとうございます。
またお互い一年生かさせてもらったことめでたいことですね。
そういうことなんですよね。