2015年3月30日

城端別院の法宝物巡回法座

一昨日、城端別院の法宝物巡回法をおつけしました。 布教使は高岡市の清水さんでした。清水さんとは何度かお会いしたことはあるのですがお話を聞かせていただくのは初めてでした。 清水さんは教員の現役の時バドミントンの高校生日本一を何度か育てられた結構名の通っておられた名監督でした。 そのお方が「阿弥陀さんは選ばず嫌わず見捨てずなのに私はその間反対やったということが教えを聞き出してわかった」こういうまくらからお話を始められたのが印象的でした。 思ったよりたくさんのお方にお参りしてくださり、一緒に聞法できた、良いひと時でした。670d10ece418b7cc7d567837a42912981b1ea2c9.jpg0139b8f182cc646be9bc2f83b2f6da46ae33d8f7.jpg

2015年2月21日

今年も井波別院の巡回法座をお受けいたしました

二月二十一日井波別院法宝物巡回法座の宿をお受けしました。

案内を配ったのが遅かったと言うこともあり、そして本当に当日いい天気で明日は雨の予報と言うことになってたからか、お参りいただいた方は少なかったです。と言うか、私の義理が通じないというか、こっちが切りをいただいていて返し切れていないと言うことの表れなのでしょう。少し反省をしています。調べてみると昨年も地域の親睦旅行とかなさりお参りが少なかったようです。

お話しくださったのは昨年に引き続き藤井乗さんでした。

お内仏があるじと成るような生活をしようと言うことを冗談を交えながらお話しくださいました。

IMG_2249.JPGのサムネイル画像

2015年2月 2日

法然上人の図画を書写することが許されるということ。

[Facebookからの逆エントリー]
]
画像木像には諡像と壽像があるそうです。諡像はその人が亡くなった後書いてもらうもの。壽像はその人が生きておられる間にその人の許しを得て書画するものを言うらしい。 そういう意味で親鸞聖人が法然上人に許可を得て法然上人の画像を書かせてもらったのは壽像なんだろうな。
この壽像は誰にでも書くことを許すことは少なく、心許した人、認めた人にだけ許されるそうですし、お願いするということも大きな思いがなければ願いでないのが普通であったのかな?


親鸞聖人は一大決心で壽像を描くことを請い、法然上人もお前なら壽像を許そうって感じだったんだろうな。親鸞聖人からしたら飛び上がるほと嬉しい出来事だったのでしょう。
絵像木像には諡像と壽像があるそうです。諡像はその人が亡くなった後書いてもらうもの。壽像はその人が生きておられる間にその人の許しを得て書画するものを言うらしい。
そういう意味で親鸞聖人が法然上人に許可を得て法然上人の画像を書かせてもらったのは壽像なんだろうな。
この壽像は誰にでも書くことを許すことは少なく、心許した人、認めた人にだけ許されるそうですし、お願いするということも大きな思いがなければ願いでないのが普通であったのかな?

親鸞聖人は一大決心で壽像を描くことを請い、法然上人もお前なら壽像を許そうって感じだったんだろうな。親鸞聖人からしたら飛び上がるほと嬉しい出来事だったのでしょう。

念仏の伝承

昔誰かから聞いた話
一世代二世代まえまで、親や祖父母からきびしいしつけがあったと聞く。 もしかしたら今の世では家庭内はわはらとも言われるかな。決して厳しいしつけを推奨するわけではないが、そこには大きな願いがあることが多かったのではと思う。
例えば、
お年寄りから昔は朝すぐにはご飯を食べさせてもらえなかったと何度か聞いたことがあります。仏様の前で手を合わせないと駄目だとか、あなかしこあなかしこ待て必ず座っていないといけなかったとか、そういうことがあったそうです。その中には念仏称えるものになってほしいという願いがあったことだろう。もしかしたらそんな厳しいしつけがなかったらなかなか念仏を唱える身にはなれないのだろうと。


もう一つ厳しいしつけが、、、
それは朝必ずごはんを食べるための箸の入った箸箱が仏壇の中にあったと、箱膳には置いてなかったと。
だから朝ごはんが食べたければ絶対に仏壇の前に行かないとたべれなかったという話を聞いたということでした。
意地悪といえば意地悪だけど、大きな願いの元でしつけがあったことだろうと感心したことでした。

城端別院でお世話になってます

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昨日の午後から5日の朝で城端別院の本堂でお話をさせていただく縁をいただいてます。いわゆるお説教をさせていただくのですが、私のはお説教になってるのかどか疑問に思うこともあります。
ここでお話をさせてもらう時、何かを教えてやろう。なんていう気持ちは少なく。聞いてもらおうそういう思いが強いです。
別院には毎日聴聞に来られる方がなんかおられます。そういう方がおられるからでしょう。その方々の視線がきになるからだと思うのです。長年聴聞されてこられた方に教えることのできる内容を私は持ち得てません。私はこのようにいただいてます、みたいなことを発表して聴聞に来ていただいている方々に聞いてもらってる感覚です。かっこよく言えばお育ていただいてるのかな?
とにかく精一杯お話しさせていただきます。はなしをくみたたせてもらいます。

2015年1月30日

富山別院でお話しさせていただくご縁をいただいてます

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3月22日(日) 午後1時30分 彼岸会読経

          2時       法話

          3時30分    終了

2015年1月27日

響流書房

友人が浄土真宗専門の出版社を立ち上げました。
基本的に電子書籍専門ですが。
よろしければ購入ください。

久々、更新してみました。

一年ぶりぐらいの更新です。
見にくくなっていたのを少し見やすくしてみました。
しばらく放置状態でしたことお詫び申し上げます。

2014年7月24日

いわき市に行ってきた

護法湖如くてなかったかも知れませんが、昨年11月より民生委員を請けさせてもらってます。今一つ何していいののかわからない状態で今日までやってきてます。今月初め民生委員の研修で会津若松市,いわき市などに行ってきました。
その中で美空ひばりの歌碑があるので有名な塩屋崎にうかがって震災の時の状況を土産店の店主さんからお話しを頂きました。
”原発事故さえ中ったらもう少し多くの人が助かったのに”
というようなことはをいわれていました。凄く印象に残ってます。
原発の爆破時事湖の関係で自衛隊のきゅうえんはなかなか始まらなかったそうです。
悲しいことです。その他福島県周辺の海岸部では似たようなことが怒っていたことでしょう。
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アップがめちゃくちゃ送れましたが、祠堂経会勤まりました

先月29~30日当寺にて死去上が勤まりました。たくさんのお参りをいただき心よりお礼申し上げます。
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