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太陰暦の正月

正月は立春(2月4日頃)のある月が正月ではなく、
雨水(2月19日頃)のある月が正月

親鸞命日

a b c 本願寺派高田派などでは、明治5年11月の改暦(グレゴリオ暦〈新暦〉導入)に合わせて、生歿の日付を新暦に換算し、生誕日を5月21日に、入滅日を1月16日に改めた。大谷派佛光寺派興正派などでは、旧暦の日付をそのまま新暦の日付に改めた。

心の風には気をつけて

働き盛りの自殺を防ぐには
こころの風邪に気をつけて
高橋祥友
うつ病とは
 うつ病は一般に考えられている以上に、よくある心の病気です。長い人生で7人に1人はうつ病にかかっていると言われています。そこで、最近ではうつ病を「こころの風邪」などと呼ぶこともあります。しかし、「風邪は万病の元」とも言われるように、こころの風邪も放置しておくと、「こころの肺炎」となり命取りにさえなりかねません。
 今では効き目のある抗うつ薬や心理療法も開発されています。うつ病は早期に発見して、適切な治療を受ければ、決して怖い病気ではありません。
 うつ病というと、一般の人は感情の面に現れる症状や思考力の低下に関心が向きがちです。しかし身体面にもさまざまな症状が現れてきます。大きな病気が隠れていては困るので、ぜひ、検査を受けてください。ただし、検査を繰りかえしても異常が見つからないのに、身体の不調が続く場合は、うつ病の可能性を疑って、精神科に受診して、相談してください。
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最近の自殺の実態
  1.  1998年から連続して日本の自殺者は3万人台になっています。この数は交通事故死者数の約6倍です。さらに、未遂自殺者数は既遂自殺者数の10~20倍と推定されています。また、自殺や、自殺未遂が1件起こると、少なく見積もっても、強い絆のあった人の5人は深刻な心理的影響を受けると考えられています。
 このように、自殺とはけっして死にゆく人だけの問題にとどまらず、わが国だけでも毎年、数百万人の人々の心の健康を脅かす深刻な問題なのです。
j-2.gifのサムネール画像>自殺を予防するには
 自殺に及ぶ前に何らかのこころの病を抱えていた人が非常に多いことをさまざまな調査が指摘しています。そして、働き盛りの世代では、特にうつ病が自殺に関係しています。最近では、うつ病には効果的な治療法があります。怖いのはうつ病になったことではなく、それに気づかずにそれに放置しておくことなのです。
 自殺の危険を早い段階で発見して、適切な手を打つことができれば、自殺を予防する余地は十分に残されています。

自殺予防の十箇条
働き盛りの自殺をどう防ぐか:救いを求める叫びを受け止めよう
(次のようなサインに気づいたら、早い段階で専門家に相談しましょう。)
  1. うつ病の症状に気をつけましょう。
  2. 原因不明の身体の不調が長引く
  3. 酒量が増す
  4. 安全や健康が保てない
  5. 仕事の負担が増える、大きな失敗をする、職を失う
  6. 職場や家庭でサポートが得られない
  7. 本人にとって価値のあるものを失う
  8. 重傷の身体の病気にかかる
  9. 自殺を口にする
  10. 自殺未遂に及ぶ
資料館運営企画検討会 運営委託先変更で論議

 第四回国立ハンセン病資料館等運営企画検討会(以下、検討会)が三月十一日、虎ノ門パストラルホテルで開催された。議課は、①平成二〇年度事業の実施状況報告②資料館運営委託先の変更、③展示作業部会の三点たった。
 ①二〇度事業の実施状況については、年度途中であったため、二月末段階での決況を西浦学芸員が報告し、参集者からは二、三の事実確認がなされるにとどまった。 ②運営委託先の変更に開する議論が今回の大半を占めた。
 まず厚労省疾病対策課の三好課長補件から、次のような説明があった。一月下旬から委託先を公募したところ、応募は日本科学技術振興財団(以下、財団) 一社のみたった。そのため統一交渉団の了解を得て、二月六日に新たな委託先として決定した。今回から応
募条件を厳しくした理由は、厚労省が資料館の管理・運営上の問題解決に前向きに取り組むためたと述べた。
 続いてふれあい福社協会(以下協会)の広瀬理事長代行が、協会の改善を図るための声明「ハンセン病問題の歴史的認識と『ふれあい福社協会』の改革について」に沿って、運営委託から退くに至った経緯を説明した。
 最後に財団の坪井専務理事から財団の説立目的や活動内容について説明があった。資料館の運営委託に応募した理由は、財団の事業目的である科学技術の振興と水準の向上を目ざすためと述べた。また展示内容については、設置される展示作業部会の決定に沿うとし
た。
 参集者からは多くの意見や質問が出された。半田参集者は、協会が声明で改善の決意を述べながら自ら応募しなかった理由を質問した。広瀬代行が応募要件を満たせなかったからと答たると、これまで受託できていたのになぜなのかと重ねて尋ねた。これに対し三好補佐が、基本計画書にある事業や横浜の海外移住資料館に比べ、この二年間資料館活動は低いレベルにあるため、応募要件を上げ全体を改革することにしたと答えた。
 谺参集者代理の堅山氏は、協会が反省するに至ったことについて、厚労省に責社はないのかと質問した。三好補佐は、協会は東京都所管の法人なので、厚労省はその運営について指導できる立場にないと答えた。
 神参集者は、厚労省と財団との委託契約はいつ正式に交わされるのか。財団は資料館事業のスケジュールをどのように考えているのかと質問した。三好補佐は、来年度予算が成立した時点で契約する。三月末までに引き継ぎを行うよう調整中である。これからはリスク・マネジメントも必要た。今後の事業内容については、相当踏み込んた検討が必要と考えており、場合によっては一定期間の休館もやむを得ないと答えた。
 佐川参集者からは、財団は科学社術の振興を目的にしているが、資料館を他の博物館と同じように考えられては困る。ぜひ入所者の思いをわかってもらいたい。また、運営委託が単年度集約のため館長や業芸員の雇用も一年契約になるそうたが、事業計画は二、三年前から立てており、雇用が継続されるかわからない状態が毎年くり返されるようでは困る。厚労省は職員の継続雇用を保障してもらいたいとの要望が出された。三好補佐は、委託先と協議することはできるが、保障はできないと答えた。
 これらのやりとりを間いていた鈴木参集者は、次のように発言した。博物館には人的な組識かおり、それが継続的な活動を生み出して行くのであって、博物館は自ら考た意志を決めていく自律性を持っている。厚労省には、資料館が博物館たという概念がないのではないか。佐川、神氏は、丸め込まれているか妥協を強いられているとしか思えない。これまでも資料館の法的な設置根拠を問うてきたが、総理談話や補償法など予算の根拠しか回答を得られなかった。単なる予算執行としての事集を行うつもりでいるのなら、はっきりそう言えばよいのた。今回受託する財団は、科学技術のプラスの面を(次ページにつづく)
 (前ページのつづき)
扱ってきた団体であり、逆に歴史のマイナスの側面に光を当てる資料館の運営を行うのは、とても難しいことだと思うと述べた。 これに関連して鮎京参集者が、四月から施行される「ハンセン病問題基本法」に資料館の設置を規定した条文があるため、資料館の存続が単年度ごとに判断されることはあり得ないことを厚労省に確認し、三好補佐もそうだと答えた。
 成田館長は、館長として正式に採用されるのを待って、資料館の主体性を認めてもらえるよう財団と話し合うと述べた。
 神参集者は、職員の雇用も単年度ごとになり、単年度契約の運営委託という形が最大の難点だ。中心的に働いている人たちの主体性はずっと尊重されなければならないのに、これでは資料館の役割や使命が果たされるのか心配だ。厚労省には根本的なところを議論してもらわなければならない。この検討会も資料館のあり方を考える場なのだから、意見を出そう。また財団は、委託を受けるにあたり決意、姿勢、抱負といった表明をこの検討会の場ですべきではないかと述べた。
 これらの議論を受けて疾病対策課長は、予算が単年度で配られることは免れないが、資料館のスピリットをなくさずに、ずっと続けていこうと考えている。どのようにしていくかについては、委託先、全療協の意見を聞いて決めていくと述べた。
 ③展示作業部会については、三好補佐が設置案を次のように説明したにとどまった。展示には以前から指摘があり、責任の所在も明確にしなければならない。案は海外移住資料館を参考にしたものだが、新たに展示作業部会を設置し、現在の運営委員会から直接提案してもらう。厚労省は展示作業部会で作った案に手を入れるのではなく、予算面を考える。また運営委員会の下に学術委員会を設けるとした。
 この後改めて日比野参集者が、職員の雇用が一年契約となれば、長期的な計画に基づく展示修正もできないのではないかとの懸念を示した。
 また佐川参集者が、春は最も利用者が争い時期でもあり、展示の修正工事をするとしても、休館はできるかぎり避けてもらいたいと要望した。

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資料館だより63号pdfファイル


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なんまんだぶつの子守歌
     作詞 千田みのり 作曲 指方浩
1.なんまんだぶつなんまんだぶつ
  おじいちゃんのお念仏
  おまえはひとりじゃないんだよ
  しんらんさまもいなさるよ
  いまもしみじみ思い出す
  おじいちゃんの子守歌

2.なんまんだぶつなんまんだぶつ
  おばあちゃんのお念仏
  いただきますありがとう
  忘れず大きくなっとくれ
  いまも心に浮かびくる
  おばあちゃんの子守歌

3.なんまんだぶつなんまんだぶつ
  ちいさな子どもと手をあわす
  数えきれない人たちに
  願われ生まれたおまえだよ
  いまもたしかに聴こえくる
  しんらんさまの子守歌

今、いのちに目覚めるとき
     作詞 茨田通俊 作曲 清澤久恵
1.心が深く負う傷は
  すぐに癒えないけれど
  その悲しみの淵から
  私に呼びかけるものがある
  あなたはあなたでよいのだと
  気づいたときから生きられる
  このかけがえのない私に
  いのちが今、きらめく

2.どうにも抑えられない
  憎しみはあるけれど
  ふるえる思いの中から
  私に問いかけるものがある
  あなた自身はどうなのかと
  問われたときから生きられる
  このかけがえのない私に
  いのちが今、ときめく

3.辛い涙に暮れる日は
  決して尽きないけれど
  私が絶望しても
  私を見捨てないものがある
  私を生かすはたらきに
  目覚めたときから生きられる
  このかけがえのない私に
  いのちが今、かがやく

退院のお知らせ

知人より退院を知らせるハガキが届きました。

親鸞聖人のご命日、11月28日に退院しました。

2ヶ月間の「入院」とは、「生きる」と簡単に言う「背景に」、「壊れる」という脆(もろ)さ教えてくれました。そして、そのことは誰しも認めたくない事実、「老いる」ということからくるということです。
強くはない「弱い」。いつまでも同じでない「こわれる」。どんな人も皆同じ「老いる」。本当によい薬でした。自分の「老いる」姿を愉しみながら、これからヤワヤワと生きてゆかねば、と今は殊勝に考えております。

ありがとうございました。


これも永福寺さんの報恩講パンフレットに載せてあったもの

追弔の辞「きみはいま」
ほんじつここに 医王山松寺永福寺 第十九世坊守の
一周忌法要を厳修するにあたり
あなたの面影をしのびつつ
如来のみ教えに あいたてまつらんとす

きみの現身(うつしみ)は すでにおわさず
おわさざれども きみは今
南無阿弥陀仏のいのちとなりて
ほほえみて われらに寄り添い
われらの喜び 哀しみと共に
ああ 生きてぞおわす

きみは今 ここにおわさず
おわさざれども きみは今
在りし日の 面影たどり
懐かしむ われらの胸に
ありありと ああ 生きてぞおわす

花かおり 香もかおりつ
深き大悲を ともどもに あおぐとき
きみの御恩に 背きつづけし
わが身の罪悪の深さに おののき愧ずるばかりなり
されど このなかに
きみは優しき眼差しをもて
見守り 微みたもう

ああ 勿体なし 在りし日のまま
きみ今も ああ生きてぞおわす
きみ今も われらを念じつづけたもう
           謹みて申す

報恩講表白

松寺さんで法話をするというご縁を頂き、そのときただいた報恩講パンフレットより

表白
故聖人のおおせには、「親鸞は弟子一人ももたずそうろう。そのゆえは、如来の教法を、十方衆生にとききかしむるときは、ただ如来の 御代官をもうしつるばかりなり。さらに親鸞めずらしき法をもひろめず。そのほかは、なにを おしえて弟子といわんぞ」とおおせられつるなり。されば、友同行なるべきものなり。これによりて、聖人は「御同朋・御同行」とこそ、かしずきておおせられけ りと云々。

 私たち人間は、文字通り、他者とのかかわりの中で、それぞれの生活を営んでいます。他者が在るからこそ、自分も在るという関係的存在。それがわたしたち人間の在り方にほかなりません。
 しかし、このような関係的存在を考える私たちは、他者との間に、確かな結びつきを持てているでしょうか。本当に豊かな関係を生ききれているでしょうか。弱いものがいじめられたり、異なることによる差別や排除があったり、むしろ現実は、本来あるべき「共に生きる」ということは、遙かに遠い生き方をしているのではない出ようか。
 私たちが宗教的であれ、無宗教であれ、生きている事実は、どこまでも一人でありつつ、他者と共にあるかぎり、その場が浄らかであれば、他者と通じあいますが、その場が穢れておれば、離反し、すれ違うということが起こってきます。したがって、他者と共に在る場が、いかなる場であるのかという課題としてきたのが、浄土真宗の浄土の名であると云わねばなりません。代理不可能な一人でありつつしかも他者と共に在るという、人間の始原の事実と徹底的に関わって、互いの違いを認め合い。そこに尊厳と信頼の出会いをどう開くのかを求めてきた歴史が、「御同朋御同行」の世界として華ひらいたのであります。
 本日ここに、報恩講の御仏事を厳修するにあたり、如来の本願が働く領域である浄土を憶念しつつ、御同朋御同行の精神が、盛夏平和の原理とあることを、改めて日常生活のうえで確かめ合う歩みを始めたいと存じます。
(参照 平野修著『浄土と聚り』他)
平成二十年十一月四日
松寺永福寺前住職 釋闡寿 敬って申す